(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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身体が求める……執筆という快楽を!
まだ閃の軌跡Ⅳは途中ですが、執筆欲が高まったため更新です。
Ⅳのネタバレはありません。

なのでもしも感想でⅣのネタバレを行った場合は
IF世界線でデュバリィちゃんが喰らったSクラフト9連発を喰らって貰います。


ルーファスとオズボーンくんの二人は
銀英伝でいうと仲の悪いロイエンタールとミッターマイヤー
アルスラーン戦記で言うと仲の悪いナルサスとダリューン
と言った感じのイメージです。
なお、表向きの二人はそれこそまるで兄弟のように親しい間柄と評判で
乙女の嗜みの組み合わせとしては第二位に位置する模様。

ちなみにパパボーンのイメージはキルヒアイスを失ってオーベルシュタインを吸収して
数十年間宮廷闘争を門閥貴族と繰り広げた場合のラインハルト


背負う故の強さ、背負う故の枷

「准将、統治に必要なものとは何だと思うかね?」

 

 ゼムリア大陸最大の高さを誇るクロスベルの新庁舎オルキスタワー、今やクロスベル総督府となったその中の一室にてこの地の最高権力者たるクロスベル総督と灰色の騎士リィン・オズボーンは会談を行っていた。部屋の調度は大貴族の出身らしい豪奢さに溢れているが、その中にも確かな品性と称すべき優美さがあり、部屋の主の気質が存分に反映されているものであった。

 

「畏怖と信頼。この2つかと思います。

 自分で自分を律する事が出来る自律心と向上心を持った高潔な人間等というのは世に於いて圧倒的少数派です。それは我らのように伝統ある皇族という“権威”を戴く事がなかったこの地の腐敗を見ても明らかでしょう。

 故にこそ上に立つ者は下の者にある種の畏れを抱かせる事が必要不可欠です。

 秩序に反するような事を行えば罰せられるという畏怖こそが軽挙を慎ませるのです」

 

 極論総ての人間が清く正しく生きられるというのならば、この世の中に治安組織が対人間の揉め事に駆り出される事は無くなり、専ら魔獣の相手のみが役目となるだろう。

 しかし、現実として人は国という枠組みと軍隊という“力”を必要としている。それは何故かと言えば、世の中には秩序を乱す悪党というのが出てくるからに他ならない。

 

「ですが当然、畏れを抱かせるだけでは人心は萎縮して離れていきます。

 それこそ、ケルディックの焼き討ちを行った先代アルバレア公が良い例でしょう。

 当然の話ですね、人が組織や国といったものに義務を果たし貢献するのは、然るべき権利を国が保障していてこそです。

 無私の忠誠、奉仕というのは美しい行いではありますが、これを上に立つ者が押し付けるというのならばそれはこの世で最も醜悪な行為となるのですから。

 国に従い、国家のために貢献すれば相応に報いてくれるという“信頼”があってこそ人は国家に帰属意識を持つのです」

 

 そのリィンの年齢に似つかわしくない論にルーファスは興味深く見つめる。

 胸に去来するのは随分と“老成”しているとそんな思いだ。

 リィン・オズボーンは無私の忠誠等という絵空事(・・・)を体現する熱烈な愛国者であると同時に勤皇家と見られているし、実際の様子を見てもそれは的はずれなものではないだろう。

 そしてこの手の人物というのは得てして他者にも無意識の内に自分と同等の水準を求める傾向があるものだ。

 かくいうルーファス自身もほんの10年前にはそういった傾向があったことを自覚している。それらは“経験”を積むことによって、徐々に修正されていったわけだが……はてリィン・オズボーンは一体如何にしてこの境地へと至ったのだろうかと。

 准将という地位にあるが、実のところリィン・オズボーンが現状上に立つ者として人を率いた経験というのはほとんど無いはずなのだ。

 内戦中はクレア・リーヴェルトやレクター・アランドール、そしてアルティナ・オライオンと行った義兄弟達を“筆頭”として率いていたというが、言うまでもなく彼らもまた世においては紛うことなき少数例に位置する才人達だ。

 凡俗共に対するある種の“達観”とでも言うべき理解をはてさて、一体目の前の少年はどこで学んだのだろうかと。

 そんなふうに思考を巡らせるルーファスを他所にリィンは続けていく。

 

