(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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「オレはオレの夢を裏切らない。それだけだ」


再会

 双龍橋の司令室、長距離導力通信用のモニターとシステムがあるそこでアルノールの兄妹は久方振りの再会を遂げていた。互いの無事を祝い合う言葉もそこそこに、やがて会話は本題へと移りだす。すなわち、ケルディック焼き討ちを行ったヘルムート・アルバレアの逮捕、そのための共同戦線の誘いである。

 

「それではお兄様……紅き翼はアルバレア公逮捕のために我々との共同戦線を望む、という事でよろしいのですね」

 

 久方振りの兄との再会、それに喜んでいたアルフィン皇女だったがすぐさま皇女としての顔へと移る。

 そんな妹の成長した様子にオリビエは喜びと一抹の寂しさを覚えながら、自身も兄としてではなくこの国の皇子として言葉を発する。

 

「ああ、今回のアルバレア公の蛮行は我々としても見過ごす事は出来ない。民あっての貴族である事、それを忘れた者に領主足る資格はない。そうだね、ユーシス君」

 

 今一度覚悟を問いかける意味を込めてオリビエは今回の件で一番厳しい立場に置かれている人物へと問いかける。

 ログナー候説得のためにログナー候の息女たるアンゼリカが大きな役割を果たしたのと同様に、今回の作戦に当たってユーシスの果たす役割は大きい。

 次男とはいえ歴としたアルバレアの人間たる彼が居ることで、ヘルムートを排した後の混乱を最小限に抑える事が出来るのだ。

 無論の事、これはユーシスにとっては酷な事となる。あくまで身体を張った説得に赴いたアンゼリカとは違い、彼の場合は如何に関係性が冷え切っていたとはいえ、実の父を自らの手で蹴落とす事になるのだから。

 

 問いを向けられたユーシスの中に様々な想いが去来する。

 「余り気を落とすなユーシス、何時か父上も必ずやお前の事を認めてくれるはずだ」と父に冷淡な態度を取られて落ち込む自分に優しい兄はそう慰めてくれた。

 それを支えにユーシスは必死に努力してきた。馬術、剣術、貴族の作法、そして学問ありとあらゆる分野で尊敬する兄のようになれるように、アルバレアの人間に相応しく有ろうと。

 ーーーそうすれば、いずれ父も自分を見てくれると信じて。自分の息子だと認めてくれるのだとそう願っていた。

 

 だが

 

「はい、今の父……いえ、アルバレア公の行いはもはやアルバレアの名を自ら貶めているも同然。

 私はアルバレアの人間として自らの血に流れる責務を果たします」

 

 ユーシスの脳裏に過るのは悲嘆にくれたケルディックの民達の姿。

 目を背けてはならないあの光景から。あれこそが自分の父が作り上げた光景なのだ。

 かつて自分は貴族とは何か?という問いかけに「誇り」とそう答えた。

 ならば、その言葉を嘘にしてはならない。

 あるいは父のあの蛮行も父なりの貴族としての「誇り」に基づく行いなのかもしれない。

 だが、自分はあんなものを断じて誇りだ等とは思えない、いや思いたくない。

 当主という地位の持つ重み、それをまだ背負っていない子どもの戯言なのかも知れない。

 だが、それでも自分の信ずる貴族の誇りとは断じてあのようなものではないのだ。

 父の、ヘルムート・アルバレアの貴族の誇りがあの行いを招いたというのならば、自分はそれを否定しよう。

 誰のものでもない、ユーシス・アルバレアが抱く誇りに基づいて。

 

 瞳と言葉の中に宿った確かなユーシスの覚悟、それを受けてオリビエもまた腹をくくる。

 これが今までとは異なる一線を超える行為だと承知の上で。

 

「というわけだ。どうかなアルフィン。アルバレア公爵家の人間たるユーシス君がやるならば、少なくとも君達が公爵を直接拘束するよりは反発も少なく済むのと思うのだが」

 

「……どう思いますか、知事閣下、元帥閣下」

 

 兄からの呼びかけ、それに今すぐにでも許諾の意を伝えたい衝動を必死に押さえ込みながらアルフィンは武と文、双方に於ける最大の腹心二人へと問いかける。

 

「軍を預かる身として述べさせてもらえば、此処でバリアハートを抑える事に成功すれば帝都攻略に注力する事が出来ます。加えて紅き翼の機動力は非常に魅力的です。こちらとしても願ってもない提案です。私の方と致しましては特に反対する理由はございません」

