(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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基本作者の軍事やら経済やら政治やらの知識はガバガバですので
多分ツッコミどころ満載だと思いますが、これはフィクションですの生暖かい精神で見守って下さい。


鉄と血の論理

 ガレリア要塞の跡地、討伐軍側の拠点たるその臨時の司令室の一角で討伐軍の指導者達は深刻な表情で顔を突き合わせていた。居合わせているのは何れも高位の軍人ばかりで、ペーペーの少尉等がそこに入ればすぐにでも緊張で身体を硬直させるような面々であった。

 

「……以上から、物資の欠乏は既に無視し得ぬ領域にまで達しつつあります。これ以上、手をこまねいていては敗北の縁へと転がっていく事は疑いようがありません。早急に双龍橋を落とす必要があるかと」

 

 眼鏡をかけた如何にもキレ者と言った風貌を有する、作戦参謀ブルーノ・ゾンバルト少佐は一刻も早い全面攻勢に打って出るべきだと主張する。彼が淡々と読み上げた討伐軍側の窮状は、余計な虚飾等が一切されていないだけにより一層事態の深刻さをその場に居合わせた者たちに実感させるものであった。

 

 

 

 ガレリア要塞。

 それはエレボニア帝国が東よりの脅威に対抗するために作り上げた帝国の有する最大の拠点であった。そこには本来であれば、年単位で数個師団が戦い抜く事が出来るだけの備蓄が存在していたはずだった。

 しかし、クロスベルの神機の襲撃によって要塞と同時にそこに備蓄していた大量の物資も消滅させられてしまったのだ。そして東部の要衝たる双龍橋を貴族連合に抑えられてしまっている事で現在、討伐軍側は徐々にではあるが、着実に追い詰められつつあった。このまま戦線の膠着が続けば、物資に欠乏をきたし始めているこちらが音を上げる事になるのは火を見るよりも明らかであった。

 故にそうなる前に、物資が欠乏して攻勢にさえ出られなくなる前に東部の要衝たる双龍橋を落とさなければならないのだ。

 

「加えて言うのならば、将兵の士気の低下も無視し得ぬ状況にありますな。ーーー大義は我らに在るとは言え、やはり皇帝陛下と皇太子殿下を敵にしてしまっているというのが大きいかと」

 

 重々しく吐かれたオーラフ・クレイグ中将の言葉に一同は嘆息する。

 千年にも渡りこの国に君臨し続けた帝室の権威は絶大だ、獅子戦役の時のように皇位継承者を持つもの、ひいてはそれを旗印にした貴族同士の抗争はこれまでもこの国には幾度となく存在したが、それでも帝室それ自体を排そうとしたものは現れた事がない。

 それはそれだけ帝室を排除した際の民衆からの反発が大きく、統治の上で不利益が大きいからだ。反乱を起こす際にも大体の場合は「君側の奸」を討つという形で、自分が起ったのは決して皇帝陛下への不忠によるものではなく、総ては陛下を誑かし国政を壟断する奸臣を討つためであるといった方向になるのが通例だ。ーーー実際討伐軍もそうした大義を掲げて戦っているのだが。

 

 そう、これは奸臣クロワール・ド・カイエンを討ち、囚われの皇帝陛下と皇太子殿下を救出して“正義”の戦いである、そう彼らは信じているし、将兵に信じさせているし、将兵もまたそれを信じている。

 されど、それでも心の底にどうしても過る不安が存在する。自分たちは皇帝陛下に剣を向けてしまっているのではないか、何かとんでもない過ちを実はしてしまっているのではないかというそんな不安が、どうしても。

 こればかりはどれほどウォルフガング・ヴァンダイクが名将であり、カール・レーグニッツが優れた誠実な指導者であっても拭いきれるものではない。将兵のこの不安を拭い去るには、“権威”が、アルノールの血を引く者の言葉こそが必要なのだ。

 ーーーあるいは、そんな不安さえも吹き飛ばすだけの強烈な指導力を持つ“カリスマ”たる鉄血宰相が存在すれば、その必要もなかったかもしれないが、彼は既にこの世に居ない。

