(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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神話の再現

 

 決戦の日となる早朝、大帝縁であるトールズ士官学院の校庭に有角の若獅子たちは勢揃いした。

 その表情は皆決戦に赴く覇気に満ちあふれており、彼らこそがこれからの国を背負っていく逸材と称すべき宝である事を示すものであった。

 

「トールズ士官学院全学院生、集合しました」

 

 そしてそんな若き獅子たちの代表者たる生徒会長を務めるトワ・ハーシェルは凛とした様子で自分たちの剣を捧げるべく主君へと報告を行う。

 そしてそんな集いし頼もしき若者達を見てオリヴァルト・ライゼ・アルノールはその表情を一瞬綻ばせた後に常とは変わった凛とした様子で

 

「まずは一つ、君達に礼を言いたい。

 君達は学生の立場だ、にも関わらず誰に命令されたわけでもない。

 君達は己の意志で此処に集ってくれた。

 諸君らの中には貴族も居れば、平民も居る。

 中央出身の者も居れば地方出身の者も居るだろう。

 皆、それぞれ抱く思いと夢があるだろう。

 そんな中諸君はそうした立場の違いを乗り越えて、こうして此処に集ってくれた。

 私には、そんな諸君の有り様が何よりも誇らしい。

 この学院の理事長として、この国の皇子として何よりも。

 今、この場にはおられない学院長も今の諸君を見ればきっと同じ感慨を抱く事だろう」

 

 万感の思いを込めてオリビエは学院生たちへと向けて告げる。

 

「私は、これよりこの国の皇子として諸君に命令をする。「死ぬな」」

 

 真剣そのものな様子でオリビエは命令する。

 だが、それは命令という形をとった彼の願いであった。

 

「『若者よーーー世の礎たれ』知っての通りこの学園を創立したかの獅子心皇帝の言葉だ。

 だが、この言葉は決して自己犠牲を求めた言葉ではないと私は思う。

 誇れる仲間と共に道を切り開き、跡から続く者たちへと希望を残す事。

 愛する者と子を育む、その子が健やかに育てる、そんなささやかな想いと行い。

 それこそが真に世の礎足るという事だと私は思う」

 

 獅子心皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノール、獅子戦役を治めたエレボニア帝国中興の祖。

 多くの人の思いを束ねて彼は偉業を成し遂げた。そして自らの思いを託せる若者を育成するべく、この学院を作り上げた。

 そんな人物が、安易な自己犠牲を推奨する等オリビエは思わない。故にこの言葉はもっと重い責務を課した物なのだと。

 

「これからのこの国を築いていくのは君達なのだ。

 だからこそ、君達は決して死んではならない。

 無様でも良い、情けなくても良い、潔く死ぬ位ならどれほど恥を晒す事になろうと生き足掻いて欲しい。

 私は理事長として諸君の弔辞を読み上げるつもりなど断じて無い。

 読み上げると決めているのは学院を巣立つ君達への祝辞だ」

 

 眼の前の若者たちは死地へと誘う立場でありながら、オリビエは傲慢にもそう宣言する。

 だが、それで良いのだ。皇族とはーーー人の上に立つものとは死ねと命じた人物が生還する事を心の底から望む、そんな傲慢(ワガママ)さがなければそも務まらぬものなのだから。

 

「巡洋艦カレイジャス、これより囚われの皇帝陛下を救出するべく作戦を開始する。

 諸君に女神と獅子心皇帝の加護を!!!」

 

 12月31日09:00。

 オリヴァルト・ライゼ・アルノール率いる紅き翼の勢力は内戦を終わらせるための乾坤一擲の策、カレル離宮解放作戦を開始した。

 

・・・

 

「皇帝陛下に弓引く逆賊が接近中……皇帝陛下に弓引く逆賊が接近中……」

「討伐が終わるまで外出を控えるように……討伐が終わるまで外出を控えるように……」

 

 貴族連合軍と正規軍が激突を開始した最中けたたましいサイレンが帝都の街中に響き渡る。

 

「ふん、何が討伐だ……」

 

「糞貴族共め……逆賊はてめぇらの方だろうが!」

 

 そして伝え聞くサイレンの内容に対して帝都市民たちは一様に嫌悪の表情を顕にする。

 基より帝都は革新派のお膝元であり、そこに住まう市民たちは一番改革の恩恵に浴していたのもあり、凶弾に倒れたギリアス・オズボーン宰相を一番熱烈に支持していた層でもある。

