(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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カーテンコール

「「到達(アライブ)」」

 

 その言葉と共に、ヴァリマールとオルディーネ2つの騎神がその姿を変えて行く。

 迸る第2形態を上回る、されど纏う神気は禍々しさとは対照的な神々しさを宿したもの。

 立ち上るその神々しき霊力が機体を覆っていき、光の翼を形成してゆく。

 

 これこそが騎神の最終形態。

 己が心の闇へと打ち克ち、その上で明日へと向かおうとする意志を持つ境地へと至った起動者が到達せしもの。

 リィンもクロウも己が罪深さを承知していた。そしてだからこそ、二人は自分自身に輝く明日へとたどり着く資格はないと断じていた。

 それは己が罪と向き合おうとさえしない者に比べれば潔いものと言えただろう。

 だが同時にそれはある種の“逃げ”と“諦め”でもあった。

 自分は罪深き存在が故に幸福になる資格がないと断じて、真にたどり着きたい未来がありながら、そこにたどり着く資格はないと自分自身を見放していたのだ。

 だが、今の二人は違う。たどり着きたい地平がある。そしてその地平への旅路を共にしたい友が居る。

 

「だからこそ」

 

「てめぇは邪魔だ!」

 

 吐き出されるは裂帛の闘志の篭った宣戦布告。

 “紅き魔王”を討伐するべく、“灰”と“蒼”二人の騎士が出撃した。

 

「ふん、現れたな。良かろう、図らずも250年前の再現というわけだ!!

 忌々しき灰の騎神よ!今度こそ貴様らを叩き潰して、この私オルトロス・ライゼ・アルノールがこの国を支配するのだ!!!」

 

 狂気に満ちた250年に及ぶ妄執の篭った咆哮が発せられる。

 

「……どうやら、カイエンのおっさんはすっかり呑まれちまったようだな」

 

 起動者は歴代の起動者の記憶を引き出す事が出来る、それ故に驚くほどの早さで騎神の操縦に習熟する事が出来る。

 だが、記憶とはその人物を形成する極めて重要なもの。

 その記憶の継承は慎重に慎重を期さなければならないものだ。

 歴代起動者の記憶をまるごと継承するという無茶苦茶な行為をしたリィン・オズボーンでさえもそれをするのには一ヶ月もの時間をかけた。

 だが、カイエン公はそれをこの一瞬でやってのけたのだ。

 当然、耐えられるはずもない。もはや今のカイエン公には自分がクロワール・ド・カイエンなのか、それともオルトロス・ライゼ・アルノールなのかもわかっていないだろう。

 

「しかし、どうするんだよリィン。今のお前さん、獲物がない状態だろうが」

 

 自らは獲物であるダブルブレードを構えながら、クロウ・アームブラストは傍らを駆ける親友へと問いかける。

 そう、今のヴァリマールには振るう武器がない。

 機甲兵用のブレードは先程のオルディーネとの戦いで砕け散ってしまったが故に。

 素手でも戦えないということはないが、それでもどうしても戦闘力の低下は否めない。

 故の問いかけであったが

 

「問題ない。無いなら奪えば良いだけの事だ」

 

「いや、奪うってお前……ああ、そういう事かよ」

 

 不敵に応える親友のその言葉に疑問を抱いたクロウであったが、目前の光景を目にした瞬間総てを理解する。

 伝承によれば、テスタロッサは千の武具を振るう魔人と謳われた存在。

 そしてそんな伝承を裏付けるかのように、その周囲に無数の武具が浮かび上がる。

 剣、槍、槌、斧、鎌。そこに宿った霊力は総て莫大なもので、どれもが一級品の武具である事は疑いようがなかった。

 

「死ねぇ!ドライケルス(・・・・・・)!!!賤しい妾腹より産まれた尊きアルノールの血を汚す、汚らわしき屑めが!

