内戦中戦いあった親友同士の和解。
それはこの上なく感動的な光景だろう、だが引き返す事のできる若者も居れば、もはや退路等ない大人もいる。
「ふ、ふざけるな!!!」
故にこの人物が目の前の光景に怒りを顕にする事は必然と言えただろう。
クロワール・ド・カイエン、帝国最大の貴族カイエン公爵家の当主にして貴族連合主宰を務め、此度の内戦を引き起こした元凶とも言える存在。
そんな彼は目の前の
「貴様どういうつもりだ!散々に目をかけて来てやったこの私を裏切るというのか!?」
クロワール・ド・カイエンはクロウ・アームブラストを厚遇してきた。
それは必ずしも彼の主観に依るものではなく、客観的に見ても蒼の騎士がカイエン公の寵臣であるのだという確信を周囲に抱かせるに足るものであった。ーーーそれこそ公爵の隠し子なのではないか?などという憶測がされる程に。
そしてそんなスポンサーからの罵倒にクロウは肩を竦めて
「
鉄血の野郎を討って、西部でも散々戦ったわけだしな」
堂々とした様子でクロウは告げる。
確かにこのスポンサーには何かと世話になったが、そのスポンサーの義理立てのために解放戦線はザクセン鉄鋼山での立てこもり等とそれなりに貢献を果たした。
そしてこの目的を果たした後のこの内戦中も何かと力を貸したのだから、もはや恩に着せられるようなものはないはずだと。
「そして俺は別段アンタの部下や臣下になった覚えはない。
ただ、利害が一致していたから手を組んでいただけ、その程度の関係だった。
故に本来であれば、鉄血を撃った時点でもう俺がアンタに従う義務はなかった。
だけど、こうして最期まで付き合ってやったんだ。
恩があるどころか、どちらかと言えば貸しのほうが超過していると個人的には思っているんだがな」
「~~~~~~~~~~~~!もうよい、貴様等を当てにした事が間違っていたわ、亡国の浮浪児めが!!
魔女殿!早急にその力を以て、孺子共めを排除するのだ!さすれば、望むままの恩賞を貴方に与えよう!!!」
もはや当てにはならぬとクロウに見切りをつけたカイエン公はそうして今度は魔女へと助けを求めるが……
「無茶を言わないで下さい、カイエン公。
先程から私は《アルノールの若獅子》にずっと睨まれて居るんですよ。
とてもではありませんが、身動き等出来ませんよ。所詮私はか弱い歌姫に過ぎないのですから」
良くもいけしゃあしゃあと言うものだとミュラー・ヴァンダールは目前の敵手を睨みつける。
クロウとリィンがやりあっている最中もミュラーは目前の女が隙を見せれば何時でも斬りかかるつもりだった。
だがついぞ隙らしい隙は見当たらず、それは今もだ。結社の使徒第二柱にして《深淵》の異名は伊達ではないという事なのだろう。
最もクロチルダにしてもそれほど余裕があったわけではない。
何せ先程から魅了の魔術を用いているのに、目前の男ときたら毛ほどの緩みも見せないのだ。
骨抜きにするまでは期待していなかったが、それでも多少の緩みが出ても良いというのに、全く以て可愛げがない事だと嘆息してしまう。
「それに我ら結社の目的は煌魔城を顕現させて、灰と蒼の激突を導く事。
内戦そのものの行方について興味はないと最初から申し上げていたはずですが?」
「ぐぅ……!」
もはやクロワール・ド・カイエンを護る者はなにもない。
クロウ・アームブラストは灰色の騎士との戦いで戦意を喪失し、蒼の深淵ヴィータ・クロチルダもミュラー・ヴァンダールの相手で身動き取れない状態にある。
そしてオリヴァルト・ライゼ・アルノールは放蕩皇子等と揶揄されているが達人の腕を持つ者。
武芸の心得のない、カイエン公ではまず勝ち目がない。
故に彼に取れる手段はもはや、一つしか無い。
「ええい、もうよい!ならば此処より先は私一人でやるだけの事!」
さあ、殿下。覇道のお時間「目標確認」へ?ぷぎゃあ……!」
カイエン公がテスタロッサを目覚めさせようと、皇太子へと向けていた剣の切っ先を皇太子より外した、その瞬間であった。
この時を待っていたとばかりに、機を伺い続けていたアルティナ・オライオンが強襲をかけてカイエン公を殴り飛ばしたのだ。
そうして倒れたカイエン公に一瞥もくれる事無く、アルティナは拘束されたセドリック殿下の拘束を外していき……
「皇太子セドリック・ライゼ・アルノール殿下を救出致しました」
「セドリック!」
丁重に連れてこられた大切な弟をオリビエは感極まったかのように優しく抱きしめる。
「兄上……すいません、僕は……」
「セドリック……良いんだ。君がこうして無事で居てくれる事こそが私達にとっては何よりの報酬だ。
さあ帰ろう、父上も、義母上も、アルフィンも皆君の帰りを待っている」
「はい……」
オリビエの弟に向けるその愛情には一点の曇もない。
それはカイエン公の言葉が彼の邪推に過ぎない事を証明するものだっただろう。
