勝敗は決した。
リィンの負った傷も決して浅くはないが、それでもアリオスの負った傷の深さはそれを上回る。
致命傷にまでは至っていないものの、先程までの動きはもはや到底覚束ない。
しかし、それでもアリオス・マクレインは諦めない。
不屈の闘志で必死に身体を動かさんとする。
「……見事だ、アリオス・マクレイン」
そんな敵手の様を見てリィンの心の中に湧き上がるのは尊敬の念。
それと同時にこれほどの相手をこともあろうに心折れた負け犬だと思っていた己が節穴ぶりへの羞恥だ。
そして敬意を払ったが故に、なんとしても此処で仕留めなければならないと心する。
何故ならばこれほどの男がこと此処に至って屈服する可能性等まず無いのだから。
尊敬に値する男だとしても、否尊敬に値する男だからこそ、此処で殺しておかなければならないのだ。
何せ、尊敬に値する敵というのはそれだけ、祖国への脅威となり得るという事なのだから。
心より尊敬しているが故に何としても此処で殺さねばならないという矛盾染みた想い、それを破綻させること無くそのまま満身創痍の肉体を動かす魂の熱へと変えて、リィンは双剣を構える。
「おおおおお……オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
そしてそんなリィンに負けじと
まだだ、まだだ此処で自分は終わるわけには行かないのだと。
意志の力で、限界を超えて肉体を突き動かす。
立ち上がったところで死の瞬間がほんの僅かに伸びるだけだとわかっていながら、震える膝を叱咤して再びその刀を構える。
その瞬間であった。
「リィン准将!」
アルティナが声を張り上げる。その声は緊迫感に満ちていた。
「セキリュティを突破されました!来ます!」
瞬間。放たれたのは暗器と呼ばれる、東方に於いて暗殺に用いられる武具。
アルティナの方へと高速で飛来したそれをリィンは双剣で弾き飛ばすと、その隙にそれを投げた張本人は庇うようにアリオスの前へと躍り出る。そして懐より筒状の玉を取り出し、炸裂させ、辺りを煙が包み込む。
「舐めるなぁ!」
だが、たかだか視界を奪われた程度で英雄は止まらない。
研ぎ澄まされた感覚は視界に頼らずとも正確に気配を察知して、その剣を叩き込む。
しかし、そんな事は当然織り込み済みだ。
理に至った化物からこの程度で逃げられる等とは
叩き込んだはずの剣戟、それが障壁によって防がれる。
アダマス・シールド、それが此処に来る前に事前に
無論、リィンが万全の状態で放った一撃であれば、障壁を貫通してその刃を届かせただろうが
アリオスとの激闘で満身創痍となったその身で放たれた剣戟には万全のそれに比べてキレがない。
故にこそ、防御へと力を注ぐ事無く、《銀》はアリオスを抱えたままに、全身全霊での
「クロノ・ドライブ」
そして抱えられたアリオスもまた、来援を察知した瞬間より駆動させていた時を加速させる導力魔法を使う。
気力によって立ち上がったとはいえ、今のアリオスは文字通り立っているのがやっとの状態であった。
ならばこそ、この場に於ける最適解は自分の身体を動かさずとも使う事のできる、逃走を補助するための導力魔法を発動させる事だと判断して。
そして二人の逃走を補助するかのようにまたたく間に封鎖されていたはずの障壁が開いていき、二人が通り過ぎると同時にそれらの障壁が再び封鎖されていく。
1つ目の障壁をリィンが叩き斬ったときには時既に遅し。アリオス達は行方を晦ませ、リィンは大魚を逃してしまった事に歯噛みするのであった。
・・・
「してやられたか……」
ポツリとリィンは呟く。
結局アリオス・マクレインを討つ事は出来ずに、クロスベルの機密情報はどちらも入手する事が出来ずという痛み分けに終わった。
来援が来るまではこちらが優勢だったというのは言い訳にしかならない。
アリオス・マクレインを仕留めるなり、捕縛して、クロスベルの守護神が為す術無く敗れ去ったという事実を白日の下に晒してこそ、帝国への畏怖を絶対のものとする事が出来たのだ。
逃げられてしまった以上それは証拠のない、ただの主張にしかならない。反抗勢力の心をへし折る事は到底出来ないだろう。
