幼き日のトラウマが想起されて憎悪により鬼の力が暴走
クレアさんが身を呈して止めると書かれていました。
なお
ーーーケルディックが領邦軍によって焼き討ちされた。
西部戦線に於ける貴族連合の大勝によって、内戦終結が再び遠のいてしまい、今後の方針をカレイジャスにて練っていた紅き翼の一行にそんな信じ難い、ユーシス・アルバレアにとっては信じたくない、報告が齎された。
リーダーであるオリビエはすぐさまケルディックへと急行し、艦内に居るスタッフに向けて救助及び支援活動の準備を整えるように通達した。
そうして到着した彼らが見たものといえば……
「これは……」
「……酷い」
無残。そう評す以外にない光景が広がっていた。
隆盛を誇った大市は破壊し尽くされていた。
かつて訪れた時に見せていた活気は人々から消え失せ、焼け落ちた自らの家屋を前に鎮痛を通り越して呆然自失と言える面持ちを浮かべていた。
それを見つめるユーシスの顔色もまた蒼白と言っていい有様になっていく。
家と財産を焼かれても、命があるのだから大丈夫だ等と言えるのは余程楽観的な人物や自分自身の能力への自負を抱く者位だろう。家と財産を焼かれるという事は即ち生活の基盤を喪失するという事なのだ。
そこから立ち直り、また元通りの生活が出来るようになるには多くの時間を費やす事になるし、それこそそのまま露頭に迷う者とて出てくるだろう。
ましてや今回の一件を行ったのが領主であるアルバレア公によるものである事を考えれば、本来こういった事態に際して行われる復興支援も絶望的と言っていい。
それでもまだ、タフな者はこう言うだろう。「また頑張ろう」と。「生きてさえいればいくらだってやり直す事が出来る」と。だが、どれだけ楽観的で精神的に強い者であっても、
やり直す事ができるのは生きていてこそなのだから。
「母さん……起きてよ。ねぇ、起きてよ」
怪我人が収容されている教会の一室でまだ幼い少年は必死に母親と思しき女性の
周囲にはその少年の父親と思しき男性と見知った後ろ姿の青い髪をした女性、そしてどこかで見た覚えのあるような白髪の青年が立っている。
「良い子になるからさ……俺、もう母さんの事困らせるような事は絶対にしないよ!
母さんに言われなくてもちゃんと早起きするし、料理や洗濯や掃除だってちゃんと手伝う!
だからさ、何時までも寝たフリなんかしてないで起きてよ……」
少年自身が気がついているのだろう、自分の行いが現実逃避に過ぎない事を。
もう母は二度と目を覚まさないという事を。少年の言葉は次第に嗚咽混じりになっていく。
そしてひとしきり泣いた後少年は、背後に居た白髪の青年を睨みつけ食って掛かる。
「どうして……どうしてもっと早く来てくれなかったんだよ!
アンタ、すごく強かったじゃないか!あの機械人形だってあっさりと壊しちゃう位!