「端的に述べるならばこう言えるでしょう。逆らえば(・・・・)タダでは済まないという“畏怖”と従えば(・・・)幸福になれるという“安心”。この2つの両立こそが統治に必要なものだと」

 

「なるほどなるほど。中々に卓見だが、そうなると君は“親しみ”を与えるような人物はトップに不向きだと考えているという事かな?」

 

 ルーファスの脳裏に過るのは皇位継承権を持たぬ身でありながら、副宰相という地位に就き、自分の敬愛する真の父とついに渡り合うだけの地盤を手に入れたとある皇子の姿だ。

 ギリアス・オズボーンが畏怖を与えるトップの典型例ならば、件の皇子こそ親しみを覚えさせるトップの典型例と言って良い。

 

「いえ、むしろ自分はそういう人物こそが本当の意味で頂点に立つべきだと考えています。

 人々を先導するその背中は輝かしい者であるべきです。そしてそのトップの提示したビジョンへとたどり着くために必然発生する血に汚れながら、道を切り開く“必要悪”は傍で支えるものが為せばいい。

 自分が述べたのはあくまで“統治”に必要な要素であって、統治者に必要な要素ではありません。

 極論必要不可欠な2つさえ有していれば、後は周囲の人物が支えれば良いのですから」

 

「その不可欠な2つというのは」

 

「“情熱”と“鑑識眼”です。人を引きつけ揺り動かす事が出来るのは結局のところ最後は“熱量”です。

 理だけで人は動かないーーー動かす事が出来るとしてもそれは上辺だけ、窮地において支えになってくれる程のものではありません。“この人”ならば信じる事が出来る、“この人”のためにならば命を賭ける事が出来る、“この人”のためにこそ自分は死にたいのだとそう思わせてくれる人物のためにこそ人は戦う事が出来ます。

 夢を見させてくれる人物、その夢を本気で現実に変えんとしている人のためにこそ戦うのです」

 

 理屈の上では確かに指導者が前線に出るのは愚の骨頂だろう。

 その人物が傑出していれば居るほど、喪失によって生じる空白は必然巨大なものになる。

 だからこそ、上に立つものは危険を侵さず安全な後方にいるべきだというのは理屈の上では筋が通っている。

 実際リィン自身も煌魔城に突入する際にはオリヴァルト皇子へとそう進言した。

 それでも頑なに応じぬその姿に確かにリィンは頭を痛めた。それは確かな事実だ。

 だが、その高潔な姿に心動かされぬものがなかったといえば、それは嘘になる。

 あの時自分は確かにオリヴァルト・ライゼ・アルノールという人物に敬服していた。

 それは何故かと言えば、彼には確かな“情熱”があったからに他ならない。

 あの時だけではない、かつてアストライアで初めて会って、彼の抱く理想を聞いた時自分は確かにオリヴァルト・ライゼ・アルノールという人物に魅せられたのだ。

 そしてオリヴァルト皇子はそれが口先だけのものではない事を、内戦によって証明したのだ。

 オリヴァルト・ライゼ・アルノールの持つ“情熱”は上辺だけのものではない、真実のものだ。

 だからこそ政争から距離を置いていた《光の剣匠》もその情熱にこそ夢を見て、力を貸す気になったのだろう。

 そしてそれは次世代にも繋がっている。内戦時オリヴァルト皇子と行動を共にした特科Ⅶ組の面々を筆頭に、トールズ士官学院の人間の多くが彼の“理想”に惹かれている事は疑いようがないだろう。

 

「逆に言えば、この“情熱”を持たぬ人間は上に立つべきではないでしょう。

 何もかもが自分の掌の上だと言わんばかりに、護るべきものを背負うでもなく、汗のにおいを知らず、涙の苦さを知らず、危険を味合わず、恐怖に打ち克たず、苦しみを乗り越えず、理論と計算のみを知っている。

 そんな人間は軽薄才子と言うべきです。少なくとも私は、どれほど冠絶する才幹を有していようとも、そんな人間に付いていきたいとは思えませんね」

 