 

「同じく帝国政府臨時代表として意見を言わせてもらえれば、あのような蛮行を止める事が出来ずに、更にその後もその首謀者を捨て置いたとなれば我らは民からの信頼を失いかねません。されとて我々がバリアハートを制圧した場合、周辺の貴族からの反発は必至です。そういう意味ではオリヴァルト殿下とユーシス殿の提案は正直断る理由を探す方が難しい位です。お受けした方がよろしいかと」

 

あえて、両名も実利の観点から見た場合の話のみをする。

アルバレア公の行いに憤りを覚えているのはこの場に居る者にとって皆同じ、故にこそ今更道義的な観点からの事を言う必要はないと考えての事だ。

 両名の言葉を受けて、アルフィンは改めてこの内戦前には浮かべる事のなかった上に立つものとしての風格を宿した凛々しい表情を浮かべて、言葉を紡ぐ。

 

「アルフィン・ライゼ・アルノールは我が兄オリヴァルト・ライゼ・アルノール共々アルバレア公爵家次男足るユーシス卿の行動を支持致します」

 

「感謝いたします。皇女殿下」

 

 モニター越しだが、ユーシスはその場にて跪く。

 皇族二人の支持、これを得られた事によってユーシス・アルバレアは父ヘルムートを蹴落とす行為が私欲に基づくものではない事を証明する事が出来る。

 オリヴァルト皇子は母が庶出故、一部以外の貴族から軽んじられていたが、アルフィン皇女も加わったとなれば貴族、そして領邦軍の将兵達への説得の材料としては十分だ。

 その威光を前にただちにひれ伏す等という事は不可能にしても、ヘルムートの拘束にさえ成功すれば内心は不満を抱えながらもとりあえずはユーシスに従わざるを得なくなる。

 何せ皇族の威光に対抗するには皇族を引っ張り出すしか無いが、残り二名の皇族であるユーゲント皇帝とセドリック皇太子の身柄を抑えている貴族連合の総参謀が直々に、ことアルバレア公爵の逮捕に関しては貴族連合は一切関与しないとの旨を通達したのだから。

 

「ヴァンダイク元帥。皇女として命じます、ユーシス卿を支援し、ケルディック焼き討ちの罪によりアルバレア公を拘束しなさい」

 

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 大義名分の確保は出来た。故に後は実際にどう行動するかという実務の話となってくる。

 そうして協議の結果、次のような作戦案が承認された。

 

 まず第一段階としてオーラフ率いる第四機甲師団がバリアハート方面の防衛線を突破すべく攻勢に出る。

 ケルディックとは異なり、バリアハートはクロイツェン州の州都。此処を落とされるような事になればアルバレア公は公爵にとって肝心要たるクロイツェン州の貴族からの支持を失う。故にこれを阻止すべく援軍を送らざるを得なくなる。

 そこでさらに第二段階として回り込んだクレア率いる鉄道憲兵隊が南よりバリアハートを少数精鋭にて奇襲する。これによって正規軍は完全にバリアハートを落としにかかっているとアルバレア公に誤認させ、手薄となったオーロックス砦ならば、かつて双龍橋を攻略したときのようにリィン・オズボーンならば十二分に片付けられる。

 そうして機甲部隊をリィンが引きつけている間にユーシス率いる紅き翼の精鋭部隊は要塞を攻略して、アルバレア公を拘束。アルバレア家当主代行としてクロイツェン領邦軍にただちに停戦の命令を出す。

 

 無論、これらはあくまで概要であり、詳細を煮詰めるにあたってプロの参謀達による緻密な分析が行われた事、実務の段階で指揮官の腕が問われる事は言うまでもない。

 かくして此処にリィン・オズボーンは紅き翼の面々と二ヶ月振りの再会を果たす事となったのであった……

 

 

・・・

 

「お久しぶりです、オリヴァルト殿下」

 

 再会したその青年はかつての年相応の素朴な面影などなく、どこまでも優美にオリビエへと微笑みかけた。

 そこにはかつては感じなかった確かな気品が存在した。そうまるでどこかの王侯貴族のような、人の上に立つ事を生まれ持って定められた人物のような気品が。

 

 

「帝国軍特務少佐リィン・オズボーン、ヴァンダイク元帥閣下、そしてアルフィン皇女殿下の命に従いこれよりアルバレア公逮捕のために、部下であるアルティナ・オライオン曹長及び猟兵シャーリィ・オルランド共々殿下の指揮下へと入らせていただきます。何なりとご命令ください」

