(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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前から書いていますけどトールズ士官学院に在学している生徒は
(そうは見えないけど)全員エリート中のエリートなんですよね。
エレボニア帝国という国家における上澄みも良いところの存在なわけです。
ですが、当然世を構成するのはそんなエリートばかりではないわけです。
トールズ卒業生は将校である准尉からスタートしますが、一般兵から見れば将校とは普通は手の届かない存在なわけです。


燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや

「ああ、畜生。どこで選択間違えたんだろうな俺は……」

 

 迫りくる死を前にして、鋼鉄の棺桶の中でラマール領邦軍の兵士アルフレット・リンザー准尉はそう呟いた。

 

 アルフレット・リンザーはラマール州の辺境に位置するカッセル村の農家の次男坊として七曜暦1179年にこの世に生を受けた。両親は特別善良というわけでもなく、特別悪徳というわけでもなく、次男坊であるアルフレットにそれ相応の愛情を注いでくれたし、兄との関係も同様だ。特別仲がいい訳もないが、さりとて「こんな奴いなくなっちまえば良い」等と思うほどに悪いわけでもない。所謂地方に存在する「普通の家庭」であった。

 神童……等と呼ばれる事もなく、彼は特別優等というわけでもなく、さりとて大人に呆れられるほどの落ちこぼれというわけでもなく極々普通の少年として田畑を耕すのを手伝い、日曜学校で読み書きを教わるという標準的な育ち方をして彼は成長していった。

 

 そして15歳になってくると彼に転機が訪れた、都市部の富裕層やあるいは貧しくとも抜きん出た才覚であれば奨学金を貰って進学するという選択肢もあったのかもしれないが、生憎と彼の家は特別貧しくもなく、かと言って特別裕福でもない極普通の農家である。当然次男坊をそんなところに送る余裕などないし、彼自身にしてもエリート様方が集うところに飛び込んでやっていける自信等欠片もなかった。そんな普通の家で育った、普通の次男坊である彼のとれる選択肢と言えるものは2つしかなかった。

 

 すなわちそのまま家に残って一生自分の物ではない兄の物となる田畑を耕すか、それとも軍人になるかである。

 前者の方を選べば、これまで通りの代わり映えのない生活が待っている。命の危機に陥る等という事はそうそうない。しかし、同時に次男坊である彼はあくまで兄のものである田畑を生涯耕し続ける事となるので、一生兄に頭の上がらない生活が待っているだろう。妻子を持つこともまず絶望的と言っていい。

 後者を選べば、死ぬ覚悟をしなければならない。だが同時にアルフレットのような先の見えない立場の人間でも家庭を持って人並みの幸福を得る、軍服を纏って皆から尊敬される、そんな贅沢(・・・・・)を望めるような立場になる。自分で自分の食い扶持を稼ぐわけだから、兄の顔色を伺う必要もなく堂々ともしていられるのだ、それは折しも血気盛んな年頃だったアルフレットにとってはこの上なく魅力的に思えた。

 加えて言えば、彼とて年頃の男子なのだ。日曜学校で聞いた獅子心大帝陛下に槍の聖女、そんな“英雄”達に一度も憧れなかったと言えば嘘になる。もしかして、自分には何か特別な才能があるのでは……と後々思い返せば思春期にかかった麻疹としか言いようのない思いもあった。

 

 かくしてアルフレット・リンザーは軍人の道へ進む事を決めたわけだったが、エレボニア帝国には軍というものは2つが存在する。一つは正規軍、そしてもう一つは領邦軍だ。折しも百日戦役の敗戦、そして鉄血宰相ギリアス・オズボーンの台頭によってこの2つは対立を徐々にだが深めていた事もあってアルフレットは大いに悩んだ。

 

 己が才幹に自信のある平民が立身出世を狙うのならば正規軍こそを選ぶべきであった。折しも正規軍は百日戦役の敗戦を受けて徹底した実力主義を標榜するようになっており、精鋭たる20の機甲師団を率いる将の多くを平民出身の者が占めるようになっていた。「身分は問わない、我らが求めるのはただこの国を愛する者である」、それが正規軍が若者を軍に勧誘する決まり文句であった。

 

 一方の領邦軍は四大名門がそれぞれ統帥権を有しているのもあって貴族のための軍という気風が強く、軍を牛耳る士官の多くは貴族によって構成されている。平民でも出世する者はいないわけでもなかったが、才幹と何よりも貴族に対する処世術が重要となってくる組織であった。これだけ聞くと平民にとっては正規軍一択のように思えてくるが、ことはそう単純ではない。

 

 帝国正規軍は“外敵”からの国土防衛を主な任務としている、それこそ百日戦役の時のような戦争が起これば真っ先に前線へと赴く立場なのだ。一方の領邦軍は領土の治安維持こそが主な任務となっており、全く無いというわけではないが、それでも戦死の危険は正規軍に比べれば格段に低いと言って良い。

 大まかにわければ、安定志向ならば領邦軍、逆に立身出世の夢を追うのならば正規軍という事になるだろう。迷った結果、結局アルフレットは領邦軍へと進む事を選んだ。夢に焦がれる気持ちは確かにあったものの、それでも世の中そんな上手い話がそうそう転がっているわけがないという現実的な考えがそれを上回ったのだ。

