(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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今回の話を書いていて思ったのはセリーヌとミリアムの動かしやすさです。
この二人、割と空気読めない&読まないところがあるので他の人間が言い辛い事をすごく言わせやすいです。
そしてⅦ組のメンバーはいちいち全員に喋らせると話のテンポが悪くなるのであえて端折っていますのでご了承ください。


幕間~紅き翼の軌跡(上)~

 時は誰もに等しく流れる。

 そして、この内戦という悲劇を終わらせようと動いているのは何も英雄だけではない。

 英雄が宿敵と帝国西部にて死闘が繰り広げられている頃、紅き翼を携えた有角の若獅子たちもまた、この戦いを終わらせるべく動いていた……

 

「さて、それでは状況を整理としよう」

 

 皇族専用艦足る高速巡洋艦カレイジャス、紅き翼の名を以て帝国全土でその名を親しまれている艦内の会議室の一角でこの艦を父たるエレボニア帝国皇帝ユーゲントⅢ世より貸与されている第一皇子オリヴァルト・ライゼ・アルノールは、改めて今後の方針を伝えるべく艦の主要なメンバーを集めていた。

 艦長を務めるヴィクター・アルゼイド子爵、オリビエにとって最大の腹心にして親友たるミュラー・ヴァンダール少佐、そして艦内に居るトールズ士官学院のメンバーの纏め役を務め、現在艦長補佐の任に就いているトワ・ハーシェルとアンゼリカ・ログナー、技術屋代表であるジョルジュ・ノーム、オリビエの親衛隊として働いている遊撃戦力足るサラ・バレスタイン教官と特化クラスⅦ組の面々である。

 

「現在、内戦は正規軍へと大きく傾きつつある。此処に居る面々もよく知る人物、亡き宰相閣下の遺児にして、現在帝国正規軍特務少佐となった《灰色の騎士》リィン・オズボーン君の活躍によってね」

 

「双龍橋の攻略、監視塔の奪還。そして現在は西部戦線で蒼の騎神と交戦状態にあるとか」

 

「それと我が妹であるアルフィンの救出もだね。救出というよりは、シュバルツァー男爵に身を寄せていたところからヴァンダイク元帥の下に連れて行ったというのが正確なところのようだが、どうも市井の噂ではそういう事になっているらしい」

 

 苦笑しつつオリビエは呟く。噂というのは尾ひれがつくもの、いつの間にやら灰色の騎士は悪の貴族カイエン公爵によって囚われたアルフィン皇女を皇女の騎士であった戦乙女の協力も得て、救い出した事になっていた。何しろ、民衆というのはとかくお姫様と騎士の恋物語等というのが大好きなもの。元々リィンの名が市民の間に広まったのは、帝国解放戦線に囚われたアルフィン皇女を救出した事だったのもあって、多くの人間が想像の翼を羽ばたかせているようであった。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 そして、英雄の恋人たるトワ・ハーシェルにしてみればそんな噂を聞いて心穏やかで居られるはずもない。

 生死不明の状態で行方不明となって心配して居たのだから。

 

「トワ、あまり気にしないほうがいい。リィンがそんな器用な事を出来ると思うかい?」

 

「そうそう、噂は所詮噂。話半分、いや話1割程度に聞いておいた方が良いよ」

 

 何せ噂によって流されている灰色の騎士像と言えば、盛りに盛られた内容となっている。

 あらゆる美辞麗句を以て称賛される英雄かと思えば、まるで悪魔の如き男だとでも言った形で貴族連合の息がかかった帝国時報等では散々に罵倒されている。どちらにせよ実情を知るトワ達にすれば苦笑するような内容だ。

 何故ならばトワ達は英雄ではない、ただのリィン・オズボーンを知っているから。真面目だけどどこか天然なところがある、優秀だがそれでも自分たちと同じ人間なのだという事を。リィン・オズボーンは決して非の打ち所のない完璧超人の英雄様でも、血も涙もない極悪人でもない、真面目な青年に過ぎないのだから。

