「ところで、君は今後どうするつもりなんだね?君はエリゼの命の恩人だ。
望むのならば、この内戦が終結するまでの間この里に滞在して貰ってもこちらは一向に構わないが……」
一息入れ終えた一行は再びまた話へと戻る。これまでの情報の共有と整理は終えた、故に焦点となるのは必然これからの事となる。そして男爵は目の前の、どこか生き急いでいるように見える少年、漂う風格は未だ成人さえしていないとは思えないそれだが、へと問いかける。
嫌なのならば無理に戦う必要はないのだと年長者としての気遣いを見せながら。
「お心遣い感謝致します男爵閣下。ですが、その必要はございません。
今日の内にでも支度を整えて、明日の朝にでも此処を発たせて貰います」
そしてそんな男爵の気遣いに謝意を告げながらも、リィンは一切揺らぐ事無く答える。
そこに宿っているのは静かながらも決して揺るがぬ鋼鉄の決意だ。
「……何処へ行く気か、等と問うのは愚問というものなのだろうな」
「ええ、私は正規軍の軍人ですから。当然ながら正規軍との合流を目指します。それがこの身に課せられている義務でもありますから」
緊急の措置による臨時任官とは言えリィン・オズボーンは歴としたエレボニア帝国正規軍の軍人だ。
宰相直属という通常の指揮系統から外れた存在だったとは言え、それでもこうして身動きが取れるようになった以上討伐軍へと合流するのが筋というものだろう。
「正規軍と合流して逆賊クロワール・ド・カイエンを討ち、この内戦を終わらせる、それが私が果たさなければならない使命です」
静かな、されど烈火の如き覇気を込めて告げられたリィンのその宣誓に一行は何も言えなくなる。そこに宿った覚悟の程が伝わって来たからだ。その鋼鉄の如き意志と覇気それは否応なく今は亡きある人物を想起させるものだった。そうしてなんとも言えない沈黙がその場を包み込もうとしたタイミングで……
「ご歓談中の所大変申し訳ございません。旦那様、その些か奇妙な客人が訪ねて来ておりまして……」
男爵家へと仕える初老の家令が何やら困惑した様子を見せながら新たな客の来訪を告げるのであった。
・・・
「お初にお目にかかります、私は帝国軍情報局所属のアルティナ・オライオンと申します。まずは不躾な訪問となった非礼をお詫びさせて頂きます」
現れた人物は確かに奇妙な客であった。歳の頃は恐らくまだ12か13といった程度の外見、更には服装もくっきりと体のラインが浮き出るような大抵の女性が着るようにと言われたら、相手が好意を抱いた人物であれば赤面しながら、そうでない人物以外からならば氷点下の視線を叩きつけて断りそうな代物だ。そしてそんな少女が宰相直属たる帝国軍情報局を名乗っているのだから、それは応対した家令は困惑する他無いだろう。
さて、そんな奇妙な人物を何故門前払いしなかったのかと言えば、それは彼女が語った内容にあった。それは……
「そして早速ですが本題へと入らせて頂きます。ーーーヘルムート・アルバレア公の雇った猟兵団“北の猟兵”の部隊が此処ユミルに向かって居ます。目的はアルフィン皇女殿下の“保護”とそして貴族連合に与しない貴族達への“警告”だそうです」
告げられた言葉、それに居合わせた面々は表情を強張らせる。
“北の猟兵”、それは旧ノーザンブリア大公国において軍人として活躍した者達が中核となって作り上げた一級の猟兵団の名だ。塩害という未曾有の災害、そしてそれに伴う国を指導すべき立場にあった大公家の国外逃亡という事態に見舞われてノーザンブリア大公国は実質的に滅び、自治州へとなった。
だが国土の多くを塩に侵された地では到底かつてのような産業を維持する事が極めて困難になった。当然軍等という生産に寄与する事がなく、それでいて極めて金を食う組織を維持するような余裕などあるはずもなく、国軍を解散される事となった。
