(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

4 / 84
それが一つ目の対話の代償だった。
君は知るだろう。対話も戦いも代償は付きまとう。
それが世界の変わらぬ問いかけであり、答えは僕らの命そのものなのだという事を


妥協なき自省とは自虐のようなもの

 柔和な笑みから一転、立ち昇るプレッシャーは先程までの比ではない、何よりもこちらを射抜く鋭い眼光は生まれてこの方臆病等という言葉から1万セルジュ程の彼方にあったアデーレをして、思わず畏れを抱かざるを得ないものだった。先程までが友好的だっただけにそのギャップは余計に激しい。別段こちらがなにか悪い事をしたわけではないというのに、思わず自分がなにかやらかしてしまったのではないかなどと思ってしまう位に。

 

「……命令というのはちょっと違いますね。シュバルツァー男爵は高圧的な態度なんて全く取らずにあくまでお願いという形で依頼されましたから。山から大きな雄叫びが聞こえてきて、なにか強力な魔獣が居るのではないかとユミルの人達が不安がっていたので、騎士としてその討伐にやって来たってだけですよ」

 

 こういう時に働かないとなんだか無駄飯食らいみたいで気が引けますし等と冗談めかしながらアデーレは柔和な笑みを、いつもに比べると若干ぎこちないが、浮かべて告げる。

 

「大尉の言うことに嘘はないぜ、俺達が此処に来たのは男爵閣下からの依頼による魔獣と思しき存在の調査と退治のためだ。ーーー貴族連合が血眼になって探している鉄血宰相の遺児を探すためとかそんなんじゃない。支える篭手の紋章に誓っても良いぜ」

 

 目の前の人物が何故警戒を突如露にしたのか、それは恐らく目の前の大尉が自分に対する追手ではないかという疑いを持ったためだと推測してトヴァルはフォローを入れるかのように告げる。こういう時に遊撃士という地位は何かと役立つのだ。

 そしてそれが功を奏したのだろう、リィンはふっと気を緩めて

 

「そうですか、それは大変失礼いたしました。何分小心者故、つい神経が過敏になってしまったようです。ご容赦の程を」

 

 真摯に謝罪の言葉を口にする。

 基より大尉に対する疑いは微々たるものだった。姉から聞いていた人柄と、学院祭の時に見た様子から察するにおそらくはアルフィン皇女を連れて、忠臣と名高いシュバルツァー男爵を頼ったのだろうとそんな辺りだとは思っていた。だが、何せまさかコイツがそんな事をするはずがないという目に一ヶ月前にあったばかりだったのもあって、念のためにと慎重にならざるを得なかったのだ。

 

「あはは、構いませんよ。貴方の立場だったらそれ位慎重になるのも当然でしょうしね。

 ーーーですが安心してください、私が忠誠を捧げたのはそれはもう可憐なる我が帝国の至宝たる姫様であって、どこかの派手派手しいヒゲモジャ親父じゃありませんので」

 

 そしてそんなリィンの態度をアデーレは笑って許す、警戒するのもわかるが自分は断じてカイエン公の手先などではないのだと告げて。

 

「誤解が解けたところで、そろそろユミルに戻らないか?何時までもこんなところで立ち話ってのもなんだろう、情報交換はユミルに戻ってからするとしようや。男爵閣下も交えてな」

 

 肩をすくめながら告げられたトヴァルの提案に二人も賛意を示して、一行はユミルの里へと帰還するのであった。

 

 

・・・

 

 

「……なるほど、やはり“内戦”になってしまっていましたか」

 

 アルフィン殿下がこちらに避難されていると聞いた時点で予想はしておりましたがと呟きながら、リィンはシュバルツァー男爵より伝えられた情報を頭の中で整理する。

 あの後二人と共に里へと帰還したリィンは、ユミルの領主シュバルツァー男爵に暖かく迎えられた。宰相の遺児、そしてアルフィン皇女という二つもの手土産を用意すればそれこそ貴族連合内でそれ相応の地位を築く事とて可能であるはずなのに、男爵はそんな事は想像さえしていないように、リィンを、娘を救った恩人を相応の礼節を以て歓待した。

 そうして男爵家の領館へと迎え入れられたリィンは、改めて自分が眠っている一ヶ月の間に帝国がどうなったのか、今どのような状況にあるのかの説明を男爵達より受けるたのであった。

 

