(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

11 / 84
お気づきかと思いますが、ゾンバルト少佐は今後も結構出番のあるオリキャラです。
ポジション的には灰色の騎士の忠実な腹心の一人って感じですね。


かくして英雄は再び舞台へと上がる

 行方不明であったアルフィン・ライゼ・アルノール皇女殿下とリィン・オズボーン少尉が合流を願い出ている、その報を聞いた瞬間に居合わせた面々に明るい色が指す。

 アルフィン皇女が味方になってくれる事の利はいまさら説明する必要もなく、更に灰の騎神の使い手である宰相の遺児の帝都での奮戦もまたこの場にいる者たちにとっては広く知られている事だ。

 将兵の士気の低下、敵の増援として現れた機甲兵部隊をどうするかという戦力的な面、それらが一挙に解消されるのだから、まさに闇の中に刺した一筋の光明と言えるだろう。

 

「リィンが!……ゴホン、オズボーン少尉が現れたというのは本当かね!?」

 

 喜色を露に告げるのはリィンの養父でもあるオーラフ・クレイグ中将だ。何せ彼にしてみれば一ヶ月もの間行方不明だった義息子が無事であったという報告なのだ、喜ぶなという方が無理だろう。

 

「はは……見計らったようなタイミングで現れやがって、それもアルフィン皇女なんてとんでもねぇ手土産まで用意してくるとはな」

 

 一瞬、余りにも出来すぎている(・・・・・・・・・・・)ように、まるでリィン・オズボーンを“英雄”へと押し上げるために誰かが仕組んでいる(・・・・・・・・・)のではないかと

 そんな予感をレクターはわずかばかり覚えたが、義弟の生存という喜びがその疑念を吹き飛ばし、彼もまた素直でない口調でその生存を喜ぶ。

 今頃、過保護な義姉など喜びの余りに泣き出して義弟を困らせているのではないかと思いながら。

 

「しかし……一ヶ月もの間一体何をしていたのでしょうな」

 

 そんな喜びに水を差す用にゾンバルト少佐は告げる。その言葉は言外にもっと早くに合流していれば、ここまで苦境に立たされていなかったはずだという苛立ちの込められたものだ。

 

「ふむ、皇女殿下とめくるめく逃避行を行っていた若き騎士等と、帝国時報辺りが嗅ぎつけたら中々に厄介な事になるかもしれませんなぁ。おっとこれは流石に不敬が過ぎる発言でしたな、どうか忘れて頂きたく」

 

 しかし、それも一瞬。頭をかいて誤魔化すローレンツ中佐の言葉に口々にその場に居合わせた面々は笑いながら「気をつけたまえ」と口にしていき、場は再び和やかな空気へとなりだす。

 

「失礼します、アルフィン皇女殿下をお連れしました」

 

 そして待ちかねた救世主の到来を告げる言葉にレクターは違和感を覚える。

 声の主、それはレクターもよく知る人物、義姉弟にしてリィン・オズボーンを溺愛して止まぬクレアのものだ。

 だが、その声がどうにも落ち着かないように聞こえるのは自分の気のせいだろうか。それは感極まって泣いているためとかではなく、もっと別次元の……

 

「おお、これはアルフィン皇女殿下!よくぞご無事で!!!」

 

 そんなレクターの思索を打ち切るように、現れた人物に居合わせた者たちは歓喜の表情を浮かべる。

 討伐軍が欲して止まなかったアルノールの血を引く、この国の至宝とまで謳われる可憐なる姫君アルフィン・ライゼ・アルノールがその姿を現したのだ。

 

「お久しぶりです、知事閣下。元帥閣下も。お二方もご無事で何よりでしたわ」

 

「誠にもったいなきお言葉。皇女殿下こそ本当にご無事で在らせられた事、改めて女神に感謝したいところです」

 

「ふふふ、それに関しては私の頼もしい騎士であるこちらのアデーレ大尉、そしてオズボーン少尉のおかげですわ」

 

 誇るように告げられた言葉と共に傍に控えたアデーレ大尉は誇るように胸を張る。

 そうしてもう一人の方にと目をやろうとした瞬間に一同の頭に疑問が過る、肝心の人物が姿を見せて居ないからだ。

 

「……リーヴェルト大尉、件のオズボーン少尉は一体どうしたのだ?」

 

「少尉は、その、現在医務室にて治療を受けて貰っています。どうやら此処に来るために随分と無茶をしたようでして、彼の纏う軍服が彼の吐き出した血で真っ赤に染まっていましたので」

 

