(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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(作者にとって)とっても便利なドライケルス帝の記憶ですが、彼の記憶が教えてくれないこともあります。その最たるものは女心と女性の扱いです。


呉越同舟

「わーーー絶景だね、これは♪」

 

 上機嫌そのものと言った様子でシャーリィ・オルランドは目の前に広がる雄大な光景へと胸を弾ませる。

 ヴァリマールの転移によって到達したのはノルド高原に存在する高台、眼下に広がるのはどこまでも鮮やかな草原だった。

 

「まあ同意しておくけど、お前さん、お仲間さん達と離れ離れになった割にテンション高いねぇ」

 

「ふふふ、そりゃもう。なんたって大好きな人と一緒にこんなところまで来れたんだもん。これはもうデートと行っても過言じゃないよね!?」

 

「………シャーリィさん、我々が此処に来たのは歴とした任務です。デート等と、浮ついた態度は改めて頂きたいですね」

 

 そうため息をつきながら、クレア・リーヴェルトはシャーリィ・オルランドへと釘を刺す。

 

 内戦の最中、精霊の道を使いリィン達がわざわざノルドにまでやってきたのは当然ながら観光等ではない。

 苦境にある北部戦線、第三機甲師団及び第七機甲師団への援軍と連絡の為だ。

 双龍橋を陥落させ、一気に正規軍の優勢へと傾いた東部戦線だが、その勢いのままに一気に帝都へとなだれ込むというわけには行かなかった。正規軍側も態勢を整える時間が必要だったからである。

 そしてその東部戦線における態勢を再構築する時間を利用して、リィン・オズボーンは自らが精霊の道を利用して各戦線への連絡役兼援軍となる事を提案したのである。

 リィンは既に一角の参謀としての働きを示している、そのまま東部戦線に居てもそれなりの(・・・・・)貢献をする事ができるであろう。

 だが、それはどこまでいっても一介の優秀な参謀という程度の働きにしかならない。リィン・オズボーンが、騎神の起動者にはそれ以上の働きがいくらでも可能なのだ。

 それこそ苦境にある各戦線にとって、その援軍は現状喉から手が出るよりも欲しいものと言えるだろう。故にこその判断であった。

 唯一の懸念はリィンの留守中に“蒼の騎士”が襲撃をかけてくるのではないかという点だったが、それもアルティナを通して齎された貴族連合に潜伏する“協力者”からの蒼の騎士はしばらく西部戦線にかかりきりとなるという情報により解消された。

 かくして此処にリィン・オズボーン少佐はアルフィン皇女の騎士、そして帝国政府臨時代表カール・レーグニッツの名代として北部及び西部戦線への援軍へと赴く事となったのであった。 

 同行者には同じ鉄血の子たるレクター・アランドール特務大尉とクレア・リーヴェルト憲兵大尉、アルティナ。オライオン軍曹が、そして「赤い星座内で一番の腕利き」という事でシャーリィ・オルランドが選出されたのであった。

 

 シャーリィにとっては歓喜という他ないが、クレアにとって見れば悪夢である。

 何せ目の前の少女は愛しい義弟の顔に傷をつけた張本人で、今も義弟に強い執着を抱いているのは一目瞭然なのだから。その様はさながら小姑のように、シャーリィ・オルランドへと逐一釘を刺す。

 だが、そんなクレアの様子もシャーリィは意に介さず……

 

「ええーそんな堅苦しい事ばかり言ってると婚期のがしちゃうよークレア義姉さん(・・・・)♪」

 

「余計なお世話です。そして、貴方に義姉さんと呼ばれる筋合いはありません」

 

 いとも平然と禁句を口にする眼前の小娘へとクレアは青筋を立てながら微笑む。

 常人であればすぐにでも平謝りするであろう威圧感がクレアから立ち昇っているが、言うまでもなくシャーリィ・オルランドは常人とは程遠い人物である。彼女にとっての殺気というのはラブコールも同然、クレアからぶつけられる威圧感も楽しいじゃれ合いである。

