(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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感想の返信でも書きましたが前話をちょこっと修正しております。


地獄への道は善意によって舗装されている

 北の猟兵団の大隊長ヘルダー・クルムバッハは雇い主からの指示によりシュバルツァー男爵が治めるユミルへの道を行軍していた。

 

 アルバレア公爵という大口の雇い主から指示された内容、それは未だ貴族連合に対して頑なに協力しようとしない男爵への“警告”とそんな男爵の下にいると思しき皇女の保護であった。

 そうしてヘルダーは上からのいつもどおりに仕事に取り掛かりだした。

 本来ならば大した戦力もない男爵家程度、一個中隊程度もあれば十分なところではあるが、皇女の騎士を務める“戦乙女”を警戒して念には念を入れて上は自分と旗下の大隊を動かす事に決めたというわけだ。

 ーーー何せ与えられたのは皇女の保護という重要任務。自分たちの雇い主たるアルバレア公はどうも連合内部の主導権をカイエン公から取り戻そうと躍起になっているようなので、その旗印になり得る皇女の確保というのは極めて重要な仕事であった。

 成功すれば、相応の特別報酬も期待できるが、逆に失敗すれば雇い主からの信用を大きく損なう事を疑いようがなかった。故に念には念を入れて、自分が任されたというわけだ。

 無論、ヘルダーとて冷血漢というわけではないので無関係の村落を焼く事への抵抗が全く無いという事はない、しかしそれでもこれは仕方のない(・・・・・)事なのだ。

 自分たちには故郷で待つ、多くの人達が居るのだから。自分たちの持ち帰る外貨が、故国の幼子達が厳しい冬を越えられるかを決めるのだからと。そういつものように心を鬼にして情を切り離してヘルダーは任務へと赴いた。

 誓って、慢心などそこにはなかった。“戦乙女”の雷名は自分も聞き及んでいる、確実に任務を果たすべく部下達の意識も引き締めていた、そのはずだった。

 

 だが、この世には“理不尽”というものが存在する。

 どれだけ気を引き締めていようと、全力を尽くそうとどうにもならない事が。

 そう、それは例えばーーー古来より人類が常に脅威に晒されてきた自然の猛威(・・・・・)

 どれほど技術が発達してもそれを前に立ち向かう等という事は不可能だ。

 そんな、大自然の猛威が北の猟兵を襲った。

 

(馬鹿な……こんなところで雪崩など起きるはずが……)

 

 当然、そんな大自然の猛威を厳しい北の地の出身である彼らは骨身に染みて理解してい。

 故に当然、入念に確認を行ったのだ。斥候を送り、このルートで雪崩はまず起き無いこと、それを確認したはずだった。

 それにも関わらず、何故だ。どうしてだと走馬灯のように心の中を埋め尽くす疑問と共に猟兵としての矜持も培った技術を以てしても為す術無く、北の猟兵達はただただその高速で襲ってきた膨大な雪の塊へと呑み込まれていくのであった……

 

 

・・・

 

「アデーレさん……私は駄目な皇女ですね」

 

 教会にて祈りを捧げていたアルフィンはポツリとそんな言葉を漏らしていた。

 己が主君の自分を卑下するような言葉、それを聞いて訝しがるアデーレに対して皇女は続けていく

 

「猟兵を“殲滅”するとそう告げたリィンさんを、私は“怖い”とそう思ってしまいました。

 彼はこの地を、ユミルを守るためにそうするのだとわかりながら。私自身が招いた惨禍の対処を引き受けてくれたというのに……」

 

 無理もない事だとアデーレは思う。

 今のリィン・オズボーンはまるで別人だ。躊躇いだとか逡巡等が欠片も感じられず、“勝利”を掴み取るためならばどこまでも全力だ。

 その揺るぎない様は同じ軍人である自分であってもある種の畏れを感じずには居られないものであったのだから、ましてや蝶よ花よと育てられたこの愛らしい姫様ならば尚の事だろうと。

 故に、それで当然だと言って慰める事、それは出来るだろう。

 

