(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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“英雄”は未来を見据える

 

 シャーリィ・オルランドは15歳になるまでに“恋”というものを経験した事がなかった。

 いや、正確に言えば彼女はそれまでも恋していたのかもしれない、強き戦士達に、戦場そのものに。

 それらと戯れている時に彼女は確かに幸福だったのだから、極めて特殊な形だがある種の恋や愛だったと言えたのかもしれない。

 しかし、年相応の夢見る乙女心、それが複雑に入り混じった事で彼女にとっての“恋”のハードルを凄まじく高いものにしていた。

 “恋”とは曰く、その人しか目に映らない程に素敵なもの、同年代の女友達が居らずいわゆる普通の育ち方をしていない彼女はそんな本に描かれている内容を鵜呑みにした。

 自分にとっての“運命の人”はどんな素敵な人なんだろう、そんな乙女らしい夢を抱いていたたが、待てど待てどもそんな人は現れない。

 良いなと思う人にはしばしば会える、だが数回戯れると気がつけばその人とはそれっきりだ。

 はて、これは一体どういう事だと、次第に焦り出す。ひょっとして自分はビッチ(・・・)と呼ばれる移り気な女なのだろうかと悩んだ事もあった。

 やがて焦りは消えて行き、変わって訪れたのはある種の諦めだ。どうにも自分は一般的な女の子とズレているらしいので、そういう普通の女の子めいたものがきっと出来ないのだろうとそんな風に考え出した。

 そしてそれでも良いと思った、別段十分に幸せだったから、良いさ移り気な女は移り気な女らしく、美味しそうな相手をこれからも積極的につまみ食いして行けば良いとそんな風に思った。

 

 そんな半ばあきらめていた時に彼女は“運命の出会い”を果たした。

 リィン・オズボーン、数ヶ月前に出会った“運命の人”。雄々しくどこまでも輝いていた不撓不屈の英雄。

 シャーリィはたちまち彼に夢中になった。彼に比べれば、それまで「良いな」と思えた人が総て色あせて見えた。

 将来はともかく、現時点では彼よりも強いはずの人達でさえそんな風になってしまったのはシャーリィにとっては不思議だったが、すぐにそんな事は考えるだけ無粋だと理由など考えるのは辞めた。だって“恋”というのは理屈ではないのだから。

 シャーリィ・オルランドがリィン・オズボーンに恋をしたのは、リィンがリィンだったから、それで良いではないか。

 彼との逢瀬を夢見てシャーリィは今一度自分を磨き直した。空白となっている闘神の座、それを継ぐために父へと鍛え直す事を願い出た。それでも、愛しい彼がどうしているかがついつい気になってしまうのが乙女心というもの、シャーリィは柄にもなく帝国で彼の事が載っている新聞や記事を積極的に取り寄せてそれに目を通していた。

 紙面越しでしかないが、彼のその凛々しい表情を目にするだけで彼に見合う女になるように頑張らなければと修練に一層身が入った。

 だが、そうしてお色直しを行っていた彼女の下にとんでもない訃報が齎される。

 『貴族連合の《蒼の騎士》、帝都を混乱へと陥れた暴虐なる《灰色の悪魔》を討伐!』そんな風に描かれた帝国の新聞の記事が目に飛び込んできたのだ。

 

 思えば、シャーリィ・オルランドが恐怖という感情を覚えたのはあるいはこのときが初めてだったのかもしれない。

 何よりも愛しい人が、自分以外の誰かにどこの馬の骨ともわからない奴に殺されるかもしれない、そんな危惧が現実になる可能性を提示された事でシャーリィは完全に我を忘れた。

 それは生まれた時から死が身近なものであったシャーリィにとっては初めての感情だった、誰かの死(・・・・)を恐れるなどという事は自分の死も当然のように覚悟している生まれながらの猟兵にとっては。

 初めて抱いた感情に完全にシャーリィは我を失った。「パパの言う通りに彼を信じて次を待った結果がこの惨状だった。やっぱりあの時最期までやり合うべきだったのだ」と彼女は生まれて初めて敬愛する父に八つ当たり(・・・・・)というものを行ったのだ。