 

「ええ、良いじゃん。だってクレアはリィンのお義姉さんなんでしょ、だったらシャーリィにとってもお義姉さんも同然じゃん♪」

 

 フラレてもシャーリィ・オルランドは全くめげない、押して押して押しまくるのみだと言わんばかりに熱烈なラブコールを愛しの英雄に送り続ける、こんな言葉程度では自分の思いは到底表しきれるものではないのだと言わんばかりに。

 

「ヒュー、モテるな色男」

 

「?意味がわかりません、少佐が大尉と幼少期の頃からの付き合いで姉弟のように親密な関係だというのは聞き及んでいますが、それと貴方が大尉の事を義姉さん等と呼ぶ事にどうして繋がるんですか?」

 

 

 無責任に囃し立てるレクターを余所にアルティナはわけがわからないと言った様子で疑問符を浮かべる。

 

「そんなの簡単だよ、愛しい旦那様のお姉さんだったら妻にとってもお義姉さんでしょ♪」

 

「…………つまり、貴方は少佐に好意を抱いていると?」

 

「そうだよ、リィンはシャーリィにとっての運命の人で愛しの英雄!シャーリィを殺して良いのはリィンだけだし、リィンを殺すのも私。絶対誰にも譲る気はないよ!!!」

 

 恍惚とした様子で殺意(アイ)を迸るシャーリィにクレアとレクターもまた警戒を顕にする。やはり、眼の前に居るのは少女の皮をかぶった猛獣なのだと。

 思わず己が獲物へと手をかけて臨戦態勢へと移る。そんな二人を、かつてだったら舌なめずりしながら味見と言わんばかりに襲いかかったであろう“達人”を前にしてもシャーリィの心は全く動かない。

 彼女の心の中に映るのは光り輝く愛しき英雄なのだから、あの輝きを前にしてしまえば眼の前の二人も悪くはないが、やはり全く以て物足りないのだ。

 

「……意味がわかりません、貴方は少佐と二度に渡って交戦していると聞きます、決して浅くはない手傷を負ったと。そして今、貴方は少佐は自分が殺すのだと宣言しました。それは、愛情や好意とは正反対の怒りや憎しみと呼ばれるものではないのですか?」

 

 何をわけのわからない事を言っているんだろうこの人はと自分を見つめるアルティナの言葉に心底何をわけのわからない事を言っているんだろうこの子はと言わんばかりのキョトンとした顔を浮かべて

 

「?何言っているのさ、自分というものを思うがままにさらけ出してぶつけ合う、それこそが真実の意味で(アイ)し合うって事じゃん。何が何でも「こいつは自分が殺す」「こいつだけは自分が殺す、他の誰にも譲りはしない」と宣言する。

 ほら、世の中で言われている“恋”と“愛”そのままでしょ。だって、“恋”っていうのはその人以外は目に映らない(・・・・・・・・・・・・)って想いなんだから♪」

 

 ほら、私のリィンへの想いは“恋”以外の何物でもないでしょうと情念に満ちた妖艶な笑みを浮かべるシャーリィにアルティナは未知の生命体を見るように困惑し、他の二人もいよいよもって戦慄する。それは己の価値観が全く通じぬ異種の生命体に出会った本能的な恐怖であった。

 

 知らずクレアは己が愛銃を握りしめ、眼の前の怪物へと突きつけていた。

 ーーーこの少女は余りに危険すぎる、人の皮をかぶっているが、その実とんでもない怪物だ。

 この怪物に比べれば、人食い虎など可愛い愛玩用の猫だ。

 そして眼前の怪物はクレアの愛しい大切な義弟を己の獲物だと涎を撒き散らしているのだ。

 そんな存在をクレア・リーヴェルトが看過出来るはずもない。

 

