(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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キーア様万歳!いざ讃えよ零の巫女キーア様を!
礼賛せよ、その力によって齎される理想郷を!!!


碧き夢(上)

 クロスベルに巨大な大樹が出現して周辺の住民が不安がっている。

 故にこれを調査して欲しい。そんな依頼を受けて紅き翼は現場へと急行していた。

 

「アレは……」

 

「なんという大きさだ……」

 

 そうして一行の目に写ったのは全長100アージュにも及ぶであろうこの世のものとは思えない巨大な碧く輝く大樹であった。

 

「なんという莫大な霊力……」

 

「だが決して嫌な風は感じない。むしろその真逆、総ての人を慈しむまるで女神のような慈愛さえあの大樹からは感じる」

 

 外へと出た一行はその摩訶不思議な光景に目を奪われる。

 ただ巨大なだけではない、その大樹からは凄まじいまでの神聖さを有していた。

 かつて見た騎神の第一形態が女神の遣わした天使のようであるのならば、大樹からはまるで女神そのもののような神々しさがあったのだ。

 

「アレ……なんだろう?何か光ったような気が……」

 

 そうして次の瞬間、一行は眩く輝いた碧の大樹の光へと呑まれて行き、その意識を手放した、

 

・・・

 

 

「んっ……」

 

 まどろみの中、トワは目覚めた。

 寝ぼけ眼をこするとそこには旧知の黒髪の青年と蒼髪の青年が眠りこけていた自分を他所に黙々と仕事をこなしていて、その瞬間ぼんやりとしていた頭は急速に覚醒を遂げる。

 

「わあ、リィン君にエミル君!私ったらいつの間に!?二人共起こしてくれれば良かったのに!!!」

 

 慌てたトワの様子に対しても黒髪の青年と蒼髪の青年は苦笑を浮かべて

 

「いや、余りに気持ち良さそうに眠っていたからさ」

 

「うん、トワはちょっと働きすぎだしね。少し位休んだって罰は当たらないよ」

 

「うう……でも、そもそも卒業式の前日だっていうのにこうして働く事になったのは私のせいだって言うのに、その張本人の私が居眠りするだなんて余りにも申し訳ないというか……」

 

 そう、本来であればとっくに引き継ぎは終わって全生徒会たる自分たちはゆったりと明日の卒業式を迎えるはずだったのだ。だというのに自分のせいで副会長である二人までこうして働かせる事になったというのに、その元凶たる自分が居眠りするなど本当に穴があったら入りたい気分だ。

 

「いやいや、別段君のせいじゃないだろ」

 

「リィンの言う通り。それに最期にこうして三人で一緒に居るってのも中々楽しかったしね」

 

「最期……そうだよね。本当にコレが三人揃ってやる最期の生徒会活動なんだよね……」

 

 色々な事があった。

 一年の時に一緒に生徒会に入ってからこの三人で時に悩みながらそれでも協力して、壁を乗り越えてきたのだ。

 だけどそれも正真正銘明日卒業したらおしまいなのだ。

 ……駄目だ。そう思うとなんだか涙が滲んできた。前日でコレだったら明日の当日はどうなってしまうのだろうか。

 

「そんな顔しないでくれよ、卒業はするけどすぐに離れ離れになるわけじゃないだろ?

 なんたって俺達は6人揃って(・・・・・)一緒に卒業旅行に行くんだからさ」

 

 リィンより告げられた言葉にトワはその表情を明るくする。

 そうだ、卒業したからと行って自分たちの縁が切れてしまうわけではないのだと。

 

「リィン君……えへへ、そうだったよね」

 

「ジョルジュが作ってくれた6人揃ってのバイク旅行かぁ……まあ導力車じゃないなら大丈夫かな」

 

「?前から思っていたがエミル、どうしてお前はそんなに導力車を毛嫌いするんだ。

 爽快感はともかくとして、安全面という点で考えれば生身でむき出しになる導力バイクよりもフレームで囲まれている導力車の方が安全だと思うんだが……」

 

「うーん僕もよくわからないんだけど、とにかく導力車って聞くといやーな気持ちになるんだよね。ひょっとすると前世はアレに轢き殺されたのかもしれない」

 

