(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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作者のイメージする軍事的天才「派閥力学?上の人間の面子を潰さないような配慮?そんなもん気にしていて勝てるか」


船頭多くして船山に上る

 七曜暦1204年1月7日、クロスベル自治州は70年の歴史に幕を降ろして帝国領クロスベル州となる。調印の後、クロスベルの良心として讃えられている、ヘンリー・マクダエル暫定市長は憔悴しきった様子で「私の人生はクロスベルと共にあった。その自治州の歴史に自ら幕を下ろすこととなってしまったこと、そして自治州議会議長、市長代理という重責を担う身でありながら、市民の皆様の期待に応える事が出来ずこのような事態を招いてしまった事は誠に慚愧の念に耐えない」との声明を発表。

 誰がどう見ても貧乏くじを押し付けられたとしか言いようがない状態でありながら、決して他者に責任を押し付けようとすること無く、ただただ自らの力不足を述べるその高潔な姿は、クロスベル市民の心を打たずにはいられなかった。

 このような事態というのが具体的に何を指しているのかは幾らでも言い逃れの余地があること、自身の責任について言及するのみで帝国に対する非難と取られるような発言をしなかった事は流石は老練の政治家と言うべきであっただろう。

 自治権は失ってしまったが、それでもこうした併合の際には現地の行政機構というのはそのまま温存して使用するのが定石である。故に下手に感情任せな事を言って、帝国に自分を更迭させる口実を与えてしまうのは、マクダエル議長としては避けねばならなかったのだ。

 

 

 そして“西の脅威”たる宿敵のクロスベル併合を受けてカルバード共和国は「クロスベルは我がカルバード共和国の領土であり、エレボニア帝国の行為は不当なる侵略行為である。帝国軍はただちにクロスベルより撤兵すべし」との非難声明を発表。

 一方の帝国も「クロスベルは我が帝国の領土であり、此度の併合はIBCの金融資産の凍結行為、ガレリア要塞の破壊というディーター・クロイスの暴走を許したクロスベルにはもはや、自治をする能力を無いと判断した宗主国としての当然の権利であり、義務でさえある。カルバード共和国は妄りに大陸の秩序を損なうような行いを慎むことを我が国は望む」と応じる。

 

 これまでであれば、それはある種のプロレスで終わるものであった。

 大国同士の全面衝突などというものを望む指導者は普通(・・)は居ない。何故ならば、戦争などというのは余程上手くいかなければ割に合わないものからだ。今回のクロスベル併合のように国力が圧倒的に開いており、抵抗らしい抵抗を受けないのであれば、踏み切る価値はあるだろう。

 だが、拮抗した敵国との全面戦争などというのはおよそ割に合わない。何故か、それは短期決戦によって速やかに終わらせるなどというのがほとんど机上の空論で終わるからだ。そして、多くの兵士はその命を散らす事となり、政府は遺族への補填金が重くのしかかる事となる。故に戦争というのは外交における一手段であると同時に、もはやそれ以外にない場合にのみ用いる最終手段なのだ。

 だからこそ、指導者というのは強硬的と称される人物であっても、表で強硬論を煽りつつも、裏では自国に有利でなおかつ相手も妥協できる程度の着地点というのを模索しているのが一般的だ。平時においては(・・・・・・・)

 無論、そんな一般論が常に通るというのなら、この世に“戦争”という悲劇は起こりえない。“現実”というのはそうした“計算”を叩き壊す、信じがたい出来事が往々にして起こるものだ。どれほど優れた策士であっても、英雄と称される人物であってもそれは例外ではない。

 この世に起こりうる総ての事象を見通して、統御出来るとすれば、それは“人”ではなくもはや“神”と称すべき存在であろう。

 そしてディーター・クロイスの行った“暴挙”は帝国と共和国の“計算”を完全に叩き潰した。

 

 カルバード共和国では経済恐慌が起こり、さらにそんな国内状況が元々潜在的に抱えていた民族問題へと火をつける事となった。“内戦”にまでにはならなかったものの、それでも国内に抱えた軋轢は深刻であり、ロックスミス大統領もそれの対処に追われていた。

 そんな最中に起こった帝国によるクロスベル併合。これを座して見逃す事は出来なかった。

 基よりクロスベル独立騒動から端を発した諸問題から、政権の支持率は大きく落ち込んでいる。

 そこに帝国をクロスベルに併合されたという問題が加わればロックスミスは辞職をせざるを得ないだろう。

 そうして自分が失脚してしまえば、待っているのは当然自分への反動として過激な民族主義者の極右が政権を握る未来だ。

 当然、クロスベルを奪還するべく動き出すだろう。つまるところ、クロスベル奪還作戦はロックスミスがやらなくても結局のところ、次の人間がやることなのだ。

 ならば、自分の統御の下で行い、エレボニア帝国という“敵”を前に我らは同じ共和国の民なのだという同胞意識を国民に改めて植え付けること、それが共和国にとっての最善である事は疑いようがなかった。

