(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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「数多の困難や現実を前にただ立ち竦むのではなく、ある1つの想いを抱いて明日へ続く道を歩んでいく。それを『夢』というのよ」




 たどり着いた場所は《緋の玉座》と呼ばれる、《煌魔城》の最奥。

 かつて250年前、獅子心皇帝と槍の聖女が偽帝オルトロスと死闘を演じた決戦の地でもある場所だ。

 

「随分とひどい面をするようになったな、クロウ。なんだ、その腑抜けた面は?」

 

 目前の親友からは明らかに覇気というものが抜け落ちていた。

 そして、そんな様がリィンにはなんとも腹立たしい。

 なんだその様は、それでもお前は俺の親友かと。

 

「そういうお前は少し変わった……いや、戻ったのか?」

 

 対峙する親友の纏う空気、それの変化をクロウは感じ取っていた。

 みなぎる覇気になんら変わりはない、圧倒的な存在感とでも言うべき重圧を目前の親友から感じる。

 だが、そこに以前とは異なる何かが宿っているように感じられたのだ。

 それはそう、以前までの相手が宿り、あの内戦が始まった日、自分が目の前の友人から奪った“優しさ”と呼ばれる、暖かいものであった。

 

「かも知れないな。大切な事を思い出した、いや思い出させてもらったからな彼女には。

 彼女だけじゃない、多くの人から思いを託されて俺は此処に居る」

 

「……そうかよ」

 

 晴れやかなどこか吹っ切ったような表情を浮かべる親友を前にクロウは悟る。

 ああ、やはり自分達(・・・)は敵役なのだと。

 多くの人の思いを託されて、悪の大貴族に囚われた皇子様を救出するべくたどり着いた若き騎士。

 それが向こうで自分はさしずめその悪の手先と言ったところだろうか。

 

「それで、帝国軍人として俺を討ちに来たってわけか。

 ーーー良いぜ、来いよリィン。受けて立ってやる」

 

 その言葉と共にクロウ・アームブラストは獲物であるダブルブレードを構える。

 友を裏切り、復讐を果たし、悪の貴族に与した自分に残る執着などもはや目の前の宿敵と決着をつける事、それ位なのだと。

 そして、リィン・オズボーンもまたその双剣を鞘より抜き放ち……そのまま、地面へと突き刺した。

 

「……は?」

 

 呆けたようにクロウは言葉を発する。目の前の友人の行動の意図が理解できなかったからだ。

 

「帝国軍人として、お前を討ちに来たのかとお前は問うたな?それに対する答えは……yesでもあり、noでもある。

 言っただろう、多くの思いを託されて俺は此処に来たと。

 軍人としてカイエン公を討つため、セドリック皇太子殿下を救出するため、それも此処に来た大きな目的の一つだ。

 だが、もう一つ此処に来た大きな理由がある」

 

 そこでリィンは微笑を浮かべて

 

「トールズ士官学院副会長としてクロウ・アームブラストとかいう名前の不良生徒を連れ戻す、そして俺達と一緒に卒業させる。それが此処に来た大きな理由の一つだ」

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 その言葉にクロウは完全に呆気に取られる。

 しかし、再起動を果たして……

 

「……おいおい、何言ってやがる。

 今更、そんな事無理だってのは良くわかっているだろうが。

 俺をぶっ殺すって言っていたのはどこのどいつだよ」

 

 帝国軍人として蒼の騎士を討つと鋼鉄の意志で以て宣誓したのは他ならぬお前だっただろうにと指摘するその言葉にリィンは……

 

「ああ、そんな事も言ったな。じゃあ撤回する事にしよう」

 

 あっさりとした様子で前言の撤回を宣言する。

 

「な……!?」

 

「別に問題ないだろ。あんな発言は何ら法的拘束力を持つものではない。

 なら撤回することだって自由のはずだ。まあ売り言葉に買い言葉って奴だ、多めに見てくれ。

 俺だって人間なんだ。思わずカッとなる事だってあるさ」

 

