(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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忘れてはならない。鉄血宰相は真っ黒だが、四大名門も似たり寄ったりの真っ黒ぶりという事を。
家族に見せる私人としての顔と公人としての顔なんてのは違っていて当然なのです。


幕間~紅き翼の軌跡(下)~

「さて、それでは改めて我々がこれから行う乾坤一擲の作戦についてもう一度振り返るとするとしよう」

 

 緊張に包まれた一同の顔を見渡しながら、これより紅き翼の行うこの内戦を終わらせるための大博打。それの最終確認をオリビエは行い始める。

 

「まず、第一段階。我々紅き翼はこれよりルーレ市へと趣き、現在療養中(・・・)であるイリーナ会長に代わってラインフォルトグループを取り纏めているハイデル・ログナー氏と会談を行う。

 そこで一応、まずは建前上の皇族としての勧告を行う。我がアルノール家が所有する《ザクセン鉄鋼山》の不法占拠とその鉱石の不当使用をただちに停止せよ、とね」

 

 ザクセン鉄鋼山はその重要性から皇族たるアルノール家が所有する帝国の屋台骨である。

 そこでの鉱石の採掘量や使用に関しては当然ながら国の管理下にあり、ラインフォルトグループはあくまで皇帝の承認の上鉱山を使用させて貰っているのである。

 鉱石の使用用途にしても正規軍と領邦軍への配分も決められている、当然毎年これを巡り貴族派と革新派は激しい攻防を繰り広げていたわけだが。しかし、現在RFグループの会長代理を務めているハイデル・ログナー氏はその名字が示す通り現ログナー侯爵家当主ゲルハルト・ログナーの弟であり、そのような取り決め等どこ吹く風とばかりに採掘された鉱石を総て領邦軍の兵器の生産へと回している。

 

「さて、此処でハイデル氏が突然遵法意識と我々皇族への忠誠にでも目覚めて、あっさりと応じでもしてくれたらある意味では困った事になるんだが、まあ十中八九そうはならないだろう。

 権力あっての権威、放蕩皇子足る私からの勧告等のらりくらりと躱してやり過ごそうとするだろう。理由としてはそうだね、内戦による非常措置として自分はあくまで代理としてイリーナ会長からの指示の下(・・・・)行っているとそんなところかな」

 

 そうしてイリーナ氏に罪をなすりつけてしまえば、この内戦が終わった後にはそれを理由にイリーナ・ラインフォルトを会長から正式に追い落とす事もできる。まさしくハイデル・ログナーにとってはメリットしかない一石二鳥の策と言えよう。

 逆説的にではあるが、そうしてイリーナ氏に今回の不法占拠の罪を押し付けるためにはまだイリーナ氏には生きていてもらわないと困る以上、イリーナ氏の生命は現状保証されているとも言えるのだが

 

「そして、その狡っ辛い打算にこそ、こちらのつけ込む隙がある。

 彼の主張はイリーナ氏の身柄を拘束して居るからこそ、彼女が一切反論できない状態だからこそ通用する代物だ。

 逆に言えば、イリーナ氏の身柄をこちらが抑えればその時点で彼の主張は瓦解する」

 

「そこで、私達の出番というわけですね、殿下」

 

「ああ、その通りだ。私達が会談をして彼の注意を引き受けている間、君たちにはイリーナ氏の救出をお願いしたい。

 現在イリーナ氏の側近であるシャロン君からの連絡によって、彼女がザクセン鉄鋼山にあるアイゼングラーフ号に軟禁されている事がわかっている。

 そしてこの際申し訳ないんだが、こちらの最大戦力足る子爵閣下と我が親友を君たちと行動をさせる訳にはいかない」

 

「《光の剣匠》と《ヴァンダールの若獅子》が殿下と一緒に行動している事は有名ですもんね。

 それが殿下の護衛もせずに、顔も見せもしなかったら要らぬ勘ぐりを受けて、こちらの作戦に気づかれるかもしれない以上、妥当な判断かと思います」

 