 加えて、クロスベルを手に入れる事が出来れば、共和国経済は息を吹き返す。

 そして敵は“内戦”という痛手から回復しきっていない。あらゆる点において、攻めるべきは今しかなかったのだ。

 

・・・

 

 そしてそんな共和国の“侵攻”を前にして内戦でその名を馳せた作戦の鬼才ブルーノ・ゾンバルト中佐はクロスベルの地を徹底的に焼き払い、その上で疲弊した共和国軍を迎え撃つ焦土作戦を提案した。基より共和国は帝国の仮想敵であり、そして帝国軍が身動きが出来ない状況下、例えば内乱の最中に、共和国がクロスベルへと侵攻して来る事は帝国にとっては考えうる限り最悪のシナリオとして想定されていた。ガレリア要塞に列車砲などという戦略兵器が取り付けられたのも、いざという時はクロスベルの地を焼き払い、クロスベルという獲物を敵国に渡さないためであった。

 そして現状の情勢は、ガレリア要塞を喪失したという点では想定よりも悪いが、すでに内戦が終わり帝国が一致団結しているという点では想定よりも良いと言える。

 ならば帝国正規軍の主力たる戦車部隊の展開が間に合っていない現状では、クロスベルを焦土とし、疲弊した共和国軍を帝国本土の一歩手前で、万全の状態で迎え撃つ、これこそがゾンバルト中佐の提示した最善ではないにしても、ベターな作戦計画であった。

 

 しかし、これに対して真っ向から異を唱えたのがリィン・オズボーン大佐であった。

 クロスベルの地はすでに帝国領であり、クロスベルの民もまた歴とした帝国の民である。そして我ら軍人の存在意義とはそんな罪なき、自国の民を護る事に他ならない。

 ゾンバルト中佐の作戦案はあくまで最終手段(・・・・)であり、現状における最善は別にあるのだと主張したのだ。

 

「なるほど、してその最善の策とは一体如何なるものなのでしょうかオズボーン大佐」

 

 自身の作戦案を否定されたにも関わらずゾンバルト中佐の表情に怒りの色はない。

 むしろ、自身の想像を超えるものをぜひとも見せて欲しいという期待の色が滲んでいる。

 

「無論、侵攻してきた共和国をより早い地点、タングラム丘陵にて迎え撃ち破る事だ」

 

 堂々とした様子で告げる若き俊英の発言に一部を除き、列席者は一様に呆れた表情を浮かべる。

 それが出来るならばそもそも苦労はしないのだと。“英雄”と称されていようが、やはり未だ若く夢見がちな少年なのだと。

 軍人とは時として、勝利のために“悪魔”と罵られる所業に手を染めねばならぬ事があるのだと理解していないのだと。

 

「大佐……君はこれまでの話を聞いていたのかね。未だ我が軍の主力たる戦車部隊の展開は間に合っていないのが現状だ。

 これでは下手に迎え撃とうとすれば、各個撃破の憂き目に合う事は明白だ。ならば、此処は中佐の言う通り戦力の集結を優先させるべきだと思うがな」

 

 子供をあやすような口調で軍の高官が告げる。

 そして、そんな光景をクロスベル暫定統括官ルーファス・アルバレア卿はただひたすらに興味深そうな目で眺めていた。

 さあ、ぜひとも見せてくれ。君が真に我らの筆頭たるならばと期待するその視線にも一切に怯まずリィンは……

 

「無論理解しております。確かに戦車部隊の展開は間に合わないでしょう。

 ですが、機動性と走破性において戦車をも凌駕する機甲兵部隊の展開ならば十分に間に合うはずです。

 違いますか、オーレリア将軍、ウォレス将軍」

 

 リィン・オズボーンは知っている。

 名将リヒャルト・ミヒャールゼンの想定の上を行った、ウォレス・バルディアスとオーレリア・ルグィン率いる機甲兵部隊の常識はずれの機動性を。

 この二人(・・・・)ならば、十分に可能であると確信している。

 

「まあ、可能か否かという問いに対しては可能ではあると答えよう。

 任せて貰えるのならば(・・・・・・・・・・)な」

 

 そしてそんなリィンからの問いに対してオーレリア将軍は意味ありげに笑みを浮かべながら肯定する。

 そう、リィンの発言は軍事的には問題ない。ならば何故、帝国軍参謀本部の誇る英才達がそれを提案しなかったのか。

 それは、軍人といえど結局のところ組織に属する官僚に過ぎないからであった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 咎めるような視線がリィンへと集中する。

 そうリィンの発言は軍事的には正しい、しかし帝国軍という組織に属する組織人としては落第も良いところであった。

 何故ならば、今回の戦いに失地回復がかかっているのは貴族だけではない、内戦において良いところのなかった帝国正規軍司令長官シュタイエルマルク元帥、参謀長カルナップ大将といった軍の頂点に位置する両雄にとっても同様なのだ。

