(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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鉄血は所詮妻を護る事もできなかった敗北者じゃけぇ……


鋼鉄の覚悟、獅子の魂

「……と言うわけでトワの方には僕から良く言っておいたよ」

 

 訪れた格納庫にてミリアム・オライオンは先程の出来事を義兄であるリィンへと事のあらましを報告していた。

 

「そうか。わざわざ済まないなミリアム、本来であれば俺の方から言うべきところだっただろうに。憎まれ役を押し付けてしまったようで」

 

 義妹のそんな気遣いにリィンは心よりの礼を言う。

 これから自分が歩むことになるのは修羅の道。多くの人間から憎悪を買う事になる。

 そんな自分に恋人というウィークポイントが存在すれば、自分を恨む者達は当然それを狙うだろう。

 クレイグ家の姉弟もそういう意味では危険だが、この二人に関して言えば元々父親であるオーラフが正規軍で中将を務める高官だ。故にある程度はそういった事も織り込み済みの立場と言っていい。

 だが、彼女はトワ・ハーシェルは違う。彼女は優秀だが実家も帝都で雑貨屋を営む極々標準的な平民の一家で、そういった権力闘争とは無縁の一家だ。

 

 それに対して自分は鉄血宰相の遺児であり、灰の騎神の起動者である。

 客観的及び純然たる事実として自分の能力水準は同世代の中では抜きん出ているという自負があるし、この内戦で自分は鉄血宰相の後継なのだと名乗って納得が得られるだけの功績を打ち立てている。

 そして自分はその程度で満足するつもりはない、亡き父に代わり、この国に永久の繁栄を齎す事こそが自分の果たすべき使命である以上、どこまでも高みを目指す。理想を果たすためには、権力という力がどうしても必要な以上、そこにもはや躊躇いはない。

 そしてそうなってくれば当然、綺麗事だけでは済まぬ事が出てくるだろう。理想に共感する同志を得られれば最上だろう、だが世の中はそんな清廉な人物ばかりではない。

 欲に塗れて打算に基づき自分へと接触してくる人物も出てくるだろう、そして自分はそれらも呑み干し、御して行く必要がある。

 「水清ければ魚住まず」という言葉が意味する通りに、清濁併せ呑む器を持たなければならないのだ。

 

 そうなってくればただの平民出身の恋人という最大の弱点を自分を快く思わない敵が狙わないはずがない。

 かつて父が母を守り切れなかったあの悲劇が、あるいはマキアスの義姉に降り掛かったような不幸があの優しい少女とその家族へと襲う事となるだろう。

 そして自分はその時傍に居て必ず護ってみせるとそう宣言する事はもはや出来ない。

 何故ならば、自分は彼女の幸福を第一に、最上位に置く事がもはや出来ないから。仮に彼女が人質に取られるような事になっても、自分はただのリィン・オズボーンとしての情ではなく、軍人としての理を優先させるだろう。いや、優先させなければならないのだ。

 

 だからこそトワ・ハーシェルはもう自分のようなロクデナシのことなど忘れるべきなのだ。

 修羅が近寄ってしまえば、優しい陽だまりは血まみれの戦場へと変わってしまうのだから。

 故にこそリィンはミリアムがトワへと告げた内容にして真実感謝していた。自分が告げるべきだった事を告げてくれたのだと。 

 

「良いって良いって。なんと言っても僕はお姉ちゃん(・・・・・)だからね!その辺の気遣いだって出来るのさ!!」

 

 えっへんとでも言わんばかりにミリアムは一向に育つことのない胸を誇らしげに張りながら、()の方へと視線をやる。

 

「と言うわけでアーちゃん、今後僕の事を呼ぶ時は妹としてそれ相応の敬意を払うように!!」

 

「……すみません、そのアーちゃんというのは?」

 