 

「……やはり、オリヴァルト殿下には我らの旗頭となって頂きたかったですな」

 

 嘆息したようにゾンバルト少佐は告げる。多少強引(・・・・)にでも説得(・・)して皇族を討伐軍へと引き入れるべきであったと。

 そう告げたゾンバルト少佐の言葉にその場に居合わせた将官達もまたどこか苦々しい表情を浮かべる。皇族という旗印の居ない状態での部下の統率と士気の維持の困難さ、それを実感しているだけに。

 

「……殿下は決して皇族としての責務を放棄されたわけではない、“内戦”において仲介を行う事のできる第三勢力の存在の重要性は貴官にも理解できるだろう?」

 

「確かに大変ご立派で高潔なご判断かとは思います。ーーー最も殿下のその高潔な理想を成就させるにはまずはカイエン公を除かねばならず、そのためには我々(・・)が血を流す必要があるわけですが」

 

 政治家であり、オリビエの意図が理解できるレーグニッツ知事の嗜めるかのように告げられた言葉に、淡々と応じるその言葉にはどこか所詮は夢見がちな皇子様(・・・・・・・・)かと嘲弄するような色が多分に込められたものだ。

 ブルーノ・ゾンバルト少佐は参謀本部所属の英才だ。中央士官学院を主席で卒業した彼はその才幹を遺憾なく発揮して、27という若さで少佐まで昇進しており、その能力は折り紙つきである。ただ、歯に衣着せるという行為を母の胎内に置き去りにしたようなその言動は、非常に冷たく刺々しく感じるものであり、誰もが否定し得ないだけの才幹を有するが故に逆に忌避を買うと言った人物であった。

 そして代々軍人の家庭で生まれ育ち、軍という鋼鉄の暴力機構を回す歯車たる事を幼い頃より己に課してきた彼にしてみれば、「国の安寧は鉄と血によるべし」という亡き宰相の方針にこそ深い共感を覚えており、オリヴァルト・ライゼ・アルノールの掲げる国際融和等という理想は、所詮は自らの手を汚す覚悟もない世間知らずのお坊ちゃんの綺麗事にしか思えなかったのだ。

 その対話のテーブルに着かせるまでに一体、誰が血を流すと思っているのか。言葉によって“逆賊”クロワール・ド・カイエンを、大罪人ディーター・クロイスを止められるものならすぐさまやってみるが良い、そんな事が出来るというのならすぐにでも自分の非を認めて全面的に支持しようではないかと。結局の所、どちらに転んでも問題ない安全圏に身を起きながら、耳障りの良い綺麗事を吐いているだけではないかと。

 皇子という権威を有する身であり、紅き翼という力を有しながら、日和見(・・・)の第三勢力等に身を置いている放蕩皇子(・・・・)等彼にとって見れば甚だ無責任で柔弱な人物にしか映らなかったのだ。

 

「そこまでだ、ゾンバルト少佐。貴官の役割は殿下への不満を漏らすことか?今一度自身の為すべき職責についてよく考えてみると良い」

 

「……失礼いたしました」

 

 有無を言わさぬ威厳を以て告げられた上官たるヴァンダイク元帥の言葉にゾンバルトは自らの軽挙を恥じ入るかのように頬を染めて押し黙る。

 彼は鉄と血の論理こそを支持している、故にこそ軍属としての経験のない者の言葉を軽視する傾向があったが、反面それを体現する戦歴を持つ人物からの言葉にはきちんと耳を傾ける。

 当然、上官であり“軍神”と謳われる歴戦の宿将ウォルフガング・ヴァンダイクの言葉等もはや神からの啓示にさえ等しい、すぐさま私情が多分に入り混じった自らの発言を反省するのであった。

 

「まあ確かに、オリヴァルト殿下が我々の味方になってくれていればそれは有難い事でしたが、ないものねだりをしてもしょうがないでしょう。我々軍人は何時だとて政治によって決定された状況下で最善を尽くすのみです。

