(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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リィン・オズボーンは即断即決の男。
威風堂々とした帝国男児の鏡です。


星空の誓い

「いやはや、愛の力は偉大って事かねぇ……」

 

 しみじみとした様子でレクターは呟く。

 その視線の先には先程までの張り詰めた空気をどこかへやったような優しげな様子で学院生の和に混ざり、久闊を叙す義弟の姿があった。

 そしてそんな優しげな顔を浮かべるようになった義弟の傍には輝く笑顔を浮かべる少女の姿があった。

 

「ええ、あの子の女性を見る目は確かだったとそういう事でしょうね」

 

 微笑ましさと安堵とそしてわずかばかりの寂寥感を覚えながらクレアもその光景を見つめる。

 

「それに比べていやはや、俺らのだらしない事。だらしない事。

 散々兄貴風を吹かせていたっていうのに結局何にもできなかったな」

 

「それを言うなら私も同じですよ、レクターさん。

 あの子が変わってしまったと嘆くばかりで、彼女ほどに誠実に向き合う事が出来ませんでした」

 

 纏うようになった風格に惑わされて、その奥底にある変わらぬ素顔に結局自分は気づく事ができなかったと自嘲混じりにクレアは口にする。完敗と、そう言う他ないだろう。

 

「あ、クレアってばこんなところに居たんですね」

 

 二人が落ち込んでいるとまるで悩みなどというものを生まれてこの方持った事がないとでも言わんばかりの明るい声が響きだす。そしてその声に振り返ってみるとそこにはクレアの数少ない心許せる友人が居て……

 

「アデーレさん、どうかしたんですか?」

 

「どうかしたか?じゃないですよ!あのですね、考えても見てください。

 今この場に居る人員の多くはトールズ士官学院の在学生なわけですよ。

 しかも!ですよ、学院を解放した直後とかいう最高に盛り上がっているわけなんですよ!

 見て下さいよ、あちらこちらで学生としての本分を忘却したかの如く、愛をささやきあっている肉食獣共の群れを!!!」

 

 吐き出される息、そこからは見事なまでに酒気の色が漂い、良く良く見てみればその頬は赤く染まっている。

 戦乙女と称される女傑アデーレ・バルフェットは現在、紛うことなき酔っ払いと言うべき有様であった。

 

 「もう、寂しい女やもめの身としてはキラキラとし過ぎていて一人で居るとちょっと居た堪れない感じが半端じゃないんですよ!!!

 というわけで、一緒に飲みましょうよクレア!私達親友同士じゃないですか!!!一緒にトールズの赤い雨と呼ばれた仲……」

 

 その瞬間アデーレの視線がクレアの横に居る赤毛の男の方に行き、そして止まる。

 レクター・アランドールという男はパッと見で整った外見をしている。

 外交官の役割を果たす以上当然身だしなみや作法と行った社交技術も極めて高い。

 さて、そんな人物と二人きりで憂い顔を浮かべて、会話をしていたクレアが親友の目から見てどう見えるかと言えば……

 

「こ、この裏切り者!いつの間にそんな若干チャラそうだけど、割と優良物件っぽい男を掴まえていたんですか!!陰で男のいない私の事を嘲笑っていたんですね!」

 

 アデーレ・バルフェットは先程までにこやかに親友と呼んでいた相手を憎むべき怨敵を見るかのような様子でそう罵倒する。

 

「あの、アデーレさん。私とレクターさんは別段そういう仲では……」

 

「じゃあどういう仲なんですか!?」

 

 一方のクレアはただただ困惑するばかりである。

 レクター・アランドールとは確かに職務上それなりに交流はあるものの、そういう男女間のアレコレの甘酸っぱいものはない関係である。

 かといってビジネスライクな仕事上だけの付き合いというわけでもないので、自分たちの仲を形容するのならそれはやはり……

 

「それは、そうですね姉弟のような……」

 

「ふ、いやぁついにバレちまったみてぇだなクレア。こうなったら隠しきれるもんじゃないだろ」

 

 そう言いながらレクターは馴れ馴れしい様子でクレアを抱き寄せる。

 無論そのような事実は一切存在しない。何時ものからかい癖が出てきたのだろう。

 そしてその光景は酔っ払いに対してはクレアの百の弁解の言葉よりも強く訴えかけて……

 

「やっぱりそういう仲なんじゃないですかーーー!!!この裏切り者!!!!」

 

 調子を取り戻した様子で油を注ぐ相方の存在もあり、酔っ払った親友をなだめるのにクレアは多大な時間と労力を要するのであった……

 