 そうしてリィンは護るべき領地と領民も、そのために流す労苦も総て弟へと押し付けた、優美な微笑を崩さぬ眼前の男を見据える。

 理屈の上で言えば、リィンに目の前の男を嫌う理由など存在しない。

 彼の行いは確かに国益という観点で見ればまさに国士というべき高潔な行いで、貴族勢力の力を穏便かつ確実に削いだその手腕の鮮やかさはまさに見事の一言だろう。

 だがしかし、まるで古い衣を脱ぎ捨てるかのように当主として背負うべきものを放り捨てて、まんまとクロスベル総督という新しい衣へと脱ぎかえる事に成功した目前の男にリィンとしてはどうしても好感を抱く気にはなれないかった。ーーーこれは美味しい部分だけ取られて絞りカスとなった領地を押し付けられた苦労人(ユーシス・アルバレア)と面識があることと決して無関係ではないだろう。

 無論、これが甚だしい偽善なのはリィンとて自覚している。自分もまた多くの貴族を破滅させ、嘆きを生む側なのだから……所詮自分も同じ穴の狢と言うべきだろう。

 だが、それでもこれは理屈ではない(・・・・・・)私人としての感情的な問題である故、それを完全に消す等という事は出来ようはずもない。

 

「ふふふ、肝に銘じておくとしよう。もしも私が国家と皇帝陛下に不利益を働くと判断したのならば、その時は容赦なくこの首を刎ねると良い」

 

 そしてそんな敵意を受けてもルーファス・アルバレアは揺るがない。

 何故ならばルーファス・アルバレアは知っているからだ。

 リィン・オズボーンは私人としての感情を排して、公人としての義務を果たせる男であるという事を。

 どれほど自分に嫌悪を抱いたとしても、自分がクロスベル総督として国家にその有益性を証明し続ける限り目前の男は自分を討てないという事を。

 そしてルーファスにはそれを証明し続ける確かな自信があるのだった。

 

「さて、その上で聞こうか。今の私は君のその剣によって両断されるべき“祖国の敵”かな?」

 

「……いえ、総督閣下のご手腕は小官としても感服するのみです。

 統治において必要な“畏怖”と“信頼”それをクロスベル市民と構築するにあたってどれも的確な手かと」

 

「身分だの出自だのに囚われる等というのは全く以て愚かしいことさ。

 国家への貢献は然るべくして報われる、そう上が示してこそ下のものは“安心”して働けるのだからね」

 

 総督へと就任したルーファス・アルバレアがまず第一に行ったこと、それはディーター・クロイスとその側近たちを処断したのに対して

 それへと対抗してクロスベルを解放した特務支援課とそれに協力した面々、それらをクロスベル総督の名の下に叙勲の推薦を行う事であった。

 帝国に歯向かった大逆者ディーター・クロイスを捕縛した、クロスベルの英雄ではなく苦境にあっても忠節を全うした帝国の忠臣(・・・・・)として。

 それこそ、属州民としては考えもつかないような、最初から帝国と通じていたのではないかと周囲の人間が邪推する位に帝国人として(・・・・・・)考えうる限りのありとあらゆる栄誉を以て。

 帝国政府もまたルーファスの行いを追認した。その結果ダース単位に及ぶ勲章が授与され、特務支援課の面々は例外なく帝国の騎士階級を得た。

 リーダーとして特に目覚ましい貢献を果たしたロイド・バニングス捜査官等は男爵位を送られて、貴族に列席されるという併合された属州の人間としては異常といえる厚遇であった。

 

「位打ち、というわけですか」

 

 位打ち、それ宮廷闘争で用いられるポピュラーな手段の一つであった。

 異常とも言えるレベルで厚遇して、分不相応な位を与えて自滅を誘うのだ。

 器の小さい者なら与えられた栄誉に自らを見失い驕り高ぶって自滅する。

 仮に当人が身を慎んでも、邪推した他人は嫉妬してその足を引っ張る。

 嫉妬をかわしても、今度は分不相応な位を手に入れたものとしてのプレッシャーがおそいかかるというわけだ。

 

「ふふふ、本当に君は興味深いな。軍事に突出した才は有す事はすでに疑いようなどないが、それでも宮廷闘争の経験等ほとんどないはずだというのに。

 だがまあ君の推察の通りだよ准将。君の言う通り、人を動かすのは“情熱”だ。

 そしてクロスベルの英雄たるロイド・バニングス男爵(・・)殿はまさしくそうした情熱によって他者の思いを束ねる人物だ。

 君のように武の理に至るような突出した才幹を有しているわけでは決して無い、故に単騎での脅威は然程ではない。

 だが、多くの者たちの意志を束ねる事によって“奇跡”を起こす、そんな人物だ。

 だからこそ(・・・・・)分断させてもらった」

 