 泰然自若、そんな言葉が相応しい様子でリィン・オズボーンはあっさりと自分の言葉を翻す。

 違う。全く以て違う。今まで相対していた宿敵と今の親友の姿は全く違う。

 自分は完璧でなければならぬのだという潔癖さ、張り詰めた空気が目前の相手からは消えていた。

 でかい、とてつもなくクロウの目には今の親友の姿が大きく映っていた。

 

「というわけで前言を撤回した上で、改めて言うぞ。戻って来い、クロウ。俺達と一緒に卒業しようぜ」

 

 差し伸べられた手、それは英雄としてではなく、一人の人間としての友情による行動だ。

 思わず、その手をすぐにでも取りたい衝動がクロウを襲うが……

 

「……出来るわけねぇだろ!俺は帝国解放戦線のリーダーで、帝国宰相暗殺の、てめぇの親父を殺した張本人なんだぞ!てめぇの親父だけじゃない、てめぇの師匠だって殺した!!!今更のうのうとお前らのところに戻って青春ごっこなんて出来るわけがねぇだろうが!!」

 

 絞り出すように、吐き出すように、己が罪を告解する罪人として差し伸べられた手を取ろうとした自身の手を握りしめて、クロウは告げる。もはや、自分にそんな資格はないのだとそう断じて。

 

「クロウ……」

 

 そんな親友の言葉を真っ向からリィンは受け止めて、一瞬目を閉じる。

 脳裏に過るのは偉大なる父と師の姿。

 心からリィンが尊敬していた二人の偉大な人物、それを殺したのは紛れもなく目の前の親友だ。

 目の前の親友に抱く憎悪、それをリィンはしかと自覚する。だが、その上で伝えなければならぬ思いがあるのだと口を開こうとした瞬間

 

「いやはや、中々に美しい光景だ」

 

 パチパチと上段から見下ろしながら一人の男が拍手をしながらも大仰な様子で告げる。

 その男の名はクロワール・ド・カイエン、今回の内戦を引き起こした大罪人である。

 

「友と一緒に見果てぬ夢を追いかける若人、されどその間にはもはや言葉では決して埋めることのできぬ“断絶”が存在する。

 何故ならば片や鉄血により滅ぼされた亡国の遺児、そして片やその鉄血の継嗣。最初から彼らは別々の道を歩む者だったのだから!

 ああ、なんという悲劇か!もはや、共に夢を語り合ったあの青春時代は決して戻らぬのか!?

 等と、それこそ帝都の劇場でも上演できるような一級の見世物(・・・)だーーーそうは思いませんかな、オリヴァルト殿下?」

 

「あいにくと、私は一流の悲劇よりも三流のハッピーエンドのほうが好き、という立ち位置でね。

 例え、専門家からは“ご都合主義だ”等と酷評される事になっても頑張った登場人物たちが幸せになれて、観終わった後にああ、いい話だったなと思えるような優しい話が好きなんだ。

 ーーーまして、我々が生きているのは現実なんだ。第三者からの好き勝手な論評などよりも、自分達に取っての最高の結末を掴み取りたいと思うこと、それは当然ではないかな?」

 

「なるほど、なるほど、確かにごもっともな話です。

 誰とて、たどり着きたい未来が、叶えたい“夢”の一つや二つ持っているものなのですからな」

 

「ああ、そして私がその思い描く最高の結末とは誰一人として欠けること無く、家族全員でまた会う事だ。

 ーーー返してもらおうか、私の大切な弟を」

 

 静かな、されど決して譲る気はない風格と弟をさらった誘拐犯(・・・)への怒りを込めながらオリヴァルト・ライゼ・アルノールは愛銃を構える。

 そこには何時も洒脱でおちゃらけていて道化を演じていた男の面影はない、オリヴァルト・ライゼ・アルノールは静かに目の前の光景に怒っていた。

 

「意外ですな、殿下がそうまで必死になってセドリック皇子殿下を救出しようとするというのは。

 貴方にとってセドリック殿下は“邪魔”でしかない存在のはずでしょう。

 何せ長兄でありながらも貴方は庶出のために、それほどの才幹を有しながらも皇位継承権を有していない。

 セドリック殿下がおられる限り、貴方は皇帝の座に就く事が出来ないのですぞ。

 これほど、目障りな存在などいないでしょう。ーーーかつての私にとっての兄のようにね」

 