 少なくとも噂される、情熱的な愛の言葉を皇女殿下に捧げる灰色の騎士様像など三人にしてみれば全く以て想像がつかないものである。灰色の騎士という英雄の虚像が膨れ上がっている今だからこそ、せめて自分たちだけはそれに惑わされないようにしてあげようと告げる二人の言葉にトワもまた笑顔で頷く。

 

「……ちなみに蒼の騎神と灰の騎神の戦いはどんな感じになっているわけ」

 

 使い魔であるセリーヌにとって正直、リィン・オズボーンが誰とくっつこうとどうでもいい事である。それよりも彼女にとっての懸念は自分と一応主であるエマが導くべき存在が騎神をどう使っているかである。担い手によって守護神にも悪魔にもなり得る騎神という力を正しい方向へと導く事、それこそが自分たちの果たすべき使命なのだから。

 

「死闘、だそうだ。どちらも譲らず、まるで神話の如き戦いを繰り広げていると」

 

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

 

 蒼の騎神と灰の騎神が死闘を繰り広げている、それを聞いたことで重苦しい沈黙がその場に流れる。

 彼らの脳裏に過るのは一ヶ月半前の光景。昨日まで肩を抱き合い談笑していた親友同士が本気の殺意をぶつけ合いながら死闘を繰り広げていた悪夢の如き光景だ。

 

「やはり、リィン先輩はクロウの事を……」

 

 殺す気なのだろうかと言おうとしてマキアスは慌てて途中でその口を閉じる。

 二人が争っていることで自分たちよりもはるかに心を痛めているであろう人物がこの場に居る事に気づいたのだ。

 

「うーん、リィンはおじさんの事大好きだったからねぇ。早く軍人になっておじさんの力になりたいーってしょっちゅう言ってたし。

 それに、僕がクロウを疑っているって言った時も「あいつがそんな事をするはずがない」って庇っていたし。

 その信頼を裏切られて、あんな事されたらそりゃ怒って仇を討とうとするよね。

 ま、僕はいまいちそういう誰かを憎むってのがどういう気持ちなのかわからないんだけどさ」

 

 しかし、そんな気遣いは意味をなさなかった。

 空気を読めなかったのか、あえて読まなかったのかミリアム・オライオンがあっさりとクロウ・アームブラストの所業を口に出したからだ。

 仇、そうクロウ・アームブラストはリィン・オズボーンにとって紛れもない仇なのだ。

 何故ならば凶弾に倒れたギリアス・オズボーンはリィン・オズボーンにとって紛れもない肉親だったのだから。

 父への尊敬の念を顕にしていたその姿は此処に居る面々のその目に焼きついている。

 だとすれば、そんな尊敬する父を親友だと思っていた男に殺された者に一体何を言えば良いというのか?

 改めてあの二人の間に生じてしまった断絶を前に、その場に居た者達は皆一様に顔を暗くする。

 もう、決してあの日々は戻ってこないのだと否応なく突きつけられたが故に。

 

「でも、もしもあいつが憎悪に駆られて戦っているとするなら、危ういわよ」

 

「ふむ、危ういというのは一体どういう事か聞いても良いかな、セリーヌ君」

 

「言葉通りの意味よ。説明した通りに騎神は起動者によって守護神にも悪魔にもなり得る存在よ。

 そしてそれは騎神が常に暴走の危険性を孕んだ危ういものだからこそ、そう呼ばれるようになったの。

 歴史に汚名を刻んでしまった起動者だって、別に全部が全部最初から救いようのない悪党だったわけじゃないわ。

 そんな奴だったならそもそも歴代の魔女の眷属(ヘクセンブリード)だって最初から導こうとはしないしね。

 彼らの多くはね、騎神を使っている内にその力に溺れてしまった、あるいは取り憑かれてしまった者が大半なのよ。

 だから、もしも今のあいつが仇討ちのためにその力を振るっているんだとしたら、かなり危険だわ。

 そもそも、あそこまで一方的にやられる位に力量差が開いていた状態からたった一ヶ月でやり合えるようになった時点でとんでもない無茶をしている事はほとんど確定みたいなもんだしね」

 

