(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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今回の更新を最後にⅣをプレイするためにしばらく休止させていただきます。
再開して更新を行う際の初っ端にはⅣのネタバレを入れる予定はありませんし、もしも入れる場合はまえがきでお知らせしますので気軽にお読み下さい。


獅子心十七勇士

 七曜暦1205年1月16日、8個師団もの大軍を投入した共和国のクロスベル奪還作戦は、見るも無残な結果に終わった。歴史上稀に見る惨敗であり、完敗。

 共和国は総司令官と副司令官を筆頭に多くの士官を失ったのに対して、帝国の戦死者数は共和国側の10分の1程度という惨憺たる有様だった。

 

 この大敗は綱渡りの状態で政権を運営していたロックスミス政権へとトドメを刺した。

 共和国市民はクロスベルを奪還せよ!と声高に主張していた自分達の言葉を忘れたかのように、この作戦に踏み切ったロックスミスを非難した。

 当然、そのような状態でもはや政権を運営することなど不可能だ。

 共和国大統領サミュエル・ロックスミスは責任を取る形で辞任を表明。

 軍部のダグラス・ローザス、政界のサミュエル・ロックスミスという二大巨頭を失った事で融和派はその勢力を大きく後退させた。

 ロックスミスの後釜に誰が座る事になるかは定かではないが、それでも当分はこの敗北の痛手から回復する事に手一杯となる事は間違いがなかった。

 

 かくして内戦により弱体化したと思われていたエレボニア帝国は以前と変わらぬ、いや以前をも上回る精強さを大陸中に知らしめたのだ。

 そして共和国軍が撤退し、タングラム門の防備を固め、当分の侵攻はまず無いと判断出来るようになった事で帝国は“国難”への対処のため、棚上げとなっていた論功行賞が始まった。

 

 まず内戦の首謀者たる逆賊クロワール・ド・カイエンには正式に大逆罪及び国家転覆罪の罪が帰せられる事となった。これにより四大名門の中でも最大の隆盛を誇ったカイエン公爵家はその爵位と財産の総てを剥奪される事が決定し、此処に帝国を支配し続けていた四大名門体制は崩壊した。一昔前であれば、大逆罪と国家転覆罪に対しては容疑者の三親等以内までにも刑罰が適用されるものであった。しかし、オズボーン宰相の司法改革によって、「血縁というだけで当人以外の者にまで罪を帰せる等時代錯誤も甚だしい前近代的なものである」として容疑者のみへの適用となったため、カイエン公爵家縁の者たちはその命を拾う事となった。アレほど憎悪した怨敵の司法改革によってその命を救われるというなんとも皮肉な形で。

 

 更にハイアームズ侯爵家当主フェルナン・ハイアームズ、ログナー侯爵家当主ゲルハルト・ログナーは責任を取るために当主の座から退く事を表明。ハイアームズはフェルナンの長子シーゲルが、ログナーはゲルハルトの長女アンゼリカがそれぞれ当主の座へと就く事となった。

 さらにヘルムート・アルバレアの正式な実刑が下った事によってアルバレア公爵家当主の座に長子ルーファスが就く事となった。しかし、此処で当主の座に就いたルーファスは「此度の内戦の責任を取る」と表明して、アルバレア公爵家の有する資産の多くを皇室と国庫へと献上した。クロスベル併合と内戦終結にあたっての功多き才子の、その功を以て罪をすすいだと捉えない高潔な姿勢は「貴族の鑑」「真の貴族」と称賛を以て讃えられた。しかし、こうされると溜まったものではないのは他の貴族たちである。

 ルーファス・アルバレアの国家に果たした貢献は貴族勢力の中ではピカイチである。カイエン公亡き後の、貴族連合を総参謀として纏め上げ、鉄血宰相との間で和平を成立させた。クロスベル併合にあたっては暫定統括官に任命され、その手腕を存分に発揮した。そしてカルバード共和国相手に収めた歴史的な大勝の立役者の一人でもある。その働きを以て、見事内戦時の罪を雪いだと言えるだけの働きをしていた。

 しかし、そんな彼が改めて罪を償うために、私財を皇室へと献上する等と言い出せば、当然他の貴族達もそれに習わざるを得ない。あの(・・)ルーファス卿よりも国家のために貴殿は貢献したと言うのか?と言われてしまえば、彼らには選択肢など無いのだ。結果として貴族連合に参加した多くの貴族がその私財を自主的に国庫へと献上しなければならぬ事になったのであった。