 挑発ではないのだろう、心底オリビエが何故必死になるのかわからぬ様子でカイエン公は疑問を投げかける。

 それは彼がかつて居た兄という存在を心通わす家族ではなく、後継者争いのライバルとしか思っていなかった事を如実に示していた。

 何せ、皇帝というのはこの国に於ける至尊の地位なのだ。その価値を思えば、兄弟などという存在は血がつながっているだけの邪魔者でしかないだろう。

 

「この内戦で殿下は随分とご活躍された。

 アンゼリカ君にユーシス君と四大名門の若者達とも随分と親密になったご様子。

 かつてならばともかく今の殿下ならば、この国に於ける至尊の地位へと十二分に手が届く。 

 だが、それには皇太子である弟君こそが最大の障害のはず。

 故にこそ、腹心のミュラー君と灰色の騎士殿しか居ない今、事故(・・)にでも合ってもらうつもりなのだと思っていたのですが」

 

 カイエン公にとって皇帝の座とは夢であり、悲願である。

 だからこそオリビエの皇位継承権にとらわれない自由人としての振る舞いは演技であり、ポーズだと認識していた。

 望めば至尊の地位に手が届く立場にありながら、そうしない人間など彼にとっては想像の埒外なのだ。

 故にこそ、今、この瞬間はオリヴァルト・ライゼ・アルノールにとっては最大の好機のはずだ。

 何せ、此処でセドリック殿下が不幸な事故に合われたとしてもその責任を総て自分へと押し付ける事が出来るのだから。

 目撃者であるミュラー・ヴァンダールは彼の腹心中の腹心であり、自分の怨敵の遺児にはそれこそアルフィン殿下の婿にでも迎えて重用する事を約束すればいい。

 少なくとも、自分がオリヴァルトの立場であれば確実にそうするだろう。

 そう、皇帝という玉座に魅了された男は己が立場から予想していたのだ。

 

 そしてそんなカイエン公からの邪推(・・)を受けてオリビエの心を満たしたのは怒りではなく、憐憫であった。

 権力という座に囚われ、血の繋がった家族にさえも心を許す事が出来ずに、ライバルとしか見ることの出来ない目の前の人物を哀れだと思ったのだ。

 

「あいにくと私は皇子オリヴァルト・ライゼ・アルノールである前に、セドリック・ライゼ・アルノールの兄オリビエでね。

 弟を押しのけてまで、血塗られた玉座に就く気はないよ。そもそも、もしも私がそんな血迷った真似をしようものなら横にいる親友が決して許しはしないだろうしね」

 

「当然だ。万が一お前がそんな風になったその時は命を賭けて、全霊を以て止めてやるさ。俺はお前の親友なのだからな」

 

 忠誠には様々な形がある。

 主君が過ちを犯しても地獄の底まで伴をするのが忠誠だと言うものも居る。

 主君が過ちを犯したならば、命をとして諌めるのが忠誠だと言うものも居る。

 恐らく、それは文字通りの形の違いであり、そこに優劣はないのだろう。

 肝心なのはそれを貫けるかどうかだ。

 命を賭けて諌める立場にありながら、不興を買うのを恐れ諫言をしない。

 最期まで供をすると決めていながら、最期の最期で裏切る。

 これらは紛れもない不忠で有り、怠慢であろう。

 そして、ミュラー・ヴァンダールに限ってそんな不忠も怠慢は有り得ない。

 もしもオリヴァルト・ライゼ・アルノールが万が一にも道を誤るような事があれば、彼は先の言葉を体現するだろう。

 そんな親友の忠誠(友情)にオリビエは心から感謝するように笑みを向け、再びカイエン公の方へと決意を宿したその瞳を向けて

 

「そういうわけで、私の“夢”を叶えるためにはセドリックの存在は必要不可欠なんだ。

 改めて言おう、私の大切な弟を返してもらうぞカイエン公!」

 