 肩を竦めて笑いながら告げるエミルの冗談に二人もつられて笑う。

 

「とりあえずもう仕事は終わったから、後片付けして下に降りようか」

 

「そうだねリィン。三人も下で席を取って待っているって言ってたからあんまり遅れると悪いし」

 

「うう……二人とも本当にゴメンね。お詫びにコーヒーでも奢るから……」

 

 

・・・

 

「しかし、考えてみると凄いメンツだよね。僕とトワは平民だけど、アンはログナー侯爵家の息女。リィンはオズボーン宰相の一粒種。エミルはリーヴェルト社の御曹司。クロウだってジュライ市長のお孫さんだもんね」

 

 学生会館の食堂、一行はトワの奢りの食後のコーヒを飲みながら雑談に興じる。

 余り固辞すると何時までもこの少女は気にするだろうから、コーヒーを奢ってもらう事でこの件をチャラにしてしまおうという判断だ。詫びや謝礼というのは素直に受け取っておいたほうが、円滑に進むものなのだ。

 

「御曹司って言ったって、ラインフォルトと比べたら僕の家なんてそう大した事ないけどね」

 

「は、そんな事言ったら俺だってそうさ。国って言ったって人口数十万程度の小さな都市国家だしな。

 5000万もの人口を抱えるエレボニア帝国の宰相様に比べたら、そこの市長なんてそれこそ巨象に対する蟻みてぇなもんさ。皇帝陛下と皇太子殿下から絶大な信頼を受けながら、改革を推し進めている名宰相殿となんて比較するだけおこがましいってなもんだろ」

 

「素直じゃないね、クロウは。そんな事言ってお爺さんと故郷の事を馬鹿にされたら怒る癖に」

 

「全くだ。「ちんけな小国」だとか罵倒を受けてブチ切れていたのは一体どこのどいつだったやら?」

 

「うん、僕は昨日の事のように覚えているよ。それまで適当に受け流していたのにお爺さんの事をバカにされた途端に怒りと共に殴りかかった留学生の事も、生徒会役員として止めるべき立場だったのに止めるどころかそれに加勢して、仲良く先生達に叱られて罰として一緒に便所掃除をする事になった小さい頃からの親友の事もね」

 

 ニッコリと微笑みながら告げるエミルの様子に話題の張本人たる二人は誤魔化すように頬をかく。

 

「いや、何も知らない他人にバカにされたらそりゃムカつくだろ。

 宰相閣下のご子息であらせられる真面目な次席殿が加勢したのはなんというかすげぇ予想外だったけどよ」

 

「多勢に無勢だったからな。タイマンだったら手出しをしなかったさ。

 それにアームブラスト市長はリベールのアリシア女王陛下、クロスベルのマクダエル大統領共々父さんが尊敬している政治家として挙げていた方だったからな。

 それを帝国人としての“誇り”を履き違えたような形で侮辱したんだというのなら見過ごすことは出来ないさ。

 ……まあいきなり力で押し通したのは我が身の不徳の致すところだったが」

 

 武力というのはあくまで最終手段に過ぎない。それを用いるのは最大限言葉を尽くしてからの事だ。

 言葉だけではわからない相手というのは確かに存在するが、それは言葉を最大限に尽くした者だけが言って良い言葉なのだ。

 ヴァンダールの道場に通いたいと言った自分に対して父は常に無く真剣な様子でそう言っていた。

 実際今のゼムリア大陸の平和と繁栄はそうして各国の指導者が“武力”という安易な解決手段(・・・・・・・)に頼る事をしてこなかった事が大きい。

 宰相たる父もその言葉を実際体現して来た。だというのに、自分はいきなり喧嘩という手段を取ってしまった。全く以て赤面の至りである。

 

「リィンはクロウと一緒に居るとなんというか喧嘩っ早くなるよね。

 姉さんが心配していたよ、悪い友人に誑されないかって」

 

 エミルは笑いながらそうもう一人の弟を心配していた自慢の姉の様子を思い出す。

 どうも姉の中でクロウは真面目なリィンの事を誑す不良という印象になっているようであった。

 「色んな友達を作るのは良いですけど、余り影響されすぎないようにしてくださいね」等と自分も釘を刺されたものであった。

 

