(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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魔人

 

 オーロックス砦の制圧は極めて順調に推移していた。

 正規軍がバリアハートを攻略するべく動き出すとヘルムートは正規軍の狙い通りにオーロックス砦に駐屯していた戦力をバリアハートへと送り込み、手薄となった砦を紅き翼は強襲した。

 残っていた機甲兵部隊をリィンの灰の騎神が一掃すると、一行は一挙に砦を占拠するべく動き出した。

 当初の予定通りサラ・バレスタインとシャーリィ・オルランドの両名はアルバレア公爵によって雇われた“北の猟兵”を。ミュラー・ヴァンダールとヴィクター・アルゼイドが要塞の守備兵たちを相手どって居る間に、リィンとアルティナの両名を加えたⅦ組メンバーは焼き討ちの首謀者足るへルムート・アルバレアを拘束するべく動いていた。

 

「ユーシス……!」

 

 敵意に満ちた視線をアルバレア公は向ける。

 その視線には親としての我が子に対する愛情等一片も含まれていないものであった。

 武器も持たず、その佇まいは素人同然。脅威となる戦力ではないとリィンは判断する。

 

「ふふ、また会いましたね。トールズ士官学院特科クラスⅦ組……それと鉄血の子ども(アイアンブリード)が3人というわけですか」

 

 続いて応じるのは結社《身喰らう蛇》の戦闘部隊《鉄騎隊》の筆頭隊士《神速のデュバリィ》。

 どこか妙な愛嬌を有して居るがその実力は紛れもない《達人》の域にある存在。

 遅れを取る気はないが、それでも油断は禁物と言うべきだろう。

 Ⅶ組の面々が総掛かりでかかれば十分に勝機は存在すると思って良い。

 

 そして

 

「ククク、初めましてだな、リィン・オズボーン……。てめぇと会うのをそれなりに楽しみにしていたわけだが……良いな。悪くない。《光の剣匠》程じゃないにしても、中々に楽しめそうだ」

 

 その男を見た瞬間にリィンの本能が警鐘を発する。今すぐ逃げろと、そう叫ぶ。

 それは己の上位種へと巡り会った際に発する悲鳴だ。人の身で目の前の存在に勝つことなど不可能なのだと。

 ただその場に存在するだけで他者を威圧するプレッシャーがその男、結社最強の火焔魔人《劫炎》のマクバーンからは発せられていた。

 

「内戦の陰に紛れて我が祖国を蝕まんとする薄汚い蛇が。何を大上段から見下ろしている?

 楽しむだと?ふざけたことを抜かすな。貴様にくれてやるのは“死”という終わり、それ以外に有りはしない。

 貴様らが何を企んでいるかは知らないが、《リベールの異変》のように貴様らの計画とやらが我が帝国の民を蝕むというのならば、俺は全力で以てそれを阻むまでだ」

 

 しかし、そんな本能の警告をリィン・オズボーンは意志によってねじ伏せ、裂帛の闘気を敵へと叩きつける。

 誰が敵であろうと関係ない、祖国に仇なす者を尽く討ち滅ぼすことこそが自分の使命だと。

 

「随分と威勢が良いですけどそこの男の結社最強という異名は伊達でも誇張でもない事くらい、貴方ほどの実力者ならばおわかりでしょう。

 その年で大したものだとは思いますが、それでもそこの“魔人”を相手取るには桁が一つ程足りていませんわ」

 

 デュバリィの言うことは正しい。

 現状のリィン・オズボーンでは未だマクバーンには及んでいない。

 それは純然たる事実だ。

 

それがどうした(・・・・・・・)

 侮るなよ。我が身命は既に祖国へと捧げた。

 この身が例え朽ち果てようと、祖国とそこに住まう民を護る事こそが我が使命。

 この背に護るべき民の幸福と未来を背負うが故に。決して譲りはしない。

 “勝つ”のは俺だ」

 

 その上で、相手が現在の自分よりも格上だと理解した上でリィンは吠える。

 我が身惜しさに退く気など毛頭ない、それが打倒すべき敵だというのならば自分はそれを乗り越えるだけだと。

 微塵の躊躇も疑念もない、どこまでも堂々と英雄は裂帛の闘志を魔人へと叩きつける。

 

「ククク……ハハハハハハハハハハハハハーーーーーーーハーハッハハハハハハハハハハハ!!!

 良いな久しぶりだぜ、この俺を相手にそこまで吠える事の出来る奴ってのはな」

 

 叩きつけられた戦意を前にマクバーンは笑う。

 久方振りに楽しめそうな相手だと。

 

「ええい、何を笑っているか!ユーシス!貴様は自分が何をしているのかわかっているのか!!

