(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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原作のキャラって基本味方陣営は中立的な立場の人が多いですよね。
ヴァンダイクとゼクスは革新派ではなくオリビエ派という感じですし
オーラフにしても革新派という感じの人間ではありません。
クレアさんにしても宰相に尽くしているのは恩人だからという感じです。

そんな中西部戦線の将軍たちはバリバリの革新派です。
当然貴族派に対してはかなり辛辣なスタンスですが、これはあくまで
彼らの視点から見た場合の話であって彼らが全面的に正しいというわけではありません。


天王山

 ドレックノール要塞の攻防戦でリィン・オズボーンは誰よりも働いていた。

 昼にあってはヴァリマールを駆り、蒼の騎士との死闘を演ずる。

 そうして霊力が切れて帰還すると、第ニ形態をを使用した反動にて訪れる猛烈な飢餓感と疲労感を払底すべく、栄養価だけは保証されたレーションを5人前程黙々と平らげた後3時間程度の睡眠を取る。本来であれば、半日は眠りこけるところをわずか3時間の睡眠で済ませる事が出来るのはリィンの持つ特異体質の為せるものであったであろう。

 

 そうして再出撃をするだけの霊力が蓄えられるまでの時間はクレアとレクター、そしてアルティナらと共に総司令部の参謀業務の手伝いを行う。何せ戦闘中の参謀と指揮官というのは激務極まりないもの、参謀教育を受けている3名と計算能力と事務処理能力に於いて卓越した力を誇るオライオンの手は、紛れもない救いの手であった。

 当初は出撃までの間は休むのが貴官の仕事だと渋ったミヒャールゼンもリィンの余りの熱意と特異体質の説明を受けた事、そして現実問題人手として魅力的だった事もあって、最終的には了承したのである。

 

 参謀と指揮官に要求される能力は異なる。指揮官にに必要とされるのは果断な決断力や勇敢さであり、参謀からの助言に基づいた上で最終的な意思決定をするのが指揮官の役目だ。「拙速は巧緻に勝る」など指揮官には何よりも果断さこそが求められる。何せ戦場では数秒の遅れが致命打となるのだ。とにもかくにも判断の素早さこそが指揮官には求められる、それ故にともすると指揮官は在る種の頑固さを持つ人物が向いているとされる。

 

 一方、そんな指揮官を支えるのが頭脳たる参謀の役目である。情報分析、他部門との意見調整、指揮官へのアドバイス、実施部隊に対する指導、命令の伝達と言った業務をチーム組んで分担しながら行うことで指揮官を補佐するのが役目だ。それ故に参謀には尖った天才よりも協調性に富んだ秀才こそが向いているとされる。

 協調性に難があると称されながらも若くして少佐にまでなった、ブルーノ・ゾンバルトはそれだけ彼の才幹を上層部が高く評価しているという事でもあり、極めて稀な異才と言えよう。

 

 そんな西部方面軍総司令部の参謀チームに臨時として加わったリィン達だったが、彼らは自分たちが外様であるという事を弁えていた。余計な波風を立てぬよう、忙しくて正規のスタッフでは手が回らない地道な作業を積極的に引き受けたのだ。何せ今は戦時下であり、この内戦が既に一ヶ月以上も経過している。当然、手が回らない仕事等というのは幾らでも存在する以上、それらを外様である自分たちが積極的に引き受けるべきだというのがリィンの考えであり、クレアはその配慮に微笑みながら、レクターは真面目さに苦笑しながら、アルティナはそれが上官の判断ならば是非もなく、というそれぞれの態度で賛同の意を示したのであった。

 当然傭兵等という立場で参謀教育を受けていないシャーリィ・オルランドには参加できるはずもない、彼女は彼女で元気に貴族連合の雇った《西風の旅団》と戦っている。

 

「やれやれ、もしも武勲にばかり固執するようであれば雷の一つでも落としてやろうと思ったのだがな、出来るのは喜ばしい事だが余りに出来すぎているのは出来すぎているので、上としては少々指導のしがいがないというものだぞ少佐」

 

 リィンの勤勉さを指してミヒャールゼンはそんな風に苦笑していた。

 何せ今のリィン・オズボーンは若くして少佐にまでなった“英雄”なのだ。

 彼としてはその才幹については疑っていなかった、何せ百日戦役以前ならばいざしらず今の軍は親の七光りだけで出世できるような組織ではないのだから。

 その地位にふさわしい才覚は備えているだろうと踏んでいた。しかし、才幹と人格というのは必ずしも一致するものではない。

 若くして此処まで持て囃されれば、多少なりともその才能を鼻に掛け、傲慢になるのがある意味では自然とも言えるだろう。

 とかく若くして派手に前線で功績を立てた者程、後方支援や細かな調整作業と言った地道な作業を厭う傾向にある。

 故にミヒャールゼンとしてはもしも自分から参謀業務に志願していながら、作戦立案と言った功績の立てやすい派手な仕事ばかりを引き受けようとしたら、所謂雑務を疎かにするような態度をこの亡き盟友の遺児が見せた場合は叱りつけてやるつもりだったのだ。

