むしろその逆、不幸にも相争う事になった本来肩を並べて共和国という敵に立ち向かう“戦友”という認識です。
当然、極力犠牲を抑えるように努力します。
アルフィン・ライゼ・アルノール号令の下、正規軍は東部戦線に於いて全面攻勢に出た。それは文字通りの大攻勢、持久戦を放り捨てて、残っていた物資をかき集めた乾坤一擲の大勝負だ。此処を凌げば、それだけで貴族連合は勝利する。正規軍のこれ以後の補給計画は総て、双龍橋を陥落させた事を前提としているからだ。
派手に勝つ必要はない、凌ぐだけで自ずと勝利の天秤は領邦軍の方へと転がり落ちる……はずだったのだが
「ク、一体何がどうなっておるのだ!奴らのこの勢いは一体なんだというのだ!!!」
常軌を逸した、苛烈な大攻勢に晒されて各戦線の領邦軍は完全に押されていた。
戦いには“勢い”というものが存在する。それは時として計算を上回る策士の天敵、戦略的な劣勢を、物資の欠乏を補う末端の兵士にまで浸透した高揚した士気があって起こるものだ。指揮官自らの陣頭指揮あるいは時には国家を指導する立場にある王自らが戦場に出向く等という、冷静に考えればリスクの高すぎる愚策が世の中から潰えないのもこれが大きな由縁と言えよう。
冷静に考えれば、それは確かに愚策だ。だが考えても見て欲しい、
必要なのだ、兵士を酔わせる事が出来る資質が、他者を“狂奔”させる事の出来る素質が将には。それがわかっているからこそ、名将とされる人物たちは危険を承知の上で陣頭に立ち、自らを砲火に晒す。そして兵達はそんな己が上官の背中を見ることで、
オーラフ・クレイグはそれを無意識に出来る紛れもない正規軍有数の名将であった。なればこそ、彼の部隊は正規軍の中でも屈指の精鋭と謳われている。
だが、今日この時ばかりはこの勢いを齎したのは彼の功績ではない。
この勢いを齎した人物、それは
「進め進め!勝利の女神たる姫殿下は我らに微笑んでおられるのだ!!恐れるものなど何もない!!!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」」
アルノールの血を引く帝国の至宝、アルフィン・ライゼ・アルノールに他ならなかった。
彼らは見ている、気高き姫君、誇るべき偉大なる至尊の血を引く帝国の至宝たる姫殿下の凛とした姿を、未だ年若い少女が精一杯己に課せられた責務を震えを堪えながら背負うとしているその健気な姿を。
そんな姿を奮い立たぬ者が居るだろうか、居るとすればその者は恐らく人の心を持たない機械に違いない。気高く可憐な姫君のために命をとして戦う、そんな男子であるのならば一度は夢見ずには居られない、“幻想”を今の彼らは本気で信じていた。
そしてそんなともすれば暴走となりかねない“勢い”をヴァンダイク元帥指揮の下、正規軍の名将達は見事に統御してのけていた。12月9日、膠着状態にあった東部戦線において勝利の天秤は大きく正規軍へと傾き始めていた。
各地より怒号のように聞こえる、悲鳴のような救援要請が双龍橋の司令室で鳴り響く。
指揮官、リーダーの資質というのは往々にして平時よりも非常時に求められる。
発達した組織というのは平時であれば、リーダーが不在でも大過なく回るものである、だが非常時ではそうはいかなくなる。非常時とは平時であれば通用したマニュアル、定石が通用しなくなるからこそ非常時なのだ。
こうした時、組織というのは「俺が責任を取る!」と豪語してくれる上が居てこそ下の者は安心して働けるものなのだ。立場に見合った責務というのはそういうものなのだ。
そしてその非常時におけるリーダーとして双龍橋司令室に務めるオットー・ハルテンベルク伯は……
「お、おい、本当に大丈夫なのだろうな?」
動揺を露に問いかける。彼の脳裏に過るのは血に飢えた野蛮な賤民共、伝統と文化というものを凡そ解さない革新派等という蛮人共がこの要塞に大挙して押しかけて来る光景だ。
