(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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クレアさんの魅力は結局どこまで言っても情と理で揺れる普通な人のところだと思います。
能力自体は優秀ですけど、人格面ではどこまでも“普通の人”なんですよね。
多分それがあの苦労人オーラの由縁だと思います。


揺るがぬ理想

 

 通信異常の調査は滞りなく完了した。

 途中通常の魔獣とは比較にならぬ“幻獣”と呼ばれる存在と交戦状態に陥ったものの、理に手をかけているリィンに加えて達人級の腕前を持つクレアとレクターがそこに加わり、戦術リンク機能の恩恵も加わった抜群のコンビネーションを行うこの三人は帝国最強たる《獅子心十七勇士》にも匹敵しうる、万一を避けるためにグエン氏の守護をアルティナには任せた三人は呆気なく、幻獣を蹴散らしたのであった。

 そうして護衛されながら監視塔の屋上を観察した「やはりか」等と呟いたかと思うと、確証を得たとだけ告げて一行は調査を終えて湖畔へと帰還したのであった。

 

「さて、結論から言おう。“導力波妨害装置”それがこの高原で通信異常を引き起こしている物の正体じゃ」

 

 どこか渋い顔をした様子でグエン氏はあっさりと正規軍を悩ませていた懸案の原因を述べる。

 これはこれまで突き止められずにいた正規軍の技術将校達が無能だったというわけでは決して無く、グエン氏が並外れて優秀なためであろう。

 グエン・ラインフォルトはRFグループ前会長であり、導力革命という激動の最中でRFグループを此処まで拡大させた敏腕経営者であると同時に、かの《エプスタインの三高弟》の一人にして帝国最高の頭脳とも称されるG・シュミット博士と比肩し得る程の帝国有数の技術者でも在ったのだから。経営から解放された事で悠々自適の趣味人生活を送っていたようだが、どうやらその趣味の中には知的好奇心を満たすための最新技術というのも含まれていたようである。

 

「監視塔の屋上に設置されていたアレですか……情報局や鉄道憲兵隊でも作戦行動にあたって使用する事はありますが……」

 

 テロリスト等のアジトを制圧する際に、通信を遮断して相互の連絡を取れなくした状態で混乱の只中にある容疑者たちの制圧を行うというのは鉄道憲兵隊の十八番にして定石である。しかし、それはせいぜい建物一つを覆う程度の物だ。とてもではないがこの高原全域をカバーするような高性能な物など開発段階であるとすらクレアは聞いた事がなかった。

 

「ま、機甲兵だなんてとんでも兵器を投入してきた連中だからな。その辺は今更だろうさ」

 

 こんな技術など有り得ないというのならば、それこそ機甲兵の方が余程あり得ないだろう。

 戦車をも凌駕する二足歩行する人型の巨大兵器、そんなものが投入される日が来ることを一体誰が予見していただろうか?これに比べれば、今回の妨害装置はまだ理解しやすいものだ。何せ既存の装置の性能が極めて向上した、要はそれだけの事なのだから。

 

「しかし……不味いなこれは。予想はしていたが、本当にこの高原全域の通信を妨害できるような装置を貴族連合が開発に成功したのだと言うのならばとんでもない事になる」

 

 正規軍屈指の名将とされる隻眼のゼクスがこれ程の苦戦を強いられているのだ。それこそただでさえ正規軍側が追い込まれている西部戦線にでも投入されれば、これは致命打になりかねない。下手をすると機甲兵以上に現代戦に於いては圧倒的な優位を齎しうる代物であった。

 

「ですが、それほどまでに使い勝手の良い装置ならばそれこそ他の戦線でも使用しているのでは?

 にも関わらず東部戦線に於いて貴族連合側に使用した形跡は無く、西部戦線でも使用しているとの情報は聞いて居ません。何か特殊な使用条件でもあるのではないでしょうか?」

 

 アルティナはそう己が上官の抱いた懸念を和らげるようにやんわりと進言する。

 

「グエン殿、その辺りの可能性については如何でしょうか?」

 

「ふむ、そうじゃな。わざわざ監視塔の屋上等という目立つ場所にまで設置している辺り、設置場所はある程度の高所を確保する必要がある可能性はあるじゃろうな。加えて言うならアレほど大型の装置となれば、要求するエネルギーも多大な物となる。そう簡単にほいほいと使えるような物ではないじゃろう」

 

「なるほど、狙った戦域に使うとなればそれ相応の条件を整える必要があるというわけですか」

 

 逆に言えば、条件さえ整えれば現状貴族連合側はその戦域での戦いで通信を一方的に使えるという理不尽とすら言える圧倒的優位を確立出来るわけだ。そしてその条件が整った戦域に誘導する事は難しくないだろう、この内戦を終結するにあたって何れ帝都での決戦へともつれ込む事はほぼ確実と言っていいのだから。自分が貴族連合司令の立場ならば、帝都近郊にこれを張り巡らせているだろう。これは軍に限った話ではないが組織というのは人が増えれば増えるだけ統制を取るのが困難になる、大軍を擁しながらその運用に失敗した結果敗北するという例は少数だが、戦史にはいくつも転がっている。