 

 そして、この件でルーファス・アルバレアが被った痛手というのは実のところほとんど無い。何故ならばアルバレア家当主となったルーファスであったが、クロスベル総督への就任が正式に決定した事により、領主の代行を正式に弟であるユーシスへと任せたからだ。そしてルーファスが国庫へと献上したのは、アルバレア家の私財とクロイツェン州の運営予算である。

 そう、本来であればクロイツェン州の統治に領主として使用するための財をルーファスは使用したのだ。故に、これによって頭を悩ます事となるのはルーファスではなく、領主代行を行っているユーシスなのだ。しかも主だった有力な従士や家臣たちをルーファスがクロスベルへと連れて行ってしまったというおまけ付である。

 

 加えてユーシス・アルバレアはもともと妾腹の子だ。長子であり基より当主に就くことが内定していたシーゲル・ハイアームズ、放蕩娘だったとは言えそれでも当主ゲルハルト唯一の実子であるアンゼリカに比べ、周囲からアルバレア家を継ぐなどとは微塵も期待されていなかった立場なのだ。そしてクロイツェン州の貴族たちは前当主の気質が反映され、ラマール州に次いで、悪い意味での特権意識の強い貴族が多い州でもある。彼に課せられた重責は想像を絶して余りあるものであった。

 当然そんな状況にあって悠長にもう一年学院に通う等という暇があるはずもない、教官会議と理事会の結果領地を継ぐ事となった貴族生徒への特例措置として設けられた特別短縮カリキュラムの使用が認められ、ユーシス・アルバレアの今年度でのトールズ士官学院卒業が決まったのであった。

 

 そして領邦軍の方はといえば一時は解体論が叫ばれていたが、タングラム丘陵の戦いでの活躍によってその存続を認められる事となった。ただし、流石に貴族連合の総司令官を務めていたオーレリア・ルグィン大将をそのままにというわけにはいかず、責任を取る形で彼女の予備役への編入が決まり、代わって黒旋風の異名を持つウォレス・バルディアス中将が統合地方軍総司令の地位へと就くこととなった。

 

 一方皇族の身を護る役目を担いながら、カイエン公へと通じた近衛兵総監アーダルベルト・エーレンベルク大将はカイエン公と同様に大逆罪及び国家転覆罪が適用されて極刑が言い渡され、近衛軍もまた解体が決定した。

 

 かくして内戦の結果貴族勢力は大きく後退した。

 貴族連合に与した貴族の多くは国庫へとその私財を罪滅ぼしのために自主的(・・・)に献上する事となり、帝国最大の貴族カイエン公爵家は断絶し、その他の三家にしても当主が責任を取る形で退く形となり、混乱は避けられない。

 唯一クロスベル総督へと就任して一人勝ちと言っていい状態のルーファス卿は帝国政府、すなわち鉄血宰相への全面的な協力を表明しており、苦境に喘ぐ貴族たちに手を差し伸べるどころか破滅させる側へと加担していく有様だ。

 もはや貴族制度が解体されていく事は誰の眼からも明らかとなった。後はそれを緩やかに段階的にやっていくか、それとも貴族の断末魔を厭わず強硬的に行っていくかの差異となるであろう。

 

 そして敗者が居れば当然勝者も居る。

 内戦終結のために尽力し、皇室への忠節を貫いた者たちは無数の栄光で以て報われる事となった。

 予備役として退いた身でありながら、討伐軍総司令官として現役へと復帰して采配を振るった軍神ウォルフガング・ヴァンダイクは、皇族以外では常勝将軍ヴェルツ以来のエレボニア帝国の歴史上二人目となる大元帥への就任が決定した。このまま現役復帰するかとも思われたが、当人は「非常時故の最後の奉公」と語っており、予備役に再度編入後トールズ士官学院の学院長職を続行する意向を示している。

 

 機甲師団の司令官の中で特に功績が著しいゼクス・ヴァンダールとオーラフ・クレイグの両名は大将への昇進と鳳翼武功章の授与が決定した。オーラフは再建されるガレリア要塞の司令官、ゼクスはミヒャールゼンの後任としてドレックノール要塞司令官への就任が内定している。その他内戦で功有りと判断された多くの軍人が昇進を遂げた。

