(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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「今回みたいに厄介で面倒な現実を少しずつ知りながら、それでも今しか得られない何かを掴む事が出来るはず。掛け替えのない仲間と一緒ならね」
「それは、社会に出たら何の意味もない儚いものかもしれないけど……どこかで君たちの血肉となり、大切な財産になってくれると思う」


財産

 七曜暦1205年3月19日卒業式を翌日に控えたこの日、灰色の騎士リィン・オズボーンは帝都での一週間に及ぶある根回し(・・・・・)を終えて、およそ半年振りに自らの母校トールズ士官学院へと帰還した。

 いや、帰還したという表現はこの場合は正確ではないのかもしれない。彼は公的にはガレリア要塞が消滅したあの日、1204年10月24日に特例措置によって卒業して正規軍に任官した身となっている以上、もはや彼が学院に顔を出す必要はないのだから。

 だが、本来卒業という門出にあたって行うべき恩師に級友、そして後輩との別れという儀式を終えていない身としてはやはりきちんと区切りというものをつけておくべきだと思っての事であった。

 何よりも、トールズには改めて話し合って置かなければならぬ人物が居るのだから……

 

「やあ、久しぶりだねリィン。色々と積もる話はあるが、とりあえず歯を食いしばりたまえ」

 

 笑顔とは本来攻撃的なものである。

 そんな格言を残したのは一体誰だっただろうか。

 久方ぶりに再会した友人アンゼリカ・ログナーはそんな格言を思い起こすとても晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 そして次の瞬間リィンの頬に強烈な一撃加えられる。

 無論、避ける事も防ぐ事もリィンにとっては容易かった。

 しかし、物理的にではなく精神的な理由が彼に回避または防御の行動を躊躇わせた。

 頬を痛打されたリィンはその衝撃で倒れ込む。

 周りを見ればトワは心配そうな表情を浮かべ、クロウとジョルジュは苦笑を浮かべている。

 

「よし、これで諸々はチャラだ。改めてお帰りリィン。こうしてまた君と会えた事を嬉しく思うよ」

 

 堂々とした様子で差し伸べられた手を取りリィンは立ち上がり

 

「ああ、俺もだアンゼリカ。色々とあったが、こうしてまた会えた事を嬉しく思うよ」

 

 硬い握手を交わしながら、友人との再会を寿ぐのであった……

 

・・・

 

 技術棟の一室。

 彼らにとっては馴染み深いその場所で5人はジョルジュが淹れたコーヒーを飲みながら、思い出話に花を咲かせていた。

 彼らにとって黄金色に輝いていた青春時代、それに別れを告げるべく。

 惜しむように。愛おしむように。

 

「しかし、いよいよ明日でお別れなんだね」

 

「ああ、そうだね。

 私もいよいよモラトリアムを終えて侯爵家を継ぐ事になる。

 ……後悔はしていないが、それでもやはりどこか寂しい思いがあるね。

 こうして5人揃って集まるという事も難しくなるだろうから」

 

 ポツリとジョルジュが呟き、アンゼリカがそれに応じる。

 その顔には何時も颯爽としていた彼女には珍しく、憂いを帯びたものであった。

 

「まあだけど、二人の結婚式には是が非でも参加させてもらうよ。

 こればかりは誰がなんと言おうと私も譲る気はない。

 親父殿が反対したとしても殴り倒してでも出席させてもらうさ」

 

 静かな決意を秘めて微笑湛えながらアンゼリカは告げる。

 それはどこからどう見ても友情に篤き好人物の姿であった。

 

「アンちゃん……」

 

「アンゼリカ……」

 

「なんと言ってもウエディングドレスを着たトワというこの地上に舞い降りた天使を拝見できる機会なんだからね!