 そうして帝国に行くと駄々をこね出した愛娘に嘆息しながら父親たるシグムントは信頼する部下をお守りをつけて、「やはりどうにも娘には甘くなってしまうな、俺も人の親という事か」等と自嘲しながら、ちょうど来ていたカイエン公よりの依頼を愛娘のために受諾するのであった。

 

 そうして派遣された地でシャーリィは再び恋した愛しい人へと巡り会えた。

 それは恋する乙女にとって、やはり自分と彼の間には運命の赤い糸が存在するのだと浮かれるには十分な出来事だった。ーーー実態は猟兵として鍛えられた闘争本能から、この地が東部戦線における重要地点だと見抜いたが故の行動であったが、恋している乙女にはそんな無粋な理屈よりも“運命”という言葉こそが好まれるものなのだ。

 かくしてシャーリィ・オルランドは再び想い人とめぐりあう事が出来た。再び訪れた逢瀬の機会に彼女はまさしく夢見心地で、デートの場所へと今にもスキップしそうな浮かれ気分で歩を進める。

 

 その様子はどこまでも子ども(・・・)であった。自分はこれだけ思っているのだから相手も応えてくれるに違いない、そんな無邪気で可愛らしく傲慢な(・・・)発想。

 “失恋”という痛みを経験したことがない夢見がちな少女のする都合の良い砂糖菓子のように甘ったるい妄想だ。

 シャーリィ・オルランドは戦いの天才だった、故に彼女は経験したことがなかったのだ。格下だった者、あるいは同格だったものに追い抜かれる、そんな世の只人達が成長過程で散々に舐める事になる辛酸を。

 何故ならば彼女は常に追い抜いて行く側だったから、格上の者が居たとしてもそれは彼女よりはるか年上の者だったから。

 いつのまにか置き去りにされる恐怖、どれほど自分が本気を出しても決して追いつけず、自分では及ばぬ高みへと至っている。そんな己の限界というものを突きつけられる挫折という経験を、初な天才少女は未だ経験した事がなかったのだった……

 

 

・・・

 

「アハハハ!」

 

 狂ってしまいそうな喜悦と共にシャーリィ・オルランドは目前の敵へと苛烈な攻撃を加える。

 しかし、そんな苛烈な攻撃をリィン・オズボーンは的確に防ぎ、かつカウンターを行う。

 無傷のリィンに対して、決して浅くはない裂傷がシャーリィの身体へと刻み込まれる。それはこの数ヶ月の間に出来た二人の間の実力差を如実に示すものだと言えよう。

 かつてオルキスタワーにて死闘を繰り広げた時には五分だったそれが、今では明らかに優勢な側と劣勢な側を別かつ事となった。

 

「すごい!凄いよリィン!!!此処まで強くなっているだなんて!!!やっぱり貴方は最高だよ!!!!」

 

 しかし、そんな最中にあって尚シャーリィ・オルランドは喜悦の色を崩さない。

 ああ、なんて素敵な人なんだろう、この人は何時だってそうだ。初めて出会った時から何時だって自分の想像のはるか上を往く。自分とて誓って怠けていたわけではない、闘神継承のための修行を最期まで行ったわけではないが、それでもこの逢瀬を夢見てひたむきに自分に磨きをかけていた。

 だというのに、目の前の愛しの英雄はその上を行っていた。ああ、やはりこの人は最高だ。誰にも渡したくないし譲る気など無い、彼を殺すのは自分だし、自分を殺すのもまた彼以外に有り得ない。

 

「イメージチェンジって奴?ふふふ、前の荒々しい貴方も素敵だったけど今の落ち着いた感じも素敵だね♥大人の男って感じ」

 

 以前にやりあった時の獣性と殺意をむき出しにした様子はどこか行き、今の英雄の太刀はどこまでも澄んでいた。武の至境、『理』と称される頂きに今のリィンは限りなく近づいている。後ほんの少し、そう後ほんの少しのきっかけでリィン・オズボーンはそこに至るだろう。

