(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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ドライケルスとロランの関係は銀英伝のラインハルトとキルヒアイスにオリビエとミュラーの関係を足して2で割った感じのイメージ


皇族守護

 

 式典後、働き詰めであったリィンに4月までの休暇が与えられる事となった。

 光翼獅子機兵団の設立こそ宣言したものの、本格的に動き出すのはまだ当分先となる、それ故に今の内に鋭気を養っておけという皇帝よりの配慮であった。

 式典の翌日、リィンは義姉であるフィオナへと今日は自宅に泊まっていく旨を連絡(フィオナは当然大喜びしながらご馳走をたっぷり用意して待っていると電話越しに言っていた)すると、ヴァンダール家への表敬訪問を行った。

 目的は無論、内戦が勃発したあの日自分を庇い命を落とす事となった恩師マテウスの最期について伝えるためだ。

 自分が憎しみと情の狭間で揺れてその刃を曇らせていたこと、そんな自分を逃がすために師は命を賭したのだという事を包み隠さずリィンは総てを伝えた。

 

 マテウス師の妻であり、リィンにとっては師でもあるオリエ夫人はそんなリィンの言葉を静かに聞き届けて……

 

「……あの人の最期を伝えてくれてありがとうリィン。

 そしてこれからもどうか証明し続けてください。

 あの人が命と引き換えに貴方を守った事は無駄ではなかった事を。

 あの人の分まで、この国と皇族の方々をどうかその双剣を以て守護(まも)り抜いて下さい」

 

 恨み言を言うつもり等オリエには毛頭ない。

 他ならぬ自分の愛した夫が目前の青年は、自分が命を賭けるに値する弟子だと想い実行した、その結果なのだから。

 そして夫は決して節穴ではなかった。彼が命と引き換えに守った愛弟子は、大きく成長し、見事この内戦を終わらせたのだから。

 きっと愛する夫の心には迷いも後悔も一辺たりともなかったのだろうから。

 

「それと、たまには道場へと顔を出してこの子を含めた門下生達に稽古をつけてあげて下さい。

 今や貴方は、このヴァンダールを代表する剣士なのですから」

 

 微笑みながら告げられたその言葉に、リィンは深く一礼するのであった……

 

・・・

 

 あの後故人を偲ぶのを終えると、早速リィンはヴァンダール流師範代としてその場に居合わせた門下生達、そして弟弟子たるクルトへの稽古を行った。

 そうして稽古をしている内にある約束の時間が近づいてきて

 

「そういえばクルト、実はこの後セドリック殿下の見舞いを行う予定でな。

 お前も当然一緒に来るだろう?」

 

 療養中のセドリック殿下への見舞い。それが午後からのリィンの予定であった。

 何でも体調を崩してしまい、トールズへの入学が遅れてしまう事にすっかり気落ちしており、畏れ多い事に何でも自分に憧れているようで、自分が訪ねればきっと喜ぶだろうからとの事である。

 命じれば済むところをわざわざ真摯な願いを込めた皇妃、皇女、皇子、皇帝よりの願い。それを聞いて断る程にリィンは酷薄な不忠者になった覚えはない。当然快諾したわけなのだが、どうせなら自分だけでなくセドリック殿下の友人であるクルトも一緒の方が良かろうと思っての提案であった。

 

「……いえ、僕は遠慮させていただきます。」

 

 当然快諾の意を伝えると思って居た弟弟子は予想を裏切ってそんな事を決意を宿した瞳で告げていた。

 

「僕は殿下の守護役を務めながら、肝心な時に殿下をお守りする事が出来ませんでした。

 父は名誉の戦死は遂げ、兄はオリヴァルト殿下を守護役としてお支えしていたというのに。

 僕だけが守護の剣の本分を真っ当する事も出来なかったんです。そしてそのせいで殿下は体調を崩され、僕は殿下の守護役から解任されています」

 

 内戦後、ヴァンダール家は少々危うい立場に立たされた。

 皇族守護の一門でありながら、皇帝陛下と皇妃殿下、そして皇太子殿下を護り切る事が出来ず、逆賊の手に委ねるなど一体何のための守護役かという事で、そもそも皇族守護という名誉ある職務を一貴族が独占している事に問題があったのだとそんな声が挙がりだしたのだ。

 最も挙がったのは非難の声だけでは無い、当主であったマテウス・ヴァンダールが名誉の戦死を遂げた事、ゼクス・ヴァンダールとミュラー・ヴァンダールというヴァンダール家に連なる者の内戦時の活躍からヴァンダールは特権にあぐらをかいた一門ではなく、その職責を懸命に果たしたのだと擁護に回る者とて無数に居た。

