「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「はあああああああああああああああああああ」
灰と蒼、2機の騎神がぶつかり合う。
灰の騎神が振るうのはヴァンダールの双剣。
かつて獅子心皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノールも振るった守護の剣だ。
何もかもがかつて激突したときとは別人。
愛を知り理へと至ったリィンの力量は今や帝国、いや大陸に於いても最高峰と称される領域に到達している。
故に、クロウ・アームブラストでは当然の如くリィン・オズボーンには敵わない。
現実は物語ではないのだから。実力伯仲の好敵手同士の激突などそうそう起こりえない。
意気揚々とぶつかりあった二人は、物語として見れば拍子抜けも良い、あっさりとした決着をーーー
「そう簡単に行かせるかよ!」
否、クロウ・アームブラストはそうはさせじと渡り合う。
それは一体如何なる理由によるものだろうか、リィン・オズボーンは理へと至った。
その言葉の意味はとてつもなく重い。大陸でも最高峰、比喩抜きでの一騎当千、人の形をした戦術兵器、そんな領域へと足を踏み入れたという事なのだから。
今のリィン・オズボーンの振るう剣戟は何もかもがかつてと桁違いである。
ならば、かつてのリィンと五分の戦いを演じたクロウ・アームブラストでは及ばない、それが当然の道理であるはずなのだ。
リィンが手を抜いているのだろうか?ーーー否、そんなはずがない。親友との決着をつける大一番でリィンが手を抜く事など有り得ない。
クロウがこれまで三味線を引いていたのだろうか?ーーー否、それもまた有り得ない。一度目はまだ心の中に躊躇いが合ったかも知れない、だが二度目の激突の時クロウ・アームブラストは真実本気だった。何故ならば、目前の相手はあの憎い怨敵の紛れもない継嗣であったのだから。だからこそ、第2形態等という本来ならば極力使いたくない切り札にまで頼って討とうとしたのだ。
ならば、一体如何なる条理がこの均衡を成立させているのだろうか?
「ったく、本当にとんでもねぇ野郎だな。一ヶ月足らずで第二形態に至っただけじゃなく、今度は剣の至境にまで至っているんだからよ!このバケモンが」
バケモノといいながらもその言葉にかつて宿っていた険と恐怖は無い。どこまでも友人への軽口のような軽妙さがその言葉には宿っていた。
「なら、そのバケモノとこうして対等に渡り合っているお前は一体なんだというんだ?
さっきまでの腑抜けた顔が嘘のような剣閃じゃないか」
それに応じるリィンもまた笑っていた。
かつて鋼鉄の戦意を身にまとっていた時が嘘のように、無邪気な少年のような笑みがその顔には浮かんでいた。
「は、自分でも驚きだが……なんだろうな、妙に澄んだ気持ちなんだよ。
色々と頭の中にごちゃごちゃ渦巻いていたものが全部血肉になっていって、最後に残ったのはちっぽけな男の意地って奴だ。
内戦の最中、クロウ・アームブラストはずっと
友を裏切ったという罪悪感、復讐を果たした後の虚無感。それらが押し寄せてカイエン公や深淵への義理立てだの、友を怪物へと変えてしまった責任感だのとそんな
彼が剣を振るう理由は義務だとか責任だとか義理だとか、そんなものではない。どこまでも己のために力を振るう、そんな
今、この瞬間クロウは自由であった。知らず自分を縛り付けていた多くの思いから解き放たれ、振るう理由はただ一つ。ただ、負けたくないとそんな子ども染みた思いのみだ。
それは無念無想彼我一体と呼ばれる剣の至境の境地。そこに今のクロウ・アームブラストは到達していた。
だが、それは決して彼が理に至った事を意味はしない。何故ならば、彼がこの境地へと至っているのはリィン・オズボーンが、数奇な運命で強く結びついた親友が相手だからこそなのだ。