 よりにもよって鉄血の孺子等と組んで私に逆らう等!!貴様はそれでも誇り高きアルバレア公爵家の一員か!!!」

 

 ある意味では大物とそう称すべきなのだろうか、魔人と英雄の激突を前にしてもヘルムート・アルバレアは常と変わらぬ尊大な態度を崩さない。

 

 

「父上……いえ、公爵閣下。

 何故あのような蛮行を行ったのですか!?

 アルバレア家の誇りと言うのならば、貴方のあの行いこそが積み重ねた誇りを地に落とす行為ではありませんか!?」

 

 敵意に満ちた実の父からの言葉にもユーシス・アルバレアは動じずに問いかける。

 出来る事ならば、自ら過ちを悟って投降して欲しいと叶わぬ願いを抱きながら。

 

「何かと思えば……それが貴様の造反の理由かユーシス。

 大方そこの孺子共とあの放蕩皇子に誑されたのだろうが、良いか平民等というのはそもそも我ら貴族によって生存を許されている存在に過ぎんのだ。

 奴らはすぐに怠惰へと流され、目先の利益へと飛びつく。だからこそ我ら選ばれし貴族が愚民を導かねばならぬ。だがケルディックの者共は事あるごとに減税を乞い、あまつさえクロイツェン領邦軍の撤退を喜ぶ有様だ。

 本来であれば街を焦土と化してでも、“敵”へと立ち向かうのが奴らの義務であろう!

 “義務”を果たさず“権利”ばかりを主張する愚民を放置しておけば、やがて腐りは他の領地へと広がり続けていくだろう!

 故に、私はアルバレア公爵家当主として腐り果てた者共の“処分”を断行したのだ!」

 

 傲岸不遜にヘルムートは言い切る。

 そこに後ろめたさから逃れるための自己正当化の色は見えない。

 彼はどこまでも自らの行いが“正義”なのだと信じているのだ。

 

「……なるほど、良くわかりました公爵閣下。

 そしてアルバレア家の誇りを護るために私が何をしなければならないのかも、総て。

 ーーーヘルムート・アルバレア公爵閣下。ケルディックの破壊、放火、騒乱及び領民虐待の容疑で貴方を拘束させて頂きます。

 貴方にこの地を統べる資格はもはや存在しない」

 

 実の父に剣を向ける事の躊躇い、それを沈め込みユーシスは毅然とした表情で己が父を、否己が蹴落とす事となる公爵家の現当主の姿を見つめる。

 

「ユーシス……貴様!もうよい、貴様など私の息子でも何でもないわ!お前なんぞをアルバレア家で引き取ってやったのは間違いだった。ハモンドあたりにでも押し付けて、平民の世界で一生を終えさせれば良かったのだ」

 

 語るべきはもはや語り尽くした。

 ユーシス・アルバレアとヘルムート・アルバレア、血のつながった二人の親子は結局どこまでも平行線であった。

 言葉による決着がつかなかった以上、決着をつけるには“力”に他ならない。

 

「それで、貴様らはあくまでそこのゴミ(・・)を守ろうとするつもりか。

 忠誠心を刺激するタイプだとは到底思えんが……」

 

 侮蔑しきった表情で吐き捨てるかのようにリィンは口にする。

 選民意識に凝り固まった絵に描いたような大貴族そのものの姿を見せられて逆に清々しさを覚えるという事もなく、リィン・オズボーンはただただ不快であった。

 叶う事ならば、今すぐ八つ裂きにしてやりたいところであったが、鋼鉄の理性によってそれを自制する。

 ヘルムート・アルバレアは殺してはならない。あくまで生きた状態で、実子であるユーシスが拘束しなければならない。

 それでこそ、バリアハートで抵抗を続けている領邦軍や貴族共に抵抗を断念させる事が出来る。

 下手に殺してしまえば“仇討ち”という名目を敵に与えしまう事となり、極めて厄介な事になるだろう。

 自分の私情によってそのような事態を招くわけには断じていかないのだ。

 

「そうだな正直そこのおっさんがどうなろうが俺としてはどうでも良いっちゃどうでも良いんだが……せっかく楽しめそうな相手が目の前に居るんだ。味見の一つや二つしてみたくなるのが自然ってもんだろう?」

 

 喜悦をにじませながらマクバーンはリィンを見つめる。

 アレだけの大言壮語を吐いたんだ、それなりに楽しませてくれよと。

 