 そして通信というのは軍の運用の要だ。これを封殺されれば幾らヴァンダイク元帥が名将と言えど、これを相手取るのは極めて至難となるだろう。最悪、連携を欠いた正規軍側は各個撃破される等という事になりかねない。何らかの対策を講じておく必要があるだろう。

 

「……装置を基にそれへの対抗措置を作る事は可能でしょうか?」

 

「……ま、出来んとは言わんよ。結局のところ規模が拡大しただけであって、従来の装置の延長に過ぎんわけだからな。サンプルさえ手元にあるのならば、それを基に対策を講じるのは然程難しくはないじゃろう」

 

 なお、この難しくないというのはあくまでシュミット博士にも比肩しうる帝国有数の導力技術者たるグエン・ラインフォルトの基準である。

 

「で、あるのならばお願いがありますグエン殿。どうか我々正規軍へとそのお力をお貸し頂けないでしょうか?」

 

 真摯に頭を下げながらそう願い出たリィンに対してグエンは若干眼を細める。

 

「……それはアレかな、所謂交換条件という奴かな。我々はこの地に平穏を取り戻す、代わりにお前たちも我が軍に協力しろという」

 

 現在ノルド高原は戦禍に塗れており、そのためにノルドの民は湖畔への避難を余儀なくされている。

 このまま戦いが激化していけば、高原そのものから完全に避難しないとならないだろう。通信が出来ていないために事前の避難勧告も覚束ないこの状況では、あまりに危険が過ぎるからだ。

 故にグエンは問うているのだ、お前たちのために自分たちは労を折るのだから代わりにお前たちも協力しろという要請という建前を借りた命令なのかと。

 

「まさか、監視塔を攻略してこの地に平穏を取り戻すのは基より我らが果たさねばならぬ、いや果たして当然の役目です。果たして当然の役割を盾にとって、民間人である貴殿に協力を強制するような事は私には出来ません」

 

 その言葉を聞いてクレアは嬉しそうに眼を細める、鋼鉄の覚悟を身に纏っても義弟の抱く優しさが昔のままだとわかったから。

 

(やはり、大切なところは変わっていないのですね、貴方は)

 

 軍人とは国家の繁栄と其処に住まう民の幸福を守るためにこそ存在する、そんな綺麗事を心から信じていた少年の姿をクレアは思い出す。

 残酷な現実を目の当たりにして、そんな理想はあくまで理想に過ぎないのだと知った上でそれでも根底のところで変わっていない事を悟り、クレア・リーヴェルトは安堵し、同時に眩しく思う。

 “だとしても”と決して諦めずに戦い続けるその“強さ”は惑い続けている自分では到底持ち合わせる事が出来ないもの故に。

 

(結局、私はどこまでいっても“凡人”なのでしょうね……)

 

 不遜な言い方になるかもしれないが、確かに“優秀”か否かで言えば自分は間違いなく優秀な部類に属するのだろう。人はそんな自分を指して色々と称賛してくれたものだが……何のことはない、自分は結局のところ人より少しだけ優秀なだけなのだ。根っこの自分はどこまでも卑小な“凡人”に過ぎない。

 恩人たる宰相閣下のような総てを飲み干す鋼鉄の覚悟もーーー

 親友たるアデーレ・バルフェットのような清廉さもーーー

 そして今、目の前にいる義弟のような理想もーーー

 自分は持ち合わせていない。情と理、理想と現実、その狭間で迷い揺れ続けるだけの只人なのだ。

 だからこそ、クレアには目の前の義弟がとてつもなく眩しい。

 信じた“親友”が愛する父親を殺した犯人だった、こんな残酷な現実を味わってなお彼は自分の力で立ち上がったのだから。

 それは今も尚、亡き弟の姿を目の前の義弟に重ねてしまっている自分には到底出来ない事だったから……

 

 

 アルティナ・オライオンは若干困惑する、勝利のためならば手段を選ばない冷徹なリアリスト、それがアルティナのリィン・オズボーンという上官に対して抱いていた印象だったがために。

 アルフィン・ライゼ・アルノールに関して本人の自由意志を尊重するように動いた事は理解できた。曲がりなりにもこの国の至尊の血を引く方であり、その行動を強制する事ができるとすればそれは皇帝陛下のみであり、アデーレ・バルフェットという忠臣も居た以上、協力を強制するような事をしたところで反感を買うだけの事。故にお願いするという態度を取らざるを得なかった事、これは理解しやすかった。

 だが、グエン・ラインフォルトは違う。かつてはRFグループの会長を務めたこともあるのかもしれないが、今は隠居した老人だ。多少強引な手段に出たところで問題はないだろう。

 それにも関わらず上官たる少佐はあくまでグエン氏の自由意志を尊重するような態度をとっていた、それがアルティナには些か解せなかった。

 

(良く、わからない人です……)

 

