(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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宣戦布告

「まずは改めて、此度は誠に大義であった。

 逆賊たるディーター・クロイス、そしてクロワール・ド・カイエンにより引き起こされた乱を、これほど早期に終結させる事が出来たのは偏に卿らの忠節あってのこと。心より礼を言わせて欲しい」

 

 宴の最中プリシラ皇妃、副宰相にして長子たるオリヴァルト皇子、そしてアルフィン皇女を伴い姿を現した皇帝ユーゲントⅢ世は開口一番忠臣達をそう労い出す。かつてであれば出席していたはずの四大名門の人間が此度の宴では、誰一人として出席しておらず、革新派及び皇道派しか出席していない今の状況は貴族勢力の凋落をこの上ない形で示す光景であった。

 

「だが、余にはある後悔がある。それは此度の内戦により命を落としたマテウス卿の事だ。

 皆も知っての通り、マテウス卿はクロワールの暴挙に際して単身それを食い止めんとして力及ばず命を落とした。もしも、彼が一人ではなく十分な戦力を有していればこのような悲劇は起こる事無く、あの時点でクロワールめが討伐されて終わっていたかもしれぬのだ。

 余はそこに悔恨の念を抱かずにはおれん。何故、余は余の最も忠実であった騎士に剣を授けておかなかったのか?と。

 故に、余はその過ちを繰り返さぬためにもある決断を下す事とした。すなわち、それは我らアルノールの身辺警護を行う《衛士隊》とは異なる帝国とアルノールの敵を討つ、剣を作る事を。

 新たに作る剣の名は《光翼獅子機兵団》。正規軍、領邦軍の別なくこの帝国に於いて最も忠勇なる騎士達を集めて作りし宝剣である。

 そしてその初代司令官に余は第一の騎士たるリィン卿、副司令官にヴィクター卿を任じ、その旗艦として《紅き翼》巡洋艦カレイジャスを授けるものである」

 

 どよめきがその場を満たす。

 エレボニア帝国において獅子の名が如何なる意味を持つか、それを知らぬ者はこの場に居ない。

 更には内戦でその名を馳せた紅き翼まで下賜し、率いるための部隊を新設するなど、前代未聞の厚遇振りだ。

 その場に居合わせた者たちの中に、よもや市井に流れるあの噂は事実なのでは?とそんな疑念が過る程に。

 

 してやられた、その発表を聞きオリビエの胸に去来したのはそんな思いだ。

 紅き翼カレイジャスは自分が各方面の協力を得ながら作り上げたものであったが、その所有権は自身ではなくあくまで皇帝たる父に帰属しており、ヴィクター卿もあくまで父からの勅命によってカレイジャスの艦長へと就任していた身だ。故に、こうして父の名の下に命じられてしまえば、オリビエとしては打つ手等無い。

 苦労して作り上げた紅き翼と口説き落とした光の剣匠という剣、それらを手放さざるを得ない。そうしてかの鉄血宰相は自身の息子によって率いられたエレボニア帝国最精鋭部隊という極めて強力なカードを新たに手札に加えるというわけである。

 

(全くこちらが副宰相へと就任して、必死に足場を固めている間にそんな手を打っていたとはね)

 

 内戦が終結してからのこの二ヶ月オリビエとて遊んでいたわけではない。

 それこそリベールの地に居るであろう友人たちが見れば、「コイツは誰だ」と疑うようなレベルで精力的かつ真面目に働いていたのだ。

 落ち目となった貴族勢力、革新派の隆盛によって冷や飯ぐらいとなる事となる法衣貴族達、そして内戦終結の立役者の一人たるゼクス・ヴァンダール、帝都知事たるカール・レーグニッツ知事と言った様々な高官達に。

 その甲斐あって、なんとか副宰相派とも言うべき自身の勢力を政界と軍部に最低限構築する事は出来たのだが……その隙を突かれたという事なのだろう。

 

 新部隊の設立というのは当然そう簡単に出来るものではない。

 人員の配置、予算の獲得、それらのためにかの宰相殿が動いた事は明白である。

 その初代司令官に若き英雄たる灰色の騎士、副司令官の座に光の剣匠、ヴァンダールとアルゼイド、帝国に於いて武の双璧と名高き使い手二人が並び立ち最強の部隊を率いるのだ。国民は溢れんばかりの期待をかけるだろう。