親友だからこそ“対等”でありたい、宿敵だからこそ負けたくない、そんなちっぽけな子どものような意地が雑念を振り切り、クロウ・アームブラストをかつて無い境地に導いているのだ。
「そうか……なら、俺はその上を行くだけの事!勝つのは俺だ!」
だが、それでもリィン・オズボーンはその上を行く。
リィンに対抗するために無念無想、彼我一体の境地にクロウが至ったと言っても
リィンは素でそこに到達しているのだ。そして親友だからこそ負けられないと心が猛るのはリィンとて同じ事。
故に、単純なる技量の競い合いでは、クロウ・アームブラストはリィン・オズボーンに勝てない。
「抜かせ!」
故に均衡を成り立たせているのは武装の差であった。
量産した機甲兵用のブレードを振るっているヴァリマールに対して、オルディーネが振るうのはゼムリアストーン製のダブルブレード。
その武装の差が、二人の間の技量の差を埋めているのだ。
「こっちだけ、ズルしているみたいで気が引けるけど……ま、事前に武器の準備をしておくのも含めて戦いだ!まさか、卑怯だとは言わねぇよな!」
打ち込まれるダブルブレードの一撃、それをリィンは双剣によって横から弾く。
「まさか。卑怯というのはさっきからそこで“人質”を取っているような“恥知らず”を指すためにある言葉であって、武器の差による劣位なんてのは言い訳にすらなりゃしない。単に俺が事前準備を怠った、それだけの事だ。
ーーーそれに子爵閣下が言ってたよ。「“力”と“剣”は己の続きにあるものに過ぎない。振るうのはあくまで“己”の魂と意志ーーー最後にはそれが総てを決する」ってな!」
魔剣アングルバーンとそれを振るう火焔魔人。
自身を凌駕する尋常ならざる“力”に対してもそう宣言した気高き光の剣匠の姿、それをリィンを思い出す。
そして負けられないと思う。何故ならば彼は師の剣友であり、好敵手なのだから。
ヴァンダールの使い手として、アルゼイドに遅れを取るわけには行かないだろうと。
「は、だったら尚更負けるわけには行かねぇな!
魂と意志が勝敗を決するっていうなら、俺がお前に負けたらそれはつまり俺の魂と意志がお前に負けているって事になるじゃねぇかよ!!!」
勝ちたい。勝ちたい。目の前の相手に勝ちたい。
「ああ、そうだとも。“勝つ”のは俺だ!お前には、いやお前が相手だからこそ俺は負けられない!」
クロウ・アームブラスト。多くの時間と思いを共有した親友にして、偉大なる父と師を殺した宿敵でもある男よ。
俺はお前が憎い。父と師を殺したお前に対して、今も割り切りきれない怒りがこの胸に渦巻いている。
だけど、それでもお前と共にこれからの時間を歩んでいきたいとも思っている。
何故ならば、お前は俺の親友だから。お前が居なくなってしまえば、きっとせいせいしたと思いながらも、胸の中から何かが欠けてしまった空虚さをきっとこの先も抱え続けるだろうから。
そんな今も渦巻く二律背反の思いをリィンは双剣に込めて振るう。
「舐めんなよ
リィン・オズボーン。俺から仮面を剥ぎ取った怨敵の息子であり親友でもある男よ。
俺は何時もお前に怒りを感じていた。自分から祖父を奪い取った仇の息子でありながら、どこまでも真っ直ぐな瞳をしているお前が腹立たしかった。
自分の父の行いにより、どれだけの人間が轢き潰されているのか真実の意味で、まるで理解していないお前が腹立たしくてしょうがなかった。
だけど、何時からだろうか。そんな真っ直ぐな様に自分のかぶっていた仮面は剥ぎ取られてしまった。
復讐者として利用するために近づいたつもりだった、だけど気がつけば自分は祖父を失ってから初めて心の底から笑えるようになっていた。
それが、何よりも怖かった。このまま何もかもを忘れて、心の中にある憎悪を風化させて生きていく事を良しとしていそうな自分が。
そうして俺はお前たちの友情を裏切った。だからこそ、もうお前らのところに戻っては行けないと思う。