 ほんの数ヶ月、ほんの数ヶ月の間でシャーリィ・オルランドはかつて五分だった、いや実戦経験の差を入れれば自分の方が上回っていた“技量”という点に於いて完全にリィン・オズボーンの後塵を拝していた。技だけではない、力もまたそうだ。まるで人間を超越したが如きその身体能力はシャーリィのはるか先を往き、それを振るう精神性にも一切の揺らぎ無く殺意の奔流を鋼鉄の如き精神によって律していた。心技体、その3つ総てが数ヶ月前とは比べ物にならない高みへと至っている事は疑いようがなかった。

 そしてそんなリィンの強さにシャーリィ・オルランドは歓喜の咆哮を挙げる。想い人が更に素晴らしくカッコよくなっているのだ、恋する乙女としてこんなにも嬉しい事が有るのかと。

 こうしている今も身体に刻み込まれていく裂傷は彼女にとっては何よりも素晴らしい勲章であり、愛の証に思えたのだ。

そう今のリィン・オズボーンも確かに魅力的だ、あるいはこっちのほうが好きという人も居るかもしれない。

 

 けれどーーー

 

「だけどやっぱり、シャーリィは以前のリィンの方が好みだなぁ。もっと貴方のむき出しの殺意(アイ)をぶつけて来てよ!それで、シャーリィが貴方のものだって証を刻み込んで!!」

 

 あのむき出しのどこまでも混じり気なしの純然たる殺意、必ず殺すと必滅を誓う、魂毎射抜くような鋭い鋼の眼光にこそシャーリィ・オルランドは心を鷲掴みにされたのだからと。

 シャーリィ・オルランドは身体に刻まれる裂傷などまるで気にせずに常軌を逸した猛攻を続ける。さあとことん最期まで()し合おう。邪悪なる竜を討滅するのが英雄の使命なれば、いざむき出しの貴方を見せて欲しいと。あの時のように、さあ共に高め合おうと。

 しかし、そんな恋する乙女の愛の言葉にも英雄は動じない、どこまでも静謐にその双剣を振るい続けるのみだ。貴様相手にはこれで十分だ(・・・・・・)とでも告げるように。

 それが、シャーリィには酷く哀しい。あの時はあんなにも深く()し合って、あの逢瀬をずっと夢見て自分はわざわざ帝国にまで来たのにどうしてそんなに連れないのかと。鈍感極まりない“英雄”に初めて不満を抱く。

 

「良いよ!そういう事だったら、意地でも振り向かせて見るだけだから!!!」

 

 だがシャーリィ・オルランドの辞書に諦め等というものはない。

 振り向いてくれないというのなら、振り向かせるだけの事。つまるところ、今の彼がこんな連れない態度なのは自分が彼の本気(・・)に値していないから。

 確かにこの数ヶ月の間で、自分と彼の間の差は開いた。だがそれが何だというのか、今の自分が釣り合っていないというのならあの時のように彼に釣り合う自分になるだけだと魔竜は覚醒を果たしていく。

 愛しの英雄が本気を出して討伐するに値する存在へとなるために、愛しい彼に釣り合う女でありたい、そんな健気な乙女心によって。

 身体にかかる負荷など一切頓着せずに闘気をひたすらに高めていく、そんな彼女の想いに呼応するかのように彼女の身体に流れる闘神の血はマグマのように熱く脈動し続ける。余りにも高まりすぎた闘気は彼女の肉体という器を破壊し始めるが、そんな事は知った事かとどこまでもどこまでも雄々しき英雄へと追いつくために。

 

「行くよリィン!この私の想いをどうか余さず受け止めて!!!」

 

 熱烈な愛の告白と共に叩きつけられたその一撃は、先程までとは比較にならぬ速度と破壊力だ。

 カウンターを叩き込む余裕はなく、リィンは防戦へと回りだす。此処に戦いの天秤は再び均衡し始める。

 シャーリィ・オルランドはその心を以てリィン・オズボーンへと再びに並び立ったのだ。

 

「これが私の全力だよ、リィン!!貴方が相手だから私はこうなれた!!!他の誰でもない、貴方だからこそ!!!」

 

