(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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巨星の煌めき、新星の輝き

 大軍というのはただ動かすだけでも困難である。戦場には“摩擦”というものがあり、それは規模が膨れ上がる程に大きくなるものだからだ。「大軍を手足のように動かす」等ということが出来る名将というのはそう多くいるものではない。

 

 そしてその上でドレックノール要塞攻防戦を指揮する両軍の大将は紛れもない名将であった。未だ30を迎えたばかりの煌めく新星オーレリア・ルグィンと帝国にその名を轟かせるリヒャルト・ミヒャールゼン、両軍の総司令官の力量はほとんど拮抗していた。

 オーレリアは機甲兵の機動力を活かした強襲戦術によって度々戦線を突破しようとしたが、ミヒャールゼンはこの尽くに対処する。そして《アウクスブルクの会戦》に於いて、そんな均衡状態を崩した蒼の騎士は灰色の騎士によって完全に封殺された形となっており、戦況はまさに完全なる五分の状態となっていた。

 

「全く以て、恐るべき麒麟児と称すべきであろうな」

 

 敵将オーレリアの力量をその身で一番に感じているミヒャールゼンは決戦を前にそう静かに零す。30、そう今自分が対峙している敵将は未だ30となったばかりの若僧に過ぎないのだ。自分が30の頃と言えば未だ少佐で、とてもではないが数個師団は愚か一個師団を指揮することとて覚束なかった頃だ。それにも関わらず目の前の敵は50を過ぎた自分と五分の戦いを繰り広げている、真に以て恐るべき才幹であった。

 

 機甲兵という新兵器が敵にはあるがこちらにはない?そんな事は言い訳にさえならない。そもそも新兵器の運用が如何に困難であるかというのをミヒャールゼンは35年にも及ぶ軍務経験で嫌という程に知っている。新兵器をああも見事に運用している事、それ自体が敵将の非凡さの証明と言って良いのだ。

 

「故にこそ惜しい、カイエン公等に与した事が」

 

 ミヒャールゼンはそう嘆息する。

 そう目の前の難敵が相手だったために、一体どれほどの将兵を死なせてしまったことか。

 目前の敵手が凡将であれば、そも《アウクスブルクの会戦》はこちらの勝利で終わっていたのだ。

 そうなれば、内戦の終結は2週間は早まり、犠牲となる兵士の数もはるかに少なく済んだであろう。

 そうミヒャールゼンはため息混じりに考えるが、それは無茶な注文というものだろう。

 

 オーレリアはラマール領邦軍総司令官であり、各州の領邦軍の最高司令官はあくまでその州を治める四大名門の当主となっている。帝国正規軍の最高司令官があくまでユーゲントⅢ世陛下であり、帝国正規軍司令長官は最高司令官代理としてあくまで指揮権を皇帝より預かっているに過ぎないのと同じだ。故にラマール州軍司令官たるオーレリアはカイエン公爵の指示に従う義務があるし、サザーランド州軍司令官ウォレスはハイアームズ侯爵の決定に従う義務がある。軍人にとって“命令”というものが絶対的な物であるか、他ならぬ彼が知らぬはずがないのだから……

 

「だが、それも今日でおしまいだ」

 

 ログナー候の離反によって勢力の均衡は完全に崩れ去り、更にログナー侯爵を取り込んだオリヴァルト皇子一派の勢力も両陣営にとって決して無視し得ぬものとなった。今、オリヴァルト皇子から和睦の仲介を申し出られれば両軍はそれを無下にする事は出来ない。何せ今のオリヴァルト皇子には皇族という権威だけでなく、ノルティア領邦軍4万という正規軍と貴族連合双方にとって決して無視し得ぬ勢力を持っているのだから。

 恐らくこちら側が有利の、されど貴族連合にとってもなんとか許容できるどちらも納得できる落としどころへとオリヴァルト皇子は着地させるだろう。

 

 そう、此処で自分達が目前の敵手の攻勢を凌ぎ切れば、そのような形でこの内戦は終結するのだ。

 逆に自分たちが此処でもしも万が一にでも負ければ、貴族連合は「まだ負けてはいない」と息を吹き返すだろう。

 故に此処がこの内戦のヤマ場であり天王山、この戦いで終わりにしてみせるとミヒャールゼンは気合を入れて、全軍に対する回線を開かせる。

 

「全軍に告げる。私は正規軍西部方面軍総司令官のリヒャルト・ミヒャールゼン大将である。

 諸君も既に聞き及んでいることだと思うが、オリヴァルト殿下の働きにより、ログナー候は貴族連合からの離脱を表明した。

 これにより、この内戦は一気に我らの有利へと傾いた」

 

 ログナー候の行いではなく、オリビエの働きをこそ称賛するような言葉を用いたのは当人の貴族に対するわだかまりを示すものであっただろう。

 

