(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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ちなみに現在のオズボーン君は
183cm 90kg 体脂肪率8%で頬に傷があって、眼は覇気に満ちあふれている
ヤクザもビビって道を譲るような外見をしています。
クロウは良くこんなやつと殴り合って相打ちに持ち込んだものです。


明日への鼓動

「……ったく好き勝手に殴りやがって。俺のハンサムな顔に青痣が出来ちまったじゃねぇか」

 

 あちこち痣だらけになった状態でクロウ・アームブラストは寝転がりながら、そんな恨みがましい言葉を同じく大の字で寝転んでいる傍らの“親友”へと告げる。だが、その心の中は言葉とは裏腹にこの上なく澄み渡っていた。こんな気分になったのは何時以来だろうと、そんな感慨にふける。

 

「なんだ、腹を重点的に殴ってもらってしばらく飲み食い出来ない状態になる方が好みだったのか?」

 

 そう告げながら、リィンは起き上がる。

 

「おいおい……いくらなんでも回復が早すぎるだろ」

 

 なんとか負けじとクロウも身体を起こすが上体を起こすのがやっとだった。

 どうにもダメージが足に来ているようで、立ち上がる事が出来ない。

 

「お前とは鍛え方が違うんだよ。何にせよ、俺の方が先に起き上がったんだから喧嘩は俺の勝ちだな」

 

「おま……そういう後出しは卑怯だろうが!俺とおまえの喧嘩自体は両方共ぶっ倒れた時点で相打ち判定で終了と考えるのが普通だろうが!?」

 

「ほう、そういう事ならば此処は公正に第三者にも意見を聞いてみるとしようか。

 この喧嘩が俺の勝ちだと思う方は挙手をお願いします」

 

 そうリィンが告げると苦笑しながらオリビエとミュラーが、そして更にはクロウのパートナーであるヴィータもまた手を挙げて……

 

「ほらな、外野の意見もこの通りだ。というわけで敗者は黙って勝者に従え。

 改めて言うぞ。クロウ、戻ってこい。アンゼリカもジョルジュもトワも、そして俺もお前が帰ってくるのを待っているんだよ」

 

 クロウが何か反論を口にするの遮りながら、リィンはそう告げる。

 

「……わかってんだろうが、俺は帝国解放戦線のリーダー《C》だ。

 復讐のために大勢巻き込んで殺してきた。そのケジメ(・・・)はつけないとならねぇ」

 

「……そうだな、それは確かな事実だ。俺もその辺りを友人だからと見逃すつもりはない。

 改めて聞くが、司法取引を受けるつもりはないのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 リィンからの問いかけにクロウは黙り込む。

 クロウ・アームブラストには裁かれる罪がある事、それは確かな事実だ。

 だが、クロウには蒼の騎神の起動者という極めて特異な事情がある。

 そして帝国はこの内戦で大きな痛手を受けた。

 精鋭たる20の機甲師団の内6もの機甲師団が壊滅して、その戦力は内戦前の7割程度にまで落ち込んだ。

 更には帝国を護る最大の盾たるガレリア要塞も無い。

 この状況下にあって貴族連合の英雄“蒼の騎士”の力は帝国にとって、多少の無理を押してでもほしいものなのは疑いようがない。だからこそ、帝国に忠誠を誓うのと引き換えの免罪という司法取引が持ちかけられる可能性は十二分に有り得る。

 そしてそれを受ければ、倫理的な問題はともかくとして、帝国法上はクロウは晴れて無罪放免になるわけだ。

 

 だが、それは

 

「それで、お前ら帝国が俺の故郷のジュライに対してやった事に加担しろって言うのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 そう、どれだけ護るためだなどと言った綺麗事を掲げようと国家における“軍隊”、“力”というのは自らの意を押し通すためにある。

 直接振るわずともその気になれば自分達はお前たちを滅ぼす事が出来るのだと威圧する事で。

 そして、それはクロウにとってみればかつての自分と同じ境遇を作る事に加担しろと言われているのに等しい行為だ。

 それがわかって居たからこそ、かつてのリィンはそんな屈辱を味合わせる位なら、自分の手で殺してやる方が良いと思っていた。それが友情だとも。

 

 しかし

 

「そうだな、お前にとってはこれが受け入れ難い提案である事はわかっている。

 だから、強制はしない。これはあくまで友人としてのお前への頼みだ。

 お前がそんな取引に応じる事は出来ない、あくまで裁きを受けるのだというのならば俺にそれを掣肘する権利はないんだからな」

 