 ないものねだりが叶うというのなら、それこそ敵の六倍の戦力が用意されて、更には補給が完全に行われており、戦場の選定もこちらが決める事が出来る等というまず負けないという状況で自由に戦えればそれが一番ですからなぁ」

 

 血気盛んな部下を嗜めるかのように告げられた、その言葉はゾンバルト少佐とは正反対の温かさに満ち溢れたものであった。熊のような大柄な肉体から想像される印象とは裏腹に、愛嬌に満ちた笑顔を浮かべながら告げたのはゾンバルト少佐と同じく帝国軍参謀本部所属のエミール・ローレンツ中佐だ。

 ローレンツ中佐はこの年、45歳にもなる人物で優秀だが刺々しいゾンバルト少佐とは裏腹に能力的には、あくまで参謀本部に集って佐官にまでなるような英才達の中でという話になるが、凡庸な人物であったが溢れんばかりの愛嬌を有しており、居るだけで場の空気が和む事になるという如何なる組織でも重宝される貴重な資質を有する人物であった。

 

 彼らは両名とも貴族連合の帝都占領によって参謀本部の主だった面々が拘束される中、辛くも帝都からの脱出に成功した参謀達の中でただ二人だけの佐官であったために、総司令官たるヴァンダイクの補佐役として抜擢された人物だ。

 どれほど優れた司令官であっても、補佐となる幕僚なしでは十全にその能力を発揮できない。しかし、その頭脳を供給する参謀本部を抑えられて居る状況の上に、各機甲師団よりその頭脳を引き抜いては今度は引き抜かれた側が困る、それ故の処置であった。

 

「うむ、それに殿下には、いや“紅き翼”には卑劣にも貴族連合が利用しようとした民間人を救出して頂いている。これ以上望むのは些かに欲張り過ぎというものだろう」

 

 リィンの養父でも在る第四機甲師団司令官を務めるオーラフ・クレイグ中将のその言葉に、居合わせた将官達は賛意を示していく。

 帝都を占領した貴族連合は卑劣にも、帝都に存在するオーラフ・クレイグの娘であるフィオナ・クレイグを筆頭に正規軍の重鎮の家族を人質に取ろうとした。しかし、護送中に民間人保護を掲げる紅き翼によってそれは阻止され、現在はそのまま紅き翼によって保護されている。

 正直、中立を掲げる第三勢力としてはかなり危うい行動ではあったものの、流石に民間人を人質に取ろうとしていた等というのは貴族連合にとっても外聞が悪かったのだろう、現場の指揮官による独断行動として処理されて、総参謀を務めるルーファス・アルバレア卿が「こちらの不始末を片付けてくれた事、オリヴァルト殿下には誠に感謝の念が耐えません」と謝意を示した事で事なきを得ている。

 そんなわけで、家族を助けられたという恩義のある彼らにしてみると、紅き翼は恩人であり、基本的に好意的に捉えていた。ーーーゾンバルトに言わせれば、民衆受けの良い人気取りだけが達者な連中だとなるのだが、流石にヴァンダイク元帥に窘められた直後にそのような事を言う程に彼は考えなしではなかった。

 

「話を戻すとしよう、貴官の提案には確かに理がある。このまま手をこまねいていても、我らはジリ貧だ。故に一気に攻勢に出て、双龍橋を落とすべきだという方針には私としても異存はない」

 

 ゾンバルトらが練り上げた作戦案の大まかな方針はこうだ、まずは双龍橋を手薄にするために各機甲師団で一気に攻勢に出る。そしてそれに対応するために機甲部隊が出払ったところを狙い、鉄道憲兵隊を筆頭に選りすぐりの精鋭たちを載せた空挺部隊によって双龍橋を襲撃し、これを占拠する。そして双龍橋以西より分断された以東に位置する貴族連合の部隊には降伏を促す。これが大まかな方針だ。

 

「はい、閣下。既に双龍橋の内部構造については情報局のアランドール特務大尉が入手したものがあります。これを用いれば、占拠を十分に可能なはずです」

 

「ーーーええ、そのはずだったんですがどうやらちょっと風向きが変わって来てしまいましてね」

 