「……アルフィン皇女殿下、先ずは陳謝をさせて頂きたい。このような事態を招きましたのは総て、この私の責任です。私リィン・オズボーンが、貴族連合所属の“蒼の騎士”クロウ・アームブラストへと敗れ去ったことが、この国を内戦などという悲劇へ導く結果を生み出しました」

 

 自分があそこでクロウに勝っていれば内戦は起こり得なかった。

 虎の子の機甲部隊と騎神を自分が殲滅できていれば、師が、アルノールの守護神が皇帝陛下を救出して見せただろう。

 こちらにいるアデーレ大尉のように、自分は皇室にこそ忠誠を誓ったという意識の忠義の者とて近衛には居るはずなのだ。

 忠臣として名高きマテウス・ヴァンダールが現れれば、近衛軍の中にはそれに同調するか、そこまでいかなくても戦意を喪失する者とて出ていたはずだ。

 そしてそうなれば師が遅れを取る理由などどこにもない、皇帝陛下は救出されて、勅命を以てカイエン公は逆賊となる。初動をしくじったカイエン公に同調する者など現れまい、内乱と呼べない規模の正規軍によるカイエン公爵家の討伐が行われて、それで終わりとなったはずなのだ。

 自分が勝っていれば(・・・・・・・・・)

 だが、そうはならなかった。自分がクロウに負けた(・・・)がために、祖国は内戦状態へと陥り、共に轡を並べて戦うはずだった忠勇なる兵士達は同胞同士で殺し合い、その生命を散らし、民は戦禍に喘いでいるのだ。

 万死に値する罪だろうとリィンは心の底より(・・・・・)思い、拳を強く握りしめながら剣を捧げるべき主君へと詫びる。

 

「本来であればこの生命を以て贖うべき大罪だと存じますが、この身は師により救われた身。

 もはや私一人の一存で容易くその処遇を決める事は出来ません。甚だ恥知らずな願いと承知の上で、どうかこの剣を以て自らの恥を濯ぐ事で殿下と皇帝陛下、そして祖国への償いとさせて頂きたく……!」

 

「え、いや……あの、ええっと……」

 

 今にも切腹でも敢行しかねない勢いで跪きながら謝罪するリィンにアルフィン皇女は、否その場に居合わせた面々は困惑する。それはそうだろう、目の前の人物が帝都占領の折に獅子奮迅の活躍をした事は聞き及んでいるし、そもそも内戦が起きる事となったのはどう考えてもカイエン公が暴挙に及んだ挙げ句、レーグニッツ知事からの紳士的な会談の申し出にも強硬な態度で応じたためだ。

 リィンのせいで、内戦へと陥った等と思っている者は当人を除いて居るはずもないのだ。これが色々と(・・・)経験豊富なオリヴァルト皇子辺りならば苦笑しながら、なにかユーモアのある返答をしたかもしれないが、天真爛漫で奔放なところはあれど未だ15の少女たるアルフィン皇女はただただ困惑するばかりであった。

 

「帝都占領という暴挙に際して君はそれを阻止すべく死力を尽くして働いたと聞いている。そこまで思いつめる事はないと思うが……」

 

「お心遣い痛み入ります、男爵閣下。ですが、奮戦したところで負けては意味がないのです。市井に生きる民ならばいざしらず、戦いを生業にする、民と国を護る使命を帯びた我ら軍人にとっては弱いこと、そして敗北した事それ自体が罪なのです」

 

 かつてクロスベルへと赴いた時の警備隊がそうだった。

 学生である自分たちに負けた彼らは、それを通商会議にて父に利用されて警備隊等は無用の長物だという口実作りの一つに利用される事となった。頑張ったからで許されるのは子どもの間だけだ、自分たちに求められるのは“勝利”という結果に他ならない。それを果たせなかったことが今の事態を生んでしまったのだからとリィンはどこまでも己を責める、まるで満点で無ければ価値が無いのだとでも言うかのように。

 

「まあ一理はあるかもしれないですけど……」

 

 そしてそんなリィンの様子にアデーレはなんと言ったものかと思案する。

 リィンの言う事は別に間違っていない、確かに結果だけを見ればリィン・オズボーンは蒼の騎士に敗北して貴族連合のクーデターを防ぐことが出来ずに、おめおめと敗走したと、そういう表現になるだろう。

 だが、だからといってこれは余りにも度が過ぎている。言い訳をしない高潔な態度なのかもしれない、しかし此処まで一切の妥協をする事無く自分を追い詰めるような様を見せつけられると流石に感心するよりも前に、近寄り難い思いを感じてしまう。

