みなさん、どっちが勝つんだろうとワクワクして下さっているようでなんというか最強格VS最強格の雰囲気を出せたみたいで作者冥利に尽きますです。はい。
「弐之型疾風」
先制したのはアリオス・マクレイン。
基よりアリオスが収めた弐之型は八葉一刀流において最速の型。
先の先を取る速攻こそが本領である。
「守護之型・金剛」
対するリィン・オズボーンが振るうは後の先を取るヴァンダール流。
故に臆する事無く、それを迎え撃つ。
凡百の使い手であれば終わっていたであろう、初撃。
それを難なく捌く。しかし、アリオスも負けては居ない。
先の先を取る事こそが弐之型の極意。
そして、それは初撃に総てを込めるというものではない。
むしろその逆、一人で多数を相手取るを想定した、相手に反撃の暇を与えない高速機動からの連撃こそがこの型の本領。
その名の通り、アリオス・マクレインは高速で駆け抜ける疾風と化す。
閃光の如くどこまでも流麗に繰り出される嵐の如き猛攻、それをリィン・オズボーンは雄大なる大地の如き堅牢さでいなし、返しの刃を叩き込む。
互いの剣戟がぶつかり合う度に大気を激しく揺らす。凡百の使い手であれば一刀の下斬り伏せられる事となる必殺の一撃を両者は叩き込み続ける。
交わした剣戟はあっという間に数十を突破し、百、二百、三百と加速度的に跳ね上がり続け、息もつかせぬ連剣をアリオスは叩き込み続け、リィンはそれを防ぎ、返し続ける。
繰り出される攻撃はどちらも等しく磨き上げられた武の結晶だ。武に携わる者なら、否、武に疎い者でも見惚れるような流麗な動きを両者は続ける。まるで定められた演舞のように、どこまでも美しく。
体表面の数リジュ先を旋回する高速の斬撃、それを正確に見切りながらリィンは最適な行動を逐一選びながら対処していた。戦闘開始して既に互いに交わした剣戟の数が千を超えてなお、互いの刃の切っ先は両者の身体をかすめてすらおらず、ただ研ぎ澄まされた剣気を両者はぶつけ合い続けていた。
その戦いは完全なる互角。風の剣聖と灰色の騎士の戦い、武に携わる者であればよだれを垂らしながら是が非でも見たがるであろう両者の戦いは史上稀に見る名勝負となっていた。
ジオフロントの内部、そこを戦いの余波で瓦礫へと変えながら、二人の英雄は尚も加速度的に激しさを増していく。
「……本当に恐ろしいな」
打ち合いの最中アリオス・マクレインから漏れたのはそんな
互角、そう互角なのだ。自分と目の前の未だ成人を迎えていない青年の実力は。
アリオスとて八葉の皆伝を授けられた身として自身の剣にそれ相応の自負というものは抱いている。
厳しい修練の果て自分がようやく皆伝へと至ったのは20の半ばを過ぎてからの事。
そんな境地へと目の前の青年は20にもならぬ身で至っているのだ、驚嘆せずには居られない。
「半年前に達人の領域へと足を踏み入れていたことにも驚かされた。
しかし、今回は極め付きだな。よもや成人もして居ない身で“理”へ至るなど」
天才?そんな生易しい言葉では済まされない。
何故ならば天才と褒めそやされたような才気溢れる者が、それで奢らず研鑽を重ねた果に踏み入れるのが“達人”と称される領域であり、“理”とはそんな達人の中でも極一部のみが通じる事の出来る至境にして
「成長?そんな生ぬるい言葉ではその“変貌”ぶりを表す事は出来んだろう。これはもはや“進化”だ。
一体その若さでどれほどの修練を積み、死線をくぐったのか想像するだけでも戦慄を禁じえんよ」
眼前の敵手の振るう双剣から練達と称するに相応しい研鑽の跡を見てとり、アリオスは恐れさえ滲ませながら告げる。
そしてそんなアリオスの言葉にリィンとしては苦笑するしか無い。
何せ自分が今の境地へと至れたのは、獅子心皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノールの記憶の継承というある種の
自分の若さに似合わぬ研鑽が見て取れるのも当然の話しだ。何せ、自分が振るう剣は自分だけの研鑽によって至ったものではないのだから。
そこにある種の引け目を感じないでもなかったが……
「だが、そうでもしなければ貴方とこうしてやり合えるようにはならなかった!」
叫びながらリィンは頭部を横切る一閃、喰らえば即死するであろう死線の領域へと躊躇いなく突っ込む。
そうして皮膚一枚を裂く寸前、既のところで間に合った刃にて防御を果たし、そのまま一気に返しの刃を叩き込む。
