「お疲れ様クロウ、なかなか大変だったわね」
「……ヴィータか。ああ全くこちとらとんでもない大馬鹿に付き合わされたせいでヘトヘトだぜ。悪いが何時ものやつ頼むわ」
貴族連合の総旗艦パンタグリュエルへと帰還した“蒼の騎士”クロウ・アームブラストはそう言って精も根も尽き果てたと言った様子でベッドに身体を投げ出す。
「はいはい、畏まりました“蒼の騎士”様。この“蒼の歌姫”ヴィータ・クロチルダ、貴族連合の英雄であるアームブラスト卿のために誠心誠意歌わせて頂きます」
「辞めてくれよ、気色悪い。ただでさえこちとらカイエンのおっさんの隠し子だのと妙な噂立てられていて居心地悪いってのによ。この上“蒼の歌姫”との熱愛だなんて疑われたらたまったもんじゃないぜ」
「あら、私は一行に構わないんだけれど」
「ったく、すぐそうやってこっちをからかおうとしやがる。良いから早いところ頼むわ」
「はいはい、それじゃあ楽にして頂戴」
そうして響き渡るのは子守唄のように優しい歌声。
蒼の歌姫ヴィータ・クロチルダのただ一人のために捧げられた歌である。
彼女のファンがこの事を知れば恐らく血涙を流しながら、クロウへと殴りかかる事だろう。
その歌声と共にクロウは安らいだ穏やかな表情を浮かべ、心地良い眠りに落ちていくのであった……
・・・
その光景を誰かが見ていたら間違いなく腰を抜かしていた事だろう。
クロイツェン州の交易都市ケルディックに存在するルナリア自然公園、その最奥に突如として灰色の巨大な騎士人形が転移して来たのだから。
そしてその灰色の騎士人形ヴァリマールと共に現れた灰色の髪の少年がその場に片膝を付く。その表情には疲労が色濃く出ている。
「少佐!」
そんな上官、否義弟へとクレア・リーヴェルトは慌てて駆け寄る。
だが、そんな部下からの気遣いを手で制して、リィンは立ち上がる。
「問題ない。少々疲れが出ただけだ」
西部戦線での戦いは正規軍の完敗によって幕を下ろした。
総司令官にして支柱であったミヒャールゼン大将を筆頭に多くの優秀な将帥を失い、完全に心を折られた状態にあっては暫定的なトップとなったクロップ少将にしてもそれ以上の抵抗は断念せざるを得なかった。
少なくともオーレリア・ルグィン大将にしてもウォレス・バルディアス中将にしても捕虜の虐殺、虐待を行うような卑劣漢ではない。で、あるのならば降伏へと傾くのは必然的な流れであった。
それ自体は必然的な流れであった。しかし、西部に援軍として来ていたリィン達の場合はそういう訳にはいかない。西部方面が敗北した事で内戦の終結はまた遠のいたわけだが、それでも東部と北部は未だ健在であり、着々と帝都解放に向けての準備が整えられているのだ。そして宿敵たる蒼の騎士が健在である以上、此処で敵の捕虜になどなるわけには断じていかないのだ。
本来であれば潜伏なりして貴族連合の追撃を振り切らねばならないところだったが、騎神には精霊の道を使った転移という反則技がある。これを利用してリィン達は東部戦線へと戻ってきたのであった。
しかし、早急に出立する必要があったためにその身体には第2形態を使ったことによる疲労が色濃く残っている。本来であれば、直ぐにでもそのままベッドに倒れ込みたいところであったが、どうにか気力によってリィンはその身体を支える。
頭に過るのはミヒャールゼン大将と最後に言葉を交わした思い出。短い間だったが、多くの事を教わった。出来る事ならばもっと多くの事を教わりたかった。しかし、それはもう叶う事はないのだ。リヒャルト・ミヒャールゼン大将は戦死したのだから。
「一先ずケルディックへと向かう。そこで休息の後、双龍橋の部隊へと合流する」
自らの心を叱咤しながらリィンはそう宣言する。
そう戦いはまだ終わっていない。ならばその死を悼むのはこの内戦が終わってからだ。
まずはこの内戦を終わらせる事。それこそが散っていた者達に対して自分が出来るせめてもの供養なのだと、そう信じて。
・・・
「まさか……こんな…」
「おいおいおい、こいつら正気か」
信じられないと言いたげに二人が目の前の光景を見つめながら呟く。
焼けている。ケルディックの街が。クロイツェン州でも屈指の交易都市として栄えていた地が。
「ママ!どこ!?どこに居るの!?」
「誰か手を!手を貸してください!!!あの子が!うちの子がまだあの中に!!!」
辺り一面から悲鳴が聞こえてくる。