だが、塩害へと侵された祖国ではそうそう上手い再就職先などあるはずもなく、更には望んで誇りを以て祖国を護るという道を選んだ者たちがそんな窮状に置いてあっさりと引き下がれるはずもない。
結果として元公国軍の者たちの大半はある決断をする事になった、それは“猟兵”となって外貨を稼ぐという手段であった。
そうしてA級猟兵団“北の猟兵”は生まれた。元々正規軍にて活躍していたものが中核を担っていたこと、そして“故郷”のためにという明確な目的を持ち戦う彼らの戦闘力及びプロ意識は高く、その練度はまさに“精鋭”と呼ぶに足るものだろう。
だが彼らの脅威はその戦闘力と練度もだが、何よりもそのプロ意識の高さにある。
“故郷”のためという譲れぬ大義がある彼らは文字通り命を賭して依頼を
そう、あらゆる手段をだ。譲れぬ大義があるからこそ、そのために彼らは非道とも言える手段さえも使用してそれを果たそうとする。
失敗してしまえば、待っているのは彼らが護りたいと願う故郷の人達の“死”なのだから。
それでも数年前までは元公国軍大佐を務め、軍に居た頃から清廉潔白で高潔な騎士の鑑とも謳われたバレスタイン大佐の存在、そして自分たちは誇り高き公国の軍人であったという意識がそんな非道さにストッパーをかけていた。
しかし、そんな大佐を筆頭にかつて公国軍の中核を担っていた多くの者たちがこの世を去っていった事、そして既に公国がその形を失って20年以上もの歳月が経過した事で、それらは次第に変性していった。
だからこそ今の“北の猟兵”とは文字通り、故郷のためなら何でもする組織なのだ。ーーー依頼を遂行するために必要と判断したならば、このユミルを焼き払う事とて決して躊躇うまい。
「ーーーオライオン曹長、いくつか質問がある」
「はい、何でしょうかオズボーン少尉」
「貴官は如何にしてこの情報を入手した?」
「貴族連合への潜入任務。それの遂行によって。詳細は秘匿事項のため、お教え出来ません」
無機質な、感情を伺わせない瞳で淡々とアルティナは応える。
「こちらに向かっている部隊の規模は?」
「およそ一個大隊程になります」
「一個大隊ですか……それはまたずいぶんと大判振る舞いしてきましたね」
アデーレ・バルフェットはアルゼイド流皆伝の達人である。
並の部隊なら一個大隊まで片付ける自信がある、だが精鋭と名高い北の猟兵が相手となると命を賭して一個中隊の相手がやっとといったところだろう。
しかもこれはあくまで部隊の中に達人級の腕を持つ、二つ名持ちがあくまで居ないことを仮定してだ。
北の猟兵ほどの高ランクの猟兵ともなれば、達人級をそれ相応に抱えているものだから、これはかなり希望が入り混じった仮定と言えるだろう。
「もう一つ、敵の進軍ルート、それに関してはわかっているか」
「はい、もちろん把握済みです。こちらがその情報になります」
その言葉と共にアルティナはこの周辺の地図と敵部隊の情報が記されたレポートをリィンたちへと手渡す。
そうして、情報を貪るかのように目を走らせていたリィンはしばらくすると
「ーーーそれで如何致しましょうか少尉。オズボーン少尉、アランドール大尉、リーヴェルト大尉の何れかと合流を果たせた場合は以後指揮下に入るようにとの命令を私は受けています。ご指示をお願い致します」
そしてそんな余裕に満ちたリィンとは裏腹にアデーレは葛藤の只中にあった。一体自分はどうすべきかと。
彼女はアルフィン皇女という護らなければならない
いや、足手纏いは彼女だけではない、もしもこの地で迎え撃つというのなら此処に居るシュバルツァー一家、そしてユミルの民総てが半ば人質のようなものだ。
それら総てを守り抜きながら北の猟兵を相手取る等というのは至難どころの話ではない、もはや不可能である。
故に迎え撃つのではなく、相手がこちらに向かって進軍しているところを強襲して指揮官なりを討ち取る、“勝利”を目指すならばそれしか手は無いだろう。