「すみませんでした……」
「?何故謝罪する」
見るからに沈痛な表情を浮かべて謝罪をするアルティナの様子をリィンは訝しがる。
「区画の封鎖を任されていながら、突破されてしまいました。
アリオス・マクレインを取り逃がしたのは私の責任です。
せっかく准将閣下が死闘の末にあと一歩のところまで追い詰めたというのに……」
目の前で繰り広げられた頂上決戦。それをアルティナは思い出しながら、忸怩たる思いで告げる。
アリオス・マクレインは紛れもない大陸最高峰の実力者であった。
彼とああまで渡り合える実力者は、大陸最強国家たるエレボニア帝国にとて目の前の上官も含めて片手の指で足りる数しか居ないだろう。
それはすなわち生半可な
アルティナ・オライオンの心を苛んでいるのはそんな理屈等ではない。
アルティナの心を苛んでいるもの、それは目の前の敬愛する上官に対する申し訳無さだ。
リィン・オズボーンが己が身を省みず危険を犯して、ようやく手中に収めんとしていた勝利を、自分が台無しにしてしまったという事実。
それがアルティナにとってはただただ申し訳なかったのだ。
すっかりと落ち込んでしまったアルティナの様子を見てリィンは嘆息した後にそっと手を伸ばして……
「落ち込む必要はない。
貴官の実力はこの数ヶ月共にしてよく知っている。
ことこの手の情報システム操作の面に於いて、間違いなく貴官は帝国の最高峰の実力者だ。
その貴官で駄目だったというのならば、それは相手が上手を行っていたというだけの事。
相手を褒める以外にあるまい」
生真面目な妹を慰める兄のようにそっとその頭を撫でてやる。
(同じオライオンの名字を冠して居ながら本当にえらい性格が違うものだな)
リィンの胸に去来するのはそんな想い。
これがリィンにとってのもう一人の義妹であれば「いやーやられちゃったねー」とカラカラと笑っていた事だろう。
どうにもアルティナの方は少々真面目過ぎるというか、ミリアムの図太さを少しだけ見習っても良いかもしれない等とリィンとしては思わざるを得なかった。
「責任を取るとしたらむしろ私の方だろう。
私がもっと早くに風の剣聖を討てていれば問題なかったのだからな」
「いえ、リィン准将は最善を尽くされたかと……」
「なら、話はこれで終わりだな。
貴官も私も最善を尽くした。だが相手はその上を行ったと、要はそういう事だろう。
中々どうしてやってくれるものだ」
帝国最高峰の情報統括者たるアルティナのセキリュティをかいくぐった存在については凡その目星はついている。
ティオ・プラトー、エプスタイン財団からの出向者にして特務支援課の一員たる彼女の仕業だろう。
レミフェリア出身であり、なおかつ財団からの出向者たる彼女に対しては帝国としても他の支援課のメンバーに比べればあまり強く出る事は出来ず、監視もあまり露骨にすることは出来ないで居る。
故に財団支部から何らかの端末を使ってアクセスされてしまえば、こちらとしてもそうそう手出しをする事が出来ないのだ。
動けぬ他の仲間の代わりに彼女が動いたと要はそういう事なのだろう。
「反省して更に上を目指す向上心を持つのは素晴らしい事だ。大いにやってくれ。
だが、責任を感じて落ち込む必要は全くない。それを背負うのは貴官の上官たる私の役目なのだからな。
まあ兎にも角にも、仕事が済んだ以上こんな辛気臭いところからはいい加減おさらばするとしよう。
帰ってシャワーでも浴びて着替えたら、遅めの昼食を取るとしようじゃないか」
向けられるのは確かなる信頼。
それを感じてアルティナはどこか自分の心が暖かくなるのを感じていた。
そして同時に胸に去来するのはある気持ち。
それは何も持っていなかった人形だった少女が初めて抱いた執着であった……
・・・
ナハト・ヴァイスは頭を抱えていた。
「ちょっとスープを零しちゃった位でそんなに怒る事ないじゃないですか!ちゃんと謝っているんですから!!」
「知った風な口を聞くな小娘!軍服というのは我ら帝国軍人にとって誇りとなるもの。
それにシミを作るというのはすなわち我が帝国軍を侮辱したも同然という事だ!
