ーーー夢を見ていた。
それは過ぎ去りし幸福な日々。
父が居た、母が居た、幼い自分が居た。
「リィンは、どんな大人になりたいの?」そう母が微笑みながら問いかけた。
だから自分は胸を張りながら答えたのだ「僕は父さんみたいな立派な軍人になるんだ!」と。
すると父はその温かくて大きな手で自分の頭を撫でてくれたのだ。
幸せだった。優しい母が居て、立派な父が居て。こんな日常がずっと続いていくのだと、そう無邪気に信じていた。
次に見たのは士官学院での日々だ。
掛け替えの無い友人たちとの黄金色に輝いていた思い出。
トワ・ハーシェル、優しい陽だまりのような少女。何があっても失いたくないとそう思う最愛の少女。自分に優しさという強さを本当の意味で教えてくれた。
アンゼリカ・ログナー、ふざけた態度で不真面目な自分にとっての頭痛の種の一人。されど、敬意に値する確かな気高さを持った親友。彼女のおかげで自分は大貴族に対する偏見を無くす事が出来た。
ジョルジュ・ノーム、温和でいて導力技術に深い造詣を持つ少年。クロウと自分が喧嘩をしている時には度々仲裁役を任せてしまう事が少々申し訳なかったが、そんなときでも彼はいつもしょうがないなぁと言いながら温和な笑みでフォローをしてくれた。
そしてクロウ・アームブラスト、最悪の悪友であり、最高の親友。初めて出会った時の印象は本当に最悪と言ってよかった、だがぶつかり合う内に何時しか、気を許すようになって、そして掛け替えのない友になっていた。
楽しかった。生涯の友と自分は出会う事が出来たのだとそう思っていた。歳を取ってそれこそ老人になっても自分たちのこの友情は続くのだと、そう無邪気に信じていた。
そして、そんな幸せの日々はあっさりと壊れた。
血まみれの母が居る、自分を庇い殺されたのだ。
血まみれの父が居る、自分の目の前で撃たれて殺されたのだ、親友だと思っていた男に。
そして自分は負けた。完膚なきまでに負けた。
父を殺され、師を犠牲にして無様に逃げたのだ。そこに言い訳の余地は一切存在しない。
強く、ならなければならない。心も肉体も、今より強く。強く。強く。もっと強くならねば。
何故ならば、自分は守護の剣を振るうものなのだから。
自分の敗北とはすなわち護るべき者、背負った者達の死を意味するのだから。
その想いに応えるが如く、心臓がドクンと強く跳ねた。
心の中で猛り続けていた焔が大きく、身体を飲み込んでいく。
まるでその身そのものが焔と化していくかのように。
まだだ、まだだ、まだ足りない。
まだまだまだまだ、まだまだまだまだ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ―――ッ
その身を恒星へと化すかのように強く強く、力を欲し続ける。決して砕ける事のない鋼の境地を目指して。
無理だ、辞めろ、引き返すならば今の内だと悲鳴を挙げる不甲斐ない肉体を捨て去っていく。
胸の中に抱き続けた獣性、殺意、それらが解放されていく。肉体を作り変えるために箍を外した事で胸の中で燻り続けていたそれらが溢れ出していく。
地獄を見た。
それは、歴代の起動者の記憶。
古来より続いてきた《巨いなる騎士》の争いだ。
悪しき者も居た、善なる者も居た、だが誰もが“勝利”をその手にしようと必死だった。
だからだろう、戦いの結果は平等だった。勝利を掴み取るのは正邪、善悪は関係ない。
高潔な理想を抱いていても、負けて大罪人として歴史にその名を残す者も居た。
どこまでも己が我欲のために力を振るいながらも後の世にて“英雄”と謳われる者とて居た。
そう、つまるところ世とはそういうものなのだろう。正しき者が勝つのではない、勝ったものこそが正しかったとされるのだ。
負ければ、
ーーー嚇怒の炎が燃え盛る、そんな事は絶対にさせてはならないと心が強く猛る。そんな世で良い筈がないと。
強ければ正しい?そんなわけがないのだ。
力が無くとも、懸命に足掻き生きる、善良な無辜の民たち。明日を夢見る若者幼子、それを愛する父母、家族。