「……アルティナ、そしてⅦ組の諸君。悪いがそちらを援護する余裕は無くなる。

 そちらはそちらで対処してくれ」

 

 双剣を構えて目前の敵手をリィンは見つめる。

 目の前の敵はこれまで相手をしてきた存在とは格が違うのだと、そう心する。

 睨み合う二人、互いの闘気がぶつかり合い、火花を散らす。

 

「ヴァンダール流皆伝リィン・オズボーン」

 

 リィンがその双剣を構え、白焔をその身へと纏う。

 

「《執行者》No.Ⅰ。《劫炎》のマクバーン」

 マクバーンが黒焔によって作られた火球を作り出す。

 

「「勝負!」」

 

 此処に英雄と魔人は一度目の激突を果たした。

 

「そら、行くぜ。まずは挨拶代わりだ!」

 

 先制したのはマクバーン。

 無造作に作った火球をリィンへと放つ。

 それは全力とは程遠い文字通りの小手調べ、されど人一人を殺すには余りにも十分過ぎる威力を持つ地獄の炎だ。

 嵐のように押し寄せるそれをリィンは見切りによって躱し、双剣を使い弾く。

 躱して弾いて、掻い潜りながらその距離を詰めていく。

 黒き焔はリィンの纏う白い焔を突破してその皮膚を焦がすが、問題はない。

 気合で耐えられる(・・・・・・・・)程度だ。

 皮膚は焦がすがそれだけだ。英雄の進撃を止める程の物ではない。

 

「じゃあこれならどうする」

 

 しかし、マクバーンはそこで出力と速度を上げる。

 黒き焔は呪詛のように皮膚を焦がすに留まらずその肉を焼く。

 激痛がその身を蝕むが、それでも英雄は止まらない。

 皮膚を焦がし、肉は焼く。されど骨を溶かすまでには至らない。

 ならば、問題はないと劫炎の中を突き進む。 

 生きながら肉体を焼かれる苦痛程度で何故自分が止まらなければならないのかと。

 火に対して抱く生物の本能的な恐怖、それをねじ伏せ一切速度を緩める事無く突き進む。

 

「おいおいマジかよ……イカれてやがんなてめぇ」

 

 そしてそんな様にマクバーンは笑みを零す。

 良いぞ、どうやらこいつは口だけの敵ではなさそうだと。

 

「肉が焼けようが骨があるならば動けるってわけか……なら、骨ごと溶かすまでだ」

 

 その言葉と共に右手から放たれるのは、更にこれまでを上回る焔。

 そこに宿る熱量はまるで太陽のようで、もはや根性によって痛みを堪えれば良いなどという次元ではない。

 生身で直撃を喰らえば、骨すら残らず蒸発させられる事は明白であった。

 

「さあ、どうするよ英雄!」

 

 迫りくる死を前にリィンは静かにその闘気を研ぎ澄ませてーーー

 

「鬼気解放」

 

 己の中に巣食う鬼を全力で開放した。

 その身から発する焔は先程までの比はではなく。

 迸る闘気の奔流に耐えきれずリィン自身の肉体が崩壊していくがーーー問題はない。

 その程度のリスクも呑み込まずして勝てる相手ではないのだから。

 

 そうしてリィンは全速力でその焔へと飛び込んだ。

 全身が焔に焼かれて猛烈な激痛が走るが、骨が溶けていないのならば問題はない。

 代償を省みずに鬼の力を全力で解放した事によって今のリィンの肉体と纏う闘気は飛躍的な上昇を遂げた。

 先程までは骨まで溶かされる威力だった焔も、今のリィンにとっては肉を焼く程度で留まる。

 故に速度を緩めない、リィン・オズボーンは一筋の閃光と化す。

 

 目前の敵に全力を出されてしまえば、自分の勝ち目は消える。

 故に今、この瞬間こそが最大の好機。

 敵が慢心し、この攻撃を前にすれば防いだとしてもタダではすまない(・・・・・・・・・・・・・・・)と思っているこの瞬間こそが最初で最期の好機なのだ。

 そう、この攻撃を無傷で防ぐ事はどう足掻いても不可能。

 ならばこそ、例えこの身を焼かれようとも自ら全力で炎の中に飛び込む事によって、一気に距離を詰めて全霊の一撃をそのまま叩き込む。

 それこそが最適解だ。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 駆ける駆ける。全霊で以て駆け抜ける。

 一秒が永遠にすら思える中一切速度を緩める事無く焔の中を全霊で突っ切る。

 

 

 そして、閃光と化した英雄の一撃が無防備となった魔人の胸へと突き刺さった。

 




勝った!第二部完!
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