 「何も前線で戦うだけが軍人の仕事ではない。事務手続きが一日遅れるだけで、弾薬が届くのが一日遅れるかもしれない。そして、弾薬が一日遅れたせいで死ぬ兵士もいる。軍人には疎かにして良い仕事等何一つとしてないのだぞ」と。

 しかし、彼のそんな考えはまさしく杞憂であった。武勲に奢ること無く、丁寧に堅実に地道な作業をこなすリィン達は司令部にとってはありがたい事この上ない手伝いであった。

 

 一方のリィンにしてみれば武勲を盾に奢るなどそもそも想像の埒外であった。

 何せ自分は未だ士官学院を卒業、しかもかなり特殊な形で、してから一ヶ月やそこらしか経っていない新米も良いところなのだ。

 諸々の事情が重なった事で少佐にまでなったが、それでも自分は所詮ペーペーの新米なのだ。

 学ぶ事などいくらでもある。“統率の天才”とそんな彼を支える帝国軍最高峰の頭脳集団からの薫陶を受けるまたとない機会を逃す道理などあるはずはなかった。

 そうして参謀業務に取り組み。蒼の騎士の襲撃の報が入ると再びヴァリマールを駆って再び前線へと出て戦う。

 そんな特異体質がなければとうに過労で死んでいるような殺人的な仕事をリィン・オズボーンは不平など一切こぼすこと無くこなしていた。

 

 黙々とクソ不味いレーションを大量にかき込むその姿も相まって、今ではリィン・オズボーンとはエレボニア帝国が開発した最新鋭の人形の兵器なのではないか?等と冗談交じりに言われる程にリィンは働いていた。

 

 そんなドレックノール要塞を巡る激戦に転機が訪れたのは12月22日の事であった。

 

 

「諸君の耳にも既に入っていることと思うが、どうやら侯爵閣下に於かれては俄に皇室への忠誠心に目覚められたようで、貴族連合を離脱してオリヴァルト殿下の下へと就く事を表明したとの事だ。貴族連合が不利になりはじめたこの局面での決断、いやはや真に侯爵閣下は貴族の鑑だと称するべきであろうな」

 

 ログナー侯爵、貴族連合より離脱する。その報を受けて、急遽招集した会議の場で公明正大で実直さを旨とするこの男にしては珍しく、揶揄するように侯爵の英断(・・)をミヒャールゼンは称賛する。

 そしてそんなミヒャールゼンの言葉に応じるかのように列席者達は次々に肩を竦めて、侯爵の決断に関する論評を始める。

 

「それはそれは……大変結構な事ですな。出来る事ならば帝都占領等という暴挙に参加される前に是非とも目覚めて頂きたかったものですが」

 

「皇室所有のザクセン鉄鋼山からの鉄鉱石を横流し、機甲兵なるものを量産して於いて今更忠臣を気取るというわけですか。いやはや前々から思っていましたが、栄えある貴族の方々はどうも我々平民には及びもつかぬ思考回路を有しているご様子で」

 

「我らは如何なる時も、それこそ苦境の時にこそ支えるのが真の忠節だと教わったものですが、名高き四大名門の当主ともなると我ら平民なんぞとは受ける教育も違うという事なのでしょうなぁ」

 

 笑いながら告げる言葉はどこまでもログナー候の皮肉に満ちたものである。

 真に忠臣だというのならば、そもそもこのような暴挙に手を貸すはずもないし、それこそアルゼイド子爵やシュバルツァー男爵のように真っ先にオリヴァルト皇子の支持を表明すべきであろう。

 それもせず、あまつさえ皇室より貸与されていたザクセン鉄鋼山の鉱石を横流しして、機甲兵等という兵器を量産して今回のクーデターに大きく貢献していた者が一体何を今更忠臣面しているというのか。

 単に、自分の陣営の不利を悟って足抜けしただけだろう、それがその場に居る者達の半ば今回の一件のログナー候の行動に対する認識であった。

 

 基より大陸西部に居る機甲師団の司令官達はオズボーンの信認が特に厚き者、逆を言えば貴族派への反感が強い者達が集まっている。ログナー候の今回の一件に対して好意的である理由等存在しなかった。

 

「ですが、それでも侯爵の決断がこの内戦を導く一助となる事は確かです。で、あるのならばそれなりに評価をしても良いのでは?」

 

 そうリィンはそれでも評価するべきところは評価してはどうかと控えめな口調で提案する。

 

「少佐、そういうのをな。人は50歩100歩と言うのだよ」

 