 深いため息をセリーヌはつく。

 起動者を導くという使命を思えば、現在は最悪の状況にあると言って良い。

 導き手足るエマとその使い魔たる自分は起動者と遠く離れた状態で、肝心の起動者は恐らく激しい怒りに囚われたと思しき状態。

 正直言って碌な事になる未来が見えなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 そしてそんな相棒の言葉にエマ・ミルスティンは俯きながら強く手を握りしめる。

 脳裏に過るのは、姉からの「貴方は導き手の使命を果たす事等出来ない」という指摘だ。

 悔しいが、全く以てその通りだった。

 自分は彼の歩みに全く付いていけていない。

 

「悪魔か……そういえば、その点で気になる噂話を一つ聞いたな。

 曰く灰色の騎士と蒼の騎士、これらは断じてそのように高潔な存在ではないと。

 それが証拠に戦いの際には本性を現した禍々しい姿になり、共食いをしている。

 奴らは騎士等ではなく、本当は“悪魔”なのだと。

 最初は互いに敵を貶めるために流した宣伝なのだと思ったが、その割には両方共貶めている内容なのが気になってな。何か心当たりは?」

 

 ミュラー・ヴァンダールが何気なく口にした疑問、それを聞いた瞬間にセリーヌとエマ、それが如何なる現象なのか察した二人は血相を変える。

 

「そんな……まさか、第二形態!?」

 

「嘘でしょ……目覚めてまだ二ヶ月も経っていないっていうのに、いくらなんでも早すぎるわ。あいつ、一体どれだけ無茶苦茶な事しているのよ!?」

 

「ちょ、ちょっとエマにセリーヌも二人だけで盛り上がらないでわかるように説明してよ」

 

 二人だけ盛り上がる事に対して憤りと共にぶつけられたアリサのから問いかけに対してセリーヌは重々しく口を開く。

 

「さっきも言ったでしょ、騎神っていうのは守護神にも悪魔にもなり得るものだって。

 さてそこで聞きたいんだけど、貴方達は騎神を見た時にどう思った?」

 

「ど、どうって……」

 

「パッと見の印象でいいわ。アレが悪魔だなんて呼ばれる位に禍々しいものだと思ったかしら?

 どちらかと言えば、むしろ神々しさ、みたいなものを感じたんじゃない?」」

 

 セリーヌからの問いかけに、その場に居た者達は顔を見合わせる。

 二人が争う光景に胸を痛めていたが、それでも確かにアレが悪魔のように禍々しいものかと言われればそれは疑問符を付けざるを得ない。

 そもそもそのような禍々しいものであれば、演説の時にクロスベルの悪を糺すために女神が遣わした使徒だ等とは言えないだろう。アレは確かにそう称されるのも納得のどこか神聖な雰囲気を宿していた・

 

「そ、つまりはそういう事よ。

 騎神が総てを滅ぼす“悪魔”とも称されるようになった所以、それが第二形態ってわけ」

 

「うーん、なんだかヤバそうな感じだね」

 

「ヤバそうなんじゃなくて実際ヤバイのよ。

 私達も全部が全部知っているわけじゃないけど、第2形態の時の危険度は第1形態の時とは比べ物にならない。

 起動者の心は常に蝕まれて、少しでも手綱を緩めてしまえば奈落の底へと引きずり堕としにかかる。

 歴代でも多くの起動者がこの形態の闇に呑まれていったと、そう聞いているわ」

 

「本来であれば、私達魔女の眷属(ヘクセンブリード)のサポートを受けながらゆっくりと練習しながら、年単位の時間をかけてようやく到達出来るはずのものなんです。……私はまだ半人前なので教わっていませんけど、そのための暴走を防ぐための秘術もあります。多分クロウさんの方は姉さんからその秘術で負担を緩和して貰っているんだと思います」

 

「そうね、わかりやすい例え話で言うとヴィータのサポートを受けているクロウ、だったけ?蒼の騎神の起動者の方はしっかり定期的に休みを取って、食事も取っている状態だと思って頂戴。

 それに対してサポートもなんにも受けていないアイツは不眠不休の呑まず食わずで居るみたいなもん。身体と心にかかる負担は、相手の比じゃないわ」

 