それが、ただ
そう、決意を固めていると最後の起動者の記憶がリィンへと流れ込んでくる。
《獅子戦役》と呼ばれた帝国に於いて最も血に塗れたとされる内戦。
それを収めた後に獅子心皇帝と謳われた真の“英雄”ドライケルス・ライゼ・アルノールの記憶。
ーーー完璧だった。
そこに映ったのは幼き頃より慣れ親しみ憧れた英雄譚、それが決して虚飾でなかった事を証明する雄々しき姿。
《騎神》という力に振り回される事無く、内戦という地獄を収め、祖国に繁栄を、民に幸福を齎した偉大なる中興の祖の姿。
“英雄”という言葉は彼のためにこそあるのではないかと錯覚させるような姿。
ロラン・ヴァンダールという唯一無二の親友を、リアンヌ・サンドロットという最愛の女性を失いながらも決して折れる事無く戦い続けた男の姿。
彼の記憶が流れ込んでくる、想いが伝わってくる。
それは受け継いだ“力”の重みを否応無しに自分に実感させる。
去来するのは誇りと、そして激しい羞恥だ。
なんという
父を殺された、殺した相手が親友と信じた相手だったーーーそれに動揺して怒りを抱く、それ自体は良い。
全く感情を揺れ動かさない者など人ではなく無機質な機械なのだから。
だが、その怒りに振り舞わされて我を失った事は恥じねばならないのだ。
何故ならば自分は軍人なのだから。
激情を律して、公のために振るうのが軍人なれば憤怒に呑み込まれかけた事を恥じねばならないだろう。
胸より湧き上がる憤怒に身を委ねるな。
強く、意識を保て。強く強く、強く強く強く、強く強く強く強く強く、強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く―――ッ 。
一度憤怒の熱によって溶け落ちた心を再び鋼にしていく。今度は決して溶ける事の無き様に。
注ぎ込まれた歴代の起動者の想いと記憶、そして経験。それらを材料に加えて、己が覚悟によってそれらを固めていき鋼鉄へとしていく。
己が心の中で燃え盛る憤怒と憎悪という焔を、そして獣の如き力からエネルギーのみを抽出出来るように巨大な炉心を作り上げていく。
目指すべきは“鋼の境地”だ。
父は、ギリアス・オズボーンは死んだ。自らが踏み潰し、呑み干してきた過去、そこに潜んでいた漆黒の意志を持つ復讐者からの報復によって。
因果応報と言って良いのだろう、少なくともやり方はどうあれクロウ・アームブラストが父に抱いた怒りと憎悪、それ自体を否定する事は出来ない。
憎しみに囚われずに許す事が大事だ、だがそれは他ならぬ加害者側である自分が言って良い内容ではないのだから。
だから、自分の方がクロウ・アームブラストを
許そう。父の仇であるクロウの事も、黒幕たるクロワール・ド・カイエンの事も。それが、
仇を討つのだという胸の中からの獣の咆哮をねじ伏せて、この心の中で今も燃え盛り続けている憎悪という焔を押え込んで。
それこそがこの力を獅子心皇帝が後の世へと託した灰の騎神の起動者こそが為すべき使命だと信じて。
父は、ギリアス・オズボーンという稀代の指導者はもう居ない。
どれほど嘆き悲しんだところでもう戻っては来ないのだ。
ならば、
クロウのような者にとっては忌むべき仇であっても、それでも父がこの国の大多数に繁栄と栄光を齎していた偉大なる指導者であった事は疑いようがないのだから。
故に自分がそれになろう、偉大なる父に従っていればよかった子どもだった自分、《鉄血の子》であった自分へと別れを告げて、真の意味での後継となるのだ。
祖国に身命を捧げて、勝利と栄光を齎すお伽噺のような騎士に英雄に、自分はならねばならない、いやなるのだ。
誓え。覚悟を固めろ。意志を燃やせ。どんな理想も夢も、まずはそこから始まるのだ。
現実的な精算や如何に成し遂げるかという具体的な方法論を考えるのはその後だ。
そうだ、何かを選ぶ前にまずは何かを超えろ。お膳立てをなぞるだけの男に一体何が出来るというのか!
