(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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屈辱

 “英雄”の乾坤一擲の一撃は魔人の心臓を穿ち、吹き飛ばされた魔人の肉体はそのまま壁へと叩きつけられる。

 そして英雄もまたその場へと倒れ込む。ヒューヒューと焼かれた喉を通して、必死に息を取り込もうと試みる。

 そうしていると吐き気を催し、たまらずゴボリと口より血反吐が撒かれる。

 

 紛れもない、重傷であった。

 限界を超えて解放した鬼の力は内側からその身を焼き、魔人の焔は外側からその身を焼いた。

 その肉体は炭化する一歩手前という有様で、常人であれば動けるようになるまでに数ヶ月単位の治療とリハビリを要する事は明白であった。

 

「ヒュー……ゼェ……ハァ……ハァ」

 

 しかし、徐々にだがその呼吸は回復しだす。

 人の身であれば数ヶ月単位を要するだろうが、既にこの英雄の肉体は人から外れつつある。

 常人では有りえぬ速度で受けた傷が回復していく。

 見栄えなど一番後回しにすれば良いためにその端正な顔も今は焼けただれた状態のままだが、数日もすれば問題なく元通りとなるだろう。

 立ち上がる、悲鳴を挙げるだらしのない肉体に叱咤を入れて。

 

 戦闘の続行は困難。

 されど、身体が動かぬわけではない。

 ならば、戦う心得のない男を一人拘束する程度は十分できると、叶うことならば今すぐに八つ裂きにしたい男をギロリと睨みつける。

 

「ば、化物めが……ええい、何をしておるか小娘!あっさりとやられた役立たずの分もとっとと私を護らんか!?」

 

「こ、小娘……!?」

 

 アルバレア公のその助けられる側とは思えない傲慢な態度に憤懣やるかたない様子でデュバリィはフルフルと身体を震わせる。

 

「ふん、何やら勘違いして居るようですが私達が命じられたのはこの砦の陥落を見届ける事。

 そしてその上で可能な限り、灰の起動者の実力がどの程度かを推し量る事であって、端から貴方の警護など含まれておりませんわ」

 

「な……!?」

 

「そして、それはもう十分に果たされました。であるのならば、これ以上我々(・・)がこの場に留まる道理はありません。そうですわよね?」

 

「ーーーああ、期待以上だ」

 

 瞬間死体となったはずのマクバーンが起き上がる。

 平然とした様子で、その瞳を灼眼色に染め上げて。

 

「ククク、いやはやまさかこうも見事にやられるとは思っていなかったぜ。

 大したもんだぜ、灰の孺子。いいや、リィン・オズボーン」

 

 何故だと疑念がリィンの頭を埋め尽くす。

 確かに、自分の一撃はあの男の心臓を貫いたはずなのだ。

 だというのに何故ああも平然と立っているのかと。

 

(いや、何故等と考えるのは後回しだ)

 

 重要なのは心臓を貫く程度では目の前の男は仕留めきれなかったという事のみだ。

 ならば、戦いは終わっていない。心しろ、此処からは第二ラウンドだ。

 慢心が消えた目の前の敵手を今の自分単騎で打倒するのは至難と言わざるを得ない。

 故に自分が行うべきは時間稼ぎだ、そうすればあの光の剣匠が程なく駆けつけるのだから。

 

 指一本動かすだけで激痛が走るというのに、そんな事をお構いなしにボロボロの肉体をリィンは気合いによって動かし、再び双剣を構える。

 そして両眼に不屈の戦意を滾らせる。

 気圧されてなるものかと。本能の挙げる悲鳴をねじ伏せる。

 

「おいおい……辞めてくれよ。こちとら仕事のために必死に自制しているんだぜ。

 だってのに……そんな唆る目で見られたら、俺も自分を抑えきれなくなっちまうだろうが」

 

 瞬間、迸る闘気は先程までの比に非ず。

 文字通りの遊びだったのだと否応なく理解させられる。

 

「ちょ……わかっているでしょうね!今回我々に命じられたのはあくまで灰の起動者の実力を図る事であって……」

 

「蒼の騎神との激突のために捕縛も殺害も厳禁、だろ?

 わかってるっての。だからさっきからこちとら必死に自制しているんだぜ?

 ったく、レーヴェの阿呆が逝っちまって以来久しぶりに熱くなれそうな相手に巡り会えたって言うのによ。

 これじゃあ生殺しも良いところだぜ」

 

 そこでマクバーンはボロボロだというのに決して衰える事なき戦意をその両眼に滾らせている男を見つめ、更なる飛躍を願い激励(・・)を行う

 

「というわけだ。こちとら此処でお前さんに死なれると計画が狂っちまうんでな、今回は見逃してやる(・・・・・・)

 ククク、どうやら今のお前さんの剣じゃ、この国から薄汚い蛇(オレタチ)を追い出す事は出来ないみたいだな」

 

「……!?」

 

 あからさまなその挑発の言葉にリィンは憤怒でその表情を歪める。

 見逃してやるというその言葉に反論する事が今の自分では出来ない。

 未だ自分は目前の敵へと及んでいない、それが確かな事実だ。

 この状況では、何をどういったところで負け犬の遠吠えにしかならないだろう。

 敵の慈悲によって永らえる事となる屈辱を甘受する以外にないのだ。

 

「じゃあな英雄。今回は此処までだ。次に会う時を楽しみにしているぜ。

 頼むから、オレを失望させるなよ」

 

 そうして期待をかける言葉を投げかけて、二人はその場より姿を消す。

 残されたのは自分が見捨てられた事を悟り、もはや自身を護るありとあらゆる虚飾を剥ぎ取られて、打ちひしがれたただの男だけだ。

 