 

 幸いな事にアルフレットは“天才”だとか言われるほど“特別な存在”ではなかったが、それなりに優秀であった。5年間兵卒を務めた彼は、下士官選抜試験を突破して伍長となる。そうして伍長を勤め上げて3年が経ち、軍曹へと一兵卒からの任官としては順調と言って良い速度で昇進していった。まず満足と言って良い人生だった、“英雄”になどはなれなかった、だが凡そ辺境の次男坊としては大満足と呼べる成功。後はそろそろ適当に美人と言わないまでも醜女ではない、気立ての良くて家事の出来る女を嫁さんにでも貰って……とそんな事を思っていた時だった。貴族連合と正規軍の内戦が勃発したのは。

 そこから先はあっという間であった。曰く、正規軍の“灰色の悪魔”によって忠勇なるラマールの騎士が多く女神の下へと旅立った、故に栄光ある機甲兵部隊に貴族平民の別なく適性の高いものを選抜する、そんな知らせが出たかと思うと、何の因果か自分はそこで「極めて高い」適性とやらを示してしまい、ほんの一ヶ月程度の促成栽培の状態で機甲兵のパイロットとして前線へと放り込まれる事となった。……有り難い事に准尉に昇進というおまけ付きで。

 

 士官になる事など一兵卒出身に関して言えば、まず無いと言って良い。故にアルフレットはこの抜擢に涙を流しながら喜んだ……等という事があるはずもない。15歳の頃の若僧であれば無邪気に喜べたかもしれない、それこそ自分は選ばれた存在なのだと思い上がれたかもしれない。

 だがしかし、軍隊に入って9年も経てば流石に身の程というものは理解しているし、上手い話には往々にして裏というものがあるのだという事も朧気ながらに理解してくるものだ。案の定というべきか、待っていたのは地獄であった。《ゴライアス》、何の因果か自分はそんな機甲兵の中でも“最新”に位置する機体へと乗って監視塔を防衛することを命じられたのだ。

 

 新兵ならば喜び勇んだ事だろうが、生憎と軍隊生活を10年近くも続ければ“新型”とやらが如何に安全性に欠けるものかというのが嫌でもわかる。そもそも本当にそんな貴重な機体ならば、貴族様へと割り当てられる事は明白。自分のような兵卒上がりの平民へと割り当てられた時点で、何らかの“欠陥”があることは確実というものだろう。

  そしてその懸念は見事に当たっていた、「このゴライアスは巨体を支えるために導力機関に激しい負荷がかかっている。故に敗北した場合は機体が弾け飛ぶ事となる故死に物狂いで戦うように」、そんな風に有り難いことを上官様は俺に仰ってくださった。なるほどなるほど、そんな欠陥機にそりゃ高貴なる血が流れている貴族様は乗せられねぇわな、つまり准尉に昇進したのは二階級特進の前渡しってわけだ。有難すぎて涙が出てくるぜクソッタレめ等とアルフレットは自分を栄光あるラマールの騎士へと抜擢してくださった方々と上官に心の中でありったけの罵倒を零した。その後は、ただひたすらに祈る毎日である。

 幸いな事に北部戦線は貴族連合が優勢であった。詳しい原理は不明だが、導力波通信妨害装置の影響で正規軍側は精彩を欠いており、その装置をなんとかしようと派遣された部隊も猟兵団が阻止する。良いぞ、このまま自分の出番が無いままに内戦が終わってくれればとそんな風にアルフレットはかつてない熱心さで女神へと祈った。

 しかし、そんな彼の祈りは残念ながら叶えられる事はなかった。12月12日、アルフレットが、いや貴族連合が恐れていた恐怖の象徴たる灰の悪魔がその姿を現したのだ。

 

 そこから先はあっという間であった。その光り輝く双剣を振るうたびにこちら側の機甲兵が一機また一機と次々にやられていく。指揮官の怒号が響くが、それも意味がない。悪魔にしては随分と慈悲深い事に格の違いを見せつけるかのように、わざとこちらのコックピットを避ける等という余裕さである。

 その光景にアルフレットはただただ魅せられていた。美しかった、ただただその光景は。振るう剣には“練達”と称する他ない、研鑽の後が込められていた。それは目の前の人物が、自分などでは及びもつかない程の努力を重ねている事を示すものであった。

 

(ははは……そりゃ、ちっぽけな俺の祈りなんぞ聞いてくれるわけはねぇわな)

 

 だってそうだろう?自分なんて端役も良いところだが、それに対して目の前の存在は違う。

 輝く双剣を携えた宰相閣下の遺児である若き英雄。皇女殿下を救った騎士、名門士官学校の首席!オマケに帝国時報で面を拝んだこともあるがかなりの二枚目と来たものだ!