 その厳しさが向けられているのは他者にではなく、自分に対してだから批難されるようなものではないのかもしれないが……それでもこれは余りにも

 

「皆さん、お茶が入りましたよ。余り根を詰めて話しても状況が良くなるわけではありませんし、一先ず一服しては如何でしょうか?」

 

 一体なんと声をかけたものかと思案する一行を手助けするかのように、男爵の妻たるルシア・シュバルツァー夫人が紅茶を携えて休憩を提案した。その助け舟に乗る一行の様子を見てリィンもまた、席へと戻り相伴に預かる事としたのだが……

 

(………?)

 

 奇妙な事にその紅茶は全く味がしなかった(・・・・・・・・・)

 いや、お茶だけではない、お茶と共に用意された甘味それからも全く味がしなかったのだ。

 おかしい、自分の味覚はそこまで鋭いわけではなかったがそれにしてもそこまでの馬鹿舌ではなかったはずだと訝しがるリィンに対して他の面々はそれは美味しそうに茶を飲んでいる。

 

「……やっぱり母様は凄いです、どうやったらこんなにも美味しく紅茶が淹れられるんですか?」

 

「ふふふ、そうね。慣れもだけどやっぱり、この人のために美味しいお茶を淹れてあげたいと思えるような人を見つける事、それが秘訣かしら」

 

 ニコリと微笑みながら自分を見つめる夫人に男爵はどこか照れくさそうに頭をかいて、そんな夫の様子に夫人はクスリと笑った後に再び己が愛娘の方を見つめて

 

「どうかしら?エリゼにはそういう人が見つかった?」

 

「か、母様……私が通っているのは女学院ですよ。社交界にだってまだデビューしていませんし、意中の殿方なんて居るはずが……」

 

「アレ?でもエリゼちゃん、トールズの後夜祭の時にハイアームズ家の三男さんと踊っていませんでしたっけ?」

 

 もぐもぐと最低限のマナーは護りつつも淑女とは程遠い様子で男爵夫人の用意した甘味をそれはもう美味しそうに平らげながら、さらりとアデーレ・バルフェットは爆弾を投下する。投下された爆弾を前にエリゼは慌てた様子を、ルシアは微笑ましい様子を、アルフィン皇女は顔を悪戯っぽく輝かせ、男爵はギラリと眼を光らせ、話題に付いていけない残りの男二人はどこか所在なさげにする。

 

「あ、アレは……その、せっかくのお誘いを無下にするのも失礼ですし……」

 

「義務感で踊ったって事?エリゼってば罪な女ね~エリゼにOKを貰ったときのパトリックさんはそれはもう見ていてはっきりと分かる位に浮かれた様子を見せていたのに」

 

「そ、そういうわけでは……ああ、もう!からかわないでください!」

 

 顔を真赤にするエリゼ・シュバルツァーと可愛らしく舌を出しながら謝るアルフィン皇女という仲睦まじい様子に場に和やかな空気が流れ出す。男爵が笑いながらも眼がどこか据わっているように見えるのは幻覚であり、アデーレ大尉が何やらブツブツと「ふふふふ、男子と後夜祭でダンスか~結局トールズに在学中の二年間そんなイベントありませんでしたねぇ」等と言っているように聞こえるのは幻聴だろう。

 

「リィンさん、ほとんど手をつけておられないようですが、もしかしてお口に合わなかったでしょうか?」

 

「いえ、そんな事は全く。ただ何分無作法者故、失礼があってはいけないと思いまして」

 

 合う合わないの以前にそもそも全く味を感じ取れないのだが、言っても心配させるだけだろうと思いリィンはそう誤魔化しながら、それは優雅な洗練された所作にて紅茶を口に運び、記憶の中にある美味なものを口に運んだ時に浮かべる自然な笑顔を意図的に(・・・・)作る。

 再び呑み干した舌の肥えた皇女殿下も満足させる美味なはずの茶からはやはり、まるで一切の味を感じ取れなかった。もはや食事を味わう等という贅沢はお前に許されていないのだと突きつけるかのように。同じ食卓を囲み、同じ物を食べる、そんな時間を共有する事など出来ないのだと突きつけるかのように……

 




「特に味覚がね……駄目なんだよ……感情が高ぶると、ボーッと光るのさ」
「もう君の作った手料理を味わう事もできない…」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。