だが、そんな悲鳴などまるで聞こえていないかのようにこれを行った実行犯達は尚も破壊を続ける。
家屋を破壊し続けるその巨大な人形の兵器は否応なく、ケルディックの民に強烈な恐怖を与える。
レクターとクレアが忘我に陥るのも当然だろう、何せケルディックを破壊している実行犯、それは寄りにもよって本来この地を護る責を負った領邦軍だったのだから。
燃え盛り灰となっていく家屋。
悲鳴を挙げる幼子の声。我が子を案じる親の叫び
それは否応なく、リィンの心の中にある
忘れるはずもない、自分の無力さを痛感した日。
母を失った時の光景だ。
「少佐」
憤怒によって心に飲まれかけた時、こちらへと呼びかけるその声にリィンは意識を取り戻す。
「指示を、指示をお願いします」
自分は貴方の指示にこそ従うと告げるその常と変わらぬ冷静な瞳、それがリィンを冷静にさせる。
そう、帝国正規軍少佐。かつての無力さにただ泣くしかなかった子どもではないのだと。
この蛮行を防ぐだけの力が今の自分にはあるのだからと。
「オライオン曹長、アランドール大尉、リーヴェルト大尉。貴官らは住民の救助と避難に当たれ。罪なき民を護る事こそ我ら軍人の責務である。帝国軍人としての職責を果たすべき時は今だ!」
「「「イエス・サー」」」
「ねぇねぇリィン、シャーリィはどうすればいいかな?シャーリィの雇い主はリィンなんだからリィンに従うよ♥」
「オルランド、貴殿に求めるのは今も破壊をし続けている猟兵共の始末だ。生け捕りなど考える必要はない、殲滅しろ。ただし、民間人を巻き込まぬようにくれぐれも留意してな」
住民の救助も無論大切だが、被害拡大を防ぐためには元凶を叩く必要がある。
そしてシャーリィ・オルランドというのは生粋の猟兵だ。破壊や殺人と言った荒事に関しては卓越しているが、救助活動等といった行為に関してはほとんどずぶの素人。ならば、彼女を猟兵の迎撃に当てるのが一番だ。
プロフェッショナルの猟兵が思わぬところでに出くわしたとなれば、生命を賭すことよりもほどほどのところで切り上げる可能性が高かった。
「了解。ところでリィン自身はどうするつもり?」
「決っている。三機のデカブツを粉砕する」
・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クロイツェン領邦軍所属のグレム・ゴドウィン少尉は黙々と己が身を機械と化したかのように破壊を続ける。
機甲兵に搭載された聞こえてくる叫び声に対して必死に聞こえないフリをして。
そう、これは仕方がない事なのだ。何せアルバレア公爵の“命令”なのだから。
もしも自分が断ったところで別の誰かが自分の代わりにやるだけだ。
そうして拒否した自分はと言えば、服従義務違反の罪で営巣入だ。
公爵の不興を買った自分はその後二度と日の目を見ることはないだろう。
(そうだ。俺は悪くない俺は悪くない)
悪いのはそもそも領主様に歯向かったこの街の住人なのだから。
つまるところ自分がやっているのは反動分子、テロリスト共への懲罰であり、当然の報いなのだ。
そう後ろめたさを誤魔化し続け、尚も家屋を破壊し続けようとしていると不可解な事が起こる。
突然、仲間の内の一機のシグナルがロストしたのだ。
「は……?」
計器の故障かと訝しがる。
機甲兵は無敵の兵器ではない、だがそれでも極めて強力な兵器なのだ。
この辺りに展開している正規軍が駆けつけるのにはしばらく時間がかかるし、そもそも正規軍の部隊が接近していたという報告もない。それにも関わらず機甲兵のシグナルが消える等、故障か何かにしか思えなかったのだ。
「隊長殿。計器の故障だと思われますが、なぜか隊長殿のシグナルがロストしました。応答を願います」
応答を求めるも返事は来ずに静寂がその場を包み込む。
まさか、やられたという事なのか。断末魔を挙げる暇さえ無く。
「アウフマン!聞こえるか!!!信じられないがルドルフ隊長殿がやられたみたいだ!!!離れていたら俺らもやられるかもしれん、此処は一先ず合流した方が」
「こちらアウフマン了解した。合流地点へと今から向かう。そちらもすぐに……ん、なんだこいつは。生身で一体どうしようって……嘘だろ!?正気かこいつ!!!」
驚愕に満ちた声が包んだかと思うと隊長に続き同僚のシグナルもまたそれっきりプツリと途絶える。
こうなると状況を悟らざるを得なくなる、今回投入された自分を含めて三機の機甲兵の内、2機は既にやられたのだと。