 これを逃すことなんて出来るはずがない!どんな相手が立ちはだかろうと阿修羅さえも凌駕して蹴散らすさ!!!ウェッッヘッッヘッヘ」

 

 鼻息を荒くしてアンゼリカは告げる。

 それはどこからどう見ても色欲に目を眩ませた変質者の姿であった。

 

「アン……君って奴は」

 

「ったく本当にぶれねぇ奴だな。侯爵家の権力を使って手篭めになんて事するんじゃねぇぞ?」

 

「失敬な事を言うな!誰が実家の権力などに頼るものか!私は何時だって子猫ちゃんは口説く時は徒手空拳の全身全霊だ。合意無き睦言に一体何の価値があるというのか!」

 

 凛々しき表情でアンゼリカは告げる。

 それはどこからどう見ても颯爽とした麗人の姿であった。

 

「アンは本当に変わらないね、出会った頃から」

 

「全くだ、こいつのおかげで俺たちの代の男子がどれだけ寂しい思いをしたことか」

 

「フッ、そんな事は知ったことじゃないね。かっさらわれるのが嫌ならば自分を磨いて積極的にアプローチをすればいいだけの事じゃないか。現に私にだってフラレてしまった本命(・・)が居るんだからね」

 

 そこでアンゼリカは綻ばせながらその顔をリィンとトワの方へと向けて

 

「改めてになるが、二人共おめでとう。君たち二人の親友として心から祝福させてもらうよ。

 トワ、もしもまたそこの大馬鹿に泣かされることがあったら相談してくれ。すぐにでも君を攫いに行くから。

 リィン、君も色々とある事とは思うが、これだけは覚えておいてくれ。君は一人じゃないという事を。

 私達はこれから色々と難しい立場になってくる、大人としての様々なしがらみに囚われてこれまでのように接する事はできなくなるだろう。

 だけど、それでも私達が友達であることには変わりない。もしも、私の大事なトワをまた泣かせるような事があれば、その時は今日のような強烈な一撃をお見舞いしてやるから覚悟しておくように」

 

「ああ、肝に銘じておくよ」

 

・・・

 

 談笑を終えて明日に備えて解散となった技術棟の一角、そこにリィンとクロウの二人だけが残っていた。

 リィンがクロウに対して折り入って話があると伝えたためだ

 

「で、わざわざ話って何だよ」

 

「クロウ・アームブラスト少佐、貴官の配属先が決まった。

 配属先は新設される皇帝陛下直属部隊光翼獅子機兵団。

 貴官にはそこで司令官である、私の直轄部隊の副隊長を務めて貰う事になる」

 

 内戦中貴族連合の蒼の騎士として活躍したクロウ・アームブラストは司法取引の結果、現在宰相直属の少佐待遇という立場にある。

 公的には帝国解放戦線はザクセン鉄鋼山の一件で壊滅しておりあくまでクロウの罪状として挙げられたのは宰相暗殺未遂の実行犯であった事のみというのと、最後の最後で親友たる灰色の騎士の説得に応じて逆賊カイエン公の捕縛と皇太子殿下の救出に貢献したという功績、貴族連合の英雄であった彼を引き込む事による政治的なメリット、なおかつ蒼の騎神の起動者であるという戦力的な側面、その総てが加味された結果であった。

 

 そしてこの一週間リィンはそのクロウを自分の部下として引き込むための根回しのため、あちこち飛び回って行っていたのであった。

 ある時は「内戦中に敵と味方に別れて戦いあった自分たちが同じ部隊で肩を並べる事は内戦の終結をこの上ない形で示す」と政治的な効果をアピールし、またある時は皇帝陛下が「最も忠勇なる騎士」達を集めると勅に従うためには蒼の騎士を外す事は出来ないと皇帝の威光を借り、またある時は蒼の騎士が万が一反旗を翻した時に犠牲者を出すこと無く鎮圧できるのは自分だけだという抑止力の観点から話をして、最後にクロスベル戦線での灰と蒼がコンビを組んだ時の実績を叩きつけ、ついにクロウ・アームブラストを引き抜く事に成功したのであった。

 

「……それで、あの野郎の、鉄血の狗として働けってのか?」

 

 そしてそんな親友の影での尽力等知らぬクロウはある種の諦めを漂わせながら、肩を竦めながら告げる。

 自分に目前の親友という鎖を宛てがい、縛るための鉄血の策略なのだとそう誤解して。

 

「そうだな、皇帝陛下直属という立場だが陛下は専ら国事行為以外の政務を宰相閣下に一任している。

 基本的に我らは帝国政府からの要請に従い、動く事となるだろう。そういう意味ではそう見られるだろう

 いや、そう見られるように仕向ける(・・・・)