だけど同時にもしも、戻れるとしたらとそんな女々しい想いが今も心の中に渦巻いている事を自覚している。
そんな自分自身でも判別のつかないような複雑な想いを吐き出すようにクロウはそのダブルブレードを振るう。
そうして二人は幾度も互いの思いをぶつけ合うように剣戟を交わし合う。
言葉はどちらも発していない、だけどその剣を通して相手の想いが伝わってくるのだ。
言葉では表現できない、言葉に出せば陳腐なものになってしまいそうな思いが両者の剣には込められていた。
それは見ていて感嘆を禁じ得ない、まるで一流の芸術のような美しい光景だった。
形態はどちらも第一形態のままだが、それは両者が本気でない事を決して意味はしない。
第2形態は諸刃の剣、起動者は耐えず帝国の呪いにその身を侵され、強力な反面極端に取り回しが難しく、その戦い振りは荒々しいものとなる。そして、今両者は心技体はこの上ない絶妙なバランスにある。
此処で下手に第2形態という“力”に頼れば、その崩れた心のバランスを磨き抜いた技によって突くだろう。
故にこそ今の状態こそが目の前の相手に“勝つため”の最善の姿であり、掛け値なしの全力なのだ。
どれだけ剣を交わしただろう、やがて二人はまるで示し合わせてかのように距離を取り、霊力をその刀身へと集束させて行く。
これが最後の激突になるだろう。両者は自分の中にある総てをその刃に注ぎ込む。
激突を前に、両者は奇妙な感慨を味わっていた。ああ、これで終わってしまうのかと。そんな寂寥感が心を満たす。
それは、子どもの頃に泥だらけになるまで遊んだ友達との別れを前にした心境のようなもの。
まだまだ、もっとこの相手と一緒に遊んでいたい。だけど、帰らなくちゃならない。だからこそ、
なんとしても
静寂がその場を包み込む。
そして弾かれたように両者は疾走を開始した。
「デッドリー・クロス!」
「ヴァンダール流奥義破邪顕正!」
ぶつかり合う。互いの総てを込めた一撃が。
ぶつかり合う。互いの意地が。
さらけ出す。今も心の中に渦巻き続けていた想いを。
ぶつかり合う霊力が大きな光となり、その場を包み込む。
そして……
蒼の騎神の持つダブルブレード、それが弾き飛ばされる。
灰の騎神が振るっていた双剣が、柄の部分を残して粉々に砕け散る。
全霊の力を込めた激突の影響だろう。
灰の騎神と蒼の騎神は一時的なオーバーヒートを起こし、その機能を停止させる。
此処に灰色の騎士と蒼の騎士の激突は、相打ちという形で以て幕を下ろす。
だが
「リィン!!!!」
「クロウ!!!!」
クロウ・アームブラストとリィン・オズボーン、二人の
騎神同士の決着がついた?だからどうした。こんな事で収まりがつくかと騎神を乗り捨てて、二人は両の拳を握り互いに駆け出す。
武器等不要、
「この大馬鹿野郎が!何だってあんな事をしやがった!!!」
全力の右ストレート、それを思いっ切り親友の頬へとリィンは叩き込む。
多少はすっきりしたが、こんな程度で収まりはつかない。
目の前の大馬鹿には言ってやりたい事が山程あるのだ。
「どうして俺達に一言も相談せずにあんな事をした!
おちゃらけた顔して、悩みなんてなにもないですみたいな面して一人で抱え込んで取り返しのつかない事しやがって!!」
叩き込む叩き込む。全力の拳をひたすらに叩き込む。
ああ、許せない。目の前の親友が父と師を殺したことが。
そう心の中に渦巻く激情を吐き出すように、その拳をクロウへと叩き込んでいく。
「言えるわけが!ねぇだろうが!!!」
しかし、クロウとて一方的に殴られるサンドバックではない。
殴られたから殴り返す。やった事を思えば自分が贖罪のために黙って殴られ続けるべきなのかもしれないが、そんな事は
何故、ダチ同士の喧嘩でそんな事を考えなければならないのかと。
「実は俺はカイエン公と裏で繋がっていて鉄血の暗殺を企んでいるだなんて言ってみろ!