 そして、そんな立派な宝剣を手に入れたのなら、使ってみたくなるのがある種の人の性というものだ。

 若き英雄によって率いられる帝国最強の部隊は次々と皇帝直属の名の下にある時は内憂を切除し、またある時は外敵を粉砕するだろう。そして若き英雄の振るう双剣が腐敗した“悪党”を粛清し、帝国の敵を打ち破っていくその光景は国民を熱狂の渦へと巻き込んで行くだろう。かの宰相の思惑通り灰色の騎士とその父たる鉄血宰相の声望を高めていく形で。

 改めて恐ろしい男だと、そう戦慄を禁じ得ない。

 自分の足掻きさえもかの宰相の思惑を脱しておらず、掌の上なのではないかとそんな無力感を覚える。

 

(だが、それでも私は諦めない)

 

 人の意志と絆は、時として大いなる運命にさえも打ち克つのだと、そんな輝きをこの目で見ているのだから。

 そう人はただ“運命”に翻弄されるだけの無力な存在などでは断じて無いのだから。

 そしてそんな誰かと想いを交わし合う事の喜びを、あの少年は知っているはずなのだから。

 だからこそ、自分は諦める事無くこの手を伸ばし続けよう。何時か手を取り合える日が来る事を信じて……

 そう確かな決意は瞳に宿してオリビエは自分の父の方へと視線をやる。

 

(いい加減、しっかりと話し合わなければならないのだろうな私も)

 

 父が一体何に絶望して、どうして諦めてしまったのかを。

 当初オリビエは自身の母を守れなかった事が原因だと思っていた。

 最愛の人を守れなかった絶望とそんな暴挙を行った事がわかっていながら裏で手を引いていた大貴族達を罰する事の出来ぬ無力感、それらが父に諦めを抱かせ、同時にギリアス・オズボーンという劇薬の使用に踏み切らせたのだと。

 しかし、だとするならば貴族勢力がこうして凋落を遂げた今の状況は父にとってはまさしく本懐のはず。

 それこそ祝杯を挙げたとしてもおかしくないはずだというのに、何故父の中にある虚無感が全く以て減じていないというのは一体どういう事なのか?

 貴族勢力という政治的なものが父を絶望させたものの正体ではなかった。

 ならば、そうではない、それこそ人の身では決して抗う事の出来ぬ超常の現象が父の諦観の理由かもしれず……

 

(リベール王家には空の女神より授けられた七至宝の一つ、《輝く環》が存在し、リベールの異変に於いて結社の狙いはその空の至宝の封印を解く事であった。

 そして我が帝国には《巨イナル騎士》と呼ばれる古より幾度も現れた伝説が実在した。

 更にかの結社はそれの激突を誘導していた……此処から導き出される推論はおそらく我が帝国にもリベール同様に女神の七至宝の何れかが存在し、《騎神》はそれに連なるものだという事……そして皇帝たる父の抱く諦観……)

 

 リベールの王家たるアウスレーゼの一族は代々空の至宝を受け継いできた。

 そしてアルノール家もその成り立ちは女神の七至宝が失われた事により起こった《大崩壊》直後に起因する。

 かの獅子戦役ではどの皇子も《騎神》を擁していたという事実。

 そして此度の内乱の際にも示し合わせたように250年の眠りから覚め、それが目覚めた。まるでそれが運命であるかのように。

 もしもアルノール家にも、アウスレーゼ家同様に受け継いできた何らかの至宝が存在し、皇位に就くもののみがそれを教えられているのだとすれば……父のあの諦観にも説明が就くのではないか?

 

(やはり、真相を知っているとすれば父とあの宰相殿位か)

 

 視線をやれば、一通り挨拶回りを終えた件の宰相とその息子たる騎士はその場を離れて行く。

 リィンのその瞳の中には確かな決意が宿っており、ただの談笑目的ではない事は明白であった。

 彼もまた自分の思い描く確かな理想が存在し、それを実現するために足掻くと決めたのだろう。

 ただ、父の言いなりの駒となるのではなく、自分自身の持つ理想のために。

 

 ならば、自分もまた……

 

「父上、この後少々お時間を頂きたいのですがよろしいでしょうか?少々折り入って話したいことが」

 

 そうしてオリビエは意を決して語りかける。

 自分の父にしてこのエレボニアの至尊の座に在りながら、どうしようもなく諦めてしまった人へと。

 

「ーーーああ、構わぬよ。久方ぶりに親子の語らいを行うとしようか」

 