 沸騰していく血液、断裂していく筋繊維、ひび割れていく骨。想像を絶する苦痛が身体を襲っているにも関わらずシャーリィ・オルランドはそんな色など欠片も滲ませずに喜びを露にする。

 ああ、最高だ。この自分の限界を突破していく感覚こそが溜まらないのだと。貴方が相手だからこそ(・・・・・・・・・・)私はそれが出来るのだと。

 

「だから、貴方もそれに応えて!!!あの時のように!!!!」

 

 その結果としてこの生を終えるとしても一向に構わないと誰よりも雄々しく愛しい貴方の手にかかるのならば、いや貴方の手にかかってこそ私は死にたいのだと。

 さあ、どうか本気を出してくれと。あのどこまでも雄々しく荒々しい素敵な瞳でもう一度自分を見つめて欲しい、愛の証を自分の身体に刻み込んで欲しいのだと告白を前にして英雄はーーー

 

 どこまでも静謐にそれを受け止めて、卓越した剣技によってそれを凌ぎ続ける。

 これで十分なのだ(・・・・・)とシャーリィ・オルランドに突きつけるように。

 お前の勝手な想いに俺は応えるつもりなど無いのだと突きつけるそれにシャーリィは一瞬だけ哀しい瞳をして…… 

 

「そっか……いいよ、別にそれでも。意地でも貴方を振り向かせるだけだから!!!」

 

 諦めない。諦めない。絶対に諦めない。意地でも振り向かせて見せるぞと更に闘気を猛らせる。

 まだまだまだまだ、まだまだまだまだ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ―――ッ と。

 身体への負荷など一切考えずにどこまでも心の力で覚醒を遂げていく。

 そんなシャーリィ・オルランドの純然たる力を前に、リィン・オズボーンは練達と称するに相応しい、その巧みな“技”によって凌ぎ続ける。それはまさしく“力”では怪物にはどうあっても及ばぬ、人としての高み。人ならば思わず見惚れてしまう“英雄”の戦いだ。

 しかし、そんな英雄に対して魔竜はひたすらに覚醒を遂げていく。何が何でも愛しい人の本気を引っ張り出して見せると猛り続ける。貴方の本領はそれだけではないはずだと、その鋼鉄の心によって律している怪物を解き放ち、むき出しの貴方を見せてくれと。

 

 徐々にだが、英雄の振るう技を怪物の力が凌駕し始める。

 もう少しだ、もう少しだと怪物は猛り続ける。

 

(もう少し……もう少し………)

 

 何故だろう、もう少しまでのところまで来たはずのところで再びその剣が鋭くなり始めるた様に戸惑っていたのも一瞬。魔竜はすぐさま歓喜の咆哮を挙げる。

 望むところだ。ようやくこちらの本気に向こうも応えてくれたのだと、歓喜と共にさらなる力をーーー

 

 

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アレ?)

 

 何故か、身体が動かない。手足が言うことを聞かない。

 これは一体どういう事だろう、気が付かない内に攻撃を受けたのだろうか?とシャーリィは戸惑うが何のことはない、彼女は単に限界に達しただけなのだ。

 人である以上、物理的な限界というものがこの世には存在するのだから。

 どれだけ強く想おうと常に身体がそれに応えてくれるわけではない、想いに呼応するだけの下地を作るためにこそ日々、戦士は自分の技と肉体を磨き続けるのだから。

 そしてシャーリィ・オルランドの肉体と技は、彼女の燃え盛る心に着いてこれる領域にまで鍛え上げられていなかった、要はそれだけの話しなのだ。

 それはある意味では残酷な現実だった、シャーリィ・オルランドは決して自らを研鑽する事を怠っていなかった。そしてその才能も戦いの分野に限って言えば、リィン・オズボーンと大きな差があるわけではない。本来であれば、リィン・オズボーンが只人であればこれ程の差は生まれなかったはずなのだ。

 二人の間にこれほどまでに明確な差が生じた理由、それは偏に選ばれたか選ばれなかったかその差でしか無い。

 騎神の起動者として大きな飛躍を遂げたリィン・オズボーンに対して、起動者でない彼女は飛躍するための機会と翼を得る事が出来なかった。それだけの話しなのだ。

 

