(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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寿命は投げ捨てるもの


それぞれの輝き

「姫様……本当によろしいんですね?」

 

 「ユミルの誓い」、後にそう呼ばれていくつもの歌劇で演じられる事となる光景へと居合わせたアデール・バルフェットはそう己が主君へと問いかける。目の前の気高く美しい光景に感動を味わいながらも、このまま行けばそれはアルフィン・ライゼ・アルノールという一人の少女の私人としての大切な何かが押し潰されて行ってしまうのではないか、そんな危惧を抱いて。

 

「はい、アデーレ大尉(・・)。私は決して流されたわけでも強制されたわけでもありません。

 ーーーこの身体に流れる血に宿る皇女としての責任を、私も(・・)果たします」

 

 捧げられた剣に見合うためにと呟いた言葉がどこか重さに耐えかねているように聞こえたのは自分の邪推だろうか、そんな複雑な心境にアデーレは陥る。

 目の前の主君の凛とした瞳の中に宿るのは高潔な意志だ。

 それはこれまでもずっとアデーレが感じてきたアルフィン・ライゼ・アルノールという少女が宿していたもの。

 少しずつ大切に育まれ、本来であれば(・・・・・・)もう数年、いや十年単位の時間をかけて開花する事となるはずだった大輪の花だ。

 それが“内戦”という厳しい暴風雨に晒されて、“英雄”という太陽に強烈に照らされた事で急激に開花した。

 確かに成長なのだろう、だが同時にどこか寂しさや危うさのようなものを感じてしまうのは、単なる自分には出来なかったことをたった一日でやってのけてしまった少年に対する妬心なのだろうか?

 そんなふうにアデーレは目の前の主君の成長した姿に感動を覚えながらも、拭いきれない不安が心の中にあった。

 されどそんな漠然とした不安でどうしてこの高潔な意志を止める事が出来るだろうか?

 成長である事は間違いないのだ、今自分の主君は己の責務を背負うと覚悟を定めた。ならば騎士たる自分の為すべき事は……

 

「お供致します、どこまでも」

 

 その重責に押しつぶされぬよう、傍で支える事。それこそが自分の為すべき事だろう。

 決して貴方は一人ではないのだと、この頑張り屋さんな妹分に教えてあげようではないかと、そんな決意と共にアデーレもまた騎士の礼を取り、アルフィン皇女へと跪き己が剣を差し出す。

 そしてそれを受け取り、返した皇女はそんな己が騎士の忠誠を受けて……

 

「はい、頼りにさせてもらいますね、アデーレさん」

 

 クスリと笑いながら先程までの凛と張り詰めた様子とは異なる年相応の少女らしい笑みを浮かべる。

 騎士としてだけではない、ただのアデーレとしての妹を思う姉心、それに近い慈しむような好意を受けた事で覚悟を固めた皇女から少し前までの少女としての姿に戻って。

 そしてそんな光景を見て、皇女の友人たるエリゼ・シュバルツァーもまた

 

「……姫様、それでしたらどうか私もお供させて頂けませんか?」

 

 静かに、されど確かな決意を宿して己が意志を伝えていた。

 

「エリゼ、貴方の気持ちは嬉しいけどそれは……」

 

「わかっています。私はアデーレさんやリィンさんみたいに姫様をお護りする事は出来ません。それどころかお二人にしてみれば足手纏いになるだけだという事も。

 ……貴族の嗜みとして宮廷剣術を父様より教わっておりますけど、お二方からすればそれこそ子供だましも良いところでしょうから」

 

 積み上げた歳月、密度、くぐり抜けた修羅場の数、帝国内に於いても有数の使い手であり本職の軍人たる二人とエリゼ・シュバルツァーの間には歴然とした差が横たわっている。

 

「私は無力な小娘です、お二人のように皇女殿下のお役に立つことなんて出来ないでしょう」

 

 軍事だけではない。ありとあらゆる分野でエリゼ・シュバルツァーは未だ未熟な子どもに過ぎない。むしろ15歳という年齢を考えればそれが普通だろう。アデーレ・バルフェットやリィン・オズボーンとて15歳と言えば、それぞれようやく初伝を収め中伝に至ろうとしているといった程度のものだったのだから。