・・・

 

「……と言うわけで、あの馬鹿を連れ戻すために君達の協力もお願いしたくてな。

 意見があれば是非とも聞きたい」

 

 あの後、トワの説得を受け容れたリィンは談笑するオリビエとⅦ組の面々の前へと姿を現した。

 その様子は打って変わった優しさに満ちたものである、例えるならそれは強度に靭やかさも加わった新たなる境地であった。

 

「前はアイツは俺が殺すって言ったのに。言っている事が随分と変わったね。どういう心境の変化さリィン」

 

 その場に居合わせた者の意見を代弁するかのように口火を切ったのはミリアムである。

 それは咎めるというよりは、純粋な疑問の発露と言った様子であった。

 

「ああ、何良く良く考えてみれば、確かにアイツは現在貴族連合の英雄であり、敵という立場だが何も直々に抹殺を命じられたわけではない。

 だったら最大限“現場の努力”として生かして捕らえるか引き込むかをする事自体は問題がない事に気づいた……いや、気付かされたというべきかな。

 一つ親友だった好で、アイツが生きられるように努力してみようとまあそういう気になったのさ」

 

 それがリィンとトワ、二人の想いをぶつけ合った結果の妥協点であった。

 リィン・オズボーンは徹頭徹尾筋金入りの軍人である、故に軍人としての節を曲げる事は出来ない。

 命令があれば全力で以てクロウ・アームブラストを撃滅にかかるしか無い。

 しかし、現在クロウ・アームブラストを必ず殺せと言った命令は受けていない。

 ならば生かして捕らえるようにするだとか、投降を促すだとかは“現場の努力”で十分に可能なのだ。

 無論生かして捕らえたとしても、クロウが帝国宰相暗殺の実行犯であること、帝国解放戦線は公式にはザクセン鉄鋼山で壊滅した事となっており帝国政府としても実は取り逃がしていた等と公表する意味合いは薄いので道義上はともかく法律上は解放戦線リーダーとしての罪で裁かれる可能性は薄いと考えられる、がネックとなってくるがその辺はそれこそ生かして捕らえた後の話である。

 最大限本人自身の説得も弁護も試みる、その上で最後にクロウ・アームブラストの罪を裁くことになるのは司法の役目となってくる。秩序の守護者たる軍人である以上リィン・オズボーンはそこを違える事は一切ない、だが法の範囲内で“親友”の助命のために最大限の努力は試みて見ようと思ったと、要はそういう事なのだ。

 強度という面で言えば以前の方が上だったろう、殺す事を前提にした上で剣を振るうのと相手を生かそうと努力した上で振るう剣では当然鋭さという点では前者の方が上になる。だが、柔軟なのがどちらかと言えば、それは間違いなく今のリィンであった。

 

「それに」

 

 そこでリィンはとても穏やかな微笑を湛えて

 

「男としては可愛い恋人からのお願いとなれば出来るだけ叶えてやりたいというのが人情だろう?」

 

 どこまでも爽やかな様子で堂々と告げられた惚気に一同は呆気に取られる。

 そしてそれを為したであろう少女を感嘆の眼差しで見つめる。

 

「アハハハハハ、会長ってば凄いね!あの状態のリィンを説得するだなんて。

 これが愛の力ってやつかーうーん、これはちょっと僕も予想外だったなー。

 でもさ、本当に大丈夫?今のリィンはおじさんの後継者なんだよ。

 僕が会長の事を見くびっていた事は認めるけど、僕があの時語った事は脅しでも何でも無いんだよ。

 今のリィンはあのおじさんの後継者で、跡継ぎなんだからさ」

 

 ミリアムの指摘は正しい。

 ギリアス・オズボーンという強力な指導者を筆頭に革新派は今回の内戦で多くの人材を失った。

 カール・レーグニッツが優秀な政治家である事は確かだが、基より武官と文官というのは対立しがちなもの。

 行政官僚出身で軍人経験のない彼では軍を纏めきる事は出来ないだろう。

 そうなれば、当然今回の内戦で頭角を現してきた、宰相の一粒種へと注目するのは当然の成り行きなのだから。

 

「そうだな、お前の指摘は最もだよミリアム。

 戦いが終わったらそれで大団円等となるのは物語の世界でだけだ。

 現実にはむしろその後始末で揉める事が多い。

 古来より“英雄”を殺すのは眼前の敵ではなく、背後の味方と言うしな」

 

 そんなミリアムの指摘にリィンは百も承知だと頷く。

 そしてその上で傍らにいる少女へと優しい微笑みを向けて

 

