(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

16 / 84
カイエン公は終盤テスタロッサキメてとち狂った感がありますが、基本優秀な人物だったと思っています。
曲がりなりにもオズボーンパッパとやりあって、アルバレア公爵という対等に近い政敵相手を押しのけて完全に貴族連合の主導権を握っていたわけですから。


埋伏の毒

 双龍橋陥落、及びそれと共に司令官を務めていたハルテンベルク伯が正規軍へと帰順したとの報は瞬く間に帝国全土を駆け巡った。当然、貴族連合はただちに情報統制を行おうとした、帝都を占領した事で《帝国時報》を筆頭に各種メディアは貴族連合の統制下にある。「ペンは剣よりも強し」の語源とは良くジャーナリスト達が使用している言論の武力に対する優越を示したものではなく、もともとは権力の武力に対する優越を示したものである事を証明するかのように、武力と権力というこの世を統べる強大な力を前に帝国最大手のタブロイド紙である《帝国時報》を筆頭に、貴族連合の都合の良い内容を描かせた。

 しかし、100年以上前ならばいざ知らず導力革命以後のあらゆる流れが加速したこの時代において完璧な情報統制など出来るわけは無いし、そも革新派の支持者が多かった帝都とその近郊の都市の多くでは暴挙に及んだ貴族連合に反発が色濃く、人々は貴族連合の息のかかった紙面の情報よりも、まことしやかに語られて流れてくる噂の方こそをむしろ信じたのである。

 曰く、宰相閣下の遺児たる若き英雄リィン・オズボーンは邪悪なるカイエン公の魔の手より皇女殿下を救出。皇女殿下の全幅の信頼を得た灰色の騎士は正々堂々とした戦いで貴族連合の尖兵たちを一蹴し、その騎士の高潔な有り様と皇女の慈悲深さに心を打たれた一部の良心的な貴族は己が過ちを悟り、皇女殿下へと忠誠を誓ったというものである。

 帝都の民は歓呼に沸き立った。誰もが美しく慈悲深き皇女と勇ましき騎士のお伽噺のような英雄譚へと胸を弾ませて、お伽噺の如く「悪の貴族」を討ち、めでたしめでたしで物語を締めくくってくれる事を期待しているのであった……

 

・・・

 

「おのれハルテンベルクの裏切り者めが!!!」

 

 そして、そんな沸き立つ、貴族連合の兵士の目があるため余り大っぴらには出来ないが、民とは裏腹に貴族連合主宰たるクロワール・ド・カイエンは当然のように荒れていた。怒りのままに手元にあったグラスを床へと叩きつける。そして彼に仕える使用人たちは触らぬ神に祟りなしとばかりに、癇癪を起こした主の逆鱗に触れぬようにしながら、それを手早く片付ける。貴族連合の総旗艦たるパンタグリュエルは所有者の趣味嗜好が如何なく反映されており、その内装は軍艦というよりはもはや豪華客船に近い状態となっており、そこに詰め込まれた人員もカイエン公爵家に代々と仕える選りすぐりの従者達。主がこうなった時の対処というのは皆、心得ている。

 

「恥知らずにも裏切った挙げ句に、皇女殿下の慈悲深さに触れて、己が過ちを悟っただと?貴族としての正道へと立ち返り、この私を討つだと?良くもぬけぬけと言ったものだ!!!」

 

 鉄血の孺子めが生きていて正規軍へと合流したことーーーこれ自体は予想できていたことだ。

 アルフィン皇女が正規軍へと合流を果たしたことーーーこれも痛手ではあるが虎の子の皇帝と皇太子を抑えている以上、最悪ではない。

 だがよりにもよってそれが同時に起こり、更にはその直後に双龍橋が陥落した事、これが最悪であった。

 これによって忌々しき孺子は完全に“英雄”としての名声を不動のものにした。今では無知蒙昧なる愚民共は年若き英雄と皇女が悪逆なる貴族を討ち果たし、囚われの皇帝陛下を救出して最後には平和になった国で二人が結ばれる等という愚にも付かぬ全く以て不愉快な夢想をしている始末。いや、別段愚民共がそんな夢想をしていること、それ自体はどうでも良い。誰にとて夢を見る権利はあるのだから、自分の頭の中でのみ夢に浸っているという程度は許容しようーーー言葉に出したりするというのならば当然、それなりの責任(・・)をとってもらうが。

