(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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シャーリィちゃんは手ひどくフラれた位で諦めるようなタマではありません。



恋する乙女は諦めない

 夢を、夢を見ていた。

 夢の中でシャーリィの眼に写っているのは何よりも雄々しき愛しき英雄の背中。

 常人ではその一部でも背負おうとすれば、そのまま潰れるであろうそれを背負いながらむしろ大地を強く踏みしめるための重心へと変えて、どこまでも前だけを見据えてひたすらに進む雄々しい背中だ。

 シャーリィはそれを追いかける、さながら大好きな兄の背を追う妹のように無邪気に一途に。

 そんな自分を追いかける者の事など一顧だにせずに、英雄はどこまでも突き進む。ひたすらに前に、時折後ろを振り返り、後ろに続く者が自分へと追いつくのを待つ、そんな事を英雄は一切しない。

 「自分が道を切り開く、故にさあこの足跡へと続くのだ」と言わんばかりにどこまでもただひたすらに前だけを見据えて進んでいく。

 そしてシャーリィは当然のようにその背を追いかける、全力で脇目も触らずに。何故ならば自分の目的は彼に報いてもらうことではなく、彼の進む道へと立ちふさがって本気になった彼と思う存分に(あい)し合う事なのだから。

 故にさあ、いざあの雄々しき背中に追いつこう、そしてあの魂の奥底まで震えるような鷹の如き鋭い眼光でまた見つめてもらうのだとシャーリィ・オルランドは必死に追いすがろうとする。

 しかし、追いつけない。どれほど必死になっても距離は縮まるどころか、広がる一方。

 だらしのない手足が悲鳴を挙げだす、それでもシャーリィは必死に進もうとする。そんな悲鳴に耳を貸していたら、あの背中に追いつく事など出来はしないのだから。

 

 なのにーーーああ、なのにどうして。

 何故、自分はこうして地に伏しているのだ。だらしのない肉体はまるで自分の意志に応えてくれない。

 なんで、こんなにも自分の肉体は自分の思う通りに動いてくれないのか。

 何時だとて、休む事無く鍛え続けたこの肉体は自分の意志に応えてくれたというのに。

 自分がどれほど全力を出そうと、“愛しの英雄”にはまるで追いつけない、どころか差が広がる一方だ。

 

 ーーーこれが、自分の“限界”だとでも言うのだろうか?

 自分は愛しい彼の好敵手(花嫁)に値しない間女だったという事なのだろうか?

 器じゃないから諦めろとでも言うのか?

 

 ふざけるな。

 冗談じゃない、あの愛しき英雄は絶対に誰にも渡さない。

 初恋は叶わない?新しい恋を探せばいい?冗談じゃない。

 今の自分の限界がこれだというのならば、その限界を超えるまでだ(・・・・・・・・・・・)

 愛しき英雄がそうしたように。そうとも、彼の似合いの女になるというのならそれ位出来ないでどうするというのか。

 

 何故ならば

 

「シャーリィ・オルランドはリィン・オズボーンの事を愛しているから♥」

 

 この血も肉も魂さえも総て捧げようと決して惜しくなど無い、あらゆる財宝に勝る人の至宝こそが貴方なのだから。

 女神の七至宝さえも霞む煌めく奇跡の存在こそが、貴方なのだから。

 必ず追いついてみせる、振り向かせてみせる、例え何を犠牲にしようとしても絶対に絶対に。

 そんな誓いと共にシャーリィ・オルランドは目を覚ました……

 

・・・

 

「おお、シャーリィ様。お目覚めになられましたか!」

 

 身体を起こした現在の主の愛娘にして次期当主となる人物の様子にオルランド家の忠臣たる赤い星座の大隊長ガレス・ウォルドは喜色に満ちた様子を見せる。

 

「おはようガレス。早速だけど、私が眠っている間に何があったのか教えてくれるかな?」

 

「は、シャーリィ様を破ったリィン殿はある提案を我らに持ちかけて来ました。カイエン公との契約を打ち切り、こちら側に就けと。無論、本来であればそれは受け入れる事は出来ぬ提案です。我らは《赤い星座》なのですから、如何にシャーリィ様の命が懸かっているとは言え、雇用主を裏切るような真似は出来ません」

 

 必要とあれば関係のない村を焼くと言った悪逆も平然と行うが、それでも譲れぬ猟兵としての誇り、一線というものが彼らには存在する。であればこそ、赤い星座はA級猟兵団として恐れられながらも、重宝もされて居るのだ。彼らは極めて獰猛だが、それでも主にまで平然と歯向かう狂犬ではない。ーーー無論、彼らを完全に飼い馴らす事など決して出来ず、一時的にでも従えるには莫大なミラが必要だが。

 

「うん、それは当然だよね。ヘマしたのは私だもん。自分のヘマは自分で償う、それが出来ない足手纏いは捨てて行く。それが戦場の掟だもんね」

 

 そしてそんな腹心の言葉にシャーリィは当然のように頷く。そう自分は見捨てられて当然の大失態を犯した、それは戦場であれば自分の命を以て償う事となる致命的なものだったはずだと当然の如く。だからこそ、シャーリィが聞きたいのはその先だった。何故自分は今、生きながらえる事が出来たのか、そして一体誰をやればいいのか。

 

「ですが、リィン殿はある事を我らにお教え下さいました。ーーーカイエン公はかつてオルキスタワーで我らに鉄血の襲撃を依頼しておきながら、その実帝国解放戦線なる組織によって列車砲を奪取して我々毎吹き飛ばそうとしていた、それが彼の明かした内容です」