「だからトワ、結婚しよう」

 

「うん!……………えっと今なんて言ったのリィン君?」

 

 思わず反射的に答えたトワであったが、その投下された爆弾を前に忘我に陥りながら聞き間違いかなと問いかける。

 

「結婚しようと言ったんだよ。この内戦が終わって少し落ち着いて、君がトールズを卒業したら」

 

「————え、えぇえええ〜〜〜〜〜ッ!!??」

 

 響き渡った絶叫を前にしてもリィンは揺るがず堂々とした様子で言葉を紡いでいく。

 即断即決。この少女がどれだけ自分にとって大切かわかったからこそ決して手放さないとばかりに。

 

「ミリアムが言っていた通り、これから俺には色々とあると思う。

 俺を憎む者も居れば、媚を売ってくるものも居るだろう。

 それこそ好を通じようと、政略結婚を持ちかけてくる人間も居るかも知れない」

 

 亡き宰相の唯一の実子にして後継者という立場、そこから逃げる気などリィンには毛頭無い。

 自分の理想を成し遂げるためにはどうしたって権力というものを手に入れるのは必要不可欠だ。

 何故ならばリィン・オズボーンの抱く理想とは大切な人も、そして多くの民が笑える祖国にするという事にあるのだから。

 理想を成し遂げるには“想い”だけでなく、力も必要である以上、権力という力を手中に収めるべく上を目指し続ける。

 

 そうなれば当然様々な勢力が彼と好を通じようとするだろう。

 権力者を目指すというのはそういう事だ、互いに利用しようと画策し合う、片手で握手を交わし合いながらもう片方の手に短剣を忍ばせる、心洗われる関係。

 様々な勢力が彼と縁を結ぼうと画策してくるだろう、政略結婚という古来からの常套手段を用いて。

 

 

 

「そしてそれらから君を護るには“恋人”だとか“婚約者”だと言った曖昧な関係だと危険なんだ。

 それこそ俺と君を引き離すべく様々な手段が講じられる可能性がある」

 

 そしてその際に平民の恋人等という存在が、どう映るかというのは想像に難くない。

 マキアス・レーグニッツにとってのトラウマが再現される事は十分に有りえた。

 好きだけで何とかなるのは学生時代まで、大人になればそこには様々なしがらみが発生する事になるのだ。

 

「だから以前の俺は君と別れるべきだと思っていた。

 もう、俺なんかの傍に居ないほうがきっと君は幸せになれるとそう勝手に思い込んでいたんだ。

 ……同時に上を目指すならば、そういう手も有効だと囁く自分が居た」

 

 そしてリィン・オズボーンが上を目指すならば、それは確かに追い風となりうるものだ。

 陳腐な手ではあるが、陳腐というのはそれだけで有効だからこそ使い古されているという事でもあるのだから。

 リィンが単に上を目指すならばただの平民でしか無いハーシェル家よりも、政財界の中枢に居るような家と好を通じたほうが良いのは確かだっただろう。

 

 しかし、その上で

 

「だけど、今回の件で君が俺にとってどれだけ大切な人かが良くわかった。

 君が笑顔で居てくれる事こそが俺にとっての最大の幸せだとも。

 でも、俺は欲張りな男だ。君だけじゃなく多くの人を、この国を俺は護りたい」

 

 リィンの心の中で燃え盛る愛国心、そして民を護りたいという気持ちは変わらない。

 自分は彼女を愛している。同時にこの国も愛している。

 だからこそどちらも捨てない、どちらを捨てても自分はきっと後悔するから。

 

「そのためには俺だけの力じゃ足りない。

 だから、これからさっきずっと俺と一緒に居て欲しい。

 どちらかが一方的にどちらを支えるのでも護るのでもなく、支え合ってこれからの人生を歩んでいけたらと思う。

 きっと君には色々と苦労させると思う。俺はこういう男だから、君だけのために生きるなんて生き方はきっと出来ない。

 だけどそれでも君を愛おしいと思うこの気持に嘘だけは決して無い。

 だからトワ、俺と一緒になって欲しい。きっと君が傍に居てくれれば俺は無敵の英雄になれる」

 

 その言葉を告げられた瞬間にトワは一瞬忘我に陥る。

 ひょっとしてこれはまたあの優しい幸せな夢の続きなのではないかと。

 だが伝わってくる彼の温もりが、高鳴る鼓動がそうではない事を教えてくれた。

 ーーー迷いはなかった。だってそれは彼女にとってもずっと欲しかった言葉だから。

 