 よりにもよってそんな正規軍側が否応にも盛り上がるような流れで、ハルテンベルク伯という帝国貴族に於いても由緒正しき名家が裏切ったという点が最悪なのだ。降伏して帰順した、ハルテンベルク伯はあからさまな厚遇を受けた。アルフィン皇女は直々に伯爵を歓待して「伯爵閣下は己が過ちを悟り、忠道へと立ち返りました。私アルフィン・ライゼ・アルノールのこの高潔な決断に心よりの感謝を告げると共に、その罪を許す事を此処に宣言致します」と直々に宣言を出したのだ。この皇女の慈悲に感謝の涙を流したハルテンベルク伯は、皇女への忠誠を心より誓い、他の帝国貴族達に対してもアルフィン皇女への帰順を呼びかけだしており、双龍橋以東にいたもの達はこぞって帰順を表明、それ以外の者たちの間にも動揺が走っているというわけだ。

 

「おのれ愚か者共めが……!あからさまな離間の策にこれみよがしに乗せられおって!そんなにも処刑台に昇る順番を後にする権利を買いたいと言うのか!!」

 

 何故わからぬのか、この内戦で自分たち貴族連合が敗北すればそれは結局のところ自分たち貴族の破滅を意味するという事を。

 ーーーこのままでは我ら貴族はあの怪物によって滅ばされかねない、そんな危機感を共有したからこそ我ら貴族は此度の義挙に及んだのではないかと。

 

 結局のところ、貴族連合とは反ギリアス・オズボーンのための組織でしかなかったという事だろう。

 ギリアス・オズボーンという急進的に改革を断行する怪物に自らの権益が犯されていっている、そんな危機感があったからこそ彼ら貴族は手を結んだ。

 だが、その怪物は既にこの世に居ない。それは貴族にとっては紛れもない福音であり、今回のクーデターを成功させるためには必須のことだったが、皮肉にもそれが貴族連合の横の連帯を乱す結果を生んだ。

 元より、四大名門とは潜在的な政敵同士なのだ。帝国の争いとはすなわち、四大名門同士の争い。獅子戦役に代表されるように、彼らは帝国の覇権を争い続けた。皇族、アルノール家とは元来そんな四大名門の調停者として頂点に君臨する事になった存在。かの獅子心皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノールでさえも、獅子戦役によってその影響力が減退したにも関わらず、そこから完全に脱する事が出来たわけではない。

 そんな潜在的な敵同士が手を取り合い結束していたのは偏に、ギリアス・オズボーンという共通の敵が居ればこそ。共通の敵を喪失した事で貴族連合の間には徐々にだが、確実にその結束が緩まりつつあったのだ。 

 実際にログナー侯爵家は皇帝を軟禁していることに対して反発めいた感情を抱いているし、ハイアームズ公なども耐えず正規軍側との和解を主張し続けており、アルバレア公等は秘密裏にアルフィン皇女の身柄を確保しようとしたのに代表されるように、盟主たるカイエン公に露骨に対抗意識を燃やしている。

 

 それでもそれはまだあくまで潜在的な不安要素という程度のもので、これまでは表面化はしてこなかった。何故ならばカイエン公には確保した皇族という権威、オルディスの海運によって支えられた帝国最大の財力、そして蒼の騎士と“黄金の羅刹”を筆頭とした武力、それらの人の上に立つものに必要な権力の源泉、それらを総て有していたから、何よりも内戦、それ自体は貴族連合側が優勢という確たる実績があったから。このまま行けば、そう遠くない内に各地の正規軍が音を挙げていき、貴族連合の勝利は自ずと明らか、そういう流れに徐々にだが傾いてきて居たのだ。

 だが、双龍橋の陥落、そしてそれに伴うハルテンベルク伯の帰順によって一気に流れを正規軍側に引き戻されてしまったのだ。それでも陥落しただけであれば、まだ問題はなかった。だが問題はハルテンベルク伯が正規軍への帰順を表明した事、そしてそれを正規軍側が厚遇したことなのだ。

 これによって連合を構成する貴族たちの間にはある疑問が植え付けられた、帰順しても厚く遇されるというのならば命を賭けてまで精強たる正規軍とやり合う必要はあるのか?と。皮肉にもギリアス・オズボーンという怪物が消えたこと、それが貴族たちの必死さをを削いでしまった、あの男が生きていれば自分たちはいずれ滅び去る事になる、故にこそ危険を犯してでも戦わなければならないと言う覚悟を。