 

 跪きながら捧げられるのは絶対の忠誠。

 如何なる敵(・・・・・)も討滅してみせようという鋼鉄の意志。

 それはさながら極限にまで研ぎ澄まされた名刀の如き輝き。

 芸術品の如き優美なる美しさと武骨なまでに磨かれた鋼鉄の輝き、ともすると矛盾しかねないそれらが今の目の前の青年には宿っていた。

 

「ああ、名高き灰色の騎士がその力を貸してくれるというのなら百人力というものだ。よろしく頼むよ」

 

「御意。我が全霊を以て殿下へと勝利を捧げましょう」

 

「はは、そう固くならずとも自然体で居てくれれば良いさ。

 公の場でならともかくそうでない場で余り皇子としての権威だのを持ち出すような気は私にはないからね。

 何よりも、君にとってはアレ以来離れ離れになっていた友人達との久方振りの再会なんだからね」

 

「ーーーリィン君っ!」

 

 瞬間、扉を開く音と共にリィンの心の奥底に眠る優しい記憶を揺さぶる声が聞こえてきた。

 視線をやればそこには、懐かしい顔がいくつも並んでいて、そして自分にとって大切な愛しい少女の姿がそこにはあってーーー

 

「ーーーっ!」

 

 堪えきれぬとばかりに感極まった様子でトワはリィンへと抱きつく。

 そして瞳に涙を湛えながらリィンを見つめて言葉を紡ぎ出す。

 

「良かった……リィン君が無事で!

 帝都があんな事になっちゃって……一ヶ月もの間行方不明で……ようやく見つかったと思ったらリィン君が居るって聞いた西部の方はあんな風になっちゃって……ずっと、ずっと心配していたんだよ!?」

 

 その滅多にない剣幕にリィンは困ったように苦笑して

 

「すまないトワ。随分と心配をかけたみたいで、自分の不甲斐なさがいやになるよ。

 だが、俺は死なないさ。別れるときに約束しただろう?君とこの国は俺が護ると」

 

 微笑を浮かべながら告げるその愛しい少年の姿にトワは安堵する。

 何故ならば、そこに居たのはかつてと同じ自分の大好きな優しい少年の姿だったから。

 憎悪に囚われて、復讐に取り憑かれた悪鬼等では断じて無かったから。

 

「うん……うん!そうだよね、リィン君が約束を破るはずがないもんね!」

 

「ああ、当然だろう?オレはマテウス師範に助けられてこの命を拾った。

 ならば、途中で斃れることなど許されるはずもない。師に代わり、この内戦を終わらせること。

 そして、この国に繁栄を齎す事が俺の使命なのだから」

 

「リィン君……?」

 

 微笑を湛えたままに告げられたその言葉にトワはかすかな違和感を抱く。

 変わっていない……そのはずだ。今も優しい笑みを浮かべている少年は、自分が誰よりも好きな人だ。

 言っている内容だって別におかしな事ではない、この少年がどれだけ祖国を愛し、軍人としての使命感と誇りに燃えているのかトワはいやという程に知っている。

 だからそう、内戦を終わらせる事を目指しているのは別段驚く事でも何でも無い。そのはずだ。

 だというのに、何なのだろうか目の前の少年から伝わる覇気と迫力は。

 告げる言葉、それ自体はかつてと変わらなくてもそこに込められた熱量がまるで桁違いのようで。

 そして、そんな感覚をかつて自分はある人物と会った時に一度だけ覚えた事があってーーーー

 

「どうかしたかな?」

 

 その微笑はかつての素朴な年相応の少年と言った感じではない。

 まるでどこかの貴人のような優美さを宿したものだ。

 それがまたトワの中の戸惑いを加速する。

 愛しい少年の中にまるで、別人が宿ったようなどこかちぐはぐさを覚えてトワの様子はどこか落ち着かないものとなる。

 恋人の念願の再会だというのに、どこか二人の間に微妙な空気が漂い出すが……

 

「わーーー本当にリィンだ!久しぶりーーー!!!」

 

 そんな空気を知らずか、あるいは察知したがゆえにか、リィンの義妹たるミリアムはまさに無邪気そのものと言った様子で義兄へと飛びつく。

 そしてリィンもまたじゃれついてきた義妹をしっかりと抱きしめて、血の繋がらぬ兄妹は微笑み合う。

 

「えへへ、久しぶりだねリィン!クロウにやられたって聞いたときは大丈夫かなって思ったけど無事だったみたいでよかったよ!」

 