たまらずアリオスがわずかに後退し、弐之型の連撃にほんの僅かな空隙が生じる。
「猛攻之型・烈火」
そしてそこからリィンはお返しとばかりに烈火の如き怒涛の攻勢へと打って出る。
先程までの堅実かつ堅牢な護りをかなぐり捨てて、“勝利”を掴み取るべく。
「オオオオオオオオオオオオオオオ」
勝利を。勝利を。勝利を。この手に勝利を。偉大なる我が祖国に勝利を。
その一念を以て祖国を護るために敵を殺すべく、敵対者を焼き尽くす焔となってアリオスを襲う。
「ふッーーー!」
しかし、アリオス・マクレインとて負けてはいない。
堅牢なる大地を風によって穿つ事は出来なくとも、猛火をかき消す事は出来る。
攻勢に出るという事はすなわち、それは先程までは存在し得なかった隙が生じるという事でもあるのだから。
敵が攻勢に打って出た今こそ、こちらにとっても均衡を打ち破り勝利を掴み取る好機なのだと死力を振り絞る。
「ーーーーッ、クラウ・ソラス!」
激しさを増し続ける戦闘。
その余波はジオフロントの内部を嵐のように破壊し尽くす。
たまらずアルティナ・オライオンは自らの身を護るために己がパートナーを呼び出し、盾とする。
「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」
そうして少女を巻き込む危険が消えた二人は一切の遠慮なく、剣戟の回転数を上げ続ける。
迅速に、精密に、的確に。合理と狂気の入り乱れたそれはもはや思考する閃光であった。
乱れ舞う剣戟の乱舞は容赦の無いほど苛烈にされど、どうしようもなく美しく。
猛火は激しい嵐を受けても尚消える事無く、そして嵐もまた決して止むこと無く。
ただその火勢をより激しくして周囲を破壊し尽くしていく。
機密情報の確保の件等もはや二人の頭には存在しない。そのような余計な事を斟酌している暇など全く以て無いのだから。
ほんのわずかでもそちらを考慮に入れでもすれば、その瞬間容赦なく眼前の敵手はそれをついて来るのは疑いようがない。
「ハアアアアアアアアアアアアア」
均衡の中、響き渡るのはアリオス・マクレインの決意の咆哮。
無論、気合で勝てるのならば苦労はしない。戦いとは心技体、そして運という不確定要素が加わった総てを図られる場なのだから。
故にどれだけアリオスが意気込もうと、気合だけでは勝敗の天秤を動かす事は出来ない。そう、
「ーーーッ」
「クロスベルの未来を切り開くために。今こそ俺は我が全霊を賭してこの刀を振るおう!」
ならば、これは一体如何なる道理によるものなのか。
均衡状態にあった勝敗の天秤、それがアリオスの側へと傾いていく。
刻み込まれたのはほんのわずかな裂傷に過ぎない。
しかし、ほんのわずかであってもそれは確かにアリオスの側がリィンを上回った証左に他ならなかった。
想いだけで上回る事は出来ないーーーならば、何故均衡が崩れ出したのかと言えば、何の事はない。
これが本来のアリオス・マクレインの実力なのだ。
アリオスはずっと苦悩を抱え続けていた。
親友を殺しながら、裁かれる事もなく、奇跡に縋る自分という男を見放していた。
それが僅かだが、されど確実に研ぎ澄まされた八葉の刀に刃こぼれを生じさせていたのだ。
しかし、今のアリオスはそんな迷いを振り払った。
真実全身全霊を以て己が全力を振り絞って戦っているのだ。
それは燃え盛る英雄の意志にも決して劣らぬものでーーなればこそ、必然現れるのは技量の差。
未だ通過点たる理に至ったばかりの
徐々にされど確実に均衡が敵手へと傾き始めたその事実を前にリィンは静かに決意を固めてーーー
「ーーー敬意を払おう、アリオス・マクレイン」
認めよう。自分は目前の敵手を十全に評価したつもりで、それでもどこか侮っていた。
剣聖等と謳われていようと結局の所、現実を前に心をへし折られて屈した敗北者なのだと、如何に剣技が優れていようと心技体の内心を欠いた相手など敵ではないとーーーそう、どこかで見下していた。
でなければ、奥の手を使わぬまま相手どろうとしなかっただろう。
魔人を相手にした時のように最初から全霊を以て挑んでいたはずだ。
そうして次に抱いたのは激しい羞恥。
何たる傲慢、何たる増上慢であった事か。その曇った眼にて今一度目前の敵をしかと見据えろ。
そして焼き付けるのだ。己が過ちを悟り、しかと己が傷と向き合い、それでも尚明日に向かって踏み出す事を決めた目の前の気高き男を。
