(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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この作品の主人公はリィン・オズボーンですが
この内戦の主役はリィン・オズボーンであると同時に、オリヴァルト・ライゼ・アルノールでもある。そんなイメージです。


世の礎たるために

 出現した煌魔城。

 紅き翼はただちに囚われたセドリック皇太子を解放するべく突入する……というわけにはいかなかった。

 何せ今、紅き翼にはこの国に於いて至尊の座に在りし存在、ユーゲント・ライゼ・アルノールとその妻たるプリシラ后妃も乗り合わせている状態なのだから。

 必然、一先ずお二方を安全な場所に送り届けてからという話になる。

 

 

 アルフィン・ライゼ・アルノールは不安に駆られていた。

 皇帝たる父の勅命が下り、これでようやく戦いは終わるのだと喜んだのも束の間、自分の住まいたる皇城が突如として禍々しい変貌を遂げたのだ。

 一度途切れた緊張の糸を取り戻すというのは難しい、まして其れがずっと無理をしてきた少女であるのならば尚更である。

 其処にいるのは皇女ではない、ただの少女の姿であった。

 ーーー父様や母様や兄様、そしてセドリックはどうなったのだろう?

 そんな不安が心を押し潰そうとする、不安で不安で仕方がない。

 皇女として気丈に振る舞わなければならないとわかっているのに、それが出来ない。

 

 そんな風にどうしようもない不安と焦燥感に駆られているとそっとその手をにぎる温かな温もりを感じて

 

「大丈夫です。姫様、きっと大丈夫です」

 

 微笑みながらそんな風に告げてくる親友の姿があった。

 

「エリゼ……」

 

 根拠など全く無い発言だ。

 でもそんな親友の励ましの言葉がアルフィンの心へと何よりも染み渡る。

 自分は決して一人ではないのだと、そう思えたからだ。

 そうきっと大丈夫だ、何故なら兄は自分に約束してくれたのだから。

 家族5人揃って帝都で会おうと。

 親友の手を強く握り返しながら、アルフィンは心から女神へと祈りを捧げる。

 どうか、私の大切な人達が無事で在りますようにと。

 

「殿下、閣下。オリヴァルト殿下より通信です。

 皇帝陛下を救出したゆえ、今から此処に連れてくると」

 

 そして、やはり兄はそんな自分の願いを叶えてくれたのだとアルフィンは安堵するのであった……

 

・・・

 

「お父様!お母様!!!」

 

 最愛の両親の姿を見た瞬間、アルフィンはたまらず走り出し、その胸に飛び込む。

 そこに居るのは気高き皇女ではない、ただ家族との再会を喜ぶ少女の姿があった。

 

「すまぬ……そなたには苦労をかけたな」

 

「貴方の活躍は陰ながら聞いていました。よく頑張りましたねアルフィン、母として貴方の事を誇りに思いますよ」

 

 優しく抱きしめられながら告げられたその言葉にアルフィンは総てが報われる思いを感じていた。

 城があんな風になってしまったのは気にかかるが、それでもこれで内戦前の日々が戻ってくるのだと、そう思ったところで肝心の後一人が居ない事に気づく。

 

「お父様、お母様……そのセドリックの姿が見えないようですけど、あの子は一体どちらに?

 私、あの子にずっと謝らなければいけないと思っていた事があるんです」

 

 娘からのその問いかけに皇帝と后妃は罰が悪そうに顔を伏せて……

 

「セドリックはカイエン公に連れて行かれた。恐らく今、あの城の中に居るはずだ」

 

「そんな……」

 

 父から告げられた言葉がアルフィンの心を打ちのめす。

 内戦が始まったあの日、アルフィンは弟であるセドリック皇子と喧嘩をしたのだ。

 その内容自体は些細なものであった、売り言葉に買い言葉のちょっとした姉弟喧嘩。

 アストライアで親友から「姫様の方から謝るべきだと思います、いくらご姉弟とはいえ、本人が気にしている事をからかうのは余り品の良い冗談ではありませんよ?」と宥められたのもあって、帰ったら謝ろうと、そう彼女は考えていたのだ。

 「ごめんなさい」と姉の方が謝って「僕の方も言い過ぎたよ」と弟が返す、そうして長兄であるオリビエは弟と妹の仲直りを祝して一曲披露する、そんな当たり前の光景が広がるはずだったのだ。

 だけど、内戦が起こってしまい、家族は離れ離れとなってしまった。

 ーーーもしも、このまま一生会えないなんて事になったらどうしよう、そんな不安に駆られて、それでも必死に大丈夫だと言い聞かせて居たというのに。

 

「父様!大丈夫ですよねセドリックは!だってあの子は皇太子ですもの!