道を切り開いていた父はもう居ない?ならば自分で道を切り開いていくまでの事!一体いつまで親に甘えているつもりなのか!
そうだ、自分はもうただ父の背中を追うだけの子どもではないのだ。
過去の報いによって斃れたのがギリアス・オズボーンの限界だったというのならば、自分はそれを
何故ならば自分はーーーーーーーーーーー
「私はリィン・オズボーン。鉄血宰相ギリアス・オズボーンが後継にして、獅子心皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノールの力を受け継ぐもの。
偉大なる祖国エレボニア帝国にこの身命を捧げ、勝利と栄光を齎す騎士である!!!」
それは絶対の覚悟を宿した鋼の誓い。誰に強制されたわけでもない、己が意志によってこの道を進むのだと決めた一人の男の咆哮だ。
その咆哮と共に、リィンは己の胸の中で猛り続けていた鬼を
いい加減うっとおしいぞ貴様、元は誰のものだったか知らないが、今の貴様の主は俺なのだと。一体誰がこの肉体の主人なのかを教えてやるぞと。
更にそれまで少しずつ流れ込んでいた歴代の起動者達の記憶が、膨大な奔流となってリィンの中へと流れ出す。
それは本来であれば数年をかけて、少しずつ咀嚼して、己が血肉へと変えていくもの。
だが、そんな時間はないのだ。自分は一刻も早く目覚めなければならない、自分が今こうしている間にも自分が護らねばならぬ愛する民は塗炭の苦しみを味わっているのだからと。
鋼鉄の意志によって、それらを呑み干していく。怒り、絶望、愛、友情、誓い、慟哭、挫折、歴代の起動者が味わったそれらを余さず己が糧としていく。
人の経験というのは何が、幸いになるのかわからぬものなのだから。本来であるのならば避けたい“敗北”や“挫折”と言った経験も自分を形作る大きな土台となるという事は多々あるのだからーーー今の自分がクロウ・アームブラストに“敗北”した事で形作られようになった。
ああ、本当に二度と経験したくないとそう心より思う。幾ら、それが成長の糧となるからと言って、こんなものを一体誰が進んで味わいたいと思うだろうか。ーーーだからこそ、それは何にも得難い貴重なものなのだ。何故ならば、敗北すれば失うのだから。背負ったものを、護るべきものを。故に、それを実際には失わずに経験だけ味わえるというのならば、それはなんという幸運な事かと。
そうして、リィン・オズボーンは新生を果たした。
漆黒だった髪はその異名を象徴するが如き灰色へと染まり、瞳の色はまるで心の中で今も燃え盛り続けている焔のように灼眼へと変貌した。
だがそこに暴れ狂う獣の如きかつての様子はない。宿るのはそれを完全に律する鋼鉄の意志だ。
その姿はどこまでも静かに、ある種の神秘性と高貴ささえ感じさせていた。
此処に雌伏の時を経て、
主役として悲劇を終わらせるべく、勝利と繁栄を齎すために。
ただの人間に過ぎなかった、弱い自分へと別れを告げて………
素体:鉄血の子リィン・オズボーン(友との青春イベントをこなした上で限界まで鍛えて達人になっていること)
注ぐ材料:親友相手の完全な敗北という最大の挫折+父親の死+師匠が自分を生かすために死ぬ+歴代の起動者の記憶と経験+鬼の力
混ぜ合わせる時間:一ヶ月
結果:英雄リィン・オズボーン 爆☆誕
皆も君だけの理想の英雄を作成しよう!