(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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「君は、俺にとって最悪の敵だったよ。…君の勝ちだ」


星の在り処

「ごめんねリィン君、わざわざこんなところまで来てもらって。でもやっぱりリィン君と私の思い出の場所って行ったら此処かなって思って」

 

 たどり着いた場所はリィンにとっても思い出深い場所、学生会館に存在する生徒会室であった。

 

「いや、別に構わないさ。それで話というのは一体何かな」

 

 そう問いかけつつもリィンは半ば問いかけの内容を予想していた。

 優しいこの少女が自分がクロウと殺し合う事に心を痛めていないはずがない、まず間違いなくクロウの助命を頼むのだろうとそう予想していた。

 

「うん、あのねリィン君。リィン君はこの内戦が終わった後どうするつもりなの?」

 

 しかし、問いかけられた言葉はリィンの予想から外れたものだった。

 トワの顔は晴れやかで喜びにさえ満ちている。本当に軽い世間話でも行うかのような態度だ。

 

「決まっているさ。軍人として祖国のために戦い続けるのみだ」

 

 そしてその問いかけに対するリィンの回答など決っている。

 何も変わりなどはしない、その命が尽きるまで祖国と民のために戦って死ぬ。

 それこそがリィン・オズボーンという男の進む道なのだから。

 

「アレ?私達と一緒に卒業旅行に行くんじゃないの?約束したよね」

 

「……いや、確かにそうだが、あの頃と今とでは情勢が違うだろう?

 この内戦で帝国は大きな痛手を受けた。碧の大樹とやらも消滅したとの情報も入っている。

 内戦が終結したら今度はクロスベルを巡って共和国と争いになるのは明白だ」

 

 心底不思議そうにキョトンとした様子で告げてくるトワの言葉にリィンは面を喰らいつつも回答する。

 これだけ言えば聡明な彼女ならばわかってくれるはずだと想いながら。

 

「うん、そうだね。でも、それが一体どうしてリィン君が私達と一緒に旅行に行けないって話に繋がるの?

 流石にクロスベルや共和国に行くのは難しいだろうけど、行き先は他にはリベールとかレミフェリアだってあるよね?」

 

「……その約束を交わした時、俺はまだただの学生だった。

 だが今の俺は違う。今の俺は帝国正規軍中佐であり、灰の騎神の起動者だ。

 国家のために汗と血を流す義務を背負っている」

 

 日頃の理知的で聡明な様子はどこに行ったか、まるで駄々を捏ねる子どものような事を言いだしたトワの様子に困惑しながらもリィンは自分の背負う義務を説明する。

 最もこの男ならば、例え義務を背負っていなかったところでそれこそ自らの意志で志願して戦列に加わっただろうが。

 

「リィン君が戦うのは義務のため?」

 

「いいや違う、俺が戦うのは祖国とそこに住まう民のため……いや、この言い方はある意味では卑怯か。

 俺が戦うのは俺自身のためだよ。誰に強制されたわけでもない、俺がそうしたいと思ったからそうするだけの事だ。

 だから、君達と卒業旅行に行く事は出来ない」

 

 鋼鉄の意志を纏ってリィンは改めて宣誓する。

 黄金色に輝いていた青春時代と正式に別れを告げるべく。

 

「つまり、リィン君は私達の約束を反故にするって事だよね?」

 

 しかし、そんな鋼鉄の覚悟を前にしてもトワは怯まない。

 私が今、問題にしているのはそういう話ではないんだと言わんばかりに。

 

「……ああ、その通りだ」

 

 そしてそんなトワの問いかけにリィンは怯まず首肯する。

 弁解するつもりはない、確かにどう言い繕おうと自分が約束を破る事は確かなのだからと、若干の申し訳無さを滲ませつつも、あくまで堂々とした態度を取る。

 

「じゃあ、その埋め合わせを要求しても良い?」

 

「……俺に出来る事のならば」

 

「うん、それじゃあお願いを伝えるね。あのね、クロウ君を殺さないで」

 

 サラリとした様子でトワは伝える。

 まるでデートに遅刻した恋人にお詫びとしてコーヒーを奢る事を要求でもするかのように、軽い様子で。

 

「それは出来ない」

 

 ほとんど反射的と言って良い速度でリィンは答える。

 それは一考する余地さえないと言わんばかりの、半ば拒絶と言っていい態度であった。

 

「それはどうして?やっぱり、クロウ君がお父さんの仇だから?」

 

 しかし、そんな拒絶に対してもトワはめげない。

 その程度でくじけるつもりはないのだと言わんばかりに。

 

「いいや、そうじゃないさ。前に言っただろう、こちらは一度手を差し伸べたと。

 だが、アイツは拒絶した。帝国のために戦う気はないと言い切ったんだ。

 故に俺もまたアイツを敵として討滅するのみだ」

 

「敵だからクロウ君を殺すの?でもリィン君は、今までも敵だったはずの(・・・・・・・)貴族連合の兵士さんを必ず殺していたわけじゃないよね?」

 