だが彼女にはそれが出来ない、何故ならば彼女はアルフィン皇女の護衛だからだ。
ーーー現状アルティナの発言が本当に真実なのかを確かめる術が彼女には存在しない。
その無機質な瞳からはあらゆる感情が読み取れず、虚偽をしているかどうかの判断がまるで出来ないのだ。
アルティナの情報を信じて現地に赴いてみれば、誰も居ずに自分が不在の間に姫様を攫われて居ましたでは話にならないのだ。
本来であれば、護衛として彼女が最優先すべきはアルフィン皇女の身の安全なのだから“逃げる”事を提案すべきだろう。
だが、アルバレア公は今回の一件で皇女殿下の“保護”のついでにどうもシュバルツァー男爵家を見せしめのための“生贄”にするつもりでもあるようだ。
此処で逃げる事、それはすなわち世話になったシュバルツァー家の方々を、そしてユミルの民を見捨てるという事になるのだ。
まずアルフィン皇女は了承しないだろう、そしてアデーレ自身もまた騎士としての誇りと人としての情がそれを許さない。
状況は限りなく悪かった。ほとんど八方塞がりと言って良いだろう。ーーー少なくともその場に居合わせた者たちにはそう思えたのだ。
「北の猟兵を迎え撃ち、殲滅する。ついては貴官にも一働きして貰いたい」
ただ一人、鋼鉄の意志を宿した“英雄”を除いて。
まるでアルティナの情報が事実であるという確信を抱いているかのように。既に勝利への道筋は見えているとでも言わんばかりに。
「承知致しました」
そして発言にもアルティナは特に動じる事もなく頷く。
何故ならば彼女にとっては命令に従う事こそが全てであり、現在自分へと命令を下す立場となったのはリィン・オズボーンなのだから。
その判断の是非を求められれば一応、彼女なりの意見を提示する。だがそうでないのならばその判断の是非に問いかけるのは自分の役目ではないとでも言わんばかりに。
「お待ち下さいリィンさん、いくらなんでも貴方とアルティナさんのお二人だけというのは余りに危険すぎます。此処はアデーレさんやトヴァルさんも一緒に……」
「恐れながら殿下、それは悪手です。そうしてしまったらこの里と殿下を護る者が消えてしまいます。バルフェット大尉とランドナー氏には
「……私は虚偽などしていません。それをおわかりだからこそ、少尉も討って出る事をお決めになったのではないですか?」
無機質だった瞳に初めて感情の色を宿してアルティナはどこかムッとした様子で己が上官へと抗議する。
「ああ、
ーーーだが残念ながら、それに総てを賭けてくれと言えるほどに現状の貴官は実績を積み上げていない。
虚偽はしていなくても意図的に流した誤情報を掴まされた可能性もある。故にこその処置だ、悪いが理解してくれ」
どこか拗ねた妹を宥める兄のような様子を見せてリィンはアルティナへとフォローを入れる。決してそちらの情報を信じていないわけではないのだと言いながら。
一ヶ月の眠りから目覚めた事で以前以上に冴え渡っている統合的共感覚と直感の二つは眼前の少女の情報が正しいという事を示している。
だが、だからといってそれに総てを投入するのは余りに後先を考えてなさすぎるというものだろう。
討ち漏らし、別働隊、そういった存在がリィンの警戒のセンサーをくぐり抜けて里へとたどり着く可能性は十分にある。
そしてそのレベルならばアデーレ・バッフェルトとトヴァル・ランドナーならば問題なく片付けられるだろうと踏んでこその判断であった。
「ご心配には及びません、何も正面から一個大隊を纏めて斬り伏せようというつもりではありませんから。
きちんと策は用意してありますよーーーつきましては、この策を決行するに辺り領主たる男爵閣下にもご裁可を頂きたく」
そうしてリィンは安心させるための微笑を意図的に作り、作戦の概要を説明するのであった。
グッバイ北の猟兵、フォーエバー北の猟兵