 本人は医務室での治療など要らない、少し時間を貰えば放って置いても治る等と言い放っていたが、そんな事が常識的に考えて(・・・・・・・)あるはずがないのだ。

 ただの強がりであるとそう判断したクレアは、どこか超常的な雰囲気を纏うようになりまるで別人のようになった義弟をすぐさま医務室へと叩き込ませた。

 軍医より、問題ないとの判断を貰うまでは医務室から出てはならない、これは大尉(・・)としての少尉(・・)に対する命令(・・)であると、そう告げて。

 

 

「出席出来ない代わりにと、少尉から預かっている資料があります。貴族連合の蒼の騎士、そして少尉の操る“騎神”の性能と運用に関して少尉が纏めた資料。

 そして、情報局所属のアルティナ・オライオン軍曹が貴族連合に居る協力者より入手した情報の載った資料です」

 

 その言葉と共にリィンが徹夜して作った資料が会議の出席者へと配られる。

 討伐軍にとってはまさに値千金の情報であり、今にも読み進めたいところではあったが、それよりも先ずはアルフィン皇女への応対、それが先であった。

 

「して皇女殿下、我らへの合流を願い出ているという事でしたが……」

 

「はい、元帥。この内戦を終わらせるために、貴方方の力を私に(・・)貸して欲しいのです」

 

 凛とした様子で、覚悟の込められたその発言に思わず一同は瞠目する。

 力を貸して欲しいと、確かにそう彼女は言った。この内戦を終わらせるためにと。

 それは、すなわち……

 

「……それはつまり、我ら討伐軍の旗頭になって頂けると、そのような認識でよろしいのでしょうか」

 

「ええ、元帥の認識に一切の相違はありません。貴方方が帝国軍人としての役目を果たすのならば、私もまたアルノールの血を引く者としての役目を果たします」

 

 それは討伐軍側にとっては想定外のされど願ってもない申し出であった。

 正直に言えば、討伐軍の面々はアルフィン皇女に対してオリヴァルト皇子程の期待はしていなかった。

 皇族に対する敬意は無論の事持ち合わせている、しかしそれでも彼女は未だ若い15歳の少女だ。

 トールズ士官学院という歴とした士官学校を卒業している彼女の兄とは異なり、軍事や政治への造詣が明るいとも決して言えない。

 当然将兵の命を背負う覚悟等まだ出来ては居ないだろうというのが彼らの共通認識だった。

 

 故に彼女を引き込もうと考えていた者達は、多少強引な説得が必要になるだろうと踏んでいたし、

 あくまで皇女殿下の意志を尊重するつもりであった者達は紅き翼と連絡を取り、彼女を保護してもらうべきではないかと考えていた。

 しかし、アルフィン・ライゼ・アルノールの告げた言葉、その場に居合わせた者たちの予想を超えていた。

 

「それで、如何でしょうか?私、アルフィン・ライゼ・アルノールは貴方方が掲げる御旗に相応しい存在でしょうか?」

 

「「「「「我らが忠誠と剣を皇女殿下に!」」」」」

 

 どこか悪戯っぽく問いかけられたアルフィンの問いにその場に居た者たちは一斉に起立して最敬礼を施す。

 それは儀礼的なものではない、心よりの敬意が込められて行われたものであった。

 

「……その忠誠と献身に心よりの感謝を。奸臣クロワール・ド・カイエンを討ち、この国に秩序と安寧を取り戻すまで、その剣を皇帝陛下に代わり私、アルフィン・ライゼ・アルノールが預かります」

 

「「「「「イエス、ユアハイネス!」」」」」

 

 帝国軍人としての誇り、自分がエレボニア人である事の誇り、素晴らしき主君に剣を捧げられる喜びが列席者の心を満たす。そうして高揚した心と共に会議を再開しようとしたタイミングで、ノックをする音が響き

 

「失礼致します。リィン・オズボーン少尉が来ております、ムライ軍医の了承を得たので、至急会議へと出席させて頂きたいとのことですが?」

 

「な……!?」

 

 告げられた言葉にクレア・リーヴェルトは驚愕する。

 嘘だ、そんな事があり得るはずがない。口からだけではなく、それこそ身体中から血が吹き出たようなあの有様はどう見ても、数日間は静養が必要な重症だったはずだ。

 それにも関わらず、軍医が許可を出すなどそんなのに有り得るはずがと。

 

「なんだ、一体どれほどの重症かと思ったが、どうやら大した事はなかったようだな」

 

「いやはや、これで一安心というものですな」

 

「しかし、リーヴェルト大尉は少尉の姉代わりだとは聞いていたが、少々過保護過ぎるのではないのかね?公私混同は感心出来んぞ」

 