無敵の英雄なんだろう?皇女様を救った凄い騎士様なんだろう?だったら、なんで……なんで俺の母さんは護ってくれなかったんだよ!」
現実逃避の後の八つ当たり、客観的にその少年の行動を評すならばそんな身も蓋もない表現となるのだろう。
だが、目の前で母を失った少年が哀しみの余りに起こした癇癪に対して、辛辣な対応など心ある
それが証拠に静謐にその白い髪をした青年は、少年の癇癪を受け止めていた。
「その言葉は理不尽です」
なればこそ、子どもの癇癪に対して反応してしまうのは大人ではなく
どこかムッとした様子で銀色の髪をした少女が少年を睨みつけながら続ける。
「オズボーン少佐は最善を尽くされました。
西部戦線での蒼の騎士との激闘の後で本来であれば、今すぐにも休息を必要としていたにも関わらず犠牲を最小限に抑えるべく、単身かつ生身で満足に休息を取らぬままに機甲兵3機を撃破するという大戦果を挙げました。
そしてその後も少しでも多くの方を助けるために不休で働き続けました。称賛こそされ、責められる所以等ありません]
なぜ、自分はこんなにも必死になって少佐を擁護しているのだろう。
淀み無く言葉を紡ぎながらもアルティナ・オライオンはふとそんな疑問が過る。
別に言わせておけば良いはずだ。感情をコントロールする事のできる理想的な存在等そうはいない。
とかく人間というのは感情的な生き物で、特に身近な存在の生死が関わると冷静さを失う。そう教えられていたのだから。
言わせるだけ言わせておけば良いのだ、相手は特にそういった感情のコントロールが苦手な
そう、自分の理性は告げている。なのに奇妙な事に自分の口が止まらない。
「貴方が責めるべきは今回の蛮行を行ったクロイツェン領邦軍、そして彼らに指示を下したアルバレア公爵でしょう。
もう一度だけいいます、リィン・オズボーン少佐は最善を、いえ限界を超えて尽力なされました。貴方の少佐への言葉は全て理不尽な八つ当たりです」
部下として上官を擁護した極めて論理的な発言、と本人は信じているが傍から見れば両者の髪の色も相まって兄をかばう妹のような態度でアルティナが告げる。
「だね。「どうして護ってくれなかったんだ?」って何それ。
逆に聞きたいんだけど、そんなに大切な人だったらどうして自分で護ろうとしなかったの?
まだ自分は小さい子どもだから?リィンのように強くないから仕方がない?
断言してあげる、そんな風に言い訳している内は貴方はずっとそのままだよ。大人になろうが、永遠にね」
追撃をかけるように告げたその言葉は叱咤というには余りに嘲笑する色が濃すぎるものであった。
幼い頃から戦場で生まれ育ったシャーリィ・オルランドにとってみれば生殺与奪の権を他人に委ね、護ってくれる事を期待するなど許されざる弱さであり悪徳に他ならないからだ。
「双方そこまでだ。
民が弱い事は断じて罪ではない。
そんな民を護るためにこそ我ら軍人は存在するのだから。
最善を尽くす事など当然の事に過ぎない。
その上で私はこの地を、この少年の母を護る事が出来なかった。
それが事実だ。責められて当然だろう」
静かに、だが有無を言わせぬ圧力を以て両名へとリィンは釘を刺す。
「……申し訳ございませんでした」
どこかシュンとした様子でアルティナが
「うーん、あんまり甘やかしすぎると逆にその子のためにならないと私は思うんだけど……はいはい、ごめんなさーい言い過ぎましたー」
投げやりな様子でシャーリィがそれぞれ謝罪の言葉を口にする。
そうしてリィンは膝をつき、すっかり黙り込んでしまった少年と目線を合わせしっかりと見据える。
「君の名前は?」
「ア、アルク……」
その瞳を前にしてその少年はたじろいだ後にどうにかやっとの思いで己が名を紡ぐ。
「すまないアルク、私は間に合わなかった。祖国と民を護る使命を宿した軍人でありながら、その責を果たす事が出来ず、君の母君を死なせてしまった。本当にすまない」
真摯に詫びるその姿を前にアルクは急に恥ずかしい思いに襲われる。
本当は彼自身わかっていたからだ、目の前の人に告げた自分の言葉が八つ当たりに過ぎないという事を。
だけど、そんな八つ当たりに対しても、真摯に謝罪して来るその姿に改めて自分が子どもでしか無いと突きつけられたからだ。
「そして誓おう。この犠牲は決して無駄にはしない。アルバレア公にその罪を必ず償わせてみせると」
内面に凝縮されたマグマの如き憤怒を抱えながらリィン・オズボーンは少年に対して宣誓する。決して無駄にせず、この涙を明日の光へと変えてみせると。