「ふふふ、残念ながらそれを叶える事は出来ませんな殿下。私の“夢”を叶えるには殿下にご協力頂かねばならぬのですから。そう、かつての祖先が追い求め、今まさに叶わんとする“夢”がね」

 

「かつての祖先……まさか」

 

「そうーーー皇帝オルトロス・ライゼ・アルノール!公爵家出身の二妃より生まれ、後の世にて“偽帝”と称されし人物。獅子戦役にてドライケルス帝に敗れた彼の汚名と屈辱を晴らす事こそが、我が公爵家が受け継いできた悲願であり、使命なのだよ!!!

 大いなる帝都ヘイムダル、その支配者の証となる煌魔城と緋の騎神をこの手に収め、“愚帝”によって歪められた“貴族による支配”というこの国の秩序を取り戻す事、これこそが我が公爵の大望であり、私の“夢”なのだよ!!!」

 

 陶酔しきった様子でカイエン公は告げる。

 その瞳には凡そ理性というものが感じ取れない、妄執に満ちていた。

 

 そしてそんな様を見てリィンはため息を深くついて

 

「それで、そんな公爵閣下の“夢”とやらに手を貸すためにお前はこの場に立っているというのか、クロウ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかけられた親友からの問いかけにクロウは答える事が出来ない。

 代わって答えたのは別の人物であった。

 

「ふふふ、蒼の騎士殿には伯爵の地位と私の親衛隊隊長の地位を約束しているのだよ。

 というわけだ、さあ憎き怨敵の遺児を父と同じところへ送ってやりたまえ!」

 

 本人としては叱咤激励のつもりなのだろう、だがその言葉は完全に逆効果であった。

 見当違いの援護射撃を受けて、クロウは大きくため息をついて……

 

「地位だの名誉だのには興味はねぇ。カイエンのおっさんの大望とやらにもな。

 この国がどうあるべきかなんて事はそもそも俺に論じる資格も無いしな。

 だが、だからといって自分が間違っていました。ごめんなさいとそっちにあっさりと戻る事なんて今更出来るかよ!」

 

 その言葉と共にクロウ・アームブラストの姿が愛機たる蒼の騎神の核へと取り込まれていく。

 

「罪も名誉も帝国の命運も関係ねぇ!ただ、お前と決着をつけるために俺は此処に居る!」

 

 今も心の中に渦巻くごちゃごちゃとした思い、それらをクロウ・アームブラストは自分の血肉へと変えていく。

 刀匠が己の持てる総てを刀に込めるように、一振りの剣へと己を変えていく。

 

「良いだろう!お前の首根っこ引きずってでも卒業させてやる!これまでと同じようにな!」

 

 いつものこと、そういつものことだ。

 授業をサボって抜け出した目前の悪友を強引に引っ張って、先生方に頭を下げさせて補習を受けさせる。そんな事をずっと自分はしてきた。

 今回は何時もに比べてワガママぶりがひどいが、自分のやるべき事はあの頃と変わっていない。

 帝国の命運も目前の相手が負った罪についても今は関係ない、やる事は悪友との“喧嘩”だ。

 そう、己が愛機へと乗り込んだリィン・オズボーンもまた自らの思いを血肉と化し、一振りの剣へと己を変えて行く。

 

「さあーーー始めるとしようぜ!誰にも邪魔させねぇ!俺とお前、最期の勝負を!!」

 

「望むところだ!真っ白になるまでーーー今も互いの心の中にこびり着いたものを完全に吐き出して、互いの魂が燃え尽きるまで!!」

 

 リィン・オズボーンとクロウ・アームブラスト。

 鉄血の継嗣にしてジュライの遺児、そして正規軍の英雄灰色の騎士と貴族連合の英雄蒼の騎士たる二人は三度目の激突をーーー否、もはや数える事も出来ぬ位に重ねた“喧嘩”を開始した。

 




アルティナちゃんが気配遮断をしているのは別に作者が忘れているわけではなく、とある理由によるものです。
和解する前に一回決闘を挟む事が重要。僕は遊戯王でそう学んだんだ!

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