 カイエン公だって、そんな荒っぽい真似は……」

 

「・・・・・・・・・」

 

 懇願するように縋りつく娘に対してユーゲント皇帝は沈痛な表情を浮かべ、黙り込む。

 自分は勅命を下した、にも関わらずカイエン公はそれに応じず煌魔城を顕現させた。

 そうなれば、恐らくカイエン公の目的は……となまじ裏の事情を知るが故に、安易に娘の問いに対して応える事が出来ない。

 押し黙ってしまった父を見てアルフィンは絶望的な心境になる。

 あんな会話が弟と交わした最期の言葉になるだなんて絶対に嫌だと。

 

「ーーーご安心下さい殿下、セドリック殿下は必ず自分が救出致します」

 

 そしてそんな姫君の不安を拭うべく、彼女に剣を捧げた騎士はそう誓いの言葉を口にしていた。

 

「リィンさん……?」

 

 湛えた微笑みは優美さを感じさせるもので、思わず見惚れるようなものだ。

 だが、纏う雰囲気が以前と変わっていた。

 以前までのリィンにはどこか緊張を強いる緊迫感があった。

 それは例えるならば良く斬れるが鞘に収まっていない抜き身の刃。

 取扱を誤れば自らの身さえも斬り裂くような魔剣の如き危うさがそこにはあった。

 だが、今のリィンは違う。

 良く斬れる刀である事に代わりは無い、だが以前にはなかった暖かさがそこには宿っている。

 それは鞘に納められた磨き上げられた名刀だ。

 

 そんなかつては覚える事のなかった安心感をアルフィンは目の前の騎士に対して覚えていた。

 

「殿下は私の願いに答え、今日まで皇女として必死に尽力して来て下さいました。

 故に殿下のそのご献身に私もまた応えましょう。

 祖国と皇帝陛下にこの身を捧げた帝国軍人として。

 殿下に剣を捧げし騎士として。

 何よりも、一人の人間として。

 必ずや弟御を無事連れて帰ると此処に約束させていただきます。

 セドリック殿下に比べればついでも良いところですが、もう一人連れ戻さないとならない馬鹿(・・)も居ますので」

 

 その言葉には必ず約束を護るというより強固な意志、そしてアルフィンを気遣う確かな優しさが込められていた。

 

「あ……」

 

 故にアルフィン・ライゼ・アルノールは安堵の涙を零す。

 これで安心なのだとそう魂が告げていたから。

 自分は目の前の騎士に相応しい皇女で在れたのだと、そう報われる想いを抱いたから。

 

「おっと、リィン君ばかりにいい格好をさせる気はないよ。

 他ならぬ私の弟の身に関する事なんだからね。

 当然私もセドリックを助けに行くつもりだ」

 

 そしてそんなリィンへと続くかのようにオリヴァルト・ライゼ・アルノールは優しい笑みを湛えながら告げる。

 

「しかし殿下、危険です」

 

「危険なのは百も承知。決して足手まといにならないことは先程離宮で証明しただろう?」

 

「あの時と今は状況が違います。

 離宮の警護を務めているのは近衛兵でした。故に殿下が相手ともなれば士気が低下することは明白。だからこそ危険を伴ってでも殿下が前に出る意義がございました。

 しかし、これより突入する煌魔城に居るは皇族に対する敬意を持ち合わせぬ狼藉者ばかりです。

 殿下がご無理を為さる理由は……」

 

「理由なら、あるさ」

 

 説得を試みるリィンに対してオリビエは真剣そのものの表情を浮かべて

 

「カイエン公によって囚えられているのは私の愛する弟だ。命を賭けるには十分すぎる理由だろう」

 

「ーーーーーーーーーーーー」

 

「私に戦う力が無いのならば、足手まといにしかならないと言うのならば委ねよう。

 だが私には君やアルゼイド子爵には及ぶべくもないが、それでも戦うだけの力が備わっている。

 ならば、指を咥えて任せるだけなんてことは出来ない」

 

 そこに込められた覚悟のほどにリィンは押し黙る。

 理屈で言えば、いくらでも反論は想い浮かぶ。

 しかし、そのような理屈を捏ねる事、それ自体がこの想いの前には無粋な様に思えてしまったが故に。

 

「……お気持ちはお察し致します。ですが殿下、やはり臣下の身として言わせて頂くならばーーー」

 

 しかし、それでもリィンは理に依る説得を試みる。

 正誤を超えた想いがあることは理解した、しかしそれでもやはり理を全面無視するのは危険だと思うが故に。

 誰かが情に流されず諌める役目を引き受けねばならぬと考えるが故に。

 

 しかし

 

「なんと言われようと、こればかりは私は譲る気はない。諦めたまえ、リィン君♥」

 

 にこやかに笑いながらそう言われてしまえば、もはやリィンにはどうする事もできずに諦めたかのように嘆息して

 

「承知いたしました。守護の剣を振るう者として、必ずや御身をお守り致します」

 

「ふふ、頼りにしているよ。だがまあそこまで気にする必要はないさ。

 自分の身位自分で護るし、何よりも私には頼もしい親友が居るからね」

 