 

 討伐軍を文官の代表として支えたカール・レーグニッツ帝都知事は声望を大きく高め、帝都知事職の続投を確実視されている。皇族の一員として討伐軍を率いたアルフィン皇女もその声望をこそ大きく高めたものの、まだ学生という立場から明確な役職に就くことはなく、学友と共に学業への復帰を希望している。その親衛隊長には当人の希望も相まって、近衛軍が一斉に裏切るという事態に際しても皇女への忠誠を貫いた忠義の士たる《戦乙女》アデーレ・バルフェット中佐が就任する事が決定している。

 

 そして紅き翼を率いて第三勢力として内戦終結へと貢献し、自らの手で皇帝陛下を救出した長子たるオリヴァルト皇子は帝国副宰相へと任命された。平民の母を持った庶出というその立場故反対していた貴族勢力が大きく後退したことで、皇位継承権の復帰も噂されていたが、次期皇帝の座を巡り兄弟間での争いとなる事を懸念したのだろう、ユーゲント皇帝は彼に皇位継承権を与える事はしなかった。その埋め合わせのためとも、鉄血宰相一強体制となる事を懸念したためとも噂されているが、真偽は定かではない。

 放蕩皇子と揶揄されていた彼が政府のNO2へと抜擢された事に対して驚きの声こそ挙がったものの反対の声はほとんど上がらず、むしろ快哉を以て迎えられた。内戦時のオリヴァルトの献身を知らぬ帝国人などおらず、結果を出せばそれまでの奇行も好意的に見られるのが世の中というものだ。案の定、内戦の英雄の一人たるオリヴァルトの奔放さは身分に拘らぬ大人物としての大らかさとして捉えられるようになったのだ。

 任命に際しての「長子として今後も私と次期皇帝たるセドリックを支えて欲しい」というユーゲントⅢ世の言葉は次期皇帝はあくまでセドリック皇太子から揺るがぬ事を明言すると共に、兄であるオリヴァルト皇子の才を高く買っている事を示すものであった。

 親衛隊隊長は当然ながら、オリヴァルト皇子を長年に渡って公私を支え続け、全幅の信頼を置かれているミュラー・ヴァンダール中佐が務める事となる。

 

 そして内戦終結に多大な功績を果たし、共和国の大軍を単騎で突破して、共和国の盾を粉砕するという信じがたい戦果を挙げた灰色の騎士リィン・オズボーンは国民的英雄となった。リィン・オズボーンの特集が組まれた新聞と雑誌は飛ぶように売れた。教師や大人達はリィン・オズボーンの話を好んだ。「灰色の騎士様は小さな頃から先生の言う事を良く聞いていたんだぞ」と言えば、手のつけられない悪童達が嘘のようにおとなしくなったからだ。

 男の子達は英雄灰色の騎士に憧れ、自分も将来は軍人となり彼のような“英雄”となる事を夢見た。

 女性たちはその精悍な顔立ちに恋をし、一部淑女は敵同士へと分かたれた親友の蒼の騎士との熱い友情に熱中した。リィン・オズボーン。リィン・オズボーン。リィン・オズボーン。帝国内でリィン・オズボーンの名前が話題に登らぬ日はなかった。ビジネスマンの商談の導入、主婦の井戸端会議といった場面においても、リィンの偉業は誰もが共有できる話題として好まれた。そして、そんな息子の人気にあやかるように父たる鉄血宰相の人気も上昇していった。

 

 内戦時にこそ良いところがなかったギリアスであったが、それは凶弾に撃たれ瀕死の状態にあったため止む得ない事と大半の者が捉えたのだ。そうして宰相閣下が職務に復帰してみればどうだろうか?悪の貴族は滅びて、内戦は終結し、クロスベルを併合し、共和国を破りと彼は驚くべき早さで帝国に栄光を齎したのだ。そのような宰相を、些事で更迭するなど全く以てバカバカし過ぎる行為であると、その声望はまたたく間に回復したのであった。

 

 そんな自慢の息子に対してギリアスは当然ながら無数の栄光で以て報いた。その昇進と権限の拡大、勲章の授与を全力で後押したのだ。その様は何よりも雄弁に鉄血の子ども筆頭にして後継であるとの認識を多くの者に植え付けたのだ。