「ご安心下さい閣下。これ程の苛烈な攻勢等、そうそう続くものではありません。3日です。3日耐えれば、奴らの攻勢は限界に達する事でしょう。今の連中の攻勢は、いわばロウソクが消える寸前の最後の輝きです。ーーーよしんば手薄になっているこの要塞へと強襲をかけてくる部隊が居たとしても、この要塞には未だ機甲兵部隊も存在し、カイエン公より送られたかの赤い星座も居るのですから、まず遅れを取る事はございません。」
「う、うむ確かに卿の言うとおりだ。些か慎重になり過ぎていたな」
そんな首席幕僚の極めて論理的で常識的な助言にハルテンベルク伯もまた安堵の色を見せる。
家柄が後押しし、司令官としては些か小心なところはあったが、ハルテンベルク伯は決して劣悪な人物ではなかった。東部戦線の要衝たる双龍橋を任せられるだけあって、それなりの能力は持ち合わせていた。
良く革新派側が貴族派を非難する際に用いられる常套句として「生まれの特権にあぐらをかいているだけの無能者が貴族というだけで不相応な地位に就いている」という指摘があるが、これは一面的には真実では在るが、総て鵜呑みにするには些か危険な論法と言えよう。
確かに家柄によって贔屓されている側面は存在する、だが幼少期より高度な教育を受けた貴族と呼ばれる人種は客観的に見て、高い教養とそれ相応の能力を持ち合わせているものだし、何より彼らには自らを支える従士達が居る。余りにも度が過ぎた振る舞いをすれば、貴族社会からも爪弾きにされるのもあって、帝都市民が想像するような如何にも驕り高ぶった様子の馬鹿殿等というのはそうそう転がっているわけではない。
では、何故そのような言説が支持されているのかと言えば、それはそういった少数例の振る舞いが目立ち、目に留まりやすいというのも無論存在はするだろうが、視点の違いだろう。
軍人は退役すれば、軍人ではなくなる。政治家にしても官僚にしてもそうだ、彼らは引退すれば公に心臓を捧げた公人からただの人に、私人へと戻る。
だが、貴族は違う。生まれながらに流れる血に責任を有する彼らは、心臓が止まるその時まで“貴族”という権力者なのだ。生きている限り彼らは一門の人間と自分たちに仕える従士へと応える義務が存在する。そんな支持基盤を大衆からの支持などというあやふやな所に置いていないところが、貴族の強みであると同時に弱みでも在る。
大衆からの支持など気にしない彼らは、権力のためなら、自家の存続と繁栄のためなら卑劣、卑怯な手をいくらでも打つことが出来る。その権力のためなら、形振り構わない“強さ”が帝都占領という“暴挙”を成し遂げた。彼らにとっては民衆などというのは風見鶏のようなもの、どれだけ不平不満を唱えようが、所詮は
しかし、そんな彼らの強さは弱さにも繋がる。銃口を突きつけられば、確かに大半の者は従うだろう。命よりも矜持を優先させられるなどというものはこの世に於いて圧倒的な少数派なのだから。だが、不満自体は燻るのだ。
多くの兵士、いや兵士に限らず人間というのは、
そして、卑劣な真似、卑怯な真似を行う上官、盟主などというのはその酔いを覚ます冷水も良いところ。保身能力の高さと卑劣、卑怯な手でも平然とやってのける悪辣さは兵の心を失う結果へと、己の背負う家門に対する責任感は公のために己を殺すチームプレーとは真逆のスタンドプレーを生む結果にと、権力者としての強さの源泉である長所が見事なまでにひっくり返ってしまうのだ。
東部戦線に存在する貴族連合の将達は、そんな能力自体はある、だが将兵を“狂奔”させる事は出来ず、加えて言えば連携と纏まりを欠いた凡将の集まりだったのだ。その様は、百日戦役の敗戦により徹底的な改革が行われた正規軍とは真逆の、“貴族”という存在の欠点が最も顕著に出ているものだったと言えよう。
それでも彼らは凡将と呼べるだけの能力はあったのだ。名将、良将と呼べる程の“有能”ではなくても、総参謀ルーファス・アルバレアという稀代の戦略家によって築き上げられた戦略的優位を、計算を崩す程の“無能”ではなかった。
「高速で接近する謎の機影あり!……これは、凄まじい速度です!現存するあらゆる飛空艇を凌駕する速度で接近しています!」