そして敬意を払うのだ。その在り方に。立場と掲げる旗は違えど、断じて無価値等ではない誇りを抱いて戦う一人の男へと。
ーーー払ったが故に、もはや出し惜しみは無しだ。真実己が全身全霊を以て、目前の難敵を打ち砕こう。
「ーーー総ては、偉大なる我が祖国のために」
そう、己が身を可愛がっている男に真の勝利を掴み取る事など到底出来はしないのだから。
「鬼気解放」
発せられるのは膨大なる鬼気。
それは先程までのどこか神々しい神気とは別物のどこまでも荒々しい濃密なる殺気。
野生動物が感知すれば、すぐさま逃げ出すであろう人外の力だ。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「ーーーーッ」
敵手の変貌、それを感じ取りながらもアリオス・マクレインは逃げる訳にはいかない。
いや、離脱が叶うのならばとうにそうしている。しかし、目前の敵手は決して自分を逃さぬとその鬼気をこちらへと叩きつけているのだ。
ならば、アリオスとしては眼前の鬼を打ち破る以外に手はなくーーー
「洸破斬」
叩き込んだのは渾身の一撃。
それを眼前の敵手は左腕のみで難なく弾く。
そして間髪入れずに右腕の側の剣をこちらへと叩き込む。
「ーーーづぅぅッ」
叩き込まれた剣戟は先程とは比較にならぬ程激烈に。
そして事態はそれだけでは終わらない。嵐の如き猛攻がアリオスを襲い出す。
速度、威力。そのどちらもが先程とは比較にならぬ程に強烈に。
それでいて振るう剣技には一切の曇り無く。
判断は的確で迅速に確かな合理がそこには存在する。
疾風怒涛の猛攻を前に、アリオス・マクレインは当然のように追い込まれていく。
アリオス・マクレインが最適な行動を最高の速度で最大限選択しようとも、
決して浅くはない裂傷が徐々にその身に刻まれていく。
此処に戦いの趨勢は決まった。
全力を出していたアリオスに対して切り札を隠し持っていたリィンが一枚上手を行ってーーー否、これはそのような単純な話ではない。
解放した鬼気はリィンの戦闘力を飛躍的に向上させた。だが、これは断じて単純でお手軽なパワーアップ等ではないのだ。
今のリィンは既に常時この鬼気を限界まで混じらせた状態である。
鬼気解放とはそんな限界を超えた力を深淵より引き出す禁じ手なのだ。
それは文字通りの諸刃の剣。
断裂していく筋繊維、負荷に耐えきれずひび割れていく骨。融解していく内臓。そして沸騰していく血液。
人類種の限界点寸前まで強化されたとは言え、それでもあくまで人でしかないリィンの肉体はその出力に耐えきれずに、崩壊していく。
人の肉体に限界があるのは、怠け根性によるものではない。
それは人体の発する警告なのだ。これ以上無理をすれば、致命的な損傷が起きるという。
故に比喩表現ではなく、真実己が限界を意志の力等によって強引に突破したものがどうなるかと言えばーーー当然、待っているのは破滅だ。
なればこそ、目指すべきは短期決戦。そう長くは保たない以上己が最大最強の奥義をお見舞いするのみと、距離を取りリィンはその闘気と焔を収束させていく。
「炎よ我が剣に集え……其は闇を焼き尽くす破邪の剣!奥義!破邪顕正焔之型・朱雀」
放たれるはヴァンダールの奥義たる闇を払う破邪の剣。
その先へと踏み入れた、
闇を焼き尽くす焔の一撃だ。
「風巻く光よ、我が剣に集え……!奥義!風神烈破!!」
そしてアリオスもまたそれを前にして己が全力を刀身へと込める。
防御も回避もこの一撃を前にしては通じぬ。此処が勝負の分かれ道と悟ったがゆえに。
最大最強の一撃を叩き込む。
「ーーーッ、ノワールシェイド!」
ぶつかり合うは炎神と風神。
焔を纏った朱雀の飛翔と風神の咆哮がぶつかり合う。
激しい轟音と共に閃光がアルティナの視界を奪いーーーそして
その光景が目に写った瞬間アルティナ・オライオンは
自分でも何故かはわからぬ程に心が落ち着くのを感じて、これまで任務中故に張り詰め続けていた気を知らず、緩めたのだ。
目に映ったのは満身創痍ながらも双剣を構えるリィンと、苦悶の表情を浮かべながら刀を支えに片膝を突くアリオスの姿。
自覚をせぬままにただの上官に過ぎないはずのリィンの無事に、なぜだかどうしようも無くアルティナ・オライオンは安堵するのであった……
この黒兎、気が付いたらあざと可愛いムーヴをしているんじゃが……