「故にこそ、今日の戦いにて全てが決する。

 そして勝つのは我々である。なぜか?それは私にはこの一ヶ月もの間共に戦った頼もしき精鋭達が居るからだ。

 この8日間、賊軍共は幾度となく攻勢に出たが、ついぞ突破する事は叶わなかった。

 今日、敵は最後の足掻きとして苛烈な大攻勢に出てくる事だろう。だが、それは蝋燭の最後の輝きというものだ。臆する事はなにもない。

 この8日間の戦いで敵将オーレリア・ルグィンの手の内は知り尽くした。機甲兵等という代物も所詮はハリボテに過ぎぬ事も諸君がその身を以て証明した」

 

 ハリボテ、というのは士気を上げるための露悪的な表現では在るが完全な的外れというわけではない。

 機甲兵は確かに強力な兵器であり、巨大な人形の兵器というそのフォルムは人に有無を言わせない畏怖を与える。その突撃を前にして、士気を維持したまま抗すのは困難であり、実際開戦当初は恐慌を来してしまった将兵の数は決して少ないものではない。

 しかし、そんな敵を相手に西部方面軍は今日まで戦い続けて来た。決して機甲兵という兵器が無敵でもなんでもない事をその身を以て証明してきたのだ。

 

 

「我が兵士、我が英雄諸君!今日この戦いでこの貴族どもの身勝手によって起きた馬鹿げた内戦は幕を下ろす。歴史のページに諸君がその名を刻むのだ。

 そして生きて帰って家族にこう伝えると良い、「俺達がこの戦争を終わらせたんだ。ミヒャールゼンの奴と一緒に賊軍共を叩きのめしてな」と。そのためにも、最後の一踏ん張りを諸君に願うものである」

 

 

 ミヒャールゼンが演説にて将兵を鼓舞している中、貴族連合の総司令たるオーレリアもまた同様に将兵を鼓舞していた。

 

「さて諸君、正念場である。

 諸君も知っての通り、四大名門の一角たるログナー侯爵が貴族連合からの離反を表明した。

 これによって我らは北部に大きな風穴を開ける事となった。故に、早急に目前の敵を撃滅する必要がある」

 

 明らかな苦境、明らかな劣勢。そんな情勢にも関わらずオーレリアはどこまでも優美に、そして不敵に笑っていた。それは理性ではなく本能によって将兵の心を奮わせる、この方に付いていく事こそが至上の幸福なのだと。彼らの己が将に向ける感情はもはや、信仰と言って良い。

 基より貴族への反発が大きい中央と違い、地方の素朴な平民にとっては貴族に従うというのは当たり前(・・・・)の事なのだ。政治に参画する権利など彼らは欲しがった事はない、彼らが求めるのは何時だとて今日と変わらぬ明日。

 鉄血宰相の推し進めた改革の恩恵を受けたのは主に帝都を中心とした中央の平民であり、地方の平民にとっては関わり合いの薄い事ばかりだったからだ。

 革新派が絶大な支持を誇るのは中央の平民であり、地方の多くの平民にとっては在るべき秩序と伝統を歪めようとしている存在に過ぎないのだ。

 

「奮うが良い。目前にあるのは紛れもない難敵、故にこそそれを相手に勝ち取った勝利は格別な物となろう。全軍!我に続け!」

 

 その号令と共に先陣を駆け抜けるのは黄金の羅刹専用機たる黄金色の機体。

 もはや言葉で多く語る必要はない、その後姿によって彼女は旗下の将兵を奮い立たせる。

 基より自分がやろうとしていのは無理難題、ならば無茶を通して道理を引っ込める以外の道は無いと。

 此処に来て総司令官として全軍の統制に努めていたオーレリア・ルグィンは右翼をサザーランド州軍司令官ウォレス・バルディアス中将、左翼をラマール州軍副司令官ウィルバルト・オイラー少将へと任せて旗下の精鋭を率いての突撃による中央突破を図る大博打に打って出た。

 

「慌てるな!全軍、プラン7にて対応せよ!!!」

 

 総司令官たるミヒャールゼン大将の号令が響く。

 敵の総司令官オーレリア・ルグィンの陣頭指揮による中央突破、これは総司令部の参謀達が敵は短期決戦にて多大な戦果を挙げる必要があるという事、そして黄金の羅刹の常軌を逸した戦闘力と突破力から考えて最も可能性が高いものと踏んでいたものだ。当然、極限までにその対策を練りに練っている。即座に封殺すべく、正規軍はそのシフトを完成させる。

 