 優雅な微笑を浮かべながらルーファスは告げる。

 そこにはロイド・バニングスと特務支援課を決して過小評価も過大評価もせずに、打つべき手は既に打ったという策士としての自信が滲んでいた。

 

「ロイド・バニングス、エリィ・マクダエル、ティオ・プラトー、ランドルフ・オルランド、ノエル・シーカー。

 特務支援課に所属する面々は栄転(・・)という形でそれぞれ別の場所へ転出して貰った」

 

 意志を結集させるのこそが武器だというのならば、そもそもその意志を結集させないように分断すれば良いだけの事だと。

 

「ロイド・バニングスや特務支援課の面々を我らが直接始末するのは得策ではない。

 偶像として見るならば、殉死した“英雄”程厄介な存在はないのだからね。

 無論、一番は彼らがこちらの手をとってくれる事こそが理想だがね」

 

「ですが、彼はそうはしないでしょう。

 そのような人物だというのならばクロスベルの“英雄”等と呼ばれるはずもないのですから」

 

 少なくともリィン・オズボーンが会った時のロイド・バニングスというのはそんな男だった。

 困難な壁が立ちはだかったとしても決して諦めず、抗い続け最後には乗り越えるとそう、周囲のものに信じさせるだけの溢れんばかりの“情熱”を有していた。

 そして帝国の内戦下で行われていたクロスベルでの戦いを聞くに、それは今もおそらくは変わっていまいと。

 

「どうかな?私としてはそう有り得ぬ未来というわけでもないと思っているが」

 

 しかし、そんなリィンの言葉に対してもルーファスは自信を湛えた笑みを崩す事はない。

 

「それはどういう……」

 

「キーア・バニングス。

 神機を操り、精鋭たる第五機甲師団とガレリア要塞を壊滅させた零の御子と呼ばれし少女。

 今は力を失っているとのことだが、もしも彼らが帝国への忠誠を誓うというのならば、この少女に対して帝国は一切の手出しをしないという確約、それを行った」

 

 そこでルーファスは意味深に笑う。

 その眼は目の前のリィンではなく、今この場に居ない英雄たちを推し量るようなものであった。

 

(帝国)は強大。軍事力、経済力、人口ありとあらゆる点で比較するのもおこがましい程の差が存在する。

 一方の味方はどうか?妬心に駆られて、自分達の足をひこうとする愚か者に私欲ばかりの愚物共。

 そして従えば、自分達のみならず自分達が心の底から幸福を望む愛しい少女の身もまた保証される。

 さて、このような状況下でなおも命を賭けて抗おうという気概を抱き続ける事は果たして可能かな?」

 

 そして遠くに思いを馳せていたルーファスは今度は確かにリィンの方を見据えて

 

「准将、君は言ったね。背負っていたものを簡単に放り捨てるような者に命を預ける事は出来ないと。

 その言葉はしかと胸に刻ませてもらった。決して忘れぬ事を誓おう。

 そして私もまた君に言わせてもらおう、背負うものがあるというのはそれだけそれに縛られ身動きが取りづらくなるという事も意味するのだと。

 少なくとも、我々(・・)はその弱点(・・)を見逃すような事は一切しない。外道、悪辣と罵られようと遠慮なく利用させてもらうとね」

 

 それこそが権力者と呼ばれる存在なのだと、新たに戦いのステージへと加わった新人に対して義弟を教え導く義兄のようにルーファス・アルバレアは告げるのであった……

 




人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる
名声を手に入れたり人を支配したり
金もうけをするのも安心するためだ

結婚したり友人を
つくったりするのも安心するためだ

人のため役立つだとか愛と平和のためにだとか
すべて自分を安心させるためだ
安心を求める事こそ人間の目的だ。

そこでだ……帝国の支配を受け入れる事に一体何の不安がある?
帝国の支配を受け入れるだけで総ての安心が簡単に手に入るのだぞ。
今の君たちのようにクロスベルの“誇り”のために命を賭して戦おうとする方が不安ではないかね?
君たちは素晴らしく優れた人物だ……殺すのは惜しい。
クロスベルの“独立”等に拘るのを辞めて、帝国へと忠誠を誓わないか?
永遠の安心感を与えてやるぞ。




もれなく今なら帝国の呪いがセットでついてくる!!!

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