 何よりも彼らの目には国難にあって貴族と平民の垣根を超えた一致団結を訴えた宰相の姿と、それを体現するが如き若き英雄の姿、そしてそれらを踏みにじるが如き暴挙に及んだ貴族達の姿が焼き付いている。

 そして、暴挙に及んだ後の帝都で市民たちの生活は圧迫された。帝都に住む80万もの人口、これを養う食糧などは全て鉄血宰相が帝国全土に張り巡らした、鉄道網を使った流通によって賄われていた。

 だが内戦が勃発した事によって民需系の流通を圧迫され、必然帝都市民の生活もそれに比例されるかの如く圧迫されていった。

 心情的にも実利の面でも、帝都市民の大多数にとっては“国難”に際して暴挙に及び内戦を引き起こした貴族連合に悪感情を抱けど、好感を抱く理由などありはしないのだ。

 

「貴様ら、何を集まっている!」

 

 しかし、そんな不満を爆発させる事は出来ない。

 大多数の人間は不満を抱けど、有無を言わさぬ“力”を前にすれば屈服せざるを得ないのだ・

 

「く……」

 

「ちくしょう……」

 

 故に不満をぶちまけていた帝都市民たちも沈黙せざるを得ない。

 誰だとて生命は惜しいのだから。それは決して責められるべき事ではない。

 むしろこの状況で後先を考えずに暴れる方こそ、蛮勇と称されるべきものだろう。

 

 故に……

 

「貴族連合の兵士たちに告げる。私はエレボニア帝国皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールが長子オリヴァルト・ライゼ・アルノールである!」

 

 そんな無力な民草の嘆きを払うべく、英雄とは現れるものなのだ。

 

「これより巡洋艦カレイジャスは囚われの皇帝陛下を救出するべく行動する。

 改めて告げる、道を開けよ!諸君らに帝国の民としての誇りがあるのなら早急にその道をあけるべし!」

 

 高速で接近するカレイジャス、しかし帝都上空を護るラマール領邦軍の航空部隊は沈黙したまま迎撃の構えを取る。

 返事をしないのは「聞こえていなかった」という体裁を取り繕うつもりだろう。

 

「やれやれ……ダメ元でやってみたがやはり駄目だったね。

 やはり放蕩皇子の私では威厳というものが足りていないという事かな」

 

 軽い自嘲の言葉を述べた後にオリビエはその表情を引き締めて

 

「止む得ない。払い除け給え、オズボーン中佐」

 

「御意」

 

 そして皇子の進む道を切り開くのは古来より騎士の役目と相場が決まっているのだ……

 

 

「おい、アレ……」

 

「灰色の騎士様!」

 

 その光景を目にした瞬間に帝都市民達の目は一様に輝き出す。

 それは2ヶ月前に見た灰色の機体。帝国の正義を体現する機体で、それを操るのは帝国の若き英雄。

 貴族連合の支配する中でもずっと市民達が待ち焦がれていた光景だ。

 

「すげぇ……」

 

 為す術無く貴族連合の飛空艇部隊が不時着していく。

 それはもはや戦いではない、圧倒的な上位者による慈悲深ささえ感じる“裁き”の執行であった。

 またたく間の間に灰の騎士が紅き翼の道を切り開いて往く。

 その光景を見上げながら帝都の民はあらん限りの歓声を浴びせるのであった……

 

・・・

 

 灰の騎神を駆りながらリィンは奇妙な心地を味わっていた。

 見える(・・・)、まるで上空より盤面を俯瞰するように。敵の位置と動きが正確に。

 わかる(・・・)、次に敵が何をしてくるのかが。まるで未来を予知するかのように。

 故に自分が何をすれば良いのか、この場に於ける最適解が何のかを導くのも至極容易い。

 それは後の先を極めたが故の先の先となるヴァンダールの極意とも言える境地。

 リィンの師であるマテウス・ヴァンダールが見ていた風景だ。

 

(そうか、これが師が見ていた風景)

 