 友人だろうと恋人だろうと家族だろうと結局のところ出来るのは忠告とお願いまでだ。

 どう生きるかを決めるのは最終的には本人なのだから。

 自分は君に、貴方にこうしてほしいと願っていると告げる事は出来る。

 だが、こうしろと生き方を決める権利など有りはしないのだから。

 

「だけど、それでも俺はお前に取引に応じて欲しいと思っている」

 

「それは、その方がこの国にとって都合が良いからか?」

 

 虚偽は許さないとばかりにクロウはリィンを真摯な瞳で見つめる。

 かつてのリィンであれば、迷うこと無くその言葉を肯定しただろう。

 当然だ、お前には利用価値があるから殺さないのだと。

 だが、今のリィンは……

 

「そういった計算も無いと言えば嘘になる。

 だけど一番の理由はお前に生きて欲しいからだ。

 これからもこうやって喧嘩したりしながら一緒に歳を食っていきたいと思っているからだよ。

 ああ、だからこれはどこまで行っても俺のワガママ(・・・・)なんだよ。

 ただ“親友”に生きていて欲しいというな」

 

 軍人としての計算、それもある。

 だがそれ以上にこれはリィン・オズボーンという男の、個人としての願いなのだと。

 リィンは迷うこと無く言い切る。

 父と恩師を殺した仇だと承知の上で。

 ガレリア要塞の駐屯兵を始めとした多くの罪なき者を殺めたと知った上で。

 これが公正さを欠いたエゴまみれのワガママだと承知の上で、それでもリィン・オズボーンはクロウ・アームブラストに生きて欲しいと願うのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 だからこそクロウ・アームブラストは葛藤するのだ。

 高圧的に帝国に従えと帝国の英雄に言われれば反発しただろう。誰が従うか!と。

 だが、リィン・オズボーン個人としての、他ならぬクロウが心を繋いだ親友からの頼みだからこそクロウは迷うのだ。

 何故ならば、もう戻れぬと覚悟して背を向けたけど、帰れるものなら帰りたいという未練がましい想い、それは確かにクロウ自身の心の中にも存在するものだったから。

 揺れ動くクロウの心が。解放戦線リーダー《C》の仮面とトールズ士官学院2年Ⅳ組所属の生徒としての顔で。

 揺れ動くクロウの想いが。罪悪感と交わした約束の間で。

 

「それに、俺は父の事を今でも尊敬している。だがかつての父と同じ道を完全になぞらえるつもりはない。

 あくまで俺はリィン・オズボーンであって、ギリアス・オズボーンではないんだからな。

 俺は祖国のために生涯この剣を振るい続ける、その過程できっと犠牲となる人も出るだろう。

 だが、だからこそお前が居てくれればと思う。俺一人じゃ手がとどかないところでも、お前が居てくれればきっと手が届く。

 だから、帝国のために戦えないというのなら俺のためにその剣を振るえ。

 そして、もしも俺が暴走しようとしたその時はその剣を俺に突き立てろ」

 

 自分の中にある危うさ、理想のため夢のためにと急ぎがちな性急さ、それをリィン・オズボーンは自覚している。

 だからこそいざという時に自分を止める役目を目前の親友へと頼むのだ。

 もしも自分が暴走するような事があれば、その時はきっとこの親友は力ずくでも止めてくれると確信しているが故に。

 

「俺、は……」

 

 しかし、それでもクロウ・アームブラストは即答する事は出来ない。

 これは散っていた同志達に対する甚だしい裏切りなのではないかとそんな想いがある故に。

 

「……やっぱりそう簡単には決められないよな、当然の話しだ。

 立場が逆の状態でお前に同じ事を言われたら俺だって迷うだろうからな」

 

 今回は勝ったのがこちら側だったからこうしてこちら側の方が提案しているが、勝敗が逆転していれば当然立場とて逆転するのだ。

 もしもクロウから「カイエンのおっさんに忠誠を誓えば生き残れるからそうしてくれ」等と頼まれたら自分とて反発しただろう。

 そんな生は死よりも耐え難い。そんな屈辱にまみれて誇りを捨ててまで生きるならば、死んだほうがマシだと。

 だからこそ目の前の親友があっさりと頷く事は出来なくても当然だ。その事は重々承知している。

 

 その上で

 

「だけど、それでも俺はお前にも俺とトワの結婚式に出てもらいたいと、そう思っているんだ」

 