 そしてそんな息子の強き意志の宿った瞳を見て、眩しいものでも見るかのように目を細めてユーゲント皇帝もまた応じる。

 果たして自身の血を引く眼の前の息子は、“真実”を知って尚この輝きを失わずに済むのかと不安と期待の入れ乱れた心境で。

 知らないほうがはるかに幸せでいられる、どうしようもなく碌でもないこの国を蝕む“呪い”について己が息子に伝える事を決意するのであった……

 

・・・

 

「お忙しい中、こうして会談の場を設けて頂いた事、感謝致します。宰相閣下」

 

 父に引き連れられながら、革新派の有力者たちへの挨拶回り。

 それを終えたリィンは用意された最高級の料理に舌鼓をうつことも無く、そのままバルフレイム宮の一角に存在する宰相執務室にて父と向き合っていた。

 その表情は張り詰めた空気に満ちており、瞳の中には確かな決意が宿っていた。

 

「何、気にすることはない。私と君の仲ではないか准将」

 

 そしてそんなリィンに対してギリアスの方はどこまでも上機嫌かつ愉快気であった。

 言葉こそ帝国宰相が帝国軍准将へと語りかけるものだが、その表情はどこまでも父が成長した息子の姿を寿ぐような温かみに満ちていた。

 

「それで、折り入って私に尋ねたい事があるのだろう?」

 

 しかし、そんな空気も一変。常と変わらぬ、いやそれ以上の鋼鉄の意志を纏い、鉄血宰相は己が息子を推し量るように見つめながら告げる。

 

「ーーー宰相閣下、貴方はこの帝国を一体どこへ導こうとしているのですか?」

 

「これはまた随分と抽象的な質問だな。だがまあ良い答えよう。

 私が目指すものは公的な場で既に語っている通り、パクス・エレボニアとでも言うべき我が帝国を中心とした国際秩序の確立だ。

 クロスベルの併合によって我が帝国は経済及び地政学的に宿敵共和国を相手に完全なる優位を確立した。

 そして内戦によって改革に頑強に抵抗していた貴族勢力は後退した。

 今後は内憂と外患に悩まされる事無く、心置きなく国内の改革へと専念出来るわけだ。

 無論、国際秩序の盟主として周辺地域の安定のために必要とあらば帝国軍に一働きして貰う機会もあろうがね。

 そういう意味でも、君には期待しているのだよ准将。

 我が帝国の誇る英雄《灰色の騎士》よ。クロスベルでの君の手腕は実に見事であった。

 君はアレで《騎神》頼りの英雄などではない事を見事示したわけだ」

 

 リィン・オズボーンが示したのは騎神だよりの匹夫の勇。将としての器を示したわけではない。

 共和国を打ち破ったリィンを讃える声の陰で、そのようにささやく声が専門家の中では存在した。

 それは一概に妬心によるものと断ずる事は出来ないものであった。

 何せ内戦と共和国の戦いでリィンが示したのは華々しい英雄譚であったが、彼は将として部隊を運用する経験というものをほとんど積んでいなかったのだから。

 そして将官というのは万単位の人間を統括する、軍における大幹部の地位なのだから。

 経験のない若造がその地位に就く事を懸念するのはある種当然であった。

 

 しかし、そんな懸念をリィンは実績を以て黙らせた。

 わずか1ヶ月でクロスベルの腐敗を一掃するという余りにも鮮やか過ぎる手腕と結果を以て。

 常人には不可能であっても自分には可能なのだと見せつけるように。

 もはやリィン・オズボーンが紛れもない将器を有している事を疑う者はほぼ皆無と言っていい。

 

「今後共、我が帝国のため、皇室のため、そしてこの父のため(・・・・・)にその手腕を存分に発揮してもらいたいものだ。我が子ども達の筆頭(・・)よ」

 

 かけられるのは期待と信頼に満ちた言葉。

 ずっと自分はこんな日が来る事を望んでいた。

 尊敬する父に期待され、信頼され、父の理想の実現のため、帝国のために剣を振るう。

 ああ、それはなんと幸福で満ち足りる日々だろうか。

 パクス・エレボニアという帝国の覇権を確立した上での国際秩序の実現。

 それはリィンにとっても心の底より賛同できる理想だ。

 そのためにならばこの剣を全霊を以て振るおう。

 故に、父よりかけられた言葉に対してリィン・オズボーンに頷く以外の回答などあるはずもなくーーー

 

「ーーー本当に(・・・)、それが貴方の目的ですか宰相閣下?」

 

「ーーーほう?」

 