「誑すとは人聞きが悪いな。俺は真面目なお前らの視野を広げるために色々と教えてやったんだぜ?な、そうだろ親友!お前だって楽しかったよな」

 

 親しげに肩を抱きながらクロウは笑顔で告げる。

 クロウがこういう態度をとった時は大体の場合に於いてリィンが辛辣なツッコミを入れてクロウが玉砕するというのがお約束(・・・)であったのだが……

 

「ああ、そうだな。本当に楽しかったよ、この二年間は。

 それはきっと間違いなくお前たちのおかげだ。

 だから、ありがとな。クロウ、トワ、ジョルジュ、アンゼリカ、エミル。

 俺はお前たちに会えて、こうして一緒に過ごせて本当に良かった。

 そしてこれからもよろしくな」

 

「……はは、何を改まって言ってやがる。そんなのこっちだって同じさ。

 正直帝国なんて大国にジュライなんて小国からやってきて身構えていた部分もあったからな。

 こうして馬鹿やれる友人が一緒に出来て最高に楽しかったぜ」

 

「それは私も同じさ。

 宰相閣下の改革で徐々に変わってきたとは言え、それでも我が国には未だ歴として身分制がある。

 そして私はあのログナー侯爵家の人間だ。君達のような最高の友人と巡り会えた事は本当に得難い幸福だと思っている」

 

「僕だって同じさ。みんなと会えて本当に良かったと思っている」

 

「僕も」

 

「えへへ、当然私だってそうだよ」

 

 爽やかな微笑みを浮かべながら、恥ずかしい事を大真面目に言い出した男に一行はわずかばかりに赤面したが

 釣られたように普段はいえなかった感謝の言葉を告げていく。卒業の前日という空気が為したものであろう。

 

「ったく、相も変わらず恥ずかしい事を大真面目に素面で言いやがって。

 付き合うこっちの身にもなれってんだ。つい釣られてこっちも恥ずかしい事を言っちまったじゃねぇか」

 

「そんなに恥ずかしい事を言ったか?俺はただ単に思っている事を口に出して言っただけだったんだが」

 

「あのな、普通は思っていてもそう簡単にそういう事は言えねぇもんなんだよ」

 

「そうなのか?うちの両親は俺が子どもの頃から年柄年中「愛している」と囁きあっていたし

 俺も小さい頃から大事な人に言葉を惜しむな。言わずとも察してくれなんて傲慢だから想いはきちんと伝えなさいと教わって来たんだが……」

 

 心底ピンと来ていない様子でリィンは何を恥ずかしがる事があるのかと言った様子で堂々と口にする。

 そしてそんな出会った頃から変わらぬリィンの様子に5人は笑い、トールズ士官学院の学院生で居られる残りわずかな時間は穏やかに過ぎていくのであった……

 




キーア様の作った理想世界(夢で見ているお試し期間)の大まかな設定
・どこの国もみんな仲良しでこの数十年大規模な戦争は起きておらず平和そのもの
・色んな悲劇がなかった事になっている
・当然百日戦役も起こっていない
・クロウは友好国ジュライ市国からの留学生ポジ
・このため軍は対外戦争のためというよりはもっぱら治安維持、魔獣退治、住民の悩み相談など遊撃士に近い仕事が多い
・リーヴェルト家はミハイルさんの父親が道を踏み外す事無く、家族仲は良好そのもの
・そのためエミル君は死なず、クレアさんも軍人になっていない。
・貴族勢力も原作に比べて大分良心的
・オズボーンは宰相になっているが原作程強権的な事をせずに、皇太子であるオリビエや色んな人物と協力しながらゆっくりと改革を推し進めている
・母親が死んでいないためリィンはそこまで力を求めておらず、伸び伸びと育って割と原作のシュバルツァー寄りの性格
・父親同士の交流からシュバルツァー家、リーヴェルト家、クレイグ家とは幼少寄りの付き合い

そんなあり得たかも知れない、けれど実現する事はなかった優しい世界

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