 だが

 

「殿下……私は殿下の事を駄目な皇女だなどと欠片も思ったことはありません。

 アルフィン・ライゼ・アルノールは真実我が剣を捧げるに値するお方だと、そう思っております」

 

 あえて、そうした慰めの言葉をかけずにアデーレ・バルフェットはその場にて臣下の礼をとって跪く。

 

「その上で、あえて厳しい言葉をかけさせて頂きます。

 それは(・・・)殿下が、皇女殿下であらせられる限り決して逃れる事は出来ないものです。

 殿下ご自身が背負わねばならぬものなのです」

 

 自分のためにとその手を汚す者や命を落とす者が出てくる事、それは皇族ならば決して逃れる事の出来ない責務なのだと。

 皇族とは、生まれながらにその血に責任を宿す者なのだから。

 身にまとう豪奢な服も住まいも、他者に傅かれるのも、それらの常人には背負う事の出来ない、背負いたくない責務を背負わざるを得ないからなのだと。

 

 告げられたどこか姉のように思っていた己が騎士の厳しい言葉にアルフィン皇女は顔を俯かせる。

 平時にて教えられていた皇族としての責務、その重さを真実理解して。

 

「ですが、分かち合う事は出来なくても支える事は出来ます」

 

 そんな主へと再びアデーレは声をかける。

 どこまでも優しく、まるで妹に対する姉のような慈愛を込めて笑顔で。

 

「重荷に押しつぶされそうになった時はどうか、私にその身体を預けてください。

 不甲斐ない我が身ですが、全力を以て支えさせて頂きますから。騎士として、何より殿下の姉貴分として」

 

 皇族の背負わなければならない責務、それを騎士である自分は代わりに持つことは出来ない。

 されど、そんな重荷を背負った貴方を支える事こそが自分の公人としての役目であり、私人としてやりたいことなのだと笑顔で告げたアデーレに、アルフィン皇女はたまらず涙を流して……

 

 

「すみませんアデーレさん……皇女としてこの程度の事で心を乱すなんて……あってはならない事なのに……」

 

「良いんです。良いんですよ~殿下はとっても頑張っています。私が保証します!……ですから、たまにはこうしてその身を預けてください。その間は、こうして私が支えますから……」

 

 

・・・

 

「オライオンより、オズボーン少尉へ。敵戦力の沈黙を確認」

 

「残兵は?」

 

「上空よりの視認及びクラウ=ソラスのセンサーによって確認しましたが、いません」

 

「ご苦労だった。一先ずユミルへと帰還するように。私もすぐに戻る」

 

「了解しました」

 

 それを最後に通信を打ち切ると、ゴボリとリィンの口より血が吐き出される。

 流石に無理をしすぎたのだろう、雪崩を起こすために発生させた膨大な熱量と焔、その代償だと言わんばかりに激痛が身体を蝕む。

 一ヶ月の眠りから覚めて、更に身体機能が大きく強化されてコレなのだ。

 やはり、騎神に自分のこの異能を纏わせる等というのを相当な無理があるようだ。

 だが、必要な事だった。生身で行こうが騎神で行こうがあれだけの数となると、単に強襲するだけでは散り散りとなってゲリラ化する恐れがあった、故に残らず殲滅(・・・・・)するためにはこれこそが最善であった。

 彼らの不幸は、自分たちの位置がアルティナ・オライオンによって筒抜けだった事と発見されるのを防ぐために人里の存在しないルートを進んでいた事だろう。

 この条件とリィンの持つ騎神と鬼の力とでも称すべき超常の力、そして統合的共感覚という異能による高性能の導力演算器並の高度な計算がこの策の実現を可能にした。

 

(凡そ500人と言ったところか……)

 