「ああ、危ういところだったが師に命を救われてな。こうしておめおめと生き恥を晒したというわけだ」

 

「リィンの師匠っていうと確かラウラのお父さんと肩を並べている化物みたいに強い人だったよね?そっか噂には聞いていたけど本当にやられちゃったんだ」

 

「ああ、無様にも憎しみに囚われて剣を鈍らせた不甲斐ない弟子を救うためにな」

 

 かつての自分の無様さを思い、自然リィンは強く拳を握りしめる。

 二度と、決して二度とあのような無様は晒さないとそう誓って。

 

「うーん、まあリィンが落ち込んでも別にそのおじさんが生き返るわけじゃないんだし、反省するのは良いけどあんまり気にしたってしょうがないよ。もうどうにもならない事なんだしさ。大事なのはこれからでしょ」

 

 ミリアムの語る言葉は正論だろう。

 だが、それ故に聞いている者はどこか戸惑いを覚えるだろう。

 人の死について語っているというのに余りにも前向きすぎるが故に。

 

「ああ、お前の言うとおりだなミリアム。

 大事なのはこれからだ。我が師マテウス、そして我が父ギリアスの死を無駄にしないためにも俺は進み続けなければならない」

 

 そしてそれに応じる英雄の言葉もまたどこまでもひたすらに未来を見据えた言葉だ。

 決してこの死を無駄にはしないとその死を背負い、自分は進むのだという宣誓。

 常人ならば、その重さを前に逡巡したり、立ち止まるのが自然なところを一切の躊躇なく覚悟と意志を以て英雄を進み続ける。

 

「うんうん、そうだよ!何時も明るく前向きに!いやーでも安心したよ。

 リィンが前向きでさ。てっきりおじさんの件でクロウの事を「絶対許さない」だとか「あいつは俺が殺す」みたいな感じになっているんじゃないかって皆心配していたからさ。えへへ、杞憂って奴だったんだね!」

 

 あっけらかんとした様子で告げるその義妹の言葉にリィンは苦笑する。

 未熟だった頃の自分を思い出して、気恥ずかしさを覚えた。

 

「それはまた、随分と心配をかけたな。だが、それについては安心しろ。

 憎悪によって刃を曇らせればどうなるか、それを俺はいやという程に思い知った。

 故にもう同じ過ちは決して繰り返さんさ、そんな事をすればそれこそ我が師に顔向けが出来んからな」

 

 微笑を湛えたままに穏やかな口調でリィンは告げる。そして、そのまま告げる。

 

「故に俺がアイツを殺す(・・・・・・・・)のは仇を討つためじゃない。

 あくまで俺は祖国と皇帝陛下に剣を捧げた帝国軍人として、帝国に仇なす大罪人を討ち果たそう」

 

「ーーーーーーえ」

 

 穏やかな口調のまま告げられたその言葉にその場に居合わせた者たちは絶句する。

 ただ三人だけ、ミリアム・オライオンにシャーリィ・オルランド、そしてアルティナ・オライオンの三名だけはまるで動揺の色を見せていなかった。

 だが、当然ながら彼女たちの反応はその場において圧倒的少数派に位置するものである。

 

 

「リィン君……殺すって……一体誰を?」

 

 その場の多数を代表するように、トワ・ハーシェルは蒼白な顔で震えながら言葉を紡ぐ。聞き間違いであって欲しいそんな縋るような瞳で見つめながら。

 

「無論、貴族連合の蒼の騎士にして帝国宰相暗殺の大罪人、この内戦を引き起こした張本人クロウ・アームブラストをだ」

 

 そしてそんな問いに対してリィンは一切揺らがずに答える。そこに気まずさ等は欠片もない。

 あるのはどこまでも揺るがぬ鋼鉄の決意である。

 

「どうして……だって、だってリィン君は憎悪で刃を振るうような事はしないって……!」

 

「ああ、その通りさ。俺がアイツを討つのは憎いからじゃない。

 アイツがこの内戦の首謀者たるカイエン公に与し、この内戦を招く引き金を引いた張本人だからだ」

 

 故に私人としてではなく軍人としてそれが必要(・・)だからこそ、俺はそれを担うのだと。

 

「だ、だけどそれは……きっとカイエン公に唆されたからで……」

 