遊撃士等という国家に貢献せん、狼藉者などにはわからぬかもしれぬがな」
原因は明白である。今日も今日とてナハト最大の頭痛の種である相方によるものだ。
事件が起きた時のは昼食の時だ。中央広場にあるヴァンセットにて食事を取っていたら、そこの店員が運んでいたスープを帝国軍の軍人(階級章から見てどうやら士官であるようだ)に零してしまったのだ。
当然、店員はすぐに平謝りをしたのだが、運が悪い事にどうやらその士官は大変にねちっこくなおかつ短気な所謂クレーマータイプだったようで、やれ貴様は帝国軍を侮辱する気か等と難癖をつけ始めたのだ。
どこにでもあの手の輩は居るものだ、あの店員も気の毒に。だけど帝国軍と揉め事を起こすのはゴメンだと傍観を決め込んだナハトだったが、生憎彼の相方は彼のように慎重ではなく、思い立ったらすぐに行動という火の玉のような少女である。ナハトが止める暇も無く、首を突っ込んでいき今の状態に至るというわけであった。
「狼藉者!?遊撃士のどこが狼藉者っていうんですか。狼藉者ってのは貴方みたいにネチネチと難癖つけてくるような人の事を言うんでしょ」
「ふん、暗躍していた犯罪者をA級だのクロスベルの守護神だのと持て囃していたのは一体どこの連中だ。
民間人保護等という建前を掲げて、国家の秩序を乱す不穏分子。それが貴様ら遊撃士だろうが」
「秩序を乱す不穏分子?乱しているのは貴方じゃないですか。
スープを零した程度の事でネチネチネチネチ。器小さすぎですよ!」
ヒートアップした両者はすっかりと当初の話しがどこか行ったかのように口論を続ける。
一体どうしたものかとナハトが頭を抱えていると
「何やら騒がしいが一体どうした?」
瞬間感じたのは圧倒的な強者の気。
シグムント・オルランドにアリオス・マクレインといった怪物たちと同格の絶対的強者の風格だ。
猟兵として培った本能が悲鳴を挙げだして、ナハトは今すぐに逃げ出したい衝動へと駆られる。
「あーん、一体誰だ偉そうに。また遊撃士とやら……か…………………」
声のした方向を振り向き、その顔を確認した瞬間にその士官を硬直する。
それもそのはず、目の前の人物はその名を知らぬ等といえば間違いなく非国民扱いされる帝国の英雄なのだから。
「こ、これは准将閣下!!!」
先程までの居丈高な態度が嘘のように、直立不動の体勢にて敬礼を施す。
灰色の騎士リィン・オズボーン、ナハトとしては現状このクロスベルに於いて最も顔を会わせたくなかった本物の怪物がそこには立っていた。
「単に副官と共に昼食を取りに来ただけだ、そう固くなる必要はない。
それで、この騒ぎは一体何事かな中尉」
「は、ご説明いたします。そこの店員と小娘が我が軍の誇りを著しく侮辱したため、帝国軍人として看過しえず、叱責していたところであります!」
「だ・か・ら、スープを零しただけの事じゃないですか。そんなに目くじら立てるような事じゃないでしょう!」
「ええい、黙れ小娘!」
「中尉、あまり公共の場で声を張り上げるのは感心せんな。民が萎縮してしまうだろう」
「はは……失礼いたしました」
先程までの態度が嘘のように完全に萎縮しきった中尉のその小物ぶりにナハトは親近感を覚える。
無理も無い。何せ伝え聞くところによれば灰色の騎士は帝国の敵にも容赦ないが、同様に立場や特権を振りかざすような輩に対しても一切の容赦なく裁く公正故に無慈悲な執行人なのだから。身に覚えのあるあの中尉としては、さぞかし生きた心地がしない事だろう。
「ふむ、中尉はああ言っているが、どうかな?君の行いに我が帝国と軍を侮辱する意図はあったのかな?」
「め、滅相もございません。手元を誤ってしまっただけで、誓ってそのような事は……!」
「との事だ。彼女に軍を侮辱する意図はなく、ただ手元を誤っていただけのようだよ中尉。
どうだろうか中尉?ミスは誰にだってある事だ。此処は一つ、寛大な心持ちで許してあげては。
それこそが、
微笑のまま告げられたその言葉は実質提案という名の命令であった。
雲の上の存在たる准将にして英雄にそう言われてしまえば一士官に選択肢などあるはずもない。
「……今後は気をつけるように」
「は、はい。もう二度とこのような事は致しません」
儀礼的なそんなやり取りを行い、ようやくその場が一段落して収まりを見る。
そんな光景を見届けた後に、灰色の騎士は問題を起こした中尉の方を見つめて
「中尉、軍の誇りを守らんとした貴官の意志は称賛に値するものだ。
だが、いま一度我ら軍人が何のために存在するのかをよく考えてもらいたい」
「は、肝に銘じておきます!」
敬礼と共にそう告げる中尉の姿に灰色の騎士は満足気に頷いて……
「さて、それではこれにて一件落着というところで、二名なのだが空いている席はあるかな?」
当初此処を訪れた目的を灰色の騎士を果たそうとするのであった……
おまけ
クロエ「思っていたよりも紳士的な人でしたね~灰色の騎士さんって。ナハト?どうしたんですか?そんな疲れ切った顔して」
ナハト(色々と言いたいことはあるが、灰色の騎士と間近で接した事で精神力を使い果たして何も言えない)
あり得るかもしれない未来の風景
アッシュ「あのスかしたカッコつけ野郎を出し抜けるチャンスだろうが!」
アルティナ「リィンさんはカッコつけているのではありません。素でやることがカッコいいんです」(自慢の義兄を誇る義妹の顔)
アッシュ「お、おう……」
小悪魔を装っているが実は恋愛雑魚なミント「うふふふ、アルティナさんは本当にリィン教官の事が大好きなんですね♥」
次回はパッパ、長男、実子の三男の三人で仲良く演劇鑑賞です。
心温まる家族の交流が待っていますよ!