 しかし、止まらない。黄金の羅刹の猛攻が中央を支える第10機甲師団のシフトを次々と粉砕して尚も進み続ける。

 それはまさに“天才”と称する他ない神がかった戦術能力の為せる業であったが、何よりもそれを齎しているのは敵軍の“勢い”である。

 戦いにはしばしば策士の計算を将兵の常軌を逸した士気の高まりが凌駕する。

 オーレリア・ルグィン、黄金の羅刹の異名を誇る黄金色に輝ける英傑、総司令官自らが陣頭突撃をするという常識外れな行為がその正気な者や計算では決して出すことの出来ない、“狂奔”と称すべき勢いを齎したのだ。

 

「第八機甲師団はこれより第十二機甲師団の援護に向かう!黄金の羅刹だ!黄金の羅刹ただ一人を討てば、敵の勢いは止まる!」

 

 想像を上回る敵の勢いを前にミヒャールゼンは決断を下す。

 この勢いを止めるには、こちらもまた狂気に身を委ねば抗し得ないと。

 基よりこの戦い、兵力に於いて劣るのはこちらである以上右翼にて交戦している第九機甲師団も、左翼に位置する第十一機甲師団にしても手一杯である以上、もはや動かせるのは総司令官の直轄部隊である第八機甲師団のみである。

 灰色の騎士は蒼の騎士と交戦している以上、それしか手は残されていないと。

 

 第八機甲師団の参戦によって敗亡の縁へと転がり始めていた第十一機甲師団は息を吹き返した。

 しかし、黄金の羅刹の勢いは尚も止まらなかった。

 

「そうだ!それでこそだ鉄壁のミヒャールゼンよ!!!」

 

 最前線へと自ら躍り出た総司令官の姿に奮い立ったのは正規軍だけではなかった。

 ずっと自分の心を昂ぶらせてくれた好敵手を前にオーレリアもまた奮い立つ。

 かつて此処まで自分を相手に持ち堪えた相手は居なかった。故にこそ、必ずやその首をこの手に挙げて見せるぞと。

 

「やすやすとこの首をくれてやると思うなよ小娘!!!」

 

 しかし、ミヒャールゼンも決して譲らず退かない。老練なる手際にて陣形を再編し、その苛烈な攻勢をいなし続ける。此処に来て、正規軍の巨星と領邦軍の新星の戦いは五分の様相を見せ始める。そしてそのまま推移し続ければ、この戦いはミヒャールゼンの勝利に終わる事となる。

 基より機甲兵という兵器は機動力にこそ、その真価を発揮するものであって足が止まってしまえばそれはデカいだけの的でしか無い。シールドを張る事もできるが、それもエネルギーの消耗を思えばそう多用できるわけではない。機動力を活かした短期決戦型こそが機甲兵の本領なのだ。

 故に足が止まってしまえば、その時点で勝利の天秤はミヒャールゼンの方へと傾く、そして徐々にだがオーレリアの部隊はその足が止まり始めていた。

 オーレリアの心に焦燥が、ミヒャールゼンの心に余裕が生まれ始めた、その時であった。

 

「どうやら間に合ったようですな、先輩(・・)

 

 右翼の指揮を副将へと任せたウォレス・ヴァルディアス中将の部隊が側背より第八機甲師団へと襲いかかったのだ。

 本来であれば間に合わないはずであった、機甲兵の機動力を以てしても。しかし、彼が率いて来たのは全て新型《高速機甲兵ケストレル 》によって構成された高速機動部隊。その名の通り、その機動性能は量産型であるドラッケンを遥かに上回るものであり、乗るパイロットもまたサザーランド州軍きっての精鋭達。それが、ミヒャールゼンの計算を上回ったのだ。

 

 側背より攻撃を受けた第八機甲師団は瞬く間に混乱状態に陥った。

 ミヒャールゼンはその卓越した指揮により、なんとかその混乱を立て直すも頼りになる後輩が作ってくれたその好機を黄金の羅刹は決して逃さなかった。

 

 そして……

 

「敵将リヒャルト・ミヒャールゼン討ち取ったり!」

 

 正規軍の心をへし折り、領邦軍を沸き立たせるその咆哮が戦線に響き渡る。

 要である総司令官を失った事で正規軍は完全に統制を失った。

 瞬く間に数に勝る領邦軍へと飲み込まれていき、第九機甲師団、第十一機甲師団、第十ニ機甲師団を率いる他の三人の中将の戦死が次々と報告される。

 これにより完全に戦意をへし折られた正規軍は完全な壊走状態へと陥り、此処に帝国正規軍西部方面軍は壊滅した。

 

 翌日12月24日、ミヒャールゼン大将、そして三人の中将を失った事で暫定的に正規軍西部方面軍司令官代理となったヘルベルト・クロップ少将は将兵の士気の低下からこれ以上の抗戦を断念。貴族連合へと降伏する。

 しかし、その降伏した人員の中に蒼の騎士と死闘を繰り広げていた灰色の騎士、そして彼に従う鉄血の子どもたちの姿は存在しなかった……




主役の父親、師匠、兄貴分は死ぬ法則

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