「なんなんだよ……一体何が起こっているんだ」
得体の知れぬ不安と焦燥感が残されたグレムの身を包みだす。
そうして震えながらも警戒態勢へと移って居ると、一人の男が現れた。
双剣を携えた、灰色の髪の男の姿。
その男の憤怒に満ちた灼眼に見据えられた瞬間、グレムの本能が悲鳴を挙げだす。
逃げろ逃げろ逃げろニゲロニゲロニゲローーーーニゲロと。
「私は帝国正規軍特務少佐リィン・オズボーンである。
そこのドラッケンのパイロットへと警告する。降伏せよ。
貴官に自らの蛮行を恥じるだけの理性と良心が残っているというのならば、ただちに降伏して住民の救助へと当たれ。
さすれば、その命を助けてやろう」
(こいつが、あの……)
灰色の悪魔。その名を聞いた瞬間にグレムの心に戦慄が走る。
そして同時にその異名に納得する、目の前の人物から迸る鬼気迫るオーラ、それはまさしく悪魔のようだと。
本能が叫ぶ今すぐ悪魔の見せた慈悲に縋れと。それ以外に生き残る道はないと。
だが、そこでグレムの心に欲望がちらつく。
今、目の前の人物は生身だ。それに対して自分はドラッケンに乗っている。
聞いたところによれば、灰色の悪魔はヴァリマールなる機甲兵に乗るらしいが、その姿は見当たらない。
つまり、こちらは機甲兵であり敵は生身という圧倒的に有利な状況なのだ。
そして灰色の悪魔の首を挙げた者には莫大な恩賞が用意されている。
もしも自分が此処で灰色の悪魔を討ち取れば出世を約束されたも同然なのだ。
そうだ、臆病風にふかされるな。ピンチなのは生身で機甲兵の前に姿を現しているのは相手なのだ。
「答えは……こうだ!」
約束されたバラ色の未来、それを思い描きグレムは剣を振り下ろした。
それは罪悪感から逃れるある種の逃避だったのかもしれない、この正しき英雄の言葉に従って降伏するという事はすなわち自分のやった事と否応無しに向き合わねばならぬ事だったのだから。
だが、そんな彼の弱さからの逃避を英雄は許さない。慈悲は示した。されど、目の前の兵士はそれを振り払った。で、あるのならばもはや慈悲は不要。与えるべきは報いである。
「は……?」
そうしてグレムが見たのはミンチとなった英雄の姿……などではなかった。
自分の操縦するドラッケンの腕、それが叩き落とされていたのだ。
忘我に陥っていられたのは一瞬、目の前の敵の双剣に凄まじい高熱の炎が集束され、それがこちらに向けられているのを理解してグレムの心を恐怖が満たす。
「た、助け……」
「一足先に地獄に行くが良い。俺もまたいずれそこへ行く」
告げようとした命乞いは最後まで口にする事は出来ずに。
閃光がドラッケンのコックピットを貫き、グレム・ゴドウィンのその短き生に終わりを齎した。
戦いは終わった。
投入された三機の機甲兵はリィンの手によって粉砕されて、《北の猟兵》もまた《血染めのシャーリィ》等という怪物を相手にしたくはない等と言わんばかりに、あっさりと撤退した。
されど、敵を倒したからと行って失われたものが返ってくるわけではない。今回の一件でケルディックは焼け野原となり、人命もまた失われた。リィンの愛するエレボニアの民の命が失われたのだ。
その事実を前にリィン・オズボーンは手から血が滲み出る程に強く握りしめる。
まさか領主自らが自分の所有する領地を焼く等というのは予想出来なかった等というのは言い訳にしかならない、現在ケルディックの地は正規軍の勢力下にあったのだから。この地と民を護る義務が自分たちには存在したのだ。
疲労と限界点を超えた異能の使用が反動となってその身へと押し寄せるが、それをも上回る憤怒がリィンの意識を覚醒させ続ける。自分はまだまだ甘く弱い。故にもっと強くならなければならない、そしてこの内戦を終わらせねばならないと。
そんな己が上官の後ろ姿は三人は眺めていた。
浮かべる瞳の色に違いはあれど、その目は一様にこう言っていた。
「どうしてそこまで……」と。
ただ一人シャーリィ・オルランドだけがどこまでも高みへと至らんとする英雄の姿を恍惚とした様子で見つめていたのであった……
ちなみにリンザー准尉の場合だと俺は悪くない俺は悪くないと言い訳しながらやるまでは同じでしたが
オズボーン君と対峙した時点で本能の雄叫びに従って降伏していました。
そのへんの生存センサーがグレム君との決定的な違いでした。