「え、アルティナだからアーちゃん?えへへへ、今まで兄妹の中だといっつも僕が末っ子扱いだったからさぁ。ずっと妹か弟がほしかったんだよねぇ。というわけで仲良くしようねアーちゃん。困った事があればお姉ちゃんが何時でも相談に乗ってあげるから!」

 

 満面の笑みを浮かべるミリアムとは対照的にアルティナは怪訝な表情を浮かべる。

 

「……そうですか、では早速相談したい事があります」

 

「よーしどんと来い!このミリアムお姉ちゃんが妹の悩みはババッと解決して進ぜよう!」

 

「初対面の他人にいきなり「アーちゃん」等と馴れ馴れしく呼ばれた上に、姉面をされているんですが率直に言って迷惑なので直ちに辞めて頂きたいのですが」

 

「なにーーー僕のアーちゃんに対してそんな事をしている奴が居るのかーーー!よーし直ちにそいつを僕が成敗してやるぞーーーそいつはなんて名前なんだいアーちゃん!?」

 

「……ミリアム・オライオンという名前の方になります」

 

「僕の名前を騙りまでしているなんて……もう許さないぞ!」

 

 わかっていてわざとやっているのか、それとも本当に気づいていないのか自身の当てこすりにも一切動じないミリアムに対してアルティナは観念したように深い溜め息をついて

 

「……貴方です、ミリアム曹長。私を今困らせている張本人は」

 

「ええ、またまた冗談を。僕がアーちゃんとやった事とと言えば、こうして麗しい姉妹の交流を図っている事位じゃん」

 

「ですからその貴方の言う姉妹の交流というものが私からすると……少佐からも彼女になんとか言って頂けないでしょうか?」

 

 困った彼女はたまらずこの場に於いて彼女が最も頼りにしている上位者へと助けを求める事とした。

 所謂姉妹喧嘩に於ける必殺技。「お兄ちゃんを呼ぶ」である。

 

「そうだな、では一言言わせてもらうとしよう。アルティナ、ミリアムと仲良くするように」

 

 しかしそんな妹の助けに義兄も定番の言葉を告げる。「仲良くしなさい」である。

 援護射撃どころか予想だにしていなかった背後からの攻撃にアルティナは愕然とした表情を浮かべ、ミリアムは喜色に満ちた笑みを浮かべる。

 

「……何故でしょうか?」

 

「理由ならいくつかあるぞ。なにせお前たちは階級も同じ曹長で同じ情報局の人間だ。

 今後様々な任務で轡を並べる事もあるだろう、それに当たって交流を深めておく事は任務遂行に際して極めて重要だと判断したためだ」

 

 告げられた合理的な回答にアルティナは納得する。

 なるほど、今後の任務を見据えての発言だったのかと。

 

「と言うのはまあ建前で、少々俺の方でミリアムの面倒を見る余裕が無いからな。

 アルティナにお目付け役をやってもらえれば俺としても色々と助かるというのが本音なのさ」

 

 苦笑しながら告げられた思わぬ答えにアルティナは目を丸くし、ミリアムが不満げに口をすぼめる。

 

「えーなんだよそれー僕の方がアーちゃんよりもお姉ちゃんなのに、アーちゃんの方が僕の面倒を見るって。逆でしょ逆!」

 

「お前のほうが姉かもしれんが、しっかりしているのは妹の方だからな。

 年長者としては安心できるのはアルティナの方というわけだ。

 というわけだ、その自由奔放な姉のお目付け役を引き受けてくれるかな?」

 

 抗議を続けるミリアムを軽くいなしてリィンはしっかり者の妹の方へと優しく微笑みながら告げる。

 

「……仕方がありませんね」

 

 苦笑……だったのだろうか。わずかばかりに口を釣り上げてどこか得意気な様子でアルティナは上官よりの命令ではなく、要望を聞き届ける。

 

「むぅ……なんだよそれ。僕の方がお姉ちゃんだって言うのに!ふん、良いもんね。此処から姉の威厳ってものをばっちりと教えてやるから!