 むしろそれからたかだか3年経っただけで、既に歴戦といった風格を纏うリィン・オズボーンが異常過ぎると言うべきだろう。

 

「ですけど、それでも私は姫様の友人です!身の程知らずで状況の深刻さがわかっていない夢見がちな小娘のワガママかもしれない、具体的に何が出来るわけでもありません。だけど、それでも大変な重荷を背負おうとしている友人を少しでも傍で支えてあげたいんです!」

 

 確かな覚悟を宿してエリゼ・シュバルツァーは告げる、そこにあるのはただ大切な友人の力になりたいのだという純粋な思い。

 それは“強さ”という点で言えば、己が手を真っ赤に染めてでも内乱を終わらせるというリィンの鋼の意志には遠く及ばないだろう。

 されどそこに宿る輝きは決して誰にも否定出来ぬものであった。

 

「エリゼ……ありがとう、私と出会ってくれて。私と友達になってくれて、あなたに出会えて本当に良かったわ」

 

 一切の打算のない親友からの掛け値なしの友情、それを聞いてアルフィン皇女は感極まったように涙ぐみながら友人へと抱きつく。一体この世にどれだけ、これほどまでに心より信頼できる親友を持つ事が出来た人物が居るだろうか?ましてや“皇女”というどうしても対等の友人を持つことが難しい自分の立場を思えば、目の前の親友はあらゆる金銀財宝に勝る宝だと、そんな感慨を抱いて。

 

「父様、母様、ごめんなさい。無理を言う娘で。でもそれでも私は……」

 

 どこか、申し訳なさそうな表情を浮かべる娘の様子に夫妻は顔を振って

 

「何を謝る必要がある。むしろ私は今日ほどお前という娘を誇りに思ったことはないぞ、エリゼ。ーーーしっかりと殿下をお支えするのだ、臣下としてではなく、友として。それはきっと他の誰でもない、お前にしか(・・・・・)出来ぬ事なのだから」

 

「……はい!」

 

 誇らしげに背中を押してくれた父の言葉にエリゼは確かな覚悟を宿して頷く。

 心ある人間ならば感動を禁じ得ない美しい光景である。そんな中ただ一人アルティナ・オライオンだけは無感動にその光景を眺めていた。

 彼女にはわからなかった、何故皇女がそれほどまでに彼女が自分に従うと表明した事が嬉しいのか。

 エリゼ・シュバルツァーはこの場において間違いなく最弱だ。リィン・オズボーンとアデーレ・バルフェットという達人の域にある二人は基より、トヴァル・ランドナーなる遊撃士にも、父たるシュバルツァー男爵にも、そして自分にも遠く及ばない。戦いの面では間違いなく足手纏い(・・・・)と呼ばれる人種である事は疑いようがなかった。

 無論アルティナ・オライオンとて単純な武力のみでその人物を全てを推し量る程に愚かではない。だが家柄という点で言えば彼女は一男爵家の令嬢でしかない、政治的に卓越した識見を有しているわけでもない、顔立ちは整っているといって差し支えないが同性である以上、よもや懸想をしているというわけでもあるまい。

 エリゼ・シュバルツァーはこの場において一番味方につけたとしても頼りにならないし、利益に乏しい人物、そのはずだ。当然、亡き宰相の遺児でもあり伯爵家を継ぐ事にもなる上に、精鋭たる北の猟兵1個大隊をああも見事に殲滅してのけたリィン・オズボーンには家柄、実力、実績、あらゆる面で及ぶべくもない。

 だと言うのに何故アルフィン皇女はああも喜色を露にしているのか、友達(・・)等というものを持った事のないアルティナにはとんと理解できなかった。

 

・・・

 

「さて、方針が決まったところで次は具体的にどうやって正規軍と合流するかですよね」

 

 現在革新派と貴族連合は帝国の各地で激戦を繰り広げている。

 合流を目指す相手と場所、それは既に決まっている。

 討伐軍総指揮官であるヴァンダイク元帥と帝国政府臨時代表たるカール・レーグニッツ知事が居る帝国最大の一大拠点ガリレア要塞、その跡地である。方針の対立や距離の遠さによって統制に苦労しているとはいえ、それでもこの二人が現在の討伐軍側の政治と軍事、そのトップである事は疑いようがないし、貴族連合の打倒ではなく内戦の早期終結にこそ重きを置いているこの二人の方針はアルフィンにしても好感を抱けるものだ。