 内戦という非常事態において貴族連合に拘束されて、その解決に一切寄与しなかった彼らにとっては、共和国という外敵相手の“勝利”という失態を帳消しにする“武勲”を是が非でも欲しているのだ。

 そのためにこそ、戦車部隊を自身が率いての勝利をこそ元帥は求めていたのだ。

 

 軍の頂点に位置する人物から睨まれる重圧、並の若者であれば泡を吹いて直ぐに平謝りするところであろう。

 だが、リィン・オズボーンは並の若者ではない。知ったことか(・・・・・・)と、その視線を受け止める。

 むしろ譲るべきは自分ではなく、貴方の方だ(・・・・・)と言わんばかりに。

 何故ならば、これこそが帝国にとっての最善である事は間違いないのだから。

 クロスベルを焦土と化しては占領をした意味が消えてしまう。帝国にしても共和国にしても欲したのは金の卵を産む状態のクロスベルであって、焼け野原となったクロスベルではない。

 そして帝国領となった以上、この地の民も帝国の民であるという想いにも嘘偽りはない。

 例え、この件で軍の上層部から浮いて出世に響くことになったとしても、一切構わない。

 自分が地位を欲しているのはより多くを護るためばこそ、祖国に光を齎すためにこそなのだから。

 ヴァンダイク元帥、義父たるオーラフ・クレイグ中将、ゼクス・ヴァンダール中将とてこの場に居れば(・・・・・・・)同じことを言ったに違いないのだから。

 

「……陸の方はそれで良いでしょう、問題は空の方です。こちらの迎撃は如何致しますかな?

 遺憾ながら航空戦力においては、敵の側に一日の長がある事は認めざるを得ないでしょう」

 

 作戦参謀の一人が告げるのはそんな純然たる事実。

 百日戦役以後、飛空艇という航空戦力は現代の戦争に於いて必要不可欠となった。

 そして共和国は帝国に比べればリベールとの関係が良好だった事もあり、空挺部隊へと一際力を注いできた。

 戦車であるのならば帝国側に、飛空艇であれば共和国の側にそれぞれ一日の長があるのは両国の軍人が遺憾ながらも認めなければならぬ事であった。

 

「そちらについては私とアームブラスト大尉でなんとかします」

 

「な!?」

 

 そんな問いかけにリィンは平然とした様子で答える。

 

「……大佐。君の功績については当然我々も重々承知している。

 だが、それはいくらなんでも大言壮語が過ぎるというものではないかね?

 たった二人で共和国の空挺部隊を相手取って見せるなど」

 

 功績と才幹、そして父の威光を笠に着た鼻持ちならない青二才。

 おそらくそれが、この場にいるお歴々から見た自分なのだろうなとリィンは苦笑する。

 しかし、現実問題としてこれこそが最善だと信じるが故にリィン・オズボーンは躊躇わない。

 

「ご懸念はご尤もですが、自分は虚言を弄しているつもりはありません。これは純然たる事実です」

 

 沈黙がその場を包む。

 なるほど、話はわかった。その論の中に確かな正しさがある事も認めよう。

 だが、それをすぐさま受け容れられるかと言えば、それは別である。

 共和国の撃退を敵対していた領邦軍の者たちと、未だ成人も迎えていない青二才に任せるなどというのは積み上げてきた彼らの軍歴がそう簡単には許しはしなかった。

 

「……こう考えては如何でしょうか?我ら領邦軍は敵主力を足止めする先陣です。

 我らが敵軍を食い止めている間に、主力たる(・・・・)元帥閣下らは戦力の集結を図るのです。

 そして集結が完了次第、我らの救援(・・)に来ていただければ」

 

 故に筆頭たる灰色の騎士を補佐すべく翡翠の城将は最期の一押しを行う。

 相手のプライドを刺激するような言葉を選びながら。

 

「知っての通り、我らには許されざる罪があります。

 逆賊クロワール・ド・カイエンに与したという許されざる罪が」

 

 その端正な顔を歪めて沈痛な表情をルーファスは浮かべる。

 それはどこからどう見ても己が罪を心から悔いる罪人の姿であった。

 

「ですが、皇帝陛下と宰相閣下はそんな我らに名誉挽回の機会を与えてくださりました。

 この上は全霊を賭して、皇帝陛下の忠誠を示したいと私も部下も望んでいます。

 それは、両将軍にしても同様でしょう。どうか元帥閣下にはそんな我らの意を組んでいただきたく」

 

 そうして、自分達は罪滅ぼしに先陣を切る。だから正規軍の側はそんな膠着状態を打破して勝利したという勲を手に入れれば良いと告げたルーファスの言葉に元帥らも頷く。

 此処に帝国側の布陣も整い、両軍はタングラム丘陵の地にてまみえようとしていた……




総力を結集(この間まで殺し合っていて、その前からいがみ合っていた連中が直ぐに仲良く出来るわけがない)

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