 というわけで、ついてきてアーちゃん。僕がバッチリ艦内を案内してあげるからさ!」

 

「手を引っ張っていただかなくとも一人で歩けます」

 

「まあまあ遠慮しない遠慮しない。妹は姉の言う事に素直に従うべきだって」

 

 そうして去っていった二人をリィンは優しげな笑みで見送る、これで良いと。

 ああして自分以外の同年代の人間、単なる上官と部下と言った関係だけではくくれない対等な存在と接する事が

彼女の成長には必要なのだという確信を抱いて。

 

 

「……安心しました。そういう優しい微笑みを浮かべる事もちゃんと出来るんですね」

 

「私が力に取り憑かれて居ないかと心配したかな?だとしたらそれは無用な心配というものだよ。

 大帝陛下より受け継いだ力の重み、忘れる事など有り得ないさ」

 

 続いて現れた人物を前にリィンの表情は義兄として義妹達に向けるものから、再び常と同じ“英雄”としての、獅子心皇帝より力を受け継いだ起動者としてのものへと戻る。

 その所作は気品に満ち溢れており、かつてのリィンとはまるで別人のようだ。それこそどこぞの貴族の貴公子やあるいはそれこそ皇族を名乗っても、違和感のない高貴さがそこにはある。

 そう、まるで別人(・・)のようなのだ。そこに騎神の持つ機能を知っているエマにとっては気にせずにはいられない理由が存在する。

 

「リィンさん……単刀直入に聞きます。貴方は一体過去の起動者の持つ記憶、それをどれだけ引き継いだのですか?」

 

 別人の如く変貌したその姿にエマ・ミルスティンの中で真っ先に浮かんだ懸念はそれであった。

 騎神の持つ能力の一つ、過去の起動者の記憶の引き継ぎ、目の前の人物がそれをかなり無茶な速度でやったのはほとんど確定と言っていい。

 でなければいくらリィン・オズボーンが俗に“天才”と称されるような才に満ち溢れて、努力を惜しまない勤勉な人物であったとしてもこの短期間に第二形態の習得まで行くとは有り得ない。

 かなりの無茶をしている事は容易に想像がつく。

 

総て(・・)だよ」

 

「………は?」

 

「だから、総て(・・)だと言ったんだ。

 先代の起動者である大帝陛下を筆頭に歴代の起動者の記憶総てを俺は余す事無く吸収した。

 よく言うだろう、賢者は歴史から学び愚者は経験から学ぶとな。

 そんな愚者でも学ぶ事が出来る貴重な経験を選り好みして一部だけしか引き継がない等勿体無いだろう」

 

 平然とした様子でとんでもない事を告げるリィンにエマとセリーヌはしばし忘我へと陥る。

 しかし、告げた内容を理解した事でみるみるうちにその表情が愕然としたものへと移り変わり……

 

「総てって……リィンさん、貴方は自分のした事の意味がわかっているんですか!?

 他者の記憶を引き継ぐというのは便利なパワーアップのアイテムなんかじゃ断じてないんですよ!

 記憶というのはその人をその人たらしめるものです!騎神の操縦のための部分を引き継ぐのだって、本来であれば半年程度の時間をかけてゆっくりとするものなのに……!」

 

「だが、そうしなければアイツ(・・・)に勝つことは出来ない。

 後発の者が先人へと追いつくには無茶や無理の一つ二つしなければならないだろう。

 己の身を可愛がっているような男がどうして勝利を得られるというのか」

 

 揺らがない。血相を変えた様子のエマの言葉にもリィンは揺らぐ事はない。

 勝利のためにはそれが最善だった、だからやった。と平然と言い放つ。

 どれだけ危険な事だったのか百も承知の上で。

 