(ああ……………ああ)

 

 こちらを睥睨する愛しの英雄の瞳、それはどこまでも澄んでいた。

 そこには強敵を下した事に対する達成感や喜び、そういったものは宿っていない。

 ただ、道に立ちはだかった障害を適当に(・・・)かつ順当に(・・・)除けただけと言わんばかりの視線。

 慈悲もなく、憎悪もなく、どこまでもどうでもいい邪魔者(・・・・・・・・・)を倒しただけと言った態度だ。

 勝って当然(・・・・・)の相手に順当に勝っただけの事、誇るような事でも喜ぶような事でもないとその視線は告げていた。

 

 そして“英雄”はその双剣を収める。それは、これが帝国貴族としての伝統と格式のある決闘だからこその行動であった。

 戦いの最中でどちらかが死んでしまったというのならばともかく、明確に勝負が着いたのにトドメを刺すような行為は帝国貴族としての誇りを汚す行為として固く禁じられるところである故に。

 シャーリィ・オルランドを殺したところでハルテンベルク伯は気にも止めないだろうが、それでも伯をこちらに味方に引き込むためには帝国貴族の誇りと伝統を重んじているように見せかける必要が、今はまだあった。

 加えて言えば、トドメを刺してしまうと伯の周辺に居るであろう赤い星座の連中が何をするかわからないという懸念もあった。

 そこらのごろつき崩れならばいざ知らず、名だたる超一級の猟兵がそんな事をするとは限らないが、万一ということも考えられる。

 何よりも、赤い星座は上手くすればこちらに引き込む事が出来るーーー彼らの今の雇い主であるカイエン公にはかつて列車砲で彼ら毎宰相を殺そうとしたという爆弾があるからだ。

 これを利用すれば、カイエン公と手を切らせて、こちらに引き込む事は十分可能だと、この手の交渉において百戦錬磨たるアランドール大尉は豪語していた。

 故にリィン・オズボーンはシャーリィ・オルランドにトドメを刺すような真似はしない。決して慈悲などではなく、生かしておく場合のリスクとメリット、それを天秤にかけて後者がわずかだが上回ると判断したが故に。

 

 だがそうして、剣を収めこちらに背中を見せる英雄を見てシャーリィは狂いそうになる悲しみを味わっていた。自分は、殺す価値すら無い存在だと、想い人に断じられた故に。

 ポロポロとシャーリィ・オルランドは物心がついてから初めて涙を流した。それは悲しさと悔しさの涙だ。

 余りの悲しみにシャーリィは泣き出した、それは生まれて初めて味わう失恋と挫折の経験が齎したもの。それでもなお、追いすがろうとシャーリィは立ち去る英雄へと手を伸ばす。

 

 待ってーーー待ってよ愛しの英雄。私を置いて行かないでーーーと。

 されど、英雄は一瞥をくれることすらなくその場を立ち去っていく。格付けは済んだ、もはやお前に用はないとでも言わんばかりにどこまでも雄々しく未来を見据えて、粉砕した障害物に割く時間など無いのだと言わんばかりに。

 

 七曜暦1204年12月9日。双龍橋司令官ハルテンベルク伯は正規軍及びアルフィン皇女殿下への帰順を表明。

 伯爵のその表明と共に、帝国正規軍の大攻勢に晒されていた双龍橋以東の司令官達もまた雪崩こむように次々と降伏。

 此処に東部戦線の均衡は大きく崩れる事となる。それは苦境にあった正規軍の反撃の狼煙であった。

 

 七曜暦1204年12月10日。

 双龍橋にてヴァンダイク元帥らを迎えたリィン・オズボーン大尉は、双龍橋奪還の功績によって少佐へとその階級を進める事となる。

 更にカイエン公爵へと雇われていたA級猟兵団、赤い星座は「公爵は許されざる不義理を働いていた。もはや契約相手に値せず」という宣言と共にカイエン公との契約の打ち切りを表明。

 以後、十月戦役に於いて代わって雇った帝国軍情報局の猟犬としてその猛威を振るう事となる。

 

 

 




そういうわけで(内戦の間だけですが)赤い星座が仲間になりました!

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