 此処にリィン・オズボーンは武の至境と言われる境地、“理”へと至った。

 鋼の理性によって胸の激情をを統御する事こそが守護の剣の本質。

 されど、それだけではその先へは至れない。

 何故ならば剣を振るうのはどこまで行っても、ただの人間(・・・・・)なのだから。

 どれほどの達人であろうと、武の至境に至り“剣聖”等と称されようと、“英雄”であろうともちっぽけなただの人間にすぎないのだから。

 理だけでは図り切れない正誤を超えた想いを自覚して、自分自身の弱さと向き合い、その弱さを含めて自分であると自覚する事、在るがままの自分を受け入れた真正見解、それこそが武の至境“理”と呼ばれる境地なのだ。

 トワ・ハーシェルによって自覚した想いが、最後のピースとなってリィン・オズボーンをついにその境地へと導いた。

 故に今の彼はちょっとやそっとでは止められない。帝国最高峰の実力者が騎神に乗っているのだから当然である。

 第2形態になる必要もなく、あっさりと飛空艇部隊を撃破していく。無論不時着できるように、損傷を抑えて。

 それは見るものに心からの畏怖を与える光景であった……

 

・・・

 

 カレル離宮の攻略を順調に進んでいた。

 カレル離宮を護る近衛は確かに精鋭だ。そこらの相手では歯牙にかけぬ練度がある。

 だが、襲撃してきた面々は断じて凡百の使い手ではない。

 武の至境たる理に至りし者が2名、そして達人が7名。

 それが現在紅い翼が今回の作戦で投入した戦力だ。

 白兵戦で相手取るには余りに分が悪い勝負と言えよう。

 

 加えて……

 

「我らの目的は皇帝陛下の救出にある!貴官らは一体何のためにその剣を振るうか!!」

 

 帝国において武の世界ではその名を知らぬ名高き光の剣匠が

 

「貴方達!それでも誇り高き近衛の一員ですか!!!カイエン公などに従い、恐れ多くも皇族たるオリヴァルト殿下に剣を向けるなど騎士の風上にも於けぬ行い。恥を知りなさい恥を!!!」

 

 2ヶ月前まで同僚として轡を並べていた麗しき戦乙女が

 

「諸君の役目は皇帝陛下の敵を討つことであるはず。

 ならば、諸君の敵は此処にはいない。道を開け給え

 一体如何なる理由に基づき、諸君はこの私、ユーゲント皇帝陛下が長子オリヴァルト・ライゼ・アルノールの進む道を阻んでいるのか!!」

 

 本来彼らが剣を捧げるべき対象である皇族の言葉が彼らの士気を激しく削いでいく。

 これでは戦いになどなるはずもなかった。

 順調である、そう余りに順調過ぎる(・・・・・)のだ。

 当然だが皇帝ユーゲントⅢ世の身柄などというのは貴族連合にとっても最重要の存在である。

 皇帝の身柄を確保されてしまえば、その瞬間彼らは正式な逆賊となる。

 帝国法に於いて大逆犯は財産、地位、爵位のありとあらゆるものを没収されて問答無用で死刑となる事が定められている。

 帝国人にとって大逆の徒になるというのは文字通り、総てを失うという事であり、とてつもない恐怖なのだ。

 無論、それだけではどうせ助からないのならばと破れかぶれとなっての抵抗を招くために通常そうした場合は

 その上で今すぐに投降すれば首謀者以外の者の罪は問わないなどという恩赦という飴を与えるのが常套手段だ。

 皇帝という権威の下行われるその揺さぶりは、かつてハルテンベルク伯相手に用いた皇女という権威とは比べ物にならない効果を齎すはずであり、皇帝ユーゲントⅢ世を確保されてしまえば、その時点で貴族連合の命運は潰えたも同然になるのだ。

 

 だというのに……

 

「殿下」

 

「ああ、わかっている。余りにも抵抗が無さすぎると言いたいのだろう?」

 

 西風の猟兵の二人の大隊長も。結社の執行者も。

 皇帝の警護へと就いていると事前に推測された面々が誰一人としてそこには存在しないのだ。

 一体これはどういう事かと疑念を感じながらも、一行は近衛達は蹴散らしながら進撃を続けていくのであった……

 

・・・

 

「全帝国臣民に告げる!私はエレボニア帝国第89代皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールである!

 我が子オリヴァルト、そして忠臣達の忠節によって虜囚の身より解放された事を此処に告げる。

 そして我が名に於いて貴族連合、正規軍の別なく命じる。ただちに戦闘を停止せよ!