「まあまあ、一ヶ月も行方知らずとなっていたのです。多少過保護になるのは止む得ない事でしょう」

 

 そして、直接リィンがどんな有様だったかを見ていなかった出席者達はクレアの過保護さと捉える。

 パッと見如何にも酷いように見えたが、専門家が見てみると実は大した事がなかったという過保護な母親等がやりがちなミスだったのだと。

 アルフィン・ライゼ・アルノールもまた自身がそういった分野に疎い事は知っているために、実は大した傷ではなかったが自分にそれに気づかなかっただけだと捉える。

 ただ、アデーレ・バルフェットはクレアと同様に疑問を抱く。アレはクレアの過保護だとかそういう次元の物ではなかったはずだと。

 和やかな空気になる列席者と訝しがるクレアとアデーレ、そんな空気の中、その男は姿を現した。

 

 

 

「……宰相閣下?」

 

 衝撃により、齎された静寂、それを破るようにポツリと声を思わず漏らした後にレーグニッツ知事は否違うと頭を振る。

 確かに似ている、その瞳の中に宿した覇気は盟友たる亡き宰相を確かに彷彿とさせるものだった。

 だが同時に目の前の人物はどこか、高貴さを漂わせていた。それこそ纏う衣服が違えば、思わず皇族なのではないかと思うほどの。

 纏う風格はまさに歴戦の将軍のようでもあり、それこそこの国を統べる至尊の座にある御方ではないかとさえ錯覚するようなものであった。

 誰もが視線を釘付けにされる、一体これは誰(・・・・)なのだと。

 

「リィン・オズボーン少尉、参りました。一ヶ月もの遅参、弁明の仕様もございません。どのような罰も受ける所存です」

 

 そしてそんな一同を余所に現れた人物は少尉等という甚だ不釣り合いな階級を名乗る。

 帝国元帥を名乗ってもおかしくないようなこの風格を纏う人物が少尉?士官学校出たての若僧だと?そんな馬鹿な事があるかと、冗談のような気分にその場の者達は陥る。

 

 養父であるオーラフ・クレイグもまた呆気に取られる。

 男子三日会わざれば刮目して見よとは言う、だがこれは余りにも変わり過ぎだと。

 今年の学院祭は情勢が切迫していたのもあって、行けなかったがために最後に会ったのは一年近く前の正月の時になる。

 この一年の間にどれほど頼もしくなったかは、部下であるナイトハルトからも聞いていた。

 皇女殿下を救出してのけた事、大陸最強との異名を持つかの赤い星座の大隊長と分ける程の使い手となった事も、正直末恐ろしい(・・・・・)程の成長速度だと、そう評していた事を。

 だがこれはもはや末恐ろしいのではない、すでに十分に恐ろしいのだ。

 一体この威風堂々とした姿を前に、誰か士官学校を卒業したての新米少尉だなどと思うだろうか?

 階級章がなければ、閣下はどうやら冗談の才能の分も軍才へと注がれたのでしょうな、等とローレンツ中佐が揶揄しかねない。

 義息子の生存を喜ぶ確かな気持ちがオーラフの中にはある、だがそれを上回る疑問が今、彼の頭の中を満たしていた。

 目の前の人物は本当に自分の義息子(・・・・・・・・・)なのかと?

 

 ウォルフガング・ヴァンダイクは驚愕していた。

 彼の心を満たすもの、それは自分はかつてこれと同じ(・・・・・)ものを見たことが在る、そんな既視感だ。

 教え子であったリィン・オズボーンの変貌、それはかつて自分の部下でもあった彼の父ギリアス・オズボーンに起きたそれと極めて酷似していた。

 かつて自分の部下であった頃、正規軍准将であった頃のギリアス・オズボーンは極めて優秀で素晴らしい軍人だった。しかし、同時にそれでもあくまで卓越した素晴らしい軍人、その域を出る事はなかった。

 それが、襲撃事件によって妻を失った事で文字通り人が変わった。それこそ人という種を超越でもしたような、“怪物”と畏怖されるような存在へと。

 また自分は止められなかったのではないか、そんな想いがヴァンダイクの心へと過る。

 

 ブルーノ・ゾンバルト少佐は狂喜していた。

 

違う。目の前の人物は自分のようなただの秀才(・・・・・)とは別格だ(・・・)、そんな想いが心を満たす。彼がそう思ったのは、実にこれが二度目(・・・)であった。

 ブルーノ・ゾンバルトは優秀な男だった。彼の優れた頭は教えられたことをすぐ覚えた。身体もまた病気とは無縁の健康そのものであった。幼少期から当然のように一番を取り続けていた彼は、軍人である父から英才教育を施されていた事も相まって、帝国全土から英才が集う中央士官学院でも当然のように三年間首席を維持し続けた。