「それはそうできるだけの余裕が、厳然たる戦力差が彼我の間に存在していたからだ。

 だがアイツを相手にその余裕はない、生かして捕らえよう等と欲張れば、その隙を突かれかねない。

 だから俺はアイツを殺すつもりで戦う。故に、君の頼みに対して確約する事は出来ないな」

 

 取り付く島もないとはこの事だろう、恋人からの懇願に対してもどこまでもリィンは揺るがずに答える。

 内に燃え盛る炎を氷の如き冷徹さで完全に統御して。

 

「本当に、それが理由?」

 

 しかし、気圧されない。かつては恐怖を抱いてしまったその鋼鉄の仮面にもう怯まない。

 彼女の目に写っているのは鋼鉄の意志を宿した英雄ではない、その奥にある愛しい少年の素顔だ。

 

「……どういう意味だい?」

 

「うーんとね、怒らずに聞いてほしいだけど、色々と説明して貰ったんだけど私にはね、結局リィン君が「自分がクロウ君を殺さないといけない」って思い込んでいる(・・・・・・・)ようにしか見えないんだ」

 

 告げられた言葉にリィンはわずかに息を呑むが、直ぐに冷静さを取り戻して答える。

 

「……それは、俺が父を殺された憎しみに囚われているとそう言いたいのかい。

 確かに、父を殺したアイツが憎くないと言えば嘘にはなる。だがそれ以上に俺は……」

 

「ああ、違うの。そういう意味じゃないの。リィン君が私情に駆られているって言いたいわけじゃなく、むしろその逆。

 私が言いたいのは、自分は絶対に私情に流されてはいけない、公正無私の無謬の存在でなければならないって思い込んでいるじゃない?って事」

 

 どう、当たっているかな?と控えめに投げかけられた問いに対してリィンは……

 

「ああ、その通りだよ。何故ならば俺は祖国のために存在する一振りの剣なのだから。

 その剣を私情で曇らせる等、あってはならない事だ。“必要悪”の担い手たる軍人として。

 親友だからと特別扱等するわけには行かないんだ」

 

 かつて、トワが畏怖を抱いた姿のままにリィンは鋼鉄の意志を纏って宣誓する。

 迷いなど無い、例えこの眼の前の愛しい少女にバケモノを見るかのような恐怖に満ちた眼差しを向けられようと構わないと。

 ーーーむしろ、そうしてとっととこんな自分などに愛想を尽かすべきだとさえ勝手に(・・・)思って。

 

「これでもうわかっただろう、君の知っているリィン・オズボーンは2ヶ月前のあの日に死んだんだ。

 今の俺にとってはこの祖国こそが総てだ。祖国のためならば、誰が相手だろうと討つ」

 

 冷たく決別の言葉を口にする。もう青春ごっこ(・・・・・)は終わりなのだと。

 夢を見られていた時間を終わったのだと。

 

 しかし、そんなリィンをトワはどこまでも愛おしそうに見つめる。

 ああ、やっぱり彼は変わってなどいなかった(・・・・・・・・・・・)のだと確信を抱いて。

 

「やっぱり、リィン君は優しい(・・・)ね」

 

 告げられた、全く予想だにしていなかった言葉にリィンは呆気を取られる。

 

「優しいだって……何を言っているんだ君は。

 俺が優しいはずがないだろう。良いかい、優しい人間はそもそも人を殺したりしない(・・・・・・・・・)

 国のため、民のためだと嘯いていながら、俺がやっているのはつまるところ破壊と殺人だ。

 この内戦で俺が殺した人間の数は1000を超えている。そんな人間を邪悪以外のどう評せと言うんだ。

 君が見ているのは過去の俺だ。トールズ士官学院副会長を務めていた頃のね」

 

 その言葉を聞いてトワ・ハーシェルは確信する。

 この世界でリィン・オズボーンという少年を最も憎悪している存在、それは彼自身(・・・)なのだと。

 叶う事ならば全ての人を救いたいと願っているけど、そんな事は不可能だから少しでも多くの人を救いたいと願っている。

 だけど、その過程で犠牲を出さなければならない事を、多数のために少数を切り捨ててしまえる(・・・・・・・・・)自分を誰よりも嫌悪している。

 一点の汚れも染みもなく、神でなければ不可能な、聖性を実現できない自分がなんとも無様に思えてしょうがないのだ。

 そんなどうしようもなく潔癖で、どうしようもなく不器用で、どうしようもなく愛しい(・・・)、自分の大好きな人なのだ。

 

「ううん違うよ、今の私が見ているのはちゃんと今のリィン君だよ」

 

 故に確信を以て断言できる、彼は変わってなどいなかったのだと。

 自分たちが勝手に変わったと、そう思い込んでいただけなのだ。

 

「あのね、リィン君は変わってなんかいないよ。

 出会った時からの優しいあの頃の、私の大好きなリィン君のままだよ。

 リィン君が自分で言っている通りの存在なら、自分で自分を邪悪だなんて言ったりしないよ

 優しいからこそ、そんなにも自分を責めているんだよ。だから、特別扱い(・・・・)なんてしちゃいけないとそう思っている」

 

 一人になんてさせないと、そう言わんばかりに少女は少年を抱きしめる。

 自分の温もりを伝えるために。絶対に一人になんてさせてあげないのだと。

 