 貴族も平民も関係ない、この国に住まう者は皆等しく皇帝たる余の子である!

 我が子が殺し合い、喜ぶ親は居ない。ただちに戦闘を停止せよ。

 余は対話による決着を両軍の指導者に求めるものである。これは勅命である。

 この命に従わず、尚も戦闘を続行する者は尽く“逆賊”として裁かれる事を此処に銘記せよ!」

 

 響き渡る皇帝より下された勅命。

 それは乾坤一擲の作戦の成功をこの上なく知らしめる号令であった。

 

「閣下!」

 

 喜色を顕にする副官に対して総司令官たるヴァンダイクは微笑を湛えながら頷き

 

「全軍に告げる!ただちに戦闘行動を停止せよ!!!ただし、相手の臨戦態勢が解除されるまで気は抜くなよ!!!」

 

 あちらこちらで兵士たちの歓声が響き渡る。熱烈な抱擁を戦友と交わす者も居た。

 

(終わってみれば随分と呆気ないものであったが……まあ戦争などというのは往々にしてこのようなものか)

 

 どこか拍子抜けする思いを味わいながらも、ヴァンダイクは息をつく。

 そう兎にも角にも自分の役目は一先ず終わったのだ。無論この後に待っているのは膨大な数の戦後処理なわけだが、その辺りは政治の領分であり、軍の再編だの何だのは貴族連合によって囚えられていた参謀本部の高官達が名誉挽回のためにも躍起になって行うだろう。

 自分がでしゃばってはむしろそれこそ彼らの立つ瀬が無くなるというもの。故に老骨に鞭を打った奉公もこれにて一先ずは終わりだと、肩の荷を下ろすのであった……

 

 

 

「馬鹿な!総参謀殿は一体何をやっていたのか!!!」

 

 喜びに沸き立つ者達も居れば憤激する者も居る。

 貴族連合の総司令官たるオーレリア・ルグィン将軍は己が愛機の中で烈火の如き怒りを吐き出していた。

 敵がこの内戦を終わらせるために皇帝の救出を試みること、そんな事は少々頭の回る者であれば容易にたどり着くものだ。

 当然オーレリアとウォレスにしてもその警告は行っていた。そんな両将軍に対して総参謀たるルーファス・アルバレアは優美な微笑みを湛えながら答えたのだ。

 「無論、それは百も承知。対策は万全ですのでお二方はどうぞ、正規軍の相手に専念して下さい」と。自信を以て。

 だというのにこれは一体どういう事なのか。あの才子の想定を敵が上回ったという事か。

 だが、それにしても余りにも身柄を確保されるのが早すぎる。この早さならば恐らく碌な抵抗も出来ずにカレル離宮は陥落したのだろう。

 これではまるで、最初からカレル離宮を死守するつもりなどなかったかのような……

 

「閣下」

 

 そこまで考えたところで、信頼する副官からの呼びかけにオーレリアは意識を取り戻す。

 

「如何致しましょうか?」

 

 我らは地獄の果てであろうと着いていくと言外に伝えるその忠誠にオーレリアは口元を綻ばせて

 

「どうするも何も、勅が下ったのだ。帝国貴族として取れる選択肢など一つしかあるまい。全軍!戦闘行動を停止せよ!!!」

 

 そう、自分たちの戦いは終わったのだ。

 今通信した副官のような自分に最期まで心中するような忠厚き者達も居るだろうが、末端の兵士はそうではない。

 彼らは逆賊となる事に耐えられないだろうし、何よりもこれで戦争は終わったのだという空気が広まってしまった。

 この状態ではもはや戦闘の続行など不可能というものだ、であるのならば潔く幕を引くのが将たる自分の役目であろう。

 勝てると踏んでいた、自らの野望、槍の聖女を超える勲をこの手に収めるこの上ない機会だとそう思っていた。

 だが自分はどこかで何かを読み違えたのだろう。自分の手の及ばぬところでこの戦いは終わったのだ。

 

(全く、道化も良いところだな。だが例え私が道化であろうと、それでも道化なりの矜持というものが存在する)

 

 即ち敗軍の将としての責を取ること。

 担ぐ相手と組む相手を間違ったという思いはある、だがそれも含めて自分は野望を叶えるためにこの企てに乗ったのだ。ならば、それも含めて自分の器量というものだろう。

 自らの野望のために多くの将兵を死なせた身としての責任をこれから自分は取らねばならない。それが武人としての矜持であり、将として投げ出すわけには行かない責務であった。