 NO2であったカール・レーグニッツが革新派内部でも穏健派に位置する人物であったこと、宰相の後継たるリィン・オズボーンが未だ年若く軍事的にはともかく、政治的にはいくらでもつけ入る隙のある若僧であると目されている事、それらが貴族たちの間に厭戦気分を広げたのだ。

 

 手中に収めつつあった“勝利”は遠ざかり、情勢は再びどちらが勝つかわからない混沌とした状況へと陥りつつある。そう、どちらが勝つかはまだ、わからないのだ。

 

「ふん、面白いではないか。つまるところこの私、クロワール・ド・カイエンの器がカール・レーグニッツと鉄血の孺子の器に勝っているか、要はそういう勝負というわけだ」

 

 何も悲観することはないだとでも言わんばかりにカイエン公は使用人が代わりに持ってきたワインを飲み干す。

 クロワール・ド・カイエンは何も伊達でカイエン公爵家の当主、そして貴族連合主宰という地位を手に入れたわけではない。

 権力闘争という武力、財力、智力、それらを総て動員する最高にスリリングなゲームに勝ち取って彼はその地位を手に入れたのだ。無論、彼が万人に比べて恵まれたスタートラインに立っていた事は確かな事実だ、それでもその恵まれたスタートを活かし、今の地位を築き上げたのは彼自身の才覚に依るもの。決して無能でも小心でもなかった。

 そうとも、自分はギリアス・オズボーンという最大の強敵を葬り去ったのだ、ならばそのオマケと息子程度一体何を恐れる必要があるというのか。残敵掃討程度に思っていた敵が思ったよりも歯ごたえがあった、それだけの事ではないかと意気を漲らせる。

 

「総参謀殿、状況は聞いてのとおりだ。君の意見を聞こう」

 

 そうしてクロワール・ド・カイエンはこの一ヶ月の間に最も信認するようになった、己が最大の腹心へと問いかける。主よりのその問いかけに貴族連合の才子は優美な表情を浮かべ

 

「はい、公爵閣下。それでは謹んで意見を具申させて頂きます。

 蒼の騎士殿にはこのまま西部戦線で活躍して頂きます。まずは公爵閣下のお膝元である西部の安定化と勝利、これが最優先事項なのですから。西部における勝利によって閣下と貴族連合の威信を再び知らしめるのです。

 そして、敵が勢いに乗っている東部戦線ですがーーーこちらへの対処はアルバレア公に一任致します。我々の方からは一切戦力は出しません。そうする事で、此度の失態は我々貴族連合の敗北ではなく、アルバレア公の敗北であるとの印象を与えるのです。これにより、閣下の求心力の低下は最小限に抑える事が出来、なおかつ閣下に対して何かと対抗意識を燃やしているアルバレア公の影響力を落とす事が出来ます」

 

 平然とルーファス・アルバレアはアルバレア家の人間でありながら、アルバレア家に不利となるような事を提案する。その態度はまさに今の当主が統べるアルバレア等自分にとってはどうでも良いのだと、自分の真の主は他に居るのだと示す態度であった。

 

「ほう……私にとっては良いが、君はそれで良いのかね?お父上(・・・)の意向に背く事になるだろうに」

 

 そしてそんなルーファスの態度に対してカイエン公は驚くでもなく、からかうように笑いかける。

 それはまるで己が義息子に対して向けるような親愛に満ちたものであった。

 

「閣下もお人が悪い……アルバレア公が私の父ではない事、他ならぬ閣下になればこそお話させて頂いたではありませんか」

 

 そしてそんなカイエン公へとルーファスもまた困ったような笑みを浮かべながら応じる。それはどこまでも親愛と敬意に満ちたものであった。

 

「ハハハ、いやはや済まないね。しかし、アルバレア公は父で無くとも君にとっては叔父上であり、アルバレア家は君が何れ継ぐ事になる家だが本当に良いのかね?」

 

「ええ、問題ありません閣下。正直に申しまして、我が叔父にはほとほとうんざりとさせられおりましたので、良い機会ですのでこれを機に隠居して頂きたいと思っているのですよ」

 

 如何にも現当主が眼の上のたんこぶであり疎ましくてしょうがないとでも言わんばかりの辟易とした表情でルーファスはカイエン公の問いへと答える。

 

「無論、アルバレア家も少なからず打撃を受ける事となるでしょうが、それも必要な犠牲というもの。私が当主となれば直ぐにでも今の隆盛をいえ、今を越える隆盛を築き上げてみせる自信があります。ーーー今の叔父などとは比べ物にならない頼もしい叔父上も出来る事ですしね」