 北の猟兵の名は聞き及んでいた、故郷ノーザンブリアのために外貨を稼ぐために猟兵へと身をやつす事となった元、公国の軍人達。

 故郷において彼らは“英雄”として住民からの尊敬を一身に集めている存在だと。

 そんな“英雄”達を自分はたった今、鏖にしたわけだ。

 自分の持つ不可思議な異能によって発生する炎、それを騎神へと纏わせて利用する事で人為的に雪崩を引き起こす等という非情極まる策を以て。

 今回の一件だけで自分が殺した人間は500を超える。まさしく“悪魔”の所業というべきだろう。

 忘れてはならない。彼らは確かにユミルを、自分の愛するエレボニアの民を襲撃しようとしていた“悪”であったが、同時に歴とした一人の人間であった事を。

 胸に刻み込め、同じ人間同士で殺し合う事、それこそが“戦争”なのだと。

 誰もが譲れぬそれぞれの“正義”を抱いて戦っているのだという事を。

 

「リィンヨ……余リ背負イコミスギルナ。汝ハ確カニ我ガ起動者デアルガ、同時ニ一人ノ人間ナノダ。

 汝ガ尊敬スル、ドライケルストテ決シテ完全無欠ノ存在ダッタワケデハナイ。

 時ニ悩ミ、悔ミナガラ、ソレデモ仲間達ニ支エラレテ大業ヲナシタノダカラ」

 

 気遣うようにヴァリマールは己が担い手へと声をかける。

 どこか、己が起動者に危うさ(・・・)のようなものを感じて。

 

「ああ、知っているよ(・・・・・・)ヴァリマール。

 大帝陛下の抱いた苦悩も慟哭も何もかも(・・・・) 、今はこの俺の胸の中に受け継がれているのだから」

 

 リィン・オズボーンは歴代の起動者の経験と記憶を何一つとして余す事無く(・・・・・)、その身の糧とした。

 故に知っている、いや体験しているのだ。ドライケルス・ライゼ・アルノール、獅子の心を持つ英雄、エレボニア中興の祖と称される偉大なる英雄の、人としての想いを。

 偉大なる大帝陛下も時に迷い、悩む一人の人間であったという事を。

 

「その上で、俺は俺だ(・・・・)。ドライケルス・ライゼ・アルノールでもギリアス・オズボーンでもない、リィン・オズボーンだ。

 先人の足跡へと敬意を払い、彼らの想いを継ぐ事とは決して彼らの道をただなぞるだけではないのだ。

 俺は、俺の信じる道を往く。獅子心皇帝でも鉄血宰相でもない、灰色の騎士だからこそ出来る“英雄伝説(サーガ)”を綴ってみせよう」

 

 人は一人で出来る事など限られている、だからこそ人は支え合い助け合う。それは事実だ。

 個人で出来る限界などリィンとて当然知っている、そも今回の策にしたところで北の猟兵の位置を掴んでいたアルティナの存在無くして成立しなかったのだから。

 他者と協調する事によって生じる力、それをリィンは熟知している。

 

 その上で

 

「この重荷は俺自身(・・・)が背負うものだ。誰かに預けるつもりはない」

 

 リィンはそう断じる。何故ならば“必要悪”を担うことこそが自分たち軍人の役目なのだから。

 理想を掲げる神輿とは綺麗な存在でなければならないのだから。

 それは“王”であった獅子心皇帝とも“宰相”であった父とも違う在り方、武を軍隊という国家における最大の暴力機構の担い手たる軍人としての生き方だった。

 護るために殺すという矛盾、国家という巨大な組織の運営上どうしても生じる“犠牲”、理想を叶える上で生じる汚れや歪み、それらは“必要悪”たる自分が担おう。

 だからこそ、そんな自分はこの重荷を他者に預けてはならない、それらを担うのこそが自分の役目なのだから。

 幾度も教えられた、軍人としての心構え、それをリィンは一切違える事無く忠実(・・・・・・・・・・)に護っていた。

 

「ソレハ茨ノ道ダ」

 

「承知の上だ俺はそれでもこの道を往く。この身が汚れて傷つくのを覚悟の上で」

 

 どこまでも鋼鉄の意志を滾らせてリィンはそう己が愛機へと宣誓する。

 誰もが傷つくのを、汚れるのを嫌がり、やりたがらない事を引き受けるのが自分の役目なのだと信じて。

 そこでふとリィンは張り詰めた空気を緩めて

 