そりゃ女神様だって女である以上冴えない三枚目の平民とどっちを贔屓するかなんてわかりきったものだろう。劇の主役に選ぶならどう考えても向こうだ、こんな冴えない男を選んだ日には大顰蹙も良いところだろう。

 

「リンザー准尉!何をしている貴官の出番だぞ!!!平民に過ぎん身で在りながら、栄えある機甲兵部隊へと配属した栄誉へ応えるのだ!!!」

 

 別に俺が頼んだわけじゃねぇよ、そう舌打ちしながら言いたい衝動をリンザーは必死に抑える。

 生き残る可能性が低いとは言え、万が一にも命を拾う可能性は決して0ではない。そしてそうなっても此処で口答えでもしようものなら台無しだ。

 

「イエス・サー」

 

 故に口に出してはただ一言、了解の意を告げてアルフレット・リンザーは凡そパイロットの事など考えられていない鋼鉄の棺桶へと乗って戦場へと躍り出たのであった。端役には端役の意地があるのだと、見せつけるために。

 

「そもそもアンタが帝都で大暴れしなければ、俺はこんなもんに乗らずに済んだんだよ!!」

 

 八つ当たりじみた、いや文字通りの八つ当たりを口にしながらアルフレットは灰色の悪魔へと必死の猛攻を加える。

 

「アンタが!帝都で本来乗る予定だった連中を壊滅なんてさせなければ!」

 

 ゴライアスに充填されているミサイル、それを一斉に放つ

 

「アンタが!此処にやってこなければ!!!」

 

 あっさりと躱した敵に今度は躱しようのない全方位に対する銃弾の雨を放つ

 

「そうすりゃ俺は!アンタみたいな“英雄(怪物)”相手に戦わずに済んだんだよ!

 国の為だの、民の為だの、勝手にやっていてくれよ!俺の知らないどこかでさぁ!!

 アンタにしてみりゃとるに足らない雑魚かもしれないけど、それでも俺だって必死に生きてんだ!!」

 

 恐慌に駆られたアルフレットはみっともない八つ当たりをし続ける。

 そうだ、目の前の立派な英雄様には自分の気持は絶対にわからないのだと理不尽な怒りを燃やして。

 ああ、確かに物語で言えばこっちが悪役なのだろう。宰相を暗殺して、皇帝を軟禁して国を自分の物にした邪悪な貴族。それがこっちの親玉で、自分はその尖兵だ。正しいのは、向こうなのだろう。

 だけど、それでも自分は英雄譚の端役等ではなく、アルフレット・リンザーという一人の生きた人間なのだ。聖人君子でこそなかっただろうが、それでも死んで当然などと言われるほどの悪行をしたことなど無い。税金だってきちんと収めていた。望む未来が確かにあったのだ。

 

 だというのにーーー

 

「なんでアンタみたいな“英雄(怪物)”とやり合わなくちゃならねぇんだよぉ!!!」

 

 瞬間、それまで守勢に回っていた騎神が攻勢へと移る。

 もはや、見切ったとばかりに。その機体がどういう機体かはあらかた把握したぞと言わんばかりに。

 その神速の如き剣撃はちっぽけな端役の感知速度をあっさりと振り切り、ゴライアスの装甲を切り裂き、甚大な損傷を与え、その機能をわずか一撃で停止させたのであった。

 

 鳴り響く出す警告音、それを聞きながらアルフレットは全てを諦めながらポツリと呟く

 

「ああ、畜生。どこで選択間違えたんだろうな俺は……」

 

 領邦軍に入った事が間違っていたのだろうか?だが入ってなかったら待っているのはひたすらに田畑を耕す日々だ。少なくとも、こうなる前に抱いていた細やかな“夢”を持つことも出来なかっただろう。豪農でもない、農家の次男坊なんてのはそんなものだ。

 だから領邦軍に入った事それ自体を間違えていたとは思えない。となるとはて一体ーーー

 

「そこのパイロット。何故脱出しない。貴官の機体は明らかに異常を起こしている。そのままそこに居たら死ぬぞ」

 

 思索にふけっていると、とても年下とは思えない威厳に満ちた声で英雄様がそんな事を語りかけてきていた。

 本当に空の女神は贔屓をし過ぎだろう。天は人に二物を与えないとかいう諺は一体何だったのやら。

 

「……出来ないんですよ。この機体、どうにも欠陥機のようで。俺は平民ですからね、文字通り死に物狂いで戦えって事ですわ」

 

 忌々しい上官の顔をアルフレットは思い出す。全くこんな事になるんだったら一発、いや死なない程度に思いっきりぶん殴っておくべきだったと後悔しながら。奇妙な事にアルフレットの中に、自分を殺す事となる目の前の人物への怒りはもう消えていた。それは恐らく身を以て、思い知らされたからだろう。格の違いというものを。

 ああ、こんな奴に敵うわけがないのだとーーーそんな奇妙な納得を得てしまったのだ。

 

「そうか、では衝撃に備えて頭を保護しておけ。それと舌をかまないように口を閉じておけ」

 

「は……?アンタ一体何言って……?」

 

 一応言われたとおりに頭部を保護するように腕で覆う。

 直後激しい振動がその身体を襲う。そして、わけのわからぬままにアルフレットはその意識を失うのであった。

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