 

 無論、ガレスとてすぐにそれをそのまま鵜呑みにする程愚かではない。離間の策の可能性を考えた。

 だが、リィン・オズボーンが用意していた、正確には彼がレクターに用意させた、資料は彼の告げた内容に嘘偽りがない事を示すものだった。

 

「ーーーへぇ、それはまた随分と舐めた事をしてくれたんだねあのヒゲおじさんは。

 そこまで教えてもらえれば大体理解できたよ。要は今の私達の雇い主は愛しの彼って事でいいんだよね?」

 

 シャーリィの言葉にガレスもまた無言で頷く。

 赤い星座は契約に対する不義理を決して行わないし、許さない。良いように使って使い捨てようとする、そんな舐めた真似をしてくれた者には必ず地獄を見せてきた。だからこそ、カイエン公が不義理を働いていた事でリィン・オズボーンからの誘いを拒否する理由はガレス達から消えた。

 負傷したシャーリィの治療を条件に、差し出された手をガレスは喜んで取り、此処に赤い星座は内戦の期間に於いて、オズボーン伯リィンの忠犬となったのであった。

 

「シャーリィ様にとっては些かご不満かもしれませんが……」

 

 シャーリィ・オルランドがオルキスタワーの一件以来リィン・オズボーンに恋い焦がれていた事は赤い星座内に於いて知らぬ者のいない有名な話だ。戦場で相まみえて雌雄を決する事を夢見て、闘神を継承するための修行に打ち込んでいたことも、そもそもカイエン公の誘いに乗ってこの帝国の内戦に介入したことも総て総て、偏にその一途な恋心が為していたものだとガレスは知っている。

 故に、その想い人に雇われるという形では彼女の望みを叶う事は出来ない。それを慮っての発言だったが……

 

「?なんで?リィンと一緒に居られるのに不満なんてあるわけないじゃん♪」

 

 不満などまるで無いようにシャーリィ・オルランドは上機嫌そのものと言った様子で応じる。

 その姿はさながら日曜学校の席替えで好きな男の子と隣同士になれた事を喜ぶ少女の如き無邪気さであった。

 そしてそんな主の姿に目を丸くするガレスを余所にシャーリィは無邪気な様子で続けていく。

 

「今の私じゃ、彼に到底釣り合っていない。その事が良くわかった」

 

 歯牙にもかけられず一蹴された記憶、シャーリィ・オルランドにとって人生で初めての挫折の経験。

 その痛みはシャーリィの心の奥底にこの上なく強く刻みつけられた。そう、今の自分では愛しの英雄には到底及んでいない。故に本来であれば、愛しの彼に一顧だにされることも無いままに自分は英雄譚に於ける端役としてその生命を散らすはずだったのだ。

 だが、自分は生きながらえる事が出来た。ーーーそれはつまり、それだけ彼になんとしても仕留めて置かねばならない難敵だと思って貰えなかったという事で乙女心的には少々、いやかなり複雑ではあるが、それでも自分はまだこうして生きている。

 ならば、まだチャンスはあるという事だ。今の自分では彼に釣り合っていない事、それをまずは認めよう。その上で……

 

「だから、似合いの女になるように私は努力する。そのために、今回の件は正直渡りに船だよ。間近でリィンの事を観察する絶好のチャンスだもん」

 

 そう、考えてみれば自分は愛しの英雄の事をまるで知らないのだ。知っているのは誰よりも素敵で雄々しくて輝く不屈の英雄である事と後は帝国時報の記事に載っているような程度の内容だ。「敵を知り己を知らば百戦危うからず」というのは古代の兵法家の格言だが、自分はこれを今まで怠っていた。

 無邪気に自分の想いを一方的に叩きつけていただけで、真実彼のことを知ろうとしていなかった。何故ならば、自分と彼の関係性は敵だったから。

 しかしである、此処に来て味方として傍に居られるという絶好のチャンスを期せずして手に入れる事が出来たのだ。愛しの英雄の事を深く知る最高の状況、活かさずして一体どうするのか。

 

「より深くリィンの事を知って、その上で私は彼に似合いの女になってみせる。今度こそ愛しの彼を振り向かせて見せる」

 

 決意の言葉と浮かべたシャーリィの笑顔にガレスは思わず見惚れる。

 なるほど、なるほどシャーリィ様はつくづく良き恋を為さったようだと微笑みを浮かべる。

  

「いやはや、安心しました。一時はどうなるかと思いましたが、流石はシャーリィ様です」

 

「ふふふ、一回フラれた位で諦める程に安い恋じゃないよ。今の私が釣り合っていないというのなら、釣り合うようになるだけ。彼の視線を釘付けに出来るようなイイ女にね」

 

 そこに宿るのは少女の無邪気さではなく、女としての強かさ。

 意中の男をなんとしても射止めてみせると決意するどこまでも一途な思いだ。

 

「さあ、そうと決まったらいつまでもこんなベッドで寝てなんていられないよ。早く新しい雇い主様のところに挨拶に行かないとね♪」

 

 決意と共にシャーリィ・オルランドは軽やかに起き上がる。そこに怪我の影響などは一切見られない。

 かくして恋する乙女は再び走り出した。総ては、愛しき英雄へと追いつくために。あの雄々しき背中に必ず追いつくのだと、総身を満たす喜びと共に一片の迷いさえ抱かずに……




なお、人はそれをストーカーと呼ぶ
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