 紫電の異名を持つサラ・バレスタインにしてもその道では有名だが、それでもこの両名ほどではないし、そも爵位を持たず元々帝国人でもない以上、その名は精々知る人ぞ知ると言った程度のもの。これだけで勘付くのは困難と言わざるを得ないだろう。

 

「そして、私達Ⅶ組はサラ教官指揮の下でアイゼングラーフ号に居る母様を救出。そのままRFビルに殴り込みをかける、というわけですね」

 

「あの腹黒メイドからの情報によれば警備についているのは最近名を挙げている猟兵団《ニーズヘッグ》。手強い相手では在るけど、今の君たちなら決して遅れを取る相手じゃないわ。もちろん油断は禁物だけどね」

 

 教官であるサラ・バレスタインからの言葉にⅦ組一同は頷く。

 彼らとて内戦が始まってからこの一ヶ月遊んでいたわけではない。

 理に手をかけかけているどこかの英雄の成長速度には当然及ぶべくもないが、それでもミュラー・ヴァンダールとサラ・バレスタインという達人、そしてヴィクター・アルゼイドという帝国最強の名を冠す存在からの指導を受け、率いられながら乗り越えてきた数々の依頼は彼らを大きく成長させた。今のこの教え子達ならば、そうそう遅れを取ることはない。そう、サラは自信を持って言える。

 

「……本来であるのならば未だ学生に過ぎない君たちを利用する等理事長としてあるまじき行為なのだろう。だが、私は君たちに頼るしかないんだ。不甲斐ない皇子で本当にすまない」

 

 オリヴァルト・ライゼ・アルノールの最大の弱点、それは自由に動かせる戦力がほとんどない事だ。

 彼を支持するのは主として貴族連合にも革新派にも付かなかった日和見の貴族達。

 そして貴族というのは第一に自領を護る事こそを最優先にする、内戦によって正規軍と領邦軍が相争っているこの状況下、それに乗じようとする悪党というのは必ず居るもの。自領の兵士たちはそれに対抗するために必要なのだと言われてしまえば、流石にオリビエとしても無理に戦力の提供を求めるわけにはいかなかった。

 それ故に、彼は既に解放戦線相手の戦いで実戦も経験している、特科クラスⅦ組の生徒達を自分の半ば親衛隊として扱わざるを得なかった。それが教育者としては許されざる行為だと理解しながらも。

 

 何せオリビエの虎の子にして紅き翼の最大戦力たる二人は余りに有名過ぎる上に目立ちすぎる。

 この二人を自分が連れていないというそれだけで、何か密命を下して水面下で動いているのではないかと勘ぐられかねないのだ。実際に動いている以上それは正解ではあるのだが。

 その点特科クラスⅦ組の面々というのは、とある一人が余りに有名になりすぎたためにクラスとしての知名度というのは現状ほとんどないも同然。

 それでいて戦術リンクシステムの恩恵を受けた彼らは精鋭部隊と違わぬ働きをしてくれるので、オリビエとしてはこの手の別働隊、潜入任務となるとどうしても頼らざるを得ないのだ。

 

 甚だしい偽善であり欺瞞であるとわかりながらも、それでもオリビエは謝罪をせずには居られなかった。

 結局何も出来ずにこのような事態を招いてしまった事を、そして未だ学生に過ぎない彼らを頼らざるを得ない事を。

 

(全く、こんな私がどの口で宰相殿の事を非難できるのだろうか)

 

 未来を担う若者を、未だ巣立ちを迎えていない雛鳥である彼らに自分は死地に赴いてくれと頼んでいるのだ。

 無論、それは彼らならばやってくれると信じているからだし、誓ってオリビエは彼らを犠牲にする前提の作戦など立てていない。全員揃って帰還できると踏んでいるからこそ、こうして頼んでいるのだ。

 だが、それが一体何の気休めになるだろうか。どれだけ言い繕っても自分が彼らを殺し殺される場所である戦場に送ろうとしている事には変わらない。それが、この内戦を終わらせるために必要であり、最も有効だと判断したが故に。

 