「そして、切り開いた道を舗装するのは俺以外の誰かがやってくれる。選ばれた存在、限られた人間だけが通れるような獣道から誰もが安心して胸を張って勧めるような広い道へと、きっとその人達はしてくれるだろうさ」

 

 リィンの脳裏にまず過ったのは愛しい少女。自分に優しさという強さを教えてくれた少女だ。

 浮かぶのは彼女だけではない、絆で結ばれた黄金の意志を持つ頼もしき後輩達の姿。

 そして、「他国とも手と手を取り合える日々が来る事を望んでいる」などという綺麗事(・・・)を本気で実現しようとしている皇子の姿だ。

 

「ソノ者達ト手ヲ取リ合イ、共ニ歩ンデイク訳ニハイカヌノカ?」

 

「度し難い事にこの世界というのはな、どういう訳だか正しい人間や優しい人間の方が割を喰らうように出来ているんだよ。

 優しいからこそ、正しいからこそ出来ない制約や枷、そんな物が無数に存在する」

 

 トワ・ハーシェルの持つ見ず知らずの他人だろうと手を差し伸べる慈愛、そんな優しさが戦場では甘さと呼ばれる悪徳となるように。

 手段を選ばぬ冷徹さ、手を汚す覚悟、そうしたものが理想を為すにはどうしても必然求められる時が存在するのだと。

 例えば今回自分がやったように、500人もの人間を冷徹に殺す事など彼女にはどうあっても出来まい。

 

「だからこそ、俺がそれを担う。理想を唱える者の手が汚れぬようにな」

 

 だがそれで良い、それで良いのだ。そんな優しさを持つ少女だからこそ彼女は、彼女達は他者の心を照らす陽だまり足り得るのだ。

 汚れるのも地獄に堕ちるのも自分だけで結構だ、故にこそこの重荷を預ける気も分かち合う気も毛頭ない。

 これは(・・・)自分が背負う物なのだからと。どこまでも揺らぐ事無くリィンは宣誓する。

 そこに込められているのはどこまでも高潔で清廉な祈り。彼は真実我が身を礎にしてでも祖国とそこに住まう民へと繁栄を齎そうとしている、そこに嘘偽りは一切存在しない。

 

「承知シタ我ガ起動者ヨ。ソウイウコトナラバ、私モ地獄ヘト付キ合オウ」

 

 故にその覚悟を前に灰の騎神は改めて今代の起動者を己が主として認める。

 その鋼鉄の意志に先代の起動者の面影をわずかに見ながら、その上で全く別の、されど決して獅子の心を持った偉大なる皇帝に劣るものではない輝きを見て。

 

「ああ、頼りにしているぞ、相棒」

 

 万人には決して倣う事の出来ない正しさを体現しようと“英雄”はどこまでも高潔な意志を以て英雄は突き進む覚悟を改めて固める。

 祖国の繁栄のために、民の幸福のために、自分以外の誰か(・・・・・・・)の幸せのためにと。

 

 だが、果たして彼がそんな高潔な自己犠牲を行い繁栄を齎したとして、真実彼が一番に幸福を願っている大切な人達が、赤の他人(・・・・)の事さえ思う事の出来る優しい人(・・・・)大切な人(・・・・)の犠牲と引き換えに齎された繁栄をおめおめと享受出来るのか?本当に幸福になれるのだろうか?

 そう指摘する者は、その場には存在しなかった。どこまでも高潔に、清廉に“英雄”はその意志を滾らせて望んで地獄への道を突き進み始めていた。必ずや勝利を掴み取り、繁栄を齎すのだとどこまでも強く強く、その意志を滾らせて……




今作のコンセプトは痛みの在り処を無くしてしまった“英雄”です。
望んで地獄へ堕ちて、利用されるだけされた挙げ句国のために死んでくれと言われて
それが本当に国のためになるというのなら喜んで自分の首を跳ねる。
そんなどこまでも国のための都合の良い英雄です。

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