そうして立ち上がり、その場を立ち去る。
告げるべきことは告げたと。
自分が背負わねばならぬものも確認出来たと。
ならば、何時までも立ち止まる事は出来ない、犠牲を無駄にしないためにも自分は進まねばならぬのだとどこまでも雄々しく。
そんな遠ざかっていく雄々しき背中をその場に居合わせた者達はまるで自分が御伽噺の端役といて紛れ込んでしまったような心地で見送るのであった……
・・・
「その……申し訳ございませんでした、少佐」
恐る恐ると言った様子でアルティナは改めて先程の発言を詫びる。
「誰しも、家族を失った後は動揺するものだ。まして年端もいかない子どもであるのならば尚更のこと。
貴官の発言はそういう点で、帝国軍人として民間人に対する配慮に欠ける発言だったと言わざるをえんな。以後、気をつけるように」
「はい……」
その返答を聞きアルティナはションボリとした様子を見せた後、改めて不可解な思いを抱く。
自分はなぜ、わざわざあのような事を言ってしまったのかと。
救助対象が時として理不尽な文句を言ってくる事など決して珍しい事ではないという事は事前に学習していたし、そういった経験も何も今回が初めてというわけでもない。
なのになぜ今回だけああも自分はムキになって反発したのだろうか。
考えれば考える程に自分の行動は余りに不可解だった。
「と、此処までが貴官の上官としての発言、帝国軍特務少佐としての発言だ。
これ以後は私人としての言葉、ただのリィンとしての発言になる。そのつもりで聞くように」
「?はい」
「私とて人間だからな、護るべき民にああいう事を言われると流石に多少なりとも堪えるものがある。
故に貴官がああして擁護してくれた事は正直嬉しく思ったよ。
上官としては叱責せざるを得んが、私人としては有難がった。
ありがとな、アルティナ」
瞬間、アルティナは自身の頭を優しく撫でられる感覚を覚える。
傍らを見るとそこには優しげに微笑を浮かべる己が上官の姿があった。
奇妙な心地をアルティナは覚える。それは今まで味わったことのない不思議な感覚だった。
だが、決して不快ではなくむしろ春の陽だまりのような温かで心地良いものであった。
「あー良いな良いなー。リィン!私は?」
しかし、そんな感覚はあっさりと無粋な乱入者によって中断させられる。
まるで飼い主に自分以外が撫でられるのを見て嫉妬する猫のようにシャーリィ・オルランドがすり寄って来たからだ。
「そうだな、改めて理解したよ。やはり貴様は俺とは決して相容れぬとな。
何故ならば、貴様は
「?そうだけど。
前々から疑問だったよ、どうしてリィンはそんな必死に
一転して張り詰めた様子で告げるリィンの言葉にシャーリィはキョトンとした様子で返答する。
その様子は心底何故目の前の愛しい人がそんな事を言っているのかわからぬといった様子だ。
そしてそんな様子にリィンは舌打ちする。やはり、目の前の存在は人の皮を被った竜なのだと。
「ま、良いけどね。どうしてそうするかはわからないけど、要はそれがリィンの
イイ女は恋人の趣味に理解を示すものだって言うからね!いちいちその趣味に口出しするなんて事を私はしないよ!」
その言葉の内容と様子は紛れもない、背伸びをしている恋する少女そのものだ。
だからこそ、より一層性質が悪いと言うべきだろう。
言葉自体は通じるが故に、言葉を交わすほどにこの少女との間に横たわる溝の深さを実感せずにはいられなくなるからだ。
そしていざ刃を交わす段階になれば、シャーリィ・オルランドはどれだけ言葉を交わした相手だろうと一切容赦しない。彼女にとっては命がけの殺し合いこそが最上級の愛情表現であるが故に。
「趣味ではない。俺の存在理由だ」
そしてそんな少女の皮を被った魔竜を相手にしても英雄は揺らがない。
どれほど見目麗しかろうと、コレは決してわかり合える事の出来ぬ猛獣なのだと心する。
あくまで今は、一時的に共闘関係が成立しているだけで何れは自分が討たねばならぬ存在なのだと。
そしてそのときがくれば英雄は一切の刃こぼれを起こす事無く斬り捨てるだろう。外見が如何に見目麗しかろうと関係ない、祖国と民に仇なすものは誰であろうと容赦しない。
それが彼の
人形だった少女が徐々に人へと近づく傍ら、英雄と魔竜、二体の化物は立ち止まる事無く進み続けていた……
黒兎ちゃんの英雄に向ける感情は部下としての上官に対する尊敬や忠誠であったり
妹の兄に向ける感情であったり、娘の父親に向ける感情であったりといろいろなものがごちゃまぜになっているイメージ