「ーーーへぇ、良い眼をするじゃん、クレア義姉さん。うんうんやっぱり愛しの彼の義姉さんだって言うならそれ位はしてくれないとね。シャーリィはお義姉さんって居なかったから、姉妹喧嘩ってのも悪くないかな」

 

 そしてそんな射殺さんばかりの眼光を向けられてもシャーリィ・オルランドは怯まない、どころか喜悦に満ちた笑みを浮かべる。彼女にとって殺意と愛は等価なもの故に。張り詰めた空気が両者の間に流れる、後少しのきっかけでこの両者はそれこそ殺し合いを始めかねないだろう。

 

「双方、そこまでだ」

 

 当然ながら、そんな事をこの男がみすみす看過するはずもない。

 双剣を携えることもなく、無手のままでリィン・オズボーンは二人の間に割って入った。

 

「各々思う所はあるだろう、だが現状我らは轡を並べる仲間である。言い争い程度ならばともかく、流石に武器を使っての殺し合い等というのは指揮官として看過しかねる」

 

 有無を言わせぬ威圧感でリィンは双方を見据える。そのリィンの威圧感にクレアは恐縮し、シャーリィは恍惚とした様子を見せる。

 

「ですが、リィンさん!この子は余りにも……」

 

「リーヴェルト大尉、私個人としては貴官の事をそれこそ実の姉のように思っている。

 だが今の我々は歴とした公務の最中、私事と公事を混同するような呼び方は控えて頂きたい」

 

 どこか頭に血が登った様子のクレアへとリィンは釘を刺す。

 公務の最中にその呼び方をしている事、それ自体が今の貴方が冷静さを失っている証拠だとでも言わんばかりに。

 

「……失礼いたしました、オズボーン少佐」

 

 敬礼を施しながらクレア・リーヴェルトはそう目の前の上官(・・)へと謝罪を行う。 

 上官、そう目の前の少年は今や自分の上官なのだ。いずれ、そんな日が来るだろうとは思っていた。だが、こんなにも早く訪れるなどさすがのクレアの明晰な頭脳を持ってしても想像の埒外だった。

 何よりも恐ろしいのは、目の前の人物が全く不足なくその任を果たしている点だった。士官学校の首席卒業者であっても卒業したものであっても本来であれば10年近くの経験を経てようやく得る階級、それが佐官の地位だというのに。

 

「貴官の懸念は理解しているつもりだ。確かに祖国に忠誠を捧げた誇り高き我ら帝国軍人と違い、猟兵等というのはあくまで金で動く傭兵でしかない。ともすればアルフィン皇女と我ら帝国の名誉を汚しかねないという貴官の危惧はもっともだし、全面的な信頼を抱く事など、到底出来んだろう」

 

 違う、そうではない。信用出来ないのは確かな事実だが、クレア・リーヴェルトがシャーリィ・オルランドは警戒をしているのはそんな理由ではない。目前の怪物がクレアの大切な義弟に必ず仇を為す、そんな予感を覚えているからだ。それはクレアの有する統合的共感覚ではなく直感の齎した産物、俗に言う女の勘と言われるものであった。

 

「だが、それでも猟兵の力は貴重であり、有益だ。奴らは確かに外道の類ではあるが、それでも最低限の矜持を持ち合わせている。少なくとも、この内戦中に関してはこちら側だ。そう、私は判断した。

 故にどうしても貴官が奴らの事を信用できぬというのなら、奴らは信じなくても良い。代わりに、この私を信じて欲しい。ーーーもしもの時は私が責任を持って確実に処断しよう」

 

 だが、英雄は怯まない。危険を冒さずして勝利を掴み取る事など出来ないのだから。《赤い星座》という強力な駒はリスクを抱え込む事を承知の上で、それでもなお有用だと判断したが故に。これまでの因縁と己の中にある猟兵に対する悪感情、それらを飲み干してどこまでも“勝利”を掴み取るための最短距離を往こうとする。

 

「……承知しました」

 