 俺は貴様を兄弟等と断じて認めぬ!ましてや、貴様などが皇帝になる事もな!!!」

 

 忌まわしい灰の騎神、それを見た紅の魔王は狂乱と共に、そんな呪詛を口にしながら攻撃を開始する。

 飛来するのは数十に及ぶ武具。それらが四方八方より灰の騎神へと襲いかかる。

 その攻撃は一発一発が必殺の一撃。それを前に灰の騎神は臆する事無く前へと進み……

 

「プレゼントありがとう。遠慮なく使わせて貰うとしよう」

 

 飛来したその嵐を掻い潜り終わった灰の騎神のその両の手にはいつの間にか、双剣が握られていた。

 

「~~~~~~~貴様ドライケルスゥ!その汚れた手で我がアルノールの宝物に触れるなど許されると思うてか!」

 

 その光景を目にした瞬間にカイエン公、否オルトロス・ライゼ・アルノールの思考が怒りによって埋め尽くされる。

 許されぬ許されぬ。汚らわしき平民の腹から生まれ出た、卑賤の男が尊きアルノールの宝物に触れるなどあってはならぬ事だ。

 何故ならば、アルノールに属するもの、否このエレボニアにある物は総てこの皇帝オルトロス・ライゼ・アルノールのものなのだからと。

 

「許さぬ!許さぬぞドライケルス!!!その罪万死に値する!!!」

 

 そうして展開されるのは先程の比ではない武具。それが嵐のようにリィンへと襲いかかる。

 重ねて言おう、その一撃に込められた霊力は総て必殺と呼ぶに相応しいもの。

 第三形態へと至った騎神であっても直撃を喰らえば、致命傷は避けられぬものだ。

 

 しかし

 

「やれやれ……どうやら相手には今の俺がかの獅子心皇帝陛下に見えているようだな。畏れ多いことだ」

 

 押し寄せる嵐の如き波濤、それをリィン・オズボーンは難なく捌き続ける。

 必要最小限の動きで躱し、躱しきれぬものは双剣によって弾き落とす。

 その全てが神業と称される武の至境、それを平然とした様子でリィンは行い続ける。

 紅の魔王の放つ攻撃、それは確かに強力だ。しかし、その力任せの攻撃は至極読みやすい。

 狂気に駆られた力任せに暴れる怪物では“英雄”の命には到底届かない。

 

 そう、今のEOVは250年前に比べれば遥かに弱い。

 当然だ、何故ならばそれを振るうクロワール・ド・カイエンには武芸の心得などないのだから。

 如何に歴代の起動者の記憶によってブーストされようと、元がそれではたかがしれているというものだ。

 

 嵐の如き攻撃を物ともせずに進み続ける灰の騎神。

 そんな様にカイエン公は恐怖する。何か、何か手は無いかと考えて考えて……脳裏にある記憶が過り、口元を歪めた。

 そして次の瞬間、エンド・オブ・ヴァーミリオンはその巨大な尾を地面へと突き立てる。

 これこそが250年前にかの槍の聖女に致命傷を与えた一撃。

 

 上空から飛来する攻撃への対処になれた状態から繰り出されたその死角からの一撃はまさしく初見殺しという他ない悪辣な一撃であり

 

同じ手(・・・)を食らうか!!」

 

 故にこそ、リィン・オズボーンには通じなかった。

 何故ならば、彼はその攻撃を知っていたから。

 ドライケルス帝にとって決して忘れる事の出来ぬ、最愛の人を葬った一撃だったから。

 故にこそ、リィンにとってその一撃は初見であって初見ではない一撃。

 どれほど厄介な奇襲でも、種が割れてしまってさえいればその対処は容易いのだ。

 

 そして、魔王に立ち向かう騎士は灰だけではないのだ。

 

「隙だらけだぜ!」

 

 灰の騎神、そちらの相手に手一杯になっていたこの好機を蒼の騎士は見逃さない。

 猛攻を受ける相方を庇うような真似も気にかける真似も一切しない。

 何故ならばアイツが、リィンがこんな程度の敵に遅れを取る事など有り得ぬのだから。

 ならば、自分は相手を信じて駆け抜けるのみ。

 

 接近した蒼の騎神、それに対抗するべく緋の魔王は剣を取り出すがーーー遅い。鈍い。

 先程やり合った親友の絶技を思えば、なんとも容易い相手だとクロウはダブルブレードによって切り刻んでいく。

 

「何故だ!何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!