 告げられた言葉に一同は絶句する。

 リィン・オズボーンが卓越した人物である事を疑う者は居ない。

 だが、それにしたって限界(・・)というものは人間である以上(・・・・・・・)存在するはずなのだ。

 一体、彼が今どれほど危うい状態にあるのかを改めて実感させられたのだ。

 

「……あるいは、アイツもう既に暴走しているんじゃないでしょうね」

 

「セリーヌ、なんて事言うの!?」

 

 ポツリとつぶやかれた己が使い魔の言葉にエマ・ミルスティンは血相を変える。

 だがそれは、性質の悪い冗談に対して怒ったというよりも、極めて現実的だが、それでもそれを直視するのが恐ろしい可能性を必死に否定するためのものであった。

 

「しょ、しょうがないじゃない!そうだとするなら、二ヶ月も経たない内に第二形態に至ったとしても不思議じゃないし。

 私だって、別に言いたくて言っているわけじゃないのよ。ただ、可能性は可能性として考慮に入れておかないといざという時に対処できなくなるから言っているのであって……」

 

「二人とも、そこまでだ」

 

 口論になりかけた二人を静止するように纏め役たるオリビエは穏やかな、されど耳を傾けずにはいられないどこか高貴さを漂わせて口を開く。

 

「君たちの話から、今灰の騎神の起動者たるリィン君が極めて危険な状態にある事が良くわかった。

 だが、現状エマ君は彼の負担を緩和する事の出来る術を扱えるわけではない、そうだね?」

 

「……はい、申し訳ありません」

 

「謝る必要はないさ、別に責めているわけではないんだからね。

 私が言いたいのは、人間には誰しも出来ることと出来ない事がある以上、自分ではどうにもならない事で悩んで居ても仕方がないという事さ。

 そして残念ながら、現状の我々にはリィン君の負担を和らげたりする手立てがあるわけではない。

 で、あるのならば我々に出来るのはただ、彼を信じる事だけだ。

 我らと同じ、有角の若獅子の紋章を掲げる者をね。

 そして、その上で彼がもしもその誇りを失い、修羅に堕ちてしまったというのなら、その時は我々が止めてやればいい。

 「何を一人で何もかも背負い込んでいる、君には君を信じて待っている人が居るんだぞ」とね」

 

 オリビエの語った言葉はその場に居た者達の心に確かに染み込んでいく。

 それは皇子という立場だけではない、彼には人の上に立つ者としての資格がた確かな証左であった。

 

「そうだな。その時は俺も兄弟子として弟弟子の目を覚まさせてやるとしよう」

 

「私もまたその時は、今は亡き我が剣友に倣うとしましょう。若者が道を誤りそうな時には正してやるのが大人の務めですから」

 

「もちろん、私も参加しますよ。教え子が馬鹿な事をしたら叱ってやるのが教師の役目ですから」

 

「ふふふ、私も可愛いトワを泣かせた罰として、友人として思いっきりぶん殴ってやりますよ」

 

「私も!その時はリィン君を叱ります!」

 

「それじゃあせめて僕だけはリィンの弁護に回ってあげようかな。男友達のよしみとして」

 

 そんなオリビエの言葉に応じるようにしてその場に居合わせた者達は思いの丈を伝えていく。

 そして、そんな光景を見てオリビエは顔を綻ばせる。

 そうきっと大丈夫だ、彼にはこれだけ多くの師が、兄弟子が、恋人が、友が、後輩が居るのだから。

 きっと、今は亡き鋼鉄の男と同じにはならないだろうと。

 

「さて、それではリィン君への対応をどうするかについて決まったところで本題に入らせて貰うとしよう。

 ずばり、この内戦を終わらせるために、我々が打つべき手について、だ」

 

 そう、内戦を終わらせるために妹が決意と共に皇女の役割を果たしているというのならば自分もまた同じ。

 正規軍の旗印とならずに居てこそ、打てる手というものがあるのだ。

 




なお英雄は憎悪に囚われるどころか、仇を許して手を差し伸べた模様。

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