「ああ、俺もそう言ったよ。カイエン公と手を切り、こちらに付けとね。

 そうすればカイエン公に唆されたという事で減刑してもらう確約も皇女殿下や知事閣下から取り付けていた。

 ーーーだが、アイツは拒絶した。ならばもう、敵として討つ以外の選択肢等ない」

 

 こちらは手を差し伸べた。だが振り払ったのは相手の方だとリィンは告げる。

 そこには自己弁護をしようという色などない、ただ淡々と事実だけを述べるが如き態度であった。

 

「でも……でも……クロウ君はリィン君の一番の親友だったじゃない!本当に……本当に仲が良くて!なのに……なのにどうしてそんな……!」

 

 ぐちゃぐちゃとなった心の赴くままにトワは叫ぶ。

 理屈の上では(・・・・・・)リィンが正しいのだとわかっていながらも。

 それでも、それでも理屈じゃ割り切れない思いがあるのだと示すかのように。

 

 そんな少女の様子にリィンは一瞬、ほんの一瞬だけあらゆる感情を飲み干すように目を閉じる。

 脳裏に過るのは黄金色に輝く思い出。親友、そうクロウ・アームブラストは確かに自分にとって一番の親友だった。

 楽しかった本当に、共に過ごす時間が。5人で過ごした日々が。

 だからこそ(・・・・・)自分こそが(・・・・・)あいつを殺さなければならないのだ。

 

「この内戦、オレは既に多くの人間は殺めた」

 

 罪を告解する罪人のようにリィン・オズボーンは静かに言葉を紡ぎ出した。

 その瞳の中にあるのは先程あった鋼鉄の戦意ではない、どこまでも静謐に澄んだ空のような色だ。

 未来永劫自分はこの罪を背負い続けねばならないのだと、そう覚悟した。

 

「彼らにも彼らの家族が居ただろう。恋人も、友人も。

 彼らの多くは決して“悪”等ではなかった。そんな人達をオレはこの手で殺した。ただ仰ぐ旗が違うという理由でな。

 ーーー後悔はしない、殺しておきながらそんな事をするなどそれこそ笑止だろう。俺は俺自身の譲れぬ理想のために彼らを殺した。そしてこれからも殺し続けるだろう」

 

 何故ならば、それこそが軍人という職業の、“必要悪”を担うという行為の本質なのだから。

 

「だからこそ、他ならぬオレがアイツを殺さなければならない。 

 何故ならばオレの行うのはすなわちそういう事なのだから。

 誰かの友を、家族を、恋人をこの手で奪い続けるのだとこの身に刻みつけるためにも。

 親友だからという理由で、その剣を鈍らせてはならないんだ」

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 叩きつけられるどこまでも英雄として正しく(・・・・・・・・)、それ故に人としておかしい(・・・・・・・・)鋼鉄の覚悟。

 それを前にしてトワは目の前の愛する人に初めての感情を抱く。それは、“畏怖”と呼ばれる感情だ。

 目の前の少年は自分が愛した少年、そのはずだ。なのに今の自分は目の前の少年がどうしようもなく恐ろしい。

 親友だからこそ自分が殺さなければならないと言えてしまう事が、国のために大切な人を斬り捨てる事のできるその覚悟が。何よりも。

 

「君のその想いは正しい」

 

 そんな愛しい少女から向けられた感情に少年は微笑む。寂しげに。覚悟していた事だとそう自分に言い聞かせるように。

 もはや自分に戻るべき陽だまりはないのだとそう戒めるように。

 自分が進むのはどこまでも血塗られた修羅の道なのだと、そう刻みつけるように。

 

「ああ、きっとオレはおかしいのだろう。

 だが、止まらない。止まるわけには行かない。

 オレは進み続ける。そして祖国と民に繁栄を齎してみせる」

 

 告げるべき事は告げたと言わんばかりに、その場にへたりこんだ恋人へと駆け寄る事もなく、リィンはオリビエへと向き合う

 

「それでは殿下。小官らはヴァリマールの下で待機して居ます故、出撃になりましたらお声がけ頂ければと思います」

 

 そうしてリィンは背を向け歩き始める。もはや道は別たれたのだとその場に居合わせた者たちに突きつけるかのように。

 ただ二人だけ、この方に付いていく事こそが自分の使命なのだと言わんばかりにアルティナ・オライオンが。

 この背中を追い続ける事こそが自分の夢なのだと言わんばかりにシャーリィ・オルランドが。

 ただ、その二人だけがその背中を追うように歩き始めるのであった……




「言ったはずだオレはこの国に繁栄をもたらすと。何も変わりはしない」

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