 ユミルの時もそうだった。この人は自分自身で決断する事、意志というものを妙に重んじているように思える。

 戦いの時には冷酷さすら感じさせる徹底したリアリストだというのに、こういう時には潔癖なまでのロマンチストにもなる。

 上官と部下、それだけの関係のはずだというのに軍務でない時には妙に自分を子ども扱いしてくる。どうにもアルティナ・オライオンにとっては未だ測り切れない不可解な人物であった。

 

 レクター・アランドールもまた苦笑し喜ぶ、だが同時にこうも思った。“甘い”と。

 本来であれば、此処は多少強引にでもグエン氏の協力を取り付けなければならないところなのだ。

 リィン自身が語った通りに、通信を一方的に使用できるという状況が貴族連合に齎す優位は圧倒的なものだ。

 その対策が出来るというのならば、多少強引にでも(・・・・・・・)グエン・ラインフォルトに協力を強制すべき(・・・・・・・・)なのだ。

 ーーー少なくとも、彼の父である鉄血宰相ギリアス・オズボーンならばやっただろう。それによって生じる反感や反発等意に介さず、グエン・ラインフォルトを協力せざるを得ない状況に追い込んだはずだ。

 だが、リィン・オズボーンにはそれが出来なかった(・・・・・・)。彼にとってグエン・ラインフォルトは彼が守るべきエレボニアの民であるが故に、その意志を無視して協力を強制するという事が出来なかったのだろう。

 そして本人自身もそんな自分の甘さを自覚している事だろう、かつてならばともかく今のリィンがそれを理解できないはずもないのだから。

 それは甘さであり弱さだろう、未だ彼は父である鉄血宰相ギリアス・オズボーンの鋼鉄の強さに及んでいない。

 彼の根底にはやはり、決して捨てられない青臭い理想が心の中に息づいているのだ。

 

(けどまあ、その甘さと青臭さ嫌いじゃないぜ)

 

 上官の足りない部分は部下が補えば良い、いざという時の憎まれ役は自分が引き受ければいいだけの事なのだからとレクター・アランドールは義弟の支えとなる事を人知れず誓うのであった。

 

「故に、これは純粋なお願いです。どうか我々に力を貸して下さい、グエン・ラインフォルト殿。無論、協力に応じて頂ければ可能な限りそれに見合った報酬は用意させて頂きます。」

 

 その場から立ち上がり、リィンは真摯に頭を下げる。報酬を用意すると言ったが、これは別段買収するためのものではない。そもそもそんな事でグエンは心を動かされないだろう。何せグエン・ラインフォルトは帝国最大の企業RFグループの元会長なのだから金銭で不自由等あるはずもない、これは単に誠意の証、働きに対する正当な対価を用意するためという意味合いのものだ。

 故に、リィン・オズボーンに出来る事はただただ誠意を以て頼む事しか出来ない。

 武力によって脅す事等愚の骨頂だ。そうして無理やりに協力させた人物がどうしてその力をこちらのために発揮してくれるだろうか。そもそもグエン・ラインフォルトはあくまで民間人に過ぎない以上、こちらに協力する義務はない事、それを忘れてはいけない。あくまでこちらが協力を無理に頼む側なのだ。……これで断られたら、その時はまた改めて別の策を講じるとしよう。

 

 上官の後に続くようにレクターもクレアも、そしてアルティナも立ち上がりグエン氏へと深く頭を下げる。そんな四人の様子にグエンは苦笑を浮かべて

 

「やれやれ、これで断るような真似をしたら儂はとんだクソジジイではないか」

 

「それでは……!?」

 

「儂はへそ曲がりじゃからのう、“命令”でもされれば誰が聞いてやるかと思ったかもしれぬが、国のために懸命に働いている若者たちにこうまで真摯に頼まれて断るような“老害”になった覚えはないよ。どうも儂の可愛くない娘も貴族連合に囚われているようじゃしのう、親として間接的に貴族連合の連中に一泡吹かせてやるというのも悪くない」

 

 照れ隠しのようにニヤリとグエンは意地悪く笑う。

 思えばラインフォルト家は爵位を持たないのに、帝国でも有数の資産家という立場なのだ。

 貴族にしてみれば面白いはずもなく、当然この年になるまでの間にグエン氏もまた貴族とは色々と(・・・)あったのだろう。

 

「ありがとうございます、万が一の際には私に脅されて強引に協力させられて居たことにでもして下さい」

 

「は、どうせ老い先短い身じゃ。その時はそんなみっともない事はせずに貴族連合の連中に唾でも吐きかけてやるわい」

 

 かくしてグエン・ラインフォルトの協力を取り付けたリィン達は改めて監視塔攻略のための作戦を練るために、ゼンダー門へと帰還するのであった。

 

 

 




軍人は国と自国の民を護るものという綺麗事を体現しようとするのが
リィン・オズボーンの最大の美点でもあり、同時に最大の弱点でもあります。

ゾンバルト少佐はそんな彼の欠点を補うために登場させた人物ですね。
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