 

 かくして国民的英雄となったリィン・オズボーンは無数の栄光を手にする事となった。

 まずセドリック皇太子救出の功績によってロラン・ヴァンダール勲章が授与された。これは皇室に特に忠実と判断された者にのみ与えられる勲章であり、皇帝からの最上級の信認を受けたことを意味する。

 続いて共和国軍撃退の功績によりリアンヌ・サンドロット勲章が授与された。これは“国難”に際して帝国を救うのに多大なる功績を果たした者に与えられる勲章であり、これの保持者は宮廷内に於いて槍の聖女と同じ伯爵位として扱われる。生きたままこの勲章を受けたのはウォルフガング・ヴァンダイクただ独りという伝説のような勲章である。リィン・オズボーンは生きた二人目の伝説となったのだ。

 

 与えられた栄誉は勲章だけには留まらない。皇帝ユーゲント三世はリィン・オズボーンを獅子心十七勇士、その“筆頭”へと任命した。獅子心十七勇士は皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノールの挙兵に際して付き従った十七人の勇士のその忠誠と栄誉を讃えるために設けられた権限を持たぬ名誉職である。しかし、その筆頭たる第一席だけは少々扱いが異なる。

 

 獅子心十七勇士筆頭は皇帝直属の騎士なのだ。

 例え大元帥であろうと、帝国宰相であろうと、皇太子であろうとこの者に“命令”を下すことは出来ない。 

 かの者に命を下す事が出来るのはエレボニア帝国皇帝ただ独りである。

 与えられている権限も絶大で、皇帝と国家に不利益を齎す輩なら独自に裁く一種の処刑執行許可、それが皇帝より与えられているのだ。

 ーーー最もその権限は実質有名無実と化していると言って良い。当然だろう、何時の世も建前というものは所詮建前に過ぎない、その建前を前面に押し出して振る舞う者がどのような末路を迎えるかと言えば、容易に想像できるだろう。何よりもエレボニアにおける皇帝は決して諸外国が想像しているような唯一絶対の指導者等ではない、実際は貴族勢力の調停に追われ、その意を押し通す事が出来るような事は殆ど無い。

 

 しかし、今のリィン・オズボーンにはその建前を押し通す事のできる総てを持っている。

 リィン・オズボーンがその建前を使い、その処刑の刃を振るえば国民は快哉を挙げて讃えるだろう。何故ならば、彼は平民の味方であり、帝国と皇室に絶対の忠誠を誓う“英雄”なのだから。

 帝国政府はそんなリィン・オズボーンを全面的に支援するだろう。何故ならば帝国政府代表たるギリアスとリィンは血を分けた実の親子であり、その蜜月振りは周知の通りなのだから。

 そしてそれらを阻んでいた貴族勢力はこの内戦で大きく後退した。

 

 権威がある、権限がある、名声がある、実力がある。

 故にリィン・オズボーンの振るう刃を阻む者は存在しないのだ。

 

 そして、そんなリィン・オズボーンへと帝国政府はある“要請”を行った。

 クロスベル総督ルーファス卿と協力して、クロスベルの闇を一掃せよと。

 そのために鉄道憲兵隊所属クレア・リーヴェルト少佐、帝国軍情報局レクター・アランドール少佐らの部隊への指揮権を与えるというおまけ付きで。

 それは英雄の強大なる外敵とは異なる、“腐敗”という内の敵との戦いの始まりを意味していた……




ルーファス「罪滅ぼしに公爵家の私財を皇室へと献上します」
民衆「ルーファス卿は高潔な貴族の鑑!他の貴族共は見習え!!!」
帝国政府「感動した!ルーファス卿のような人物こそクロスベル総督にふさわしい!」
貴族連合に参加した貴族たち「ぐぬぬぬぬ」

ルーファス「それじゃあ領地の方は任せたぞ我が親愛なる弟よ」(財産や利権を皇室と帝国政府へと献上したために運営に使える予算が減り、主だった優秀な家臣をクロスベルへと連れて行き、ミソッカスとなった領地を押し付け)
ユーシス「」

ちなみに閃の軌跡はリィンの刃が帝国の闇を一閃という意味が込められているそうですね。
ついでにクロスベルの闇も英雄に一閃してもらうことにしましょう。

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