そんな事!出来るわけねぇだろうが!!!!」
言えば、きっと目の前のダチは受け入れてくれただろう。
だが同時にまず、自首を勧めてきたはずだ。
そしてそうなれば、確かに自分は無罪放免となったかもしれない。
仲間の情報とカイエン公爵とのつながりを洗いざらい証言する事を条件に。
そうして憎らしい仇は笑いながら言うのだろう、「君は正しい選択をした」と。
そんな事、耐えられるわけがない。
「確かにそうかもしれない、だけど、言えば何かが変わったかもしれないだろうが!!!」
「人の話を聞いてなかったのかてめぇは!言ったらその時点でおしまいの立場だったって言ってんだよ俺は!そんな事位てめぇだってわかってんだろうが!!!」
「ああ、そうだな!きっと俺は西部での時のようにお前が打ち明けたら司法取引を持ちかけて、もしも乗らなかったらきっと父や義兄や義姉に報告しただろうさ!お前だけは見逃すように頼んでな!!!」
「ほれみやがれ!」
「だけど!俺達二人だけではそうでも、アイツラに言っていたら別の未来があったかもしれない!そうだろうが!?」
「!?」
「結局お前は!俺達の事を根本の部分で信じきれていなかった、そういう事だろうが!!!」
ああ、許せない。目の前の親友の抱えていた闇に気づかずに、勝手にわかりあった気でいた自分の間抜けさが。
ーーー気づけば、何かが変わったかも知れないのに。此処まで拗れる事もなく、説得して思い留まらせる事も出来たかもしれないのに。
そんな人間らしい後悔がリィンの胸の中に渦巻く。それはかつてであれば有り得ぬ事であった。
何故ならば“英雄”は改善のために反省はすれど、“もし”あの時こうしていればだとか言った、過去に対して未練がましい想いなど抱かずにひたすらに前を見据え続けるから。
気づけなかった自分の過ちを反省する。しかし、決して悔みはしない。何故ならばやり直す事など出来ないのだから。
時計の針が戻らぬ以上、どれほどの友誼を交わした親友であれど、敵として処理し、飛翔するための薪へと変えるのだ。
だが、今のリィンにはそんな後悔が胸を刺す。未来を見据えるばかりで、身近な友の心中に気づく事が出来なかった、いやしようとしていなかった自分を何よりも悔やむのだ。
叩き込む。そんな人間らしい後悔を込めて。
「人の事を!言えた義理かよ!!!俺達の事なんてほっぽって、前へ前へひたすら前へと突き進み続けていたのはどこのどいつだ!!!てめぇだって!俺達の事よりも鉄血の息子である事を選んだだろうが!!!
そして、案の定と言うべきか目前の親友はそんなこちら側の過失を見落としていなかった。
最もな指摘である。自分が鉄血の子どもとしての道を、ギリアス・オズボーンの息子である事よりも、クロウ・アームブラストの友である事を優先させていれば、此処まで拗れる事もなかったのではないかと。
後悔など決してしないと豪語してひたすらに道を突き進んで来た男は、初めて自分の進んできた道を振り返る。
未来を見据えるあまりに、見落としては居ない今や過去を自分は取りこぼしてしまったのではないかと。
悔み、反省し、そしてその上でこう思うのだ。そんな事は
トワやアンゼリカやジョルジュならばともかく、何故よりにもよってコイツにそんな事を言われなければならんのだと。
どう考えたって自分と向こうの過失の割合を考えれば向こうの方が大きいはずだと。
「だから!今!こうしてその償いに目の前の馬鹿の首根っこをひっ捕まえってアイツラのところに連れ戻そうとしているんだろうが!
お前が居なきゃ俺だけがアンゼリカのやつに殴られることになるんだぞ!こんな不公平な事があってたまるか!!!」
自分が殴られる事は許容しよう。だが自分が殴られるのに、目の前の馬鹿が殴られずに済まされるなんてこんな理不尽な事はないだろうとリィンは確信を以て断言する。
「自業自得だろうが!というか誰が馬鹿だ!他の誰に言われても、てめぇにだけは言われたくねぇぞこの大馬鹿!?」
「は~~~、馬鹿すぎて過去のことさえ覚えていないんですか?こちとら日曜学校に通って以来ずっとお手本のような優等生と言われ続けてきたんです~。
トールズ士官学院では首席でした~どこかの授業サボってばかりで単位が危うくなって、後輩達と同じクラスに所属する事になった馬鹿とは違うんです~」
それはどこからどう見ても、お手本のような優等生と呼ばれ、トールズを首席の俊英とは思えない、知性を感じない子どものような煽りであった。
「これだからお坊ちゃんは困るよなぁ。学校の成績が総てだと思っているんだから。無知の知って言葉を優等生の癖に知らないのかよ?どっちが本当の馬鹿か決まったなこりゃあ」
そうして二人は顔を見合わせてアッハッハと笑い合う。そして青筋を立てて
「この馬鹿が!身の程を教えてやる!!!どれだけ俺がお前の補習のために頭を下げたと思ってやがる!!!」
「うるせぇこの大馬鹿!突っ走るてめぇのフォローにどれだけ俺が回ったと思ってやがる!!!」
そうして二人はひたすらに殴り合い続ける。心の中にあるものを吐き出すように。
双方が精魂尽き果てて、同時に倒れるまで、子どものような“喧嘩”を続けるのであった……