 そんな才覚を鼻にかけるようなところはあったものの、彼は決して悪逆な人物ではなかった。

 むしろ、その逆、彼は何よりもそういった世に存在する“悪徳”を憎んだ。

 彼の父は優秀な軍人だった、清廉潔白で高潔で不正に手を染める等決してあり得ず、祖国を愛し、部下から慕われる、「我ら軍人は祖国とそこに住まう民を護るためにこそ存在するのだ」そう自分に常々言い聞かせていた自慢の父だった。

 彼にとっての転機、それは13年前の《百日戦役》だった。その戦いで第十一機甲師団において副司令官を努めていた、彼の父は還らぬ人となった。それ自体はまだ良かった。哀しくはあれど、軍人の習いだ。父も母も、そして自分も覚悟していた事だった。

 だが、祖国のために散った父を、本来歓呼の声で迎えられるはずだった父に対して父が護ろうとした祖国の民は罵声を以て報いた。第十一機甲師団、それが壊滅する事になったのはどうも副司令官であった父が采配ミスをしたためだと、そんな記事が載ったからだ。

 ふざけるなと叫びたかった。何故軍事について満足に学んだこともない、貴様らがそんな事を言えるのだ!と安全圏に身を起きながら好き勝手な事を抜かす者たちに激しい怒りを覚えた。

 彼は父を擁護するために必死になって父の部下から話を聞いた、何故父が死ぬ事になったのかと。果たして父の死の原因は本当に父の采配ミスだったのか、それを確かめるために。

 そうして調べ上げる内に気づたのだ、父が死んだ原因、それは副司令官であった父ではなく司令官を努めていた男の采配ミスによるもので、父はその尻拭いをさせられたのだと。それにも関わらず父の原因とされた理由は唯一つ、父が平民であり、司令官の男はアルバレア公爵家とも縁深い伯爵家の出身だったからだ。

 激しい怒りと憎悪を以て、彼は父を擁護するレポートを書き上げて、各新聞社へと送った。しかし、そんな彼の努力は全く以て実らなかった。件の伯爵家が裏から手を回していたのだった。

 

 何もかもが憎かった。父へと罪を押し付けた貴族も、そんな貴族に屈している帝国社会も、良いように踊らされている民衆も、麒麟児等と持て囃されようと何も出来ない無力な自分も総て。

 そんな中、その人物は現れた。平民出でありながら、皇帝陛下より抜擢されて史上初の宰相となった男、鉄血宰相ギリアス・オズボーン。

 彼は瞬く間に帝国を変えていった。貴族の特権と横暴、それらを排し、貴族と平民の別なく能力のある者が取り立てられる公正な社会へと変えていったのだ。

 彼が宰相についてから程なく、ゾンバルトの父の名誉は回復された。百日戦役に置いて何故敗れる事になったのか、その検証を貴族勢力への配慮や忖度など一切なしに徹底的に行ったからだ(・・・・・・・・・・)

 ゾンバルトは歓喜した。正義はやはりこの世にあったのだと、そう涙を流しながら父の名誉を回復してくれた偉大なる宰相へと深く感謝した。

 

 彼に新たな目標が生まれた。軍人となり、この偉大なる宰相閣下の手足となり、宰相閣下が作り上げる公正な社会、それを作り上げるための一翼を担うのだと、そう決意した。

 そうして当然のように士官学院を首席で卒業したゾンバルトの目の前に彼は現れた。帝国政府代表として、士官学院の卒業生の激励へと来たのだ。

 違う。目の前の人物は自分のようなただの秀才(・・・・・)とは別格だ(・・・)、そんな想いが彼の心を満たした。何があってもこの方には自分ごときでは到底及ばないとそう自身の才幹に高い自信を抱く彼が思ったのはギリアス・オズボーンが初めてであったのだ。

 

 そして今、ゾンバルトは再び同じ思いを抱いていた。

 リィン・オズボーン、鉄血の子の筆頭にして今は亡き宰相閣下の遺児との邂逅で。

 もう二度と出会えぬとばかり思っていた、鋼の輝き、それと再び出会えた事に涙を流さんばかりに歓喜していた。

 

 そんな様々な思惑と感情が渦巻く空気の中、一度は舞台からの退場を余儀なくされた《鉄血の継嗣》は再び舞台へと上がったのであった……

 




支店長だとか取締役だとかのお偉いさんが集まっている会議に出ても一切緊張していない新入社員のリィン・オズボーン君じゅうはっさい

こいつは大物になりますよ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。