 そしてオリヴァルト皇子と灰色の騎士という内戦終結へと貢献した筆頭二人が特に強烈な擁護を展開したがために、そのような案は立ち消えとなった。

 

 しかし、セドリック皇太子が逆賊へと人質にされ、それが原因で療養生活に入ったという状況にあって、守護役をそのまま据え置きにしたのではけじめが付かないという声も無視出来ぬ程度に存在し、結果として折衷案が採用される事になった。

 すなわち一旦皇太子殿下の守護役を白紙として、トールズ士官学院を卒業後に改めてセドリック殿下ご自身に自らの守護役を決めて頂くというものだ。そうして殿下が自分の意志でクルト・ヴァンダールを守護役へと選ぶのならばそれはクルトが自身の力で勝ち取ったものだし、そうでなければやはり時代にそぐわぬ特権であるというわけだ。

 

「だから、今の僕に殿下にお目通りする資格はありません。

 再びこの双剣に磨きをかけ、殿下をお守りする事が出来るだけの力を身に付けたその時にこそ、胸を張って殿下の下へと参上致します」

 

 クルト・ヴァンダールの言葉には確かな決意が宿っている。

 決してへこたれずに精進を重ねると誓ったその言葉には迷いはない。

 実力で持って再びその資格を手にしてみせると宣誓するその様は臣下としては満点だろう。

 

「クルト、お前は殿下の友か?臣下か?一体どっちだ」

 

 されど、友としてはどうしようもなく0点も良いところだった。

 

「え……?」

 

「お前の告げた言葉、それは確かに臣下としては正しいだろう。

 今の自分の力量では守護役という役目(・・)を果たすことが出来ない。

 だから、それに相応しい力量を身に着けるまで殿下にはお会いしない。

 ああ、臣下としては正しいだろうさ」

 

 そうクルト・ヴァンダールの言葉は臣下としてはどこまでも正しい。

 故に、おそらくかつてのリィンだったらその決意を称賛して終わっただろう。

 

「だがなクルト、ヴァンダールの人間が皇族より、求められているのは果たしてただその身を護るただ強いだけの護衛役か?俺は違うと思う」

 

 しかし、今のリィンにはかの獅子心皇帝の記憶がある。

 彼が如何なる思いを抱いていたか、それを知っているのだ。

 

「強いだけの護衛を求めているというのなら、そも最初からヴァンダール家に守護役を任ずるような事をせずに軍から選りすぐりの人物を付ければ良いだけの話だ。

 それにも関わらず、何故かの獅子心皇帝はヴァンダール家を守護役へと任じたのか。

 かの獅子心皇帝の御心を俺が代弁するなど余りにも畏れ多い事だが、思うに大帝陛下はただの護衛ではない対等の友を自身の子孫に残してやりたかったんじゃないのか?

 自分にとってのロラン・ヴァンダールを子ども達にも持って欲しかった。

 ただの護衛や臣下ではない、友を子ども達に残してやりたかった。それがヴァンダール家が守護役へと任じられた理由じゃないのか?」

 

 無論リィンの中にあるのは獅子戦役を終結させてヴァリマールを封印するところまでの記憶だ。

 そしてヴァンダール家を皇族守護職へと任じたのは、親友ロランの忘れ形見が成人して、彼が壮年となってからの事、それ故自分のこの推論が本当に正しいかはわからない。

 しかし、ただの腕利きの護衛が欲しいのならばヴァンダールの家に限定する必要はない。

 それこそ帝国に於ける武の双璧たるアルゼイドとヴァンダールの双方から選りすぐりのものを選べば良いのだ。

 実際アルフィン皇女の場合はヴァンダールの人間に年の近い子女がいなかったのもあってそうしているし、セドリック殿下の方もそうすべきだという意見も出ていた。

 それにも関わらず、何故ヴァンダールの一門は生まれながらにその大役を任され、少年の頃より引き合わされる事となるのか。

 そこにリィンとしては獅子心皇帝の込めた願いを感じずにはいられないのだ。

 

「皇族という生まれ落ちた瞬間に避けられぬ重責を背負う事となる子どもたち、ただその身命を護るだけではなく、その心に寄り添ってくれる友となってくれる事こそが、獅子心皇帝陛下……いいや、アルノールの方々の願い。

 それこそが皇族守護職という立場であり、その上でそんなただの立場を超えた関係を君の兄君はオリヴァルト殿下と築き上げたんじゃないのか?」

 