だが、この世にはそんな秀才の計算を、凡人の足掻きを覆す“英雄”と呼ばれる人種が存在する。それはまさしく天に選ばれたかの如く人類史に忽然と現れる存在。
それは時代に流されるしか出来ない凡百の存在とは違う、時代を作り上げる存在だ。
味方からは神の如く崇敬を、敵からは悪魔の如き憎悪を買う、人の身で在りながらも人の身では到達し得ぬ頂きを目指す存在。
『なんだよ……なんなんだよこいつ。なんでこんな人型の形をしているのに、なんでこんなに空で機敏に動けるんだよ!!!』
オペレータの言葉からすぐに、司令室内部を飛空艇部隊の悲鳴が満たす。
それは有り得ない存在と出会ってしまった不幸を嘆く恐怖に満ちた言葉。
航空力学という物理法則に、中のパイロットにかかる負担という物理的な限界を超越したかの如き理不尽への怒り。
自分たちごときでは抗う事の出来ない“怪物”と出会ってしまった只人の嘆きだ。
「飛空艇部隊、次々と不時着していきます!」
されど、その理不尽を齎す存在は決して血に飢えた獣に非ず。
彼らの幸運は、
祖国の敵には一切の容赦を持たぬ悪魔の如き冷徹さを持つ反面、
“英雄”とはそんな常人では背負えぬ、人倫を超えた聖邪を呑み干し、果てなき頂きをどこまでも目指す存在。
数十万にも及ぶ敵と味方の屍を積み上げて、神の領域たる天へと挑む存在なのだ。
そしてそんな天より“英雄”は降り立った。
戦禍に塗れた祖国を救うべく、“悲劇”を終わらせ、民の涙を笑顔へと変えるために。
その姿はまさに女神が遣わした使途の如き神聖さを醸し出し、只人の身に畏怖を植え付ける。
自分達は“女神”を敵にまわしてしまったのではないかとそんな錯覚を。
「何をしている!敵はたかが一機だぞ!!!囲んで討ち取れ!!!!」
しかし、そんな錯覚も一瞬。指揮官よりの号令に従い、精鋭たる機甲兵部隊は不遜なる敵手を討ち取るべく弾かれたように動き出す。
だが、彼らの忠節は全く以て報われなかった。鎧袖一触、そんな言葉を体現するかのように蹴散らされていく。しかも、一機としてコックピットを貫く事無く。
それは彼我に存在する絶対的な力量差を知らしめるものであった。殺さないように務める、そんな敵に配慮する“余裕”が存在する程に。
天より舞い降りた光景、神聖ささえ感じさせられるその威容と佇まい、光り輝く双剣はまるでお伽噺の勇者が振るう武器の如き神秘さを帯びて、そしてどこまでも清廉に振るわれる太刀筋は、敵である自分たちにさえ“慈愛”を向けているものであった。
君達は私の敵ではない、本来肩を並べて共に戦うはずだった戦友なのだと百の言葉よりも雄弁に語るその光景を見せつけられていく事で領邦軍側の戦意は瞬く間に萎えていく。自分たちが、お伽噺の悪役となってしまったのではないか?そんな錯覚を覚えてしまったがために。
急速に衰えていく戦意、そんな空気の中一人の少女が恍惚とした表情で蕩けた視線をその“英雄”へと向けていた。その目はまさしく愛しい恋人に再びめぐりあう事の出来た“恋する乙女”そのものだ。
幸せの絶頂にあり、愛しい人の存在しか目に映らない、そんな“英雄”という“幻想”へと心の底から魅了されてしまった“恋する乙女”の表情。
「ああ……また会えた。やっぱり貴方は不滅の勇者だったんだね、リィン♥」
心の底に焼き付いた鋼の輝き、どこまでも雄々しく素敵な愛しの英雄。自分に“恋”というものを教えてくれた
愛しい人と再び巡り会えた喜びに、“血染めの戦鬼”シャーリィ・オルランドは陶酔しきった艶声を挙げるのであった……
英雄に剣を捧げられてしまった皇女「捧げられた剣に見合う存在にならなくちゃ……!私は、私はこの国の皇女なんだから……!」
英雄を身内に持ってしまった義姉「リィンさん……貴方は本当にかつてと同じリィンさんなんですか……?」
英雄に恋する乙女「わぁ……前のワイルドな感じも最高だったけど、今のイメチェン後の姿も素敵だよ!でも、シャーリィだけには前みたいな雄々しい姿をみせてくれると嬉しいなぁ♥」