「ですが、その50歩の違いで犠牲となる将兵の数を思えば、やはり英断ではあるでしょう。

 それが本来当然の事であったとしても、他の連中はその当然の事が出来ていないのですから」

 

 平然とした口調でリィンは辛辣な事を口にする。

 その様子は百の言葉よりも雄弁に彼が侯爵の肩を持っているわけではない事を列席者達に示す。

 むしろその逆、ほとほと愛想を尽かしていた連中が思いの外真っ当な判断をしたのだから儲けものと思うべきだろうとでも言わんばかりの態度であった。

 

「ふむ、そうだな。少佐の言うとおりであろう、それがどれだけ当たり前の事であってもそれまで出来ていなかった人物が出来るようになったというのは、それだけで称賛に値するものだ。

 赤子が初めて立ち上がって歩き出した時に、そんな事は当然なのだ。という態度ではその子どもが健やかに育つはずもない」

 

 暗に四大名門の連中を赤子程度の精神なのだと揶揄するそのミヒャールゼンの言葉に列席者達は失笑を漏らす。

 そうしてひとしきり場が温まるのを確認すると、西部方面軍総司令官足るミヒャールゼン大将は打って変わった真剣そのものな表情を浮かべる。そしてそんな総司令官の気迫を察して、列席者たちもまたその表情を引き締める。

 

「さて諸君、正念場だ。

 ログナー候のご英断により、情勢は一気に我らの有利へと傾き、貴族連合には跡がなくなった。

 このまま行けば、遠からずノルティア領邦軍が中立となり、阻む存在がなくなった北部に居る第三機甲師団と第七機甲師団が帝都を解放して、皇帝陛下をお救いする事だろう。

 ならばこそ(・・・・・)、敵将であるルグィン大将とバルディアス中将が近日中に大規模な攻勢を仕掛けて来る事は確実。

 故にこそ、明日こそがこの戦いの天王山となる」

 

 ログナー侯爵の離脱によって貴族連合は北部戦線に大きな風穴が空いた。

 その穴を埋めようにも東部は正規軍の主力たるヴァンダイク率いる5個師団もの大軍と向き合っている以上

 とでもではないが、余力はない。であるのならば、貴族連合としては主力であるオーレリアとウォレスの両将軍に何とかしてもらうしか無いのだ。

 そして、当然ながらこの状況下でただ撤退しては、ミヒャールゼン率いる正規軍4個師団にその後背を突かれる事は確実だし、何よりもハルテンベルク伯に続いて四大名門の一角ログナー侯爵家が貴族連合より離脱した事の意味は余りにも大きい。

 ここらで何か力を示さなければ、他の貴族達も寝返りだす雪崩現象が起きる事は明白。

 で、あればこそ消極的とは真逆に位置するあの若き貴族連合の英才二人は必ずや勝負に出てくる。

 それがミヒャールゼン達正規軍首脳部の認識であった。

 

「改めて言うまでもない事だが、敵は手強い。

 《アウクスブルクの会戦》にて味あわされた辛酸を忘れた者はいまい。

 オーレリア・ルグィン大将とウォレス・バルディアス中将は決して家柄のみによってその地位を手に入れたのではない。

 紛れもない難敵であり、その旗下もまた精鋭たる我ら正規軍に決して引けを取らぬ猛者揃いであること、それをまずは認めよう」

 

 ミヒャールゼンの言葉に列席者達は重々しく頷く。

 そこには先程まで貴族に対する反感を顕にして、嘲弄していた姿は無い。

 この一ヶ月の戦いで目前の敵手がどれほど手強い敵かというのは彼らにしても身に沁みて理解しているからだ。

 

「だが、その上で勝つのは我々だ。

 《アウクスブルクの会戦》の時、敵の蒼の騎士を抑えるすべが我らには無かった。

 しかし、今の我らには灰色の騎士が居る。

 で、あるのならば我らが敵将二人に遅れを取らなければこの戦いに負けはないという事だ。

 恐れる事は何も無い、若僧共に我らが伊達に歳を食っていない事を教えてやろうではないか」

 

 不敵な笑みを浮かべた総司令官へと他の司令官たちもまた笑みを以て応じる。

 それは断じて油断ではない、積み上げた確かな実力と経験に裏打ちされた自負である。

 何せ、追い詰められているのは敵の方なのだから。

 明日の貴族連合の大攻勢、それを凌いだ時点でこの内戦の勝利はほとんど確定するのだから。

 

「我らに勝利を」

 

「「「「「「我らに勝利を」」」」」

 

 その言葉を締めくくりに一同は解散する。

 そう恐れる事はなにもない。我らが総司令官閣下は決して負けはしないのだからと帝国屈指の名将への確かな信頼を伺わせて……




エレボニア帝国の生んだ人形決戦兵器リィン・オズボーン。
帝国の敵は例え親兄弟親友恋人だろうと殺すマン。

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