「父上……いえ、ヘルムート・アルバレア公爵閣下。

 ケルディックの破壊、放火、騒乱及び領民虐待の容疑で貴方を拘束させて頂きます。

 どうか、この上は無駄な抵抗をなさらぬよう……」

 

 自身を哀れむ実の息子からのその通告に逆らうだけの気骨がヘルムートに残されているはずもなく、此処にオーロックス砦は陥落したのであった。

 

・・・

 

 ヘルムート・アルバレア公爵、ケルディック放火の容疑によって紅き翼によって逮捕される。

 その報はログナー候の中立宣言に匹敵する衝撃を以て帝国中に広まった。

 カイエン公に連合の主導権を握られていたとはいえ、アルバレア家は四大名門の中でも公爵の地位にあり、間違いなく貴族連合内でもカイエン公に次ぐ実力者。それが逮捕された事、何よりもそんな事態に際しても次期当主たる貴族連合総参謀ルーファス・アルバレアが一切動きを見せなかったのは、ヘルムートが貴族連合より切り捨てられたのだと否応なく理解させた。

 更にトドメとばかりにオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子とアルフィン・ライゼ・アルノール皇女が連名でヘルムートへの非難声明及びヘルムートを拘束したユーシス・アルバレアへの支持声明を発表すると、拘束されたヘルムートに代わってアルバレア家当主代行となったルーファスもまた「アレも歴としたアルバレアの男子。私の代わり程度は十分に務まるだろう」領主代行としてユーシスを指名した事で、右往左往していたクロイツェンの貴族、そして残っていた領邦軍も消極的なれどユーシスに従うのであった。

 

「すまない、叶うならばお前たちと最後まで共に居たかったが、父の誇りを否定した以上、俺は俺自身の誇りを示すべく義務を果たさねばならない」

 

 そう宣言して仲間たちの激励を背に受けながらクロイツェン州領主代行となったユーシス・アルバレアは真っ先に父によって謹慎を命じられていた家令のアルノーへと職務復帰を命じる、未だ若輩者の彼がアルバレア家をどうにか回すためにはアルバレア家に長く仕え、家の事を取り仕切ってきたこの老執事の助力は必要不可欠だったからだ。

 未だ18歳という若さにも関わらずユーシス・アルバレアの能力は卓越していたと言っていい、平民の母を持つ次男という貴族から侮りを受ける立場にも関わらず彼はその若さを考えれば十分すぎる程に役目を果たし、クロイツェン州に一先ずの秩序を回復させたのであった。

 

 リィン・オズボーンは中佐に昇進した。

 正規軍の若手の双璧と謳われ、彼より10も歳が上のミュラー・ヴァンダールとナイトハルト・アウラーでさえ未だ少佐という事を思えば極めて異例、いや異常と言える出世速度であった。

 これは単純な能力と功績を評価してというよりも政治宣伝の意味合いが極めて大きかった。

 つまり、ヘルムート・アルバレア公爵逮捕の功績によってリィン・オズボーンを昇進させる事で正規軍側はヘルムートを逮捕した一連の行為が、正規軍側と紅き翼の共闘によって為されたものだと改めて知らしめたのだ。

 平民を虐げた悪の貴族(・・・・)へ裁きを加えるべく、オリヴァルト殿下とアルフィン殿下のご兄妹は手を取り合い、そして皇女殿下の騎士たる正規軍の英雄“灰色の騎士”もまた殿下の剣として紅き翼へと協力したのだというわけである。

 

 そんな異例の出世を遂げた“英雄”であったが、当然その程度で慢心するはずもなし。

 敵に「見逃された」という屈辱はこの上ない起爆剤として元々燃え盛っていた闘志と向上心を更に燃え上がらせた。

 「上には上がいる」そんな言葉を痛感させられたが故に。英雄はさらなる高みを目指して飛翔を続ける……

 

 というわけにはいかなかった。

 ドクターストップがかかったのだ。

 マクバーンにより付けられた火傷、それはまるで呪詛の如く身体を蝕み、リィンの超人的な回復力を以てしても直ぐに完治とはいかなかったのだ。

 更にヴァンダイク元帥とレーグニッツ知事の両名も揃って「決戦に備えての静養」を命じて、クレアにレクターも口を揃えてしばしの休息を勧める始末。

 かくして不本意ながらも3日間の休息を取る事になったリィンであったが、正直に言って暇を持て余していた。

 何せゆっくり休息を取るようにと言われても、その特異体質によって普段であれば一刻、疲労困憊の時であっても三時間程度睡眠を取ればすっかり快調そのものと言った状態になるのだから。

 仕方がないので人類が暇を持て余した時の古くからの友に頼る事にした。読書である。

 幸いと言うべきか双龍橋は伯爵家当主が司令官を努めていたのもあって、かなり豊富と言って良い本が取り揃えてあった。内容は当然貴族派寄りのものだが、読書とは基より自分とは異なる他者の視点と知識を知る事で自らの知見を広めるために行うもの、これはこれでいい勉強と言うべきであった。

 

 休息を命じられては居たものの、流石に寝たきりではむしろ身体がなまってしまうから要塞内を動き回る事は別段禁じられていない。

 かくしてリィンはせっせと医務室と司令室を本を抱えながら往復するという行為に明け暮れた。

 そうして休養を言い渡されてから最終日となる3日目、この段階となるといい加減めぼしいものを読み尽くしてしまいどうしたものかと本棚へと手を突っ込み、ページを捲り戻してはといった作業を繰り返すようになって居たが、ある本の著者の名前を目にした瞬間にリィンの手が自然とその本へと吸い寄せられる。

 

 その本の題名と著者はこう記されていた。

 

『ディストピアへの道 著者ミヒャエル・ギデオン』と。

 




GさんとかいうⅢで株を上げた稀有な解放戦線幹部

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