 黄金の羅刹オーレリア・ルグィン、自らの野望のために戦った彼女は決して善人だとも忠臣だとも言えないだろう。

 しかし、彼女が紛れもない“傑物”であることは彼女と敵対した者達であっても決して否定出来ぬ事実であった……

 

 

 此処に帝国を二つに別った内戦を幕を下ろす。

 そう、歴史として紡がれる戦いは終わった。

 故に、此処からは神話の領域である。

 

「ふん、偽帝めが囀っておるわ。だが“愚帝”によって紡がれてきた貴様らの時代は終わる。

 これより始まるのは正統なる皇帝による御代だ。我が祖先の大望、今こそこの私が叶えよう!さあ魔女殿、君の出番だ!!!」

 

 恍惚とした様子でカイエン公は告げる。その瞳の先に映るのは拘束された皇太子の姿……ではない。

 彼の心を奪って止まないのは、皇太子が接続された先にあるかつてヘクトル帝と共に暗黒竜を打ち破り、呪いをその身に浴びた大いなる騎士《緋のテスタロッサ》。

 獅子心皇帝などという“愚帝”によって歪められてしまった帝国の秩序を取り戻し、貴族の支配という彼の夢を叶えるための“力”であった。

 

 

「其は緋色の皇、千の武具を持ちて天冥の狭間を統べし者なりーーー」

 

 響き渡るのは蒼の歌姫によって紡がれるこの上ない美声、しかし紡がれるのは禁じられし呪言。

 大地が激しく脈動し、麗しき皇城の姿を変えていく。

 禍々しい、まるで御伽噺に謳われる魔王の居城のように。

 

「焔の護り手が末裔、今より御身に言祝ぎの唄を送らんーーー!」

 

 その唄の名は《魔王の凱歌(ルシフェンリート)》、250年前帝国を闇へと包もうとした呪われし魔王の居城《降魔城》を降誕させる禁じられた唄である。

 

「うううっ……あああっ……ぁぁぁぁぁ……!」

 

 痛ましい姿で拘束されたこの国の至宝は苦悶の声を挙げる。 

 そしてそんな痛ましい姿に対してもカイエン公に後ろめたい様子は一切ない。

 何故ならば彼にとって今の皇族など、偽帝の血脈に過ぎないのだから。

 

 そんな様子をクロウ・アームブラストはぼんやりと眺めていた。

 胸に去来するのは自分は一体何をやっているのかと、そんな思いだ。

 囚われの皇子に250年前の妄執へと取り憑かれた悪の貴族。

 物語であるのならば、悪役はどう考えてもこちらだろう。

 そして、今の自分には例え悪だろうと貫きたい、成し遂げたい想い、そんなものは存在しない。

 それに対してアイツは、決して揺らぐことのない鋼鉄の意志を抱いて此処へたどり着くだろう。

 国のため、忠誠を誓った主君のため、悪の貴族を討ち果たすべく“英雄”は現れるのだ。

 さて、そんな相手に果たして自分は勝てるのだろうか?こんな惰性で付き従っているような男が、決して譲れぬ理想を抱いて戦うアイツへと。

 ……まず、無理だろう。とてもではないが勝てるビジョンというものが浮かばない、何よりもなんとしても勝とうという気概が今の自分には決定的に抜け落ちている。

 かつて“怪物”を討ち果たした漆黒の意志を自分は完全に喪失しているのだ。

 

(だが、それでも俺には責任がある)

 

 親友をそんな怪物へとしてしまったのは他ならぬ自分の行いなのだから。

 ならば、そこから逃げるわけには行かないとクロウ・アームブラストは似合わない義務感(・・・)を拠り所にする。

 

 かくして物語は最終局面へと突入する。

 250年前、獅子心皇帝は最愛の女性の生命と引き換えに、緋の終焉の魔王を討ち果たした。

 その歴史を再現する事となるかどうか、それは神ならぬ身である今を生きる者達にはわからぬ事であった……

 

 

 

 




「カイエン公!一体何をやっているのか!!!」

人が真面目に戦争している中、トップがテスタロッサキメてトチ狂った事やりだしていたらそりゃオーレリア将軍もこう言いたくなるわ。

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