 有り得ぬ!余はかのヘクトル帝が駆ったテスタロッサに選ばれし、正統なるアルノールの後継者だぞ!

 それが何故、このような下賤な者に遅れを取るというのだ!!!」

 

「ああ、わからないのか。だから貴方は獅子心皇帝に負けたんだよ。オルトロス・ライゼ・アルノール」

 

 狂乱する緋の魔王を前にリィン・オズボーンは手向けの一撃をくれてやるべく、双剣へとその闘気を収束させていく。

 

「彼は何時だとて誰かのために戦っていた。祖国のため、民のため、愛する人のため。

 そんな人物だったからこそ、彼の旗の下に多くの人間が集い力を貸した」

 

 ロラン・ヴァンダールはドライケルス帝を護るためにその命を落とした。

 リアンヌ・サンドロットはドライケルスのその想いに胸を打たれ、忠誠を捧げた。

 弟たるルキウスも兄のその姿にこそ真の王の器を見た。

 だからこそドライケルス・ライゼ・アルノールは庶出の皇子という身でありながら

 多くの思いを託され、獅子戦役を平定する事が出来たのだ。 

 

「だが、貴方の中にはどこまでも“己しか”存在しない。

 そんな人物が、最初から皇帝になど成れるはずがなかったんだよ」

 

 故にさあ手向けだ。今こそ此処に250年前より続く因縁に終止符を打とう。

 灰の騎神その闘気に呼応するか如く、蒼の騎神も闘気を高めて……

 

「「蒼覇十文字斬り!」」

 

 叩き込まれるは真のパートナー同士のみが使えるコンビクラフト。

 激突を経て真の意味で互いを理解し合った二人の放つそれはこれまでの比ではない相乗効果をうみ、数倍いや十倍にまでも高められたその一撃は緋の魔王を引き裂く。

 蒼と灰によって刻まれたその十字架を手向けとして、紅の魔王は再び“英雄”によって葬り去られるのであった……

 

・・・

 

 灰色の騎士と蒼の騎士、騎神より降りた二人の英雄はやったなと拳をぶつけ合う。

 

「へ、緋の終焉の魔王だとか言うからどんなもんかと思ったが、ま、俺達の敵じゃなかったな親友!」

 

「ああ、そうだな」

 

 そうして二人は爽やかに笑い合う。

 

「やれやれ本当に大したものね……まさか、ああもアッサリとあの緋の魔王を退けてしまうだなんて」

 

 ああ、本当に大したものだとヴィータ・クロチルダはその光景を眩しいものを見るかのように仰ぎ見る。

 若き“英雄”の活躍により、悪しき貴族によって召喚された魔王は討伐され、囚われの皇子様も救出された文句なしのハッピーエンドというべきであろう。

 

「ーーーああ、全く以て素晴らしいものを見させてもらった」

 

 だが忘れるな若人達よ。

 悪しき魔王を倒してめでたしめでたし。そんなふうに締めくくられるのは物語の世界だけだという事を。

 現実にはそんな若人の働きを、かすめ取らんとする単純な武力では倒せない真の悪党がはびこっているのだと。

 

「期待通り……いや、期待以上の働きだったよ。

 貴殿の皇室と祖国への献身に心よりの敬意を払わせて頂こう、リィン・オズボーン中佐殿。

 我らが鉄血の子の筆頭にして、我が愛しき義弟よ」

 

 かくして策謀を巡らせていたその打ち手は表舞台へと姿を現した。

 自分の予想を超える名演を見せてくれた主演を讃える脚本家のように。

 どこまでも優美に微笑みながら。

 

  

 

 




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