 自分達の結婚式にコイツだけが欠けた状態というのはひどく寂しいとそう思うのだとリィンが告げると、クロウは鳩が豆鉄砲を食ったような面をして

 

「……おい、聞き間違いかなにかか?今、結婚式って聞こえた気がするんだが」

 

「別に何も聞き間違っていないが?」

 

「……誰と誰の結婚式だって?」

 

「俺とトワの結婚式だ」

 

 何を言っているんだコイツはという顔でクロウはリィンの顔を見るが、その表情は至って真剣そのものと言った様子で冗談の様子など欠片も見られない。

 沈黙がその場に少しの間降りるが……

 

「ってなんじゃそりゃーーーーーーーーーーーー」

 

 次の瞬間クロウの叫びが木霊する。

 

「結婚っておまえ……マジかよ!?」

 

「大マジだ」

 

「いやだって、お前らまだ成人もしていないだろうが」

 

「俺も彼女も18を超えている。帝国法上結婚する事は何ら問題ない」

 

「互いに好きあっているからってだけで上手く行くほど結婚生活はあまいもんじゃねぇって言うぞ。所帯を持つならそれなりの先立つものって奴がだな……」

 

「現在の俺は帝国軍中佐の地位にある。彼女に不自由な暮らしをさせない程度の収入はあるさ」

 

 全く動じず答えるその親友の姿にクロウは語った内容が冗談でも何でも無い事を自ずと悟る。

 

「おいおいおい、マジかよ……何がどうなってそうなったんだ」

 

「別段大した事じゃない。ただ単に俺にとってトワ・ハーシェル以上の女は居ないと理解した。それだけの事だ」

 

「……お前な、真顔でそういう事言うんじゃねぇよ。聞いているこっちが恥ずかしくなるだろうが」

 

「一方的に聞いているのが嫌なら、お前も早くそういう相手を見つけることだな。それで家族ぐるみの付き合いを一家揃って年寄りになるまで続けるのさ」

 

 そうしてリィンは膝をついてそっと目前の親友へと手を差し出して……

 

「どうだ、素敵な未来だと思わないか?」

 

 今こそ、過去に囚われる事を止めて俺達と共に未来へ進んでいこうと告げたその言葉にクロウはそっと目を閉じて……

 

「……爺さんが、昔言ってた事がある。もしも自分の葬式と友人の結婚式が被ったら結婚式を優先しろってな。

 曰く葬式なんてのは結局のところ故人のためというよりは遺された側が心に区切りをつけるためのものでしかない。

 だけど結婚式は違う、これから未来へ歩んでいく友人達の門出に対する祝福だ。だから結婚式を優先させろ。終わっちまった人間よりも今を生きている大切な奴の方を優先させろってな……」

 

 なのに自分は気がつけば過去にとらわれてばかり居て、前に進む事を辞めていた。

 心の中にこびり着いた憎しみを晴らすためが総てとなり、それを晴らした後どう生きていくかを考えていなかった。

 もう戻れないと覚悟した。自分はダチと歩む未来に背を向けて、過去に戻りだしたのだから。

 だけど、そんな自分の首根っこを掴んででも目の前の親友は未来に引きずっていこうとしている……だったら自分のするべき事は……いいや、違う。自分が今真実やりたいことは……

 

「祝儀は期待するなよ」

 

「心配するな。お前が年中金欠な事は俺もトワも重々承知している。出てくれるならそれで良いさ」

 

 そうしてクロウ・アームブラストはそっと差し出された手を取って立ち上がる。

 国のためなんぞに自分は剣を振るう事は出来ない。だが、自分のために此処まで必死になったダチのために剣を振るうというのなら、それは悪くないとそう思えたのだ。

 裏切り者に恥知らずと呼ばれる事も総て覚悟の上だ。どれほどの罵倒を浴びようが返す言葉もない。

 だが、その上で自分は目の前の親友たち共に未来へ歩んでいく事を選んだのだと、クロウ・アームブラストは憑き物が落ちたかのように爽やかに笑うのであった。

 

 

 

 




クロウを連れ戻すって言うけど、クロウを連れ戻したとしてCとしての罪やら何やらどないするんや?問題への自分なりの回答がこれです。
クロウは蒼の騎神の起動者という極めて特異な立場であるが故に、本人さえその気(帝国の狗になる覚悟)になればこうして司法取引が成立する余地はあったと思います。
その本人をその気にさせるというのが極めて難しかったわけですが。

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