「……はい!」

 

 返事と共に二人はそっと口づけを交わし合う。

 交わした言葉を誓いとして永遠にするべく。

 しばらくの間そうして見つめ合っていたが、そこでクルリと忘我の境地へと陥った面々の方へとリィンは顔を向けて

 

「というわけだ。式には呼ぶから是非とも出席してくれ」

 

「というわけだ……じゃないわよ!!!」

 

 あっさりとした様子で告げる男へと、その場の者たちの意見を代弁するかのように独り身の女(サラ・バレスタイン)の怒りが炸裂した。

 

「あのねぇ……こちとら散々心配していたのよ。

 どうしたら止められるか、なんて声をかけたら良いのかとヤキモキしていたわけ! 

 だっていうのに、いきなり現れてえらい方針が変わったと思ったら……いや、それ自体は別に良いことなんだけど。

 何よりも……そういうこと(プロポーズ)は二人っきりでやりなさいよ!!!」

 

 怒りと共に担任教官が口火を切るとその場に居合わせた面々もそれに乗っかるかのように

 

「リィンと会長ってばラブラブー」

 

「ヒューヒュー」

 

 ミリアムとフィーのちびっこ二人はそんな風に囃し立てて

 

「うむ、大変にめでたい事だ。おめでとうございます、お二人とも」

 

 ラウラはどこかズレているようで一周回って正しい凛とした様子で祝福の言葉を述べて

 

「リィン先輩の纏う風が随分と変わった。嵐のような風から、穏やかに吹き抜けるような優しいものに」

 

 ガイウスは相も変わらぬ落ち着きようを見せて

 

「姉さんと父さんはきっと大騒ぎするんだろうなぁ……でも良かった。おめでとうリィン。会長、リィンの事よろしくおねがいします」

 

 エリオットはそんな身内として寿ぎの言葉を述べて

 

「リィン先輩のような強さが彼にあれば義姉さんも……いや、それはそれで義姉さんは苦労させられていたんだろうな」

 

 マキアスはどこか過去の事を吹っ切るような様子を見せて

 

「セリーヌ……私って本当に……」

 

「ああもういちいち落ち込むんじゃないわよ」

 

 エマは自分の魔女としての在り方について落ち込み己の使い魔に励まされたり

 

「ふふふ、お嬢様にも早く良きお方が見つかると良いですわね」

 

「わ、私よりもシャロンの方が先でしょうが!!!」

 

 ラインフォルトの主従は相も変わらぬ仲の良さを見せてと思い思いの反応を取っていく。

 そんな中二人の親友であるジョルジュ・ノームはそっと二人へと近づいていき

 

「おめでとう、二人とも。きっとアンとクロウが知ったら大騒ぎするだろうね」

 

 この場には居ない二人の親友、その様子を思い浮かべて万感の想いが篭った様子で宣言する。

 

「特にアンはずっと、リィンの事を一発ぶん殴ってやるとか言っていたから覚悟していたほうが良いよ」

 

 あの一人で突っ走っている大馬鹿野郎を私は必ずぶん殴って目を覚まさせてやる、そんな事を言って自らに流れる血の責務を果たすために今、この場には居ない親友へとジョルジュは思いを馳せる。

 

「……甘んじて受け入れるさ。だけど、俺だけ殴られるのは不公平だとそうは思わないか?

 俺も一人で突っ走った自覚はあるが、それでもアイツ程じゃない。そうだろう?」

 

 勝手に繋がりを断ち切ったつもりでいる大馬鹿は決して自分だけではないはずだと告げたリィンの言葉にジョルジュは苦笑して

 

「確かに、そうだね。リィンだけがアンに殴られるのは不公平だ」

 

「ああ、だから連れ戻してやるさ。一発盛大にぶん殴って、襟元引っ張ってでも連れて帰る。

 そして俺達の結婚式に出席してもらうのさ」

 

 そうしてリィン・オズボーンは2ヶ月振りにトールズ士官学院へと帰還した。

 トワとの結婚について友人達には囃し立てられ、教官たちには驚かれながらも祝福されるのであった。

 そうして皆の輪に混ざりながら食べた食事でリィンは久方振りに感動を味わう。

 目覚めてから全く感じていなかった味を感じたのだ。

 それは彼が英雄以前に誰かと共に笑い合い、喜び合う一人の人間であることへと立ち返った確かな証であった。

 トリスタの空にはかつて5人が誓い合ったの同じ、満面の星空が広がっていた……

 




「俺、この戦争終わったら結婚するんだ……」


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