「……だとしてもアンタのやった事は無理無茶無謀を超えて自殺行為よ。

 アンタ、わかっているの?まるごと他者の記憶を引き継ぐなんてそんな事をすれば……」

 

「自我が崩壊して、自分が誰かもわからない状態に陥っていたかも知れない、あるいは歴代の起動者の誰かに記憶を乗っ取られていたかもしれない?か。

 無論、そのリスクについても考えたとも。だが大帝陛下が先任者である以上、そのリスクは無視し得るものだと判断出来た」

 

「はぁ?どういう事よ、まさか自分には獅子心皇帝の加護があるから平気だとかトチ狂った事を言うつもりじゃないでしょうね?」

 

「まさか。重要なのはあの大帝陛下が私の先任者であったという点さ。

 知っての通り起動者は歴代の起動者の記憶を引き継ぐ事が出来る。

 だが、その上でやはり一番鮮明に残っているのは先任者の物だ。

 わかるかな、もしも私が自分が誰かを忘れて自意識を乗っ取られるような事態が起こるとすれば、それはあの獅子心皇帝(・・・・・・・)なのだよ」

 

 笑みを浮かべながらリィンは平然と告げる。まともな神経をしていれば到底言えないような事を。

 

「そら、この時点で失敗した場合の問題は消えた。

 もしも私という存在の自我が崩壊してその意識を乗っ取られるような事があったとしても、私の身体を借りて降臨されるのはあの大帝陛下なのだから。

 大帝陛下ならば必ずやこの国と民に繁栄を齎して下さる以上、どちらにせよ我が祖国にとってはメリットしか存在しない」

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 どこまでも平然とした様子で告げる目の前の英雄(かいぶつ)へと魔女の眷属とその使い魔は完全に気圧される。

 そして理解する。目の前の存在は既にかつて自分達が知っていたあの少年とはもはや別人なのだと。

 如何にリィンが強固な意志を抱いていようと、他者の記憶を総て継承する等という事をすればその人格がかつてと同じなままのはずがないのだ。

 膨大な情報の奔流は少年の中にあった細やかな取るに足らない思いを尽く吹き飛ばしたのだ。

 そうして生まれたのは、“祖国の繁栄”という少年とそしてドライケルス帝の双方に存在していた最も強固な意志、これを核として誕生したリィン・オズボーンとドライケルス・ライゼ・アルノール、そしてその他幾多の起動者の記憶と思いを抱いた“英雄”という現象だ。

 相乗的に跳ね上がった、祖国を思う気持ちはその他の思いを、私人として抱く情を飲み込む程の大きさと強さとなった。

 故にこそ、止まる事はない。何故ならばトワ・ハーシェルを始めとするリィンの家族や友人へ抱く思いをリィン・オズボーン個人のものだが、エレボニア帝国を愛する気持ちはリィンとドライケルス二人分(・・・)のものなのだから。

 

「さて、これで納得して貰えたかな?

 私は誓ってこの力に溺れてなど居ないし、私欲のためにも振るわない。

 この身は総て我が祖国のためにあるのだから」

 

 故にこそ彼はあらゆる起動者の中でも抜きん出て騎神という力を振るい、多くの人間を殺す。

 何故ならば、彼は正しいから。正しいが故に止まらないし、止められない。

 

「ありがとうエマ・ミルスティン。今の私があるのは君のおかげだ。

 君は魔女の眷属としての使命、導き手としての役割を見事に果たしてくれた。

 心より感謝しているよ」

 

 女であれば蕩けざるを得ないようなその優美な微笑みもエマにはもはや怪物のそれにしか見えず。

 理屈ではない、ただただ自分は取り返しのつかない事をしてしまったのではないかという後悔がエマ・ミルスティンの心を包み込むのであった……

 

 

 




ドライケルスとリィンの二人分の愛国心は単純な二倍には非ず!
どちらも影響し合う事でその出力が爆発的な高まりを見せるツインドライヴシステムなのだ!!!
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