 上官に、そして愛する義弟にこうまで言われてしまってはクレアにしてみればもはや引き下がる以外の選択肢等残されていなかった。

 

「も~う、信用ないな~。そんな“もしも”なんてないよ。これでもうちは契約に関してはきっちり守る優良企業を自負しているんだから!」

 

 心底心外だと言わんばかりにシャーリィ・オルランドは頬を膨らませて年相応の少女らしい拗ねた表情を浮かべる。

 

「ならば当然、こちらと交わした契約の内容は覚えているな」

 

「もっちろん!味方と民間人に被害が出るような真似は厳禁。領邦軍が相手の場合も実力差が開いている場合は出来るだけ殺さないように配慮する。

 私達と同じ猟兵が相手ならば一切の加減は不要、でしょ?」

 

「そうだ、故にお前たちには基本的には敵の雇った猟兵団の相手をして貰う事になるだろう」

 

 貴族連合は今回の内戦に際して複数の猟兵団を運用して、そのゲリラ戦術に正規軍は苦しめられている。

 無論正面戦闘であれば、大規模な機甲部隊を有する正規軍の敵ではない。だが、猟兵というのはとかくそうした大軍を少数で足止めするゲリラ戦術に長けた存在。

 行儀の良い正規軍では出来ないようなことも平然とやってくる敵を前に、どうしても正規軍側を後手を踏んでいた。

 故にこその赤い星座であった、蛇の道は蛇。毒を以て毒を制す、猟兵に対しては同じ猟兵を以て対抗する。それがリィンが、そして正規軍がリスクを承知で赤い星座を引き入れた理由であった。

 

「OKー任せておいてよリィン!私達を雇った事、絶対に後悔させないから!」

 

「……意外です、正直貴方の少佐への執着具合的に気を引くためにそれこそ民間人の虐殺さえもやりかねないと思ったのですが」

 

「は~アルってば乙女心が本当にわかってないねぇ。そりゃシャーリィはリィンに振り向いて欲しいし振り向かせるつもりだよ。その殺意(アイ)を独り占めに出来たら最高に幸せだと思うよ。

 でも、私はリィンを振り向かせたいんであって、軽蔑されたいわけじゃないの。有象無象を幾ら殺したところで得られるのは本気の殺意(アイ)じゃなくて、汚らわしい害虫を駆除しようみたいなノリでしょ?そんなの御免だよ」

 

 本当にお子ちゃまなんだから~とでも言いた気なその態度にアルティナ・オライオンは少々の苛立ちを覚える。目前の人物に乙女心がわからない等と言われるのが酷い侮辱だと感じたが故に。

 

「さて、これである程度のわだかまりは解けたな?完全な信頼など抱く事は出来ないだろうし、無理に仲良くする必要もない。だが味方として最低限の協調を取るように、良いな」

 

「「「イエス・サー」」」

 

了解(ヤー)

 

 リィンからの再度の釘刺しに4人は一斉に返事をする。各々の態度に差はあれど、現在のこのチームの指揮官がリィンである事に異論のあるものは存在しなかった。

 

「では、これより我らはゼンダー門へと趣き、ゼクス中将旗下の第三機甲師団へと合流する」

 

 

 




原作のアルティナの情操を育てた面々
・適性は遊撃士。朴念仁な不埒教官リィン・シュバルツァー
・その様はさながら姉のようだ、太陽系女子ユウナ・クロフォード
・お前PVの時の生意気そうな感じどこへやったんだ、真面目青年クルト

此処のアルティナが見る面々
・軍人の理想の体現。敬意は払おうだが殺す、鋼鉄の意志を纏う英雄リィン・オズボーン!
・殺意と書いて愛と読む系女子シャーリィ・オルランド!
・過保護で真面目故に雁字搦めになって身動き取れなくなる拗らせまくりのクレア大尉!
・飄々としているようで実は結構罪悪感抱えているぞレクター・アランドール!

これは駄目かもわからんね

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