 意気揚々と自信を以て作戦案の説明を行うゾンバルト少佐、それの腰をおるかのようなタイミングで渦中の人物たるレクター・アランドール大尉が姿を現す。流石に礼節を保っているものの、その姿はどこか飄々とした様子でそれがどうにもゾンバルトの癪に触る。

 

「どういう事だ、アランドール大尉」

 

「どうやら貴族連合の総参謀殿は中々のキレ者のご様子で、こちらの意図をお見通しのようです。

 ーーー双龍橋の守備に機甲兵の部隊が1個大隊、更にはカイエン公が雇った《赤い星座》が加わったようです。不幸中の幸いで、団長たるシグムント・オルランドは不在のようですが」

 

「機甲兵を1個大隊だと馬鹿な、一体どこにそんな余力があった!!!」

 

 部隊を動かすというのはそう簡単なものではない、現在東部戦線は完全な膠着状態にあり、下手にどこかの戦線の部隊を動かせば一気にそこが崩れだすという危ういバランスによって成り立っている。機甲兵1個大隊もの戦力を割く余裕などあるはずがないのだ、少なくともゾンバルトらが精査した限りではそのはずであった。

 

「アルバレア公を説得されたようで、バリアハートの守備に割いていた部隊を双龍橋に回したようです」

 

 州都を護る守備隊、それを割いてまで勝負に打って出てきたのだと伝えるレクターの言葉に一同は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。

 言うだけならば簡単だが、州都の守備隊を回すとなればバリアハートに住まう貴族達、何よりもアルバレア公からはかなりの反発があったはずだ。

 それを説き伏せる事はアルバレア公と主導権を巡って対立しているカイエン公には極めて困難であり、総参謀を務めるルーファス卿もまた貴族の嫡男として当主の意向を忖度せざるを得ないと、そう踏んでいたのだが……

 

「なるほど、此処が勝負どころだと判断したというわけですか。いやはや、否になるほどやり手ですなぁルーファス卿は」

 

 事此処に至ってルーファス・アルバレアはアルバレア家嫡男としての役目よりも貴族連合総参謀としての役目を優先したようだ。誠に以て素晴らしい人物だと称賛に値する行為だろう、味方であるならばだが。

 

「……とはいえ、こちらにはそのような援軍の当てはない。いや、むしろどの戦線も苦境にある以上、時間が経つほどに敵の方へと増援が来る可能性が高い」

 

 状況は極めて正規軍の不利へと傾きつつある。

 西部戦線は蒼の騎神とオーレリア将軍とウォレス将軍、そして蒼の騎士の活躍によって大きく貴族連合へと傾きつつあり、北部に位置する第七機甲師団と第三機甲師団もまた苦境にある。

 このまま行けば、正規軍が敗亡の縁へと転がり落ちていく事は疑いようがない。されど、状況を打開するための光明が全く以て見えなかった。

 もはや、一か八かの死力頼みの博打へと打って出るしかないかとヴァンダイクが総司令官としての決断を下そうとしたその時、血相を変えた様子で鉄道憲兵隊の隊員が入室してきて、訝しがる一行にその隊員は喜色を露にして

 

「皇女殿下です!アルフィン皇女殿下が、そしてオズボーン少尉がこちらへの合流を願い出ております!至急、ヴァンダイク元帥閣下とレーグニッツ臨時代表へとお会いしたいとの事です!!!」

 

 事態を打開する切り札の到着を告げるのであった……

 




中立って持て囃されるけど戦っている当時者からすると日和見しやがって!と思われるリスクも当然存在するんですよね。
民間人保護を第一とする遊撃士ムーヴは「人気取り」が達者な連中として良く思っていない軍人も多いって事は空の頃から描写されていますし。

ゾンバルト少佐はリィン・オズボーンのあり得た一つの可能性です。
此処まであからさまではないにしろ、中央士官学院へとオズボーン君が進んでいた場合は彼のような優秀だけど、それが余計に苛立ちを助長する鼻持ちならないタイプになっていた可能性が存在します。

だが奴は弾けた。

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