「ーーーーーーーーー」

 

 瞬間、クルトの脳裏に過るのは初めて自分の剣を捧げる事となる主君に出会った日の事

『そんな、僕の事はセドリックと呼び捨ててください。

 兄上とミュラーさんの事が羨ましくて仕方なかったんです。

 代わりにクルトって呼ばせて欲しいんですけど……良いですか?』

 そう、気さくに告げたセドリック皇子に自分は確かにこう答えたのだ。

『わかりました。殿下ーーーいえ、セドリック。

 あなたの友としてーーードライケルス皇子と共にあったロラン・ヴァンダールのように』

 そうだ、自分はただの臣下ではなく友となるとそう約束したのだ。

 だけど何時しか自分は壁を作ってしまっていた。相手はこの国の至尊の立場に就く方で、自分はあくまで臣下に過ぎないのだからと。

 何時しかセドリックと名前で呼ぶのではなく、ただ殿下とお呼びするようになっていた。

 

「クルト、改めて聞くぞ。お前はセドリック殿下のいいや、クルト・ヴァンダールにとってセドリック・ライゼ・アルノールとは如何なる人物だ。

 ただそれが自分に課せられた役目(・・)だから仕えていた存在か?

 だとするのならば、お前の判断は間違っては居ない。今のお前は守護役の任を解かれた状態である以上、皇太子殿下に目通りするのはでしゃばりだと受け取られるだろう」

 

 単なる君臣の関係ならばそうだ。

 呼ばれても居ないのに勝手に会いに行く等、臣下の分を超えた行為だろう。

 リィンにしてもセドリック殿下に会いに行くのは家族である皇族の方々に頼まれたからこそなのだから。

 

「だが、もしもそうでないというのならばーーークルト・ヴァンダールとセドリック・ライゼ・アルノールとの間にただの君臣を超えた何かがあるというのならば、絶対に会いに行くべきだ。

 傷ついたセドリック殿下の心に家族としでも、臣下としてでもなく寄り添う事、それはきっとお前にしか出来ない事なのだから」

 

 あの時、兄たるオリヴァルト皇子に優しく抱きしめられながらも自分自身を責めるかのように弱々しく握られていた手。

 そしてかつて会った時に自分に向けられていた憧れの眼差しと何処か自分自身に対して劣等感を抱いているかのような様子。

 なんとなくだがリィンには今、セドリック殿下がどのような思いで居るかが察する事が出来るのだ。

 そしてそんな殿下に必要なのは標となる背中ではなく、心を分かち合い共に歩んでいく友なのだということも。

 そして、それが出来るのはきっと目の前の弟弟子を於いて他ならないとリィンは考えたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 告げられた言葉を前にクルトの心の中に過るもの、それは激しい羞恥だ。

 自分は自分の事しか考えていなかった。立派に役目を果たした()や目の前の兄弟子(・・・)に比べて自分はなんと不甲斐ない事かと。

 ただ自分を高める事しか考えていなかった。自分はただの臣下ではなく、友として支えるとそう約束したというのに。

 守護役を解任された自分は、会う資格がないとそんな風に考えていたのだ。

 だけど、それは間違いだ。だって自分のーーーいいや、自分達(・・・)が憧れたあの二人(・・・・)だったら役目など関係なしにどちらかの危機には必ず駆けつける。

 だってそれこそが、友達(・・)なのだから。臣下としては分を弁えない行動なのかもしれない、だけどそれでも自分が今為すべき事はいいや、やりたいことは……

 

「リィンさん、ありがとう御座います。おかげで目が覚めた思いです。

 そしてその上でどうか僕のワガママを聞き入れて下さい。

 殿下にーーーセドリックに会うというのなら、どうか僕も一緒に連れて行って下さい。

 彼に伝えたい想いと言葉があるんです」

 

 弟弟子より告げられた言葉。

 それにリィンは心からの笑みを浮かべて快諾の意を告げるのであった。

 

 

 

 

 




灰色の騎士によるセドリック殿下育成計画始まるよ~~~

ところでヴァンダール流の開祖は双剣使いだったロランなのに、ヴァンダール流の主流が双剣ではなくて剛剣術になったのは、武術師範の地位に就いたロランの忘れ形見である息子が剛剣術の使い手だったからなんでしょうかね?
それか双剣術の方が体格を要しない代わりに実は技術的な習得難易度が剛剣術よりも難しいため、あまり使い手が居ないとかなのか。

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