 全く以て政治や軍事等というのは凡そ真っ当な人間が関わるべきものでない事は明らかだった。

 それでも(・・・・)、この理想と青さを自分は決して捨てはしない。例え偽善だと、欺瞞だと謗られたとしても。

 

「そしてその上で私は傲慢にも命じよう。必ず生きて帰れと。これからの帝国を担っていくのは君達のような若者なのだから。こんなところで命を落としてはならない。これは、皇子としての命令だ」

 

 告げられたオリヴァルト皇子からの言葉にⅦ組の面々は重々しく頷く。

 そう、これは特別実習ではない、紛れもない命がけの戦いなのだと心して。

 

「さて、そうしてハイデル氏をザクセン鉄鋼山不法占拠の罪で拘束したら、いよいよ以て計画は最終段階だ」

 

「ええ、私がその叔父上の監督不行き届きを理由に親父殿を説得します。

 アレで親父殿は皇室への忠誠心は決して低いほうではありませんでしたから、ザクセン鉄鋼山を不法占拠する等という皇帝陛下への不忠を行い続けるのかと問えば無下には出来ないでしょう。

 もちろん、あの頑固な親父殿がそれだけであっさりと頷くとも思えません。そこで私が親父殿に殿下お立ち会いの下、ログナー家次期当主(・・・・・・・・・)として決闘を申し込みます。

 私が勝てば次期当主たる私の意見に従って貰う、負けたら私は今後万事当主たるゲルハルト・ログナー候の指示に従う事を互いに誓約してね」

 

 そう、今回の作戦はログナー候の愛娘たるアンゼリカ・ログナーの存在なくして成立しない。

 こうして次期当主と当主の方針を巡った対立、ログナー侯爵家の親子喧嘩(・・・・)という形を取ることで総勢4万にも及ぶノルティア領邦軍の介入を防ぐ事ができる。

 これはオリビエ達が正規軍側に付いていない第三勢力であるからこそ可能な一手だ。もしもオリビエが正規軍への支持を表明していれば、ログナー候とて頷く事は出来なかっただろう。

 だが、放蕩娘からの挑戦状、そして現状第三勢力として民間人の保護以外には主として両勢力の仲裁役としているオリビエからの申し出となれば彼は無下には出来ない。

 皇室の所有物たるザクセン鉄鋼山を不法占拠していたという負い目、クーデターへと参加して皇族に弓を引いたという後ろめたさ、親としての情、培ってきた武断貴族としての誇り。

 そして侯爵家当主としての貴族連合からの離脱を表明するならば、正規軍に情勢が傾きつつあるが未だ貴族連合の勢力も健在である今が最も効果的だという計算。

 それらが、放蕩娘からの不遜なる挑戦状を彼に受け取らせる。

 

 だが、それは

 

「改めて聞くが、本当に良いんだねアンゼリカ君。

 今回の作戦は君の存在なくして成り立たない。

 しかし、代わりに君は……」

 

「モラトリアムは正式に終了して、この身に流れる血の責務を果たさなくなるというわけですね。

 叔父上を失脚させて、頑固な親父殿を説得するというのならばそれ相応の覚悟を私とて持たなければならない以上、止む得ない事です」

 

 かの高名なる槍の聖女リアンヌ・サンドロット、そしてルグィン伯爵家現当主たるオーレリア・ルグィンに代表されるように、エレボニア帝国では男子の居ない貴族の家の女子が当主となる事も決してあり得ない事ではない。

 だが、アンゼリカ・ログナーは何せ放蕩娘として散々父親の手を焼かせて居たのもあって、当主ゲルハルトは半ば諦めて、弟たるハイデルの長男を次期当主にする事を視野に入れつつあった。

 だが、今回の一件でそのハイデル・ログナーが失脚してしまえば、当然その話は流れる事になる。

 当然、そうして状況を引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておきながら、自分は侯爵家の人間としての責任を取る気はない等と言う態度が許されるはずもないし、そんな態度ではゲルハルトは聞く価値を覚えないだろう。