ならば、それはおそらく気の所為なのだろう。
兄に抱きしめられているセドリック皇太子のその手が、どこか己の不甲斐なさを責めるかのように弱々しくも握りしめられているのは。
「アルティナ、良くやってくれた」
「与えられた任務を果たしたまでです」
淡々とした常と変わらぬ様子、と本人は思っているが心なしか得意気な様子でアルティナは応える。
「ふふ……これにてめでたしめでたしというわけかしら」
「ああ、そうだな。残っているのは此度の教唆犯と思われる妖しき魔女より、この一連の事件の真相について聞き出すだけだ」
鋭い眼光でこちらを睨みつけながら剣を突きつけてくるミュラーにクロチルダは肩を竦めて
「皇太子殿下も無事に戻ってきたことですし、これにて手打ち……というわけにはいかないかしら?」
「いかんな。貴様には聞きたいことが山程ある。話してもらうぞ、貴様ら蛇共が一体この地で何を企んでいるのかを」
かつて起きたリベールの異変。
この事態を引き起こすために、結社身喰らう蛇は空の至宝たる《輝く環》を顕現させるための計画の前段階として情報局局長たるアラン・リシャール大佐を唆してクーデターを引き起こさせた。
であるのならば、おそらく此度の事件も結社にとっては下準備。おそらく本命は此処からのはずなのだ。
煌魔城とやらを顕現させて、蒼と灰の騎神を激突させる事がカイエン公に協力した理由だとこの魔女は告げた。
ならば、その先は?まさか灰と蒼の激突を見物する事が目的でもあるまいし、激突させなければならない理由が、その上で果たそうとしている目的があるはずなのだ。
そうしてミュラー・ヴァンダールに続くかのようにリィン・オズボーンもまた「逃すつもりはない」と突き刺していた双剣を構える。
そんなヴァンダールの剣士二人を前にして、クロチルダはチラリと長年つるんできた相方に助けを求めるかのように視線をよこすが、自分でなんとかしろと言わんばかりに肩を竦めるのみだ。
さて、どうしたものか。ミュラー・ヴァンダール単騎でも厄介だったというのに、そこに今は亡き《剣帝》クラスの使い手が加わったとあっては流石に勝機等皆無だ。しかし、離脱しようにもこちらを見据えるその視線には油断の欠片もなく転移の術を使う隙も見当たらない。一体どうしたものかとクロチルダが思案していたその時であった。
「おのれ……おのれおのれおのれ、この私をコケにしおって!もうよい、端から“愚帝”の血統等に頼ろうとしていた事が間違っていたのだ。
そうだとも、私が真に先祖の大望を果たそうとするならば、それはやはり私自身の手で為すべきであったのだ!」
誰もが、セドリック皇太子を救出した今、もはや脅威でもなんでもない取るに足らない存在と認識していた男が動き出す。
殴り飛ばされた痛みと屈辱、それらを怒りと変えてカイエン公は立ち上がり……テスタロッサの核へと潜り込む。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
しかし、そんなカイエン公をテスタロッサは拒絶する。
それは彼がどれほどドライケルス帝を愚帝と罵ろうとも、テスタロッサは彼の直系をこそアルノールの正統だと認めている証左であった。
だからこそリィン達もセドリック皇太子を救出した後はクロチルダを拘束した後で捕まえれば良いだけの事と、歯牙にもかけず放置したのだ。
そしてその読みは間違っては居なかった。クロワール・ド・カイエンの脅威はヴィータ・クロチルダに及ばず、頼みの綱のテスタロッサも彼には起動できない。往生際が悪くあがいているが、それでもすぐにでも音をあげて終わるだろうと、そう思っていた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
しかし、カイエン公は離れない。
一行の予測を超えて粘り続ける。何故ならば、彼にはもはや後がないから。
どうあがいたところで自分の生き残る未来が見えぬ以上、みっともなくとも足掻きもがき続けるのだ。
「……テスタ=ロッサよ。偉大なる我が祖先オルトロス帝が操りし、緋の騎神よ。
我が総てを捧げよう。この血肉も魂の一片さえも総てだ!故に今こそ顕現せよ!《紅き終焉の魔王》!」
その様を前に一行は悟る。
自分達はクロワール・ド・カイエンという男を見誤っていたのだと。
自らの命を賭ける気概もない俗物であり、小物に過ぎないと思っていた。
それは事実でもあった。器という面に於いてカイエン公は彼の宿敵たるギリアス・オズボーンは愚か、未だ途上であるオリヴァルト・ライゼ・アルノールにも及ばない。
だが、それでも彼の自分の“夢”にかける
リィン達が獅子心皇帝より想いを託されたというのならば、カイエン公もまた彼の先祖オルトロス帝より受け継いだものが有る。