「違う。何度も言うが優しい人間はそもそも人を殺したりなんかしないんだ。

 優しい人間と言うのは君みたいなーーー」

 

 そう、だからこそ君のような人達が幸福に暮らすために自分はと少年は少女に告げようとする。

 少女を振りほどき、たった一人修羅の道を歩もうとする。

 

私は優しくなんかないよ(・・・・・・・・・・・)

 

 しかし、少女はそんな少年の幻想を否定する。

 彼の中にある膨れ上がった自分の虚像を打ち砕きにかかる。

 

「だって、私は凄いワガママだし、リィン君と違ってえこ贔屓まみれだもん。

 リィン君がたくさんの人を殺したって聞いても、それでも私はリィン君に生きていて欲しいし、幸せになってほしい。

 遺族の人がリィン君に死んで詫びろと言って、リィン君自身がそれを受け入れたとしても私は嫌だ(・・・・)って言うよ。

 だってリィン君は私の大好きな人だから、リィン君が傍に居てくれないと私は幸せになれないもん。

 リィン君が世界中の人から責められたとしたって、私だけは絶対に弁護側に立って堂々と言うよ。

 「リィン君は皆のために戦い続けた、とってもとっても優しい人なんです!」って」

 

 そうして少女はあなたの居ない世界に私の幸せは存在しないのだと、一人で勝手に背負い込んで勝手に逝ってしまいそうな英雄へと釘を指す。

 あばたもえくぼというやつで、大抵の少年の欠点も美点に見える彼女であったが、こればかりは早急に改善して欲しいところであった。

 

「だからね、最初に言ったお願いも、そんなえこ贔屓まみれのズルい女のワガママ。

 お願いリィン君、クロウ君を殺さないで。あんなに仲の良かった二人が殺し合うところなんて私、見たくないよ」

 

 呆気に取られた様子のリィンにトワは間髪入れずに追撃を行う。

 畳み掛けるべきは今をおいて他にないのだと。

 

「だが、アイツは帝国宰相を殺したテロリストだ。

 どれだけ君にとって……そして、俺にとってアイツが大切な存在だったとしてもそれは動かしがたい事実だ。

 そしてアイツが帝国のために戦う気はないと言っている以上、司法取引の可能性は凡そ絶望的だ」

 

 愛しい少女のワガママに少年は伝える。

 現実の無情さを。どれだけ嫌だと子どもが泣き叫んでも、世界は冷徹に選択を突きつけるのだと。

 

「うん、だから一緒に考えようよ(・・・・・・・・)

 クロウ君もリィン君も一人で決めて、一人で納得して進んじゃわないで。

 一人でどうにも出来ないなら、相談しようよ。だって、それが友達(・・・・・)でしょう」

 

 どこまでも青臭くて真っ直ぐな綺麗事をトワは告げる。 

 トワを振りほどく事、それは力の面で言えばリィンには容易い。

 だが、それが出来ない。青臭い理想論、それを笑い飛ばす事がリィンには出来なかった。

 何故ならば、それはーーー

 

(ーーーああ、そうか)

 

 リィン自身の心の中にある確かな願いだったから。

 5人揃って大人になり、老人になるまで自分たちのこの友情が続く事を他ならぬリィン自身もかつて望んでいたから。

 そして何よりもーーー

 

(これが、惚れた弱みという奴か)

 

 そんな青臭い綺麗事を真っ直ぐに語れる優しさこそが、リィン・オズボーンのトワ・ハーシェルに惚れた最大の理由だったのだから。

 

 鋼鉄を纏っていたその心に愛という不純物が混入する。

 故に英雄は完成に至らない、一滴であろうと水が混ざってしまえば、それは純粋なワインではない。

 それがどれほど綺麗な天然の水であろうとだ。

 それは鉄血の後継としては紛れもない失格である。

 愛する妻の忘れ形見たる息子であろうと、駒に出来る強さこそがギリアス・オズボーンであったが故に。

 

「ああ、わかったよ。君には本当に敵わないな」

 

「それじゃあ!」

 

「ああ、一緒に考えよう。あのバカを連れ戻すための方法を」

 

 公正さ、という点で考えれば失格だろう。

 結局自分は友誼と愛情を優先させた。

 それは祖国にただ繁栄を齎すための英雄としては間違いなく、不合格だ。

 結局のところ、自分は己に課した役目に徹し切る事が出来なかったのだ。

 だけど、後悔はなかった。この世界で一番愛しい人が目の前で笑ってくれているこの光景こそが、何よりもの報酬だとそうリィンには思えた。

 結局、彼には大切な者を捨てきる事など出来なかったのだ。

 

 何故ならば彼の根底の願いはどこまでも、大切な者を護る事。それこそが抱き続けた誠の想いだったが故に。

 今、リィン・オズボーンは確かに己自身の道を歩みだした。

 鉄血の子として父の背中を追うのでも、獅子心皇帝の継承者という重責に囚われるのでもなく、それを誇りとして自らの道を歩み始めたのだった……




「分かっていて俺は契約した。これがヤバイ力だということくらい。なのに!」

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