 

 己が才覚に溺れた傲慢なる才子としか言いようがない態度でルーファス・アルバレアは絶対の自負を抱くように告げた後に一変して媚びるような笑みをカイエン公に向ける。

 

「ふふふ、私の方も君のような頼もしき義甥を持てて大変嬉しく思うよ。それこそ本当の叔父だと思って接してくれれば嬉しいね」

 

「痛み入りますーーーでは、閣下を義叔父上と一刻も早く呼べるように、早急にこの内戦を終わらせる事としましょう」

 

 本来ならば潜在的な政敵になり得るルーファスへとカイエン公が全幅の信頼を置いているその理由、それはルーファス・アルバレアが公爵家の醜聞をカイエン公へと打ち明けたからだ。

 今の当主と自分の血は繋がっていない、当主の弟と正妻の間にできた不義の子、それが自分なのだと。故に自分は今の当主が、息子可愛さに血のつながらぬ義弟、従兄弟たるユーシス・アルバレアを公爵家当主へと推しだすのではないかとずっと恐れているのだと。

 そうならないために叔父を排除して、自分が公爵家当主の座に就く事に協力して欲しい、そうすれば自分は公爵閣下に心よりの感謝と忠誠を誓うと。

 そしてカイエン公はそれを信じた、公爵家当主足る彼にしてみれば、貴族派きっての才子と謳われる程の人物が公爵家当主の座を失う事になる恐怖は痛いほど共感できるものだった故に。

 己が才覚に自信を抱いている可愛らしい若者に、全面的な協力を約束。その証拠と言わんばかりに、古来よりの常套手段によって彼を取り込もうと図った。政略結婚である。

 彼が未だ独身である事を理由に兼ねてより水面下で進められていたアストライア女学院に居る姪ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンとの婚約を提案したのだ。

 年は一回り以上離れているが、貴族社会に於いてはそう珍しい事ではない。ルーファスは公爵の提案と厚意に心よりの感謝を告げ、此処に貴族連合主宰クロワール・ド・カイエンと総参謀ルーファス・アルバレアの密約が成立したのであった。

 カイエン公にとって見れば先代の忘れ形見等という下手をすると火種になりかねない駒を使って、次期アルバレア公爵を身内に引き込めるのだから文句のつけようのない一石二鳥の策であった。

 

 そうして開戦より一ヶ月、未来の甥はカイエン公の期待に十二分以上に答えてくれた。

 貴族連合のために、いやカイエン公爵家のためにその才幹を遺憾なく発揮して、自分を盟主として絶えず立てる。

 そんなルーファスにカイエン公は今では全幅の信頼を抱く様になっていた。なにせ未来の身内なのだから、さもありなんである。

 故にルーファス・アルバレアの策はほぼ無批判に通過されていく、次期アルバレア公爵にして総参謀という立場に加えてカイエン公爵からの全面的とも言える信頼。

 こんな者が提示した策へと異を唱える事のできる気骨のある者などそうは居ない。

 そしてそんな少数の異論をルーファス・アルバレアはむしろ歓迎した。決して不愉快な表情を浮かべる事無く、どこまでも優美かつ穏やかに返答していくのだ。

 そうして話し終えれば、もはやルーファスの策に対する不安はその者達の中から消えている。むしろ自分如きがルーファス程に素晴らしい人物に対して異論などどうして差し挟めると思ったのだろうと言った心境へとなっているのだ。

 

 故に今回のルーファスの提案もあっさりと受け入れられて通る事となる。東部戦線と灰色の悪魔は一先ず放置しておき、帝国西部の安定化を最優先する。そんなカイエン公にとって都合が良く、なおかつ正規軍にとっても、否リィン・オズボーンにとっても好都合この上ない提案が……




ルーファスってどうも妻子がいる描写がないんですよね。
27歳という年齢と次期アルバレア公爵という立場を思うとこれはちょっと異常です。
後継者作りと政略結婚は貴族にとっては義務の一つですから。
なので恐らくその妻の座を巡って色々水面下で駆け引きがあったんだと思います。
それこそカイエン公の姪であるミュゼとの縁談が持ち上がることもなんら不思議ではないと思うんですよね。

ルーファス、ミルディーヌ公爵夫妻。
もしも成立していたらさぞかし子どもは両親に似て腹黒……もとい利発な子になった事でしょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。