 否、此処にいるのはもはや父を盲信していた子どもでも、指し手の思うがままに動くただの駒でもない。

 譲れぬ理想と誇りを抱きながら、自分自身の道を歩まんとする一人の英雄である。

 

「『ディストピアへの道』帝国政府より、いえ貴方によって(・・・・・・)発禁処分を受けたこの本を私はある事情によって読みました。

 そして、其処には書かれていましたよ。貴方が導く先がパクス・エレボニアと呼ばれる繁栄と平和の時代ではなく、自ら激動の時代を生み出し、熱狂の果にこの世界を焔へとするだろうと」

 

「准将、君は帝国宰相たる私と一学者の妄言一体、どちらを信じるのかね?」

 

「そこに述べられているのが本当に妄言だというのならば、貴方はそれを発禁処分になどしていない。

 自身へのあらゆる罵詈雑言を意にも介さず飲み干して突き進むのがギリアス・オズボーンという男なのだから。

 わざわざ発禁処分にしたこと、そしてそれの著者たるミヒャエル・ギデオンを表舞台から追放するために圧力をかけたこと。

 それこそが貴方がその本に書かれた事を脅威(・・)に思った証拠だ、宰相閣下」

 

「根拠のない憶測に過ぎないな、君はそのようなものを拠り所にして皇帝陛下より信認を受けた私を告発するというのかね?だとすれば、些か買い被りすぎていたと君の評価を修正せざるを得無いが」

 

「ええ、その通りです。これは根拠や証拠のないただの疑念に過ぎません。

 だからこそ応えて頂きたい、宰相閣下。いいや、ギリアス父さん(・・・)

 貴方が一体何を目的としてどこを目指しているのかを、このエレボニアをどこへ導こうとしているのかを」

 

 最後の方の言葉は帝国の英雄灰色の騎士ではなく、ギリアス・オズボーンの息子であるリィン・オズボーンとしての叫びであった。

 その息子よりの懇願、それをゆっくりと飲み干すかのようにギリアスはほんのわずかな間だけ目を閉じて

 

「私の目的がエレボニアの覇権を確立した上での国際秩序の形成ではなく、その過程で数百万の人間が犠牲となる世界大戦の勃発する事を承知の上でこの大陸を総て呑み干す事。

 仮に(・・)、それが事実(・・)だったとしてお前はどうするというのだ、リィンよ」

 

 叩きつけられたのは鋼鉄の戦意。

 例え愛する息子や亡き妻に懇願されようと自分は決して止まる気はないのだという圧倒的な覇気だ。

 

「ーーー軍人の存在意義とは国家とそれを構成する罪なき市民を護る事。かつて俺にそう教えてくれたのは他ならぬ貴方だった。

 法と国とはあくまで其処に住まう人達の幸福のためにこそ存在する事、それを教えてくれたのも。

 だから、もしも貴方がそれを忘れてしまい、世界大戦等という馬鹿げた事を引き起こそうとしているというのならば、俺がそれを止めてみせる。

 そのために、例え貴方を討つ(・・・・・)事になったとしても!」

 

 故に怯まずにリィンも叩き返す。

 そんな地獄を作り上げる事は断じて認めるわけがないという譲る事の出来ぬ誇りと想いを抱いて。

 

「ーーー良いだろう、ならばたどり着いて見せるが良い。

 どこまでも残酷で無情なる真実へと」

 

 もう従うだけの子どもではないというのならば、親から真実を教えてもらう事など期待せず地力でたどり着いて見せろと。

 堂々とした様子でギリアスは告げる。

 

「そしてその真実を前にしてもなお、折れず立ち向かうのだと吼える事が出来たのならばーーーその時こそ私は全霊を以てお前を打ち砕こう(・・・・・)リィン。

 親にとって子どもに超えられる事は本望なれど、そう安々とそれを許すとは思わぬ事だ」

 

 此処に鉄血の父と息子の道は分かたれた。

 故にこれより始まるのは本当の戦い。

 リィン・オズボーンが放っておけば悲劇によって終わる事となる碌でもないお伽噺の結末を、脚本家の思惑を超越して大団円へと書き換えることの出来る真に英雄たるかどうかを示すための戦いが始まるのであった……

 




ギリアスパッパが10歳の時にくれた5年分の誕生日プレゼント:ヴァンダール流入門の手配及びクレア&レクターという専属の家庭教師の用意
18歳の時にくれた8年分の誕生日プレゼント:帝国最強部隊の初代司令官の座

さすが帝国宰相ともなるとプレゼントのスケールも凄いっすね~~~

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