“正しい”のはリィン達であり、“悪”はカイエン公の側であろう。
家族のため、大切な人のため、民のため、祖国のために剣を取ったリィンやオリビエ達に対してカイエン公にあるのは妄執と称される我欲である。
だが、騎神とは、いや《鋼の至宝》とはそもそも起動者の想いの貴賤、そんなものを問うたりする代物ではない。
“道具”はいつだとて使い手の求めるがままに動くのみ。そして《鋼の至宝》が求めるのはより強く、自分を必要とする“力”に焦がれている存在なのだから。
こじ開ける、本来であれば傍流で過ぎないがために不適格であるという資格を強引に。その“純粋”な“想いの強さ”によって。
「偉大なる先祖オルトロス帝よ!今こそ貴方の無念を私が晴らそう!故に力を!!!私に力を!!!!!」
叫びに呼応するかの如く、テスタロッサの瞳が紅く輝き……そして魔王は250年の眠りより目覚めた。
かつて獅子心皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノールが最愛の存在たる槍の聖女リアンヌ・サンドロットの命と引き換えに封印した存在。
・・・
魔王の復活。それと共に凄まじい重圧がその場に居るものを、否帝都全域へと襲いかかる。
霊脈を通して、その生命力を吸い上げていく。一方的にかつ無慈悲に。
それはまさしく“魔王”と称される姿、“力”によって君臨せし、自らは与える事無く一方的に収奪する存在だ。
そんな存在から護るべくオリビエは必死に弟を抱きしめる。
ミュラー・ヴァンダールもまた主君を護るべく闘気の壁を形成する。
そして、ヴィータ・クロチルダもまたその場に居る者たちを護るかのように防御結界を形成する。もはや敵味方を言っている場合ではないのだと、示すかのように。
「愚かな……我が身を魔王に捧げるなど……そんな事をすれば、もはや永劫その魂に安息が訪れる事はないというのに……!」
無論、想いだけで道理を飛び越えられる程にこの世界は甘くない。
カイエン公はその道理を飛び越えるために、その魂を“魔王”へと売り飛ばしたのだ。
どのような人間であろうと訪れる、死後の安息、それが彼に訪れる事はない。
死んだ後もその魂は魔王の供物として弄ばれ続けるのだ。
ヴィータ・クロチルダが忠誠を誓った総ての魂を導く存在、偉大なる結社の盟主ですらも、そうなってしまえばどうしようもない。
クロワール・ド・カイエンのその魂が救われる事は、もはや絶対に有り得ぬのだ。
「構わぬ!我が夢が叶うというのならば!!それこそが私の総てなのだから!!!」
そしてそんな憐憫の篭った言葉に訪れるのは力に酔いしれた、狂気に満ちた言葉。
誰もが子供の頃に抱く“夢”、それを叶えるためならばあらゆるものを踏みにじっても構わぬと拗らせ、他ならぬ自分自身によって“夢”を“呪い”へと変えてしまった、
「夢が叶うのらばこの身がどうなろうと」
「そして他人がどうなろうと構わない……か」
「身につまされる部分があるんじゃないか、
自分自身の未来も友人達との友情にも背を向けて“復讐”へと取り憑かれた男が居たなとリィン・オズボーンは傍らの親友へと揶揄するような言葉をかけ
「そういうてめぇはどうなんだよ、
何もかもを飲み干して、自分自身さえをも薪へと変えて“理想”へと飛翔する事を選ぼうとしていた男が居たよなとクロウ・アームブラストもまた応じる。
魔王の放つプレッシャーを前にしても何ら臆する事無く、まるで取るに足らないとでも言わんばかりに。
「……そうだな。正直身につまされる思いだよ。“夢”というのは大切な人達と共有してこそ、それが叶った時に共に喜んでくれる“誰か”が居るからこそ価値が有るもの。そんな事を忘れていた身としてはな」
「……俺もだ。譲れない、譲れないと叫んで大切なダチがどうなるかわかっていながら、やらかした身としてはな」
そうして二人は妄執へと取り憑かれた哀れな男へと憐憫の目を向ける。
大切な事に気づかせてくれる人がおらずに、自らの中にある想いだけのために、自分自身のためだけに走り続けた哀れな独りぼっちな存在へと。
「それじゃあ、一つ教えてやるとするか、
「応よ!」
相対する魔王それを前にして二人の騎士は不敵に笑う。
コイツと一緒ならば、どんな敵だろうと負ける気がしないと。
故にさあ、最期の戦いだ。
そして教えてやるとしよう。
“魔王”等という存在は“英雄”によって討伐されるのが世の定めなのだと。
みなさん!いよいよお別れです!
帝国を守る騎神連合は大ピンチ!
しかも、エンド・オブ・ヴァーミリオン最終形態へ姿を変えたカイエン公が、リィンに襲い掛かるではありませんか!
果たして、帝国の運命やいかに!?
次回灰色の騎士リィン・オズボーン!『ヴァリマール大勝利!希望の未来へレディ・ゴーッ!!』
※次回が別に最終回ではありません。