「ああ、いつの間にやら追い抜かれしまったが、兄弟子として弟弟子にそうそう負けるわけにはいかないからな」

 

 信頼の篭った主君からの視線を受け止めてミュラー・ヴァンダールは前へと歩み出る。

 その表情には何があっても主君を守り抜くという絶対の覚悟が込められていた。

 

「無論、私も同行させていただきます。私はなんと言ってもカレイジャスの艦長であり、主君の道を切り開くアルゼイドの使い手なのですからな」

 

 アルゼイドの剣の真価を発揮する時は今だとヴィクター・S・アルゼイドが

 

「当然、私も行きますよ。可愛い姫様にこんな顔をさせているあの髭面には言ってやりたい事が山程あるんですから。姫様の騎士としてきっちり落とし前をつけさせてやりますとも!」

 

 うちの可愛い姫様を泣かせた奴はどこのどいつじゃーと言わんばかりの怒り心頭な様子でアデーレ・バルフェットが

 

「我ら鉄血の子、今こそ我らが父の忘れ形見のために。なーんつってな。

 義弟が身体張るって言ってんだ。当然、俺達も付いていくぜ」

 

 冗談めかした口で告げたレクターの言葉に頷くようにクレアも前に出て

 

「中佐をサポートする事が私の役目です」

 

 自分の居場所は貴方の隣にこそあると言わんばかりにアルティナも前に出て

 

「アハハハ、契約は最期まできっちり果たすのがうちの流儀だからね。

 西風の二人ともやりあってみたいし、何よりもリィンと一緒に戦える最後の機会だもん。

 当然、私だって同行させてもらうよ♥」

 

 まるで戦場ではなく遊戯場へと赴くかのようにキラキラとシャーリィ・オルランドは目を輝かせて

 

「どうやらうちの子達も皆同じ気持ちのようです。

 Ⅶ組一同、オリヴァルト殿下にどこまでも付いていく所存です」

 

 頼もしい教え子たちの意志を代表するかのようにサラ・バレスタインもまた参戦の意志を申し出て

 

「皆さん……」

 

「なるほど」

 

 感動するアルフィン皇女とプリシラ后妃、そして感慨深そうにユーゲント皇帝はつぶやいた後に己が息子を見つめて

 

「これが、お前が束ね上げたものなのだな。オリヴァルトよ。

 アルフィンと言い、知らぬ間に子どもというのは大きくなるものだな」

 

「いえ、私はそう大した事はしていません。

 貴方が築いてくださった礎にただ、私は続いた。

 それだけのことですよ、父上」

 

 凛とした微笑みを見せる己が息子、それを眩しそうにユーゲント皇帝は見つめる。

 諦めてしまった(・・・・・・・)自分と違い、この息子のなんと眩しい事かと。

 この息子ならば、あるいはあの男(・・・)とは違う形で運命に抗う事が出来るのではないかとそんな親の欲目も込みの期待を抱いて。

 そして親としての息子を見つめる視線から、この国の皇帝としての威厳を身に纏って……

 

「我が子オリヴァルト、そしてそれに付き従う忠臣達へとエレボニア帝国第89代皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールが命じる。

 我が子セドリックを救出し、逆賊カイエン公を討伐せよ!」

 

「「「「「「「イエス、ユア・マジェスティ」」」」」」」」

 

 下された勅命に対して恭しく一行はその場にて跪く。

 此処に為すべきことは定まった、後はやり遂げるのみだと決意を抱いて。

 

「兄様、皆様。どうかセドリックの事をよろしくお願いいたします」

 

 決戦の地に赴こうとする勇士たちに可憐なる皇女はそっと声をかける。

 一人の姉として、弟の身を案じる言葉を述べて。

 

「ああ、任せておきなさいアルフィン。次に会う時は帝都で一家5人揃って。

 順番は少しズレてしまったが、私は誓ってあの言葉を嘘にする気はないのだからね。

 だからどうか笑って待っていて欲しい。兄としては妹にはやはり、憂い顔ではなく笑顔で居て欲しいものだからね」

 

 優しい兄のその言葉にアルフィンは安堵の涙をこぼしそうになるが、すぐさまそれを拭い去り

 

「はい!信じて待っています!」

 

 そうして紅き翼を携えた若き獅子たちは、帝国の至宝の花の咲き誇ったような可憐な笑みに見送られながら決戦の地へと赴くのであった……

 

 




え?宰相閣下本当にこの空気で出てくるんですか?
なんか凄く「世の礎たるために」が流れ出して貴方が出てこなければ何もかも丸く収まりそうな空気漂っていますけど?
もうたくましく成長した息子に跡のことは任せて隠居なさったらどうです?

まあ本当に隠居されたら、帝国を纏め上げる強力な指導者が居なくなるので
多分クロスベルを共和国に分捕られて、内戦の痛手もあるので、色々と劣勢になって国がヤバイ事になるんですが。

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