 故にこそ自分は覚悟を示す必要があるのだ。ログナー侯爵家の人間として、これからのログナー家を自分は背負っていく意志が在るのだと。

 無論、それだけであっさりと意見を翻す程にゲルハルトは甘い男ではないが、それでも娘たるアンゼリカに、放蕩娘であった自分にそんな事を言われれば、頑固な親父殿(・・・)がなんと言ってくるかは大方予想がつく。

 「口だけならばなんとでも言える!意志というのはそれを貫くために力が伴っていてこそだ!!!お前が本気でログナー家を背負う覚悟があるというのならば、次期当主に相応しい力を俺に示して見せろ!」だとかその辺りだろう。

 

 そしてそうなれば後は自分次第だ。

 父たるゲルハルトは一角の武人であるゆえに、中々に分の悪い勝負であり、賭けであると言わざるを得ないがそれでも成功した時のリターンは莫大だ。

 四大名門の一角たるログナー侯爵家がこの情勢で抜けたとなれば、貴族連合は完全なる劣勢に陥る。

 そうなれば元々和睦を訴えていたハイアームズ侯爵を始めとした一派もいよいよ必死に主宰たるカイエン公を説得にかかる。この内戦の終結、それが見えてくるのだ。賭けに出るには十分過ぎると言えよう。

 

 だが、それはアンゼリカにとっては今の生活の終わりを意味する。

 勝利すればログナー侯爵家の次期当主として、敗北すればどこぞの貴族の家の人間あるいはそれこそ従兄殿の下へとしとやかな令嬢の仮面を被って嫁ぐ事になる。どちらにせよ、放蕩娘(・・・)としての生活は終わりだ。

 

「アンちゃん……」

 

「アン……」

 

「すまないね二人共、あの馬鹿二人に続いてどうやら私も卒業旅行の約束は果たせそうにない。

 だが、それでも。例え私がログナー侯爵になろうとも君達二人が……いいや、私達5人(・・・・)が友人であること、それだけは変わらない。

 どれだけ互いの立場が変わってしまっても、何があってもだ。少なくとも、私はそう信じている」

 

 微笑みながらも示されたアンゼリカの覚悟を前にオリビエも、黙って頷く。

 これ以上重ねて問いかける事はむしろ侮辱だろうと判断しての事である。

 

 12月21日、《紅い翼》は内戦を終結させるべく、乾坤一擲の手に打ってでる。

 そして同日15:00、エレボニア帝国第一皇子オリヴァルト・ライゼ・アルノール立会いの下行われた、ゲルハルト・ログナーとアンゼリカ・ログナーの決闘は見事アンゼリカの勝利によって終わる。

 ログナー侯爵家当主ゲルハルトは己が娘にして次期当主アンゼリカの説得に応じ、貴族連合よりの離脱とオリヴァルト皇子への恭順を示すのであった……

 

 

 

おまけ

 

ハイデル「ハハハ、会談のためにと武器を持ってこなかったのが仇となったな!如何に光の剣匠といえど剣がなければどうしようもあるまい!」

 

ヴィクター「やれやれ、ハイデル殿。貴殿は何やら勘違いされているご様子ですが、我がアルゼイド流は何も大剣だけの流派ではありません。剣術だけでなく槍術も、無論の事無手の際での戦い方とてあるのです。そして、私はそのアルゼイド流の総師範を務める身。この意味がおわかりですかな?」

 

ハイデル「へ?」

 

ヴィクター「絶技 洸凰拳!!」

 

ヴィクター「無論の事、実力が伯仲した相手となれば流石に獲物なしでは厳しいですが……心も持たぬ木偶人形如きに遅れを取る等と思われては侮辱も良いところ……む、如何されたかな?」

 

オリビエ「ハハハ、どうやら余りの衝撃に気絶してしまったようだね」

 

ミュラー「流石は子爵閣下。お見事です」

 




Ⅱの内戦ではオリビエがドライケルス帝の再来ポジに。
リィン達Ⅶ組はその親衛隊として槍の聖女と鉄騎隊の再来ポジになる……そんな風に思っていた時期が私にもありました

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