 

「……?仕向けるも何も、実際そうだろうがよ。

 司令官のお前さんは鉄血の一人息子で、その後継者何だからよ」

 

「ああ、そうだろうな。俺は宰相閣下の腹心であり、後継者だ。

 ーーーなぁクロウ、これは例えばの話なんだが、外から銃弾を撃ち込むやり方で駄目だったなら、懐に潜り込んで刃を届かせる方が効果的だと思わないか?」

 

「!?お前、まさか……」

 

「そのまさかだ。宰相閣下に、いいや、父に宣戦布告を叩きつけてきた」

 

「ーーーーーーーーーーーーー」

 

 告げられた言葉に宿るのは圧倒的な覇気。

 父親を盲信し、父親に褒められたがっていただけの子どもの姿はそこにはない。

 そこにあるのは高潔なる決意。

 迷いも躊躇いも飲み干して、決して譲れぬ思いを抱いて巨悪に挑む事を決意した一人の漢が其処には居た。

 

「どういう風の吹き回しだよ。まさかクロスベルの連中が可哀想になったとかそういうわけじゃねぇだろ?」

 

「まさか。クロスベルの併合は必然だ。あの状況では我が帝国としてはアレ以外の手段はない。

 あるいはあるのかもしれんが、俺では想像すら出来ん。

 宰相閣下のクロスベル併合の判断は至極妥当であり、それをアレほどの速度で成し遂げられたのは彼の豪腕があってこそだ。

 もしもあの方が居なければ、おそらく70年前のようにクロスベルを巡って共和国と泥沼の戦いを繰り広げる事となっていただろう。

 そういう意味で、宰相閣下は確かに傑出した指導者だ。故に、現時点では(・・・・・)公人としても私人としても俺があの人に背く理由などは存在しない」

 

「なら、何でそんな偉大な宰相閣下にして大好きな親父さんでもある相手に宣戦布告を叩きつけた?」

 

「『ディストピアへの道』、お前の仲間だったミヒャエル・ギデオンの著書を俺は読んだよ。

 そしてその上で俺は宰相閣下の、父さんの真意を確かめた。

 ーーー否定しなかったよ、その本に書かれていた疑惑について。

 あの人は、本気で共和国を相手にして世界大戦を起こす気だった。

 そして、俺はそんな地獄を作る事は看過出来なかった。だから袂を分かった。要は、そういう話さ」

 

 自分の中にある躊躇い、説得すれば思いとどまってくれるのではないかという未練を呑み干すかのように静かな、されど確かな決意をそこに宿してリィンは告げる。

 

「だが、それでも敵はあまりに強大だ。

 オリヴァルト殿下という頼もしい味方が出来たが、それでもまだまだ俺には力が足りていない。

 だから、改めて言おう。頼む、俺にお前の力を貸してくれクロウ。

 俺とお前、二人で組めば出来ない事なんてないはずだ!」

 

 熱い友誼を込めてリィンは目前の親友へと手を差し出しながら頼み込む。

 それは軍人としての命令ではない、親友としての頼みだ。

 だからこそ、それは雁字搦めになっていたクロウ・アームブラストの心に届いて……

 

「……ギデオンの奴も、まさか自分の書いた本が鉄血の野郎の息子の造反に繋がるだなんて思わなかっただろうな」

 

 ああ、見ているかよ戦友。

 お前の残した遺志は確かに心ある者(・・・・)に届いたぞと口元を綻ばせて

 

「しゃあねぇな、付き合ってやるよ親友」

 

 差し伸べられた手を固く握りしめる。

 亡き祖父の仇討ち。そのリベンジマッチになる上に親友と肩を並べて戦うのだ。

 断る理由など有りはしないと。

 

「ああ、頼りにしているぞ親友」

 

 此処に蒼の騎士は鎖から解き放たれ、灰の手を取る。

 それは如何なる謀略をもってしてももはや崩す事は出来ない真の絆。

 多くの試練を経て、彼ら二人が手に入れた掛け替えの無い財産であった……

  

 




同志D「ク、クロウさんを自分の「もの」にするために必死に駆けずり回ったって……リィンさん!貴方は私を一体どこまで滾らせれば気が済むんですか!!!」

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