 下手に他のところが“皇族”という錦の御旗を手にしてしまえば、むしろ討伐軍側の分裂を招いてしまうだろう事を思えば、最有力の候補と言えるだろう。だが、此処で一つ大きな問題が存在する。

 それは距離が大きく離れているという点である、ヘイムダルから貴族連合の監視を掻い潜りユミルの地にたどり着くまでおよそ10日を有した。帝国の東端に位置するガレリア要塞までとなれば一ヶ月は見なければならないだろう。これはかなりハイリスクな上にとてもではないが時間がかかり過ぎる。さて一体どうしたものかとアデーレは思案するが、その思索は一瞬で終わることになった。

 

「ああ、それならば問題ありませんよ大尉。騎神には“精霊の道”と呼ばれる道を使える機能が備わっています。これを使えば、このユミルの地から目的地まで一瞬でたどり着く事が出来ますから」

 

「ま、マジですか!?つくづく騎神っていうのはデタラメな存在ですね!?」

 

 涼し気に告げられたリィンの言葉にアデーレは血相を変える。

 それはそうだ、あの紅き翼を以てしても一瞬で突然あらわれる等というわけには流石にいかない。

 高速で空を飛ぶにとどまらず突如としてワープしてくる、機甲部隊1個師団に匹敵する戦術兵器そんなものが存在しては軍略も何もあったものではないのだから。しかしそこで、アデーレはなにかに思い至ったような顔で

 

「アレ?でも騎神にそんな機能が備わっているなら、何で貴族連合の蒼の騎士殿はそれを利用していないんですかね?ガレリア要塞にその精霊の道とやらがつながっているなら、それこそそれを使って奇襲なり何なりしていればいくらヴァンダイク元帥が帝国最高の名将と言えどもどうしようもない気がするんですが?」

 

「ええ、仰る通りです。当然上手い話には裏があるもの、騎神とて万能というわけではありません。この機能を使った場合霊力を使い果たして、最低でも丸1日は稼働出来なくなってしまうんですよ。なので、こうして大人数で移動するときでも無い限りはほとんど無用の長物と言えますね」

 

 実を言えば、本来ガレリア要塞に精霊の道は繋がっていないのだ。

 何故ならば精霊の道とは精霊信仰と所縁のあった場所に繋がっているものなので、本来であれば利用可能なのはユミルにレグラム、ケルディック、ノルド高原、そしてオルディスの五ヶ所のみとなる。

 だがその無理をどうにかする方法が一つだけある、それは莫大な霊力によって強引に道をつなげてしまう事だ。本来であれば蛇口から出るところを強烈な圧力によって配管に穴をこじ開けて出てくるようなものとでも良いのだろうか、兎にも角にも莫大な霊力を使えばそれが可能である事をリィンはヴァリマールへと確認している。

 だが当然裏技のようなものなので騎神の霊力、それだけでは足りない。ならばどうすれば良いか、決まっている騎神だけで足りぬのなら起動者の持つ、霊力それも注ぎ込めば良いのだ。ヴァリマール曰く、霊力とはいわば生命力のような物、それを強引に吸い上げて本来なかった出口を強引に作るとなれば、数年程度寿命が削れる上に、凄まじい激痛が身体を襲うだろう等と言われたが、その程度(・・・・)ならば許容範囲だ。今はとにもかくにも、ヴァンダイク元帥とレーグニッツ知事という討伐軍の指導者二人とアルフィン皇女殿下を引き合わせる事、それを最優先にすべきだろう。

 皇女殿下も核の中に入って頂き、強行突破する事も考えたが、核の中に皇女殿下を入れるとなれば余り無茶な機動が出来ない以上万が一も有り得るし、自分が討伐軍と合流したという情報は双龍橋攻略の直前まで極力伏せておきたいカードだ。故にこそこれが最善(・・・・・)なのだ。

 内戦の終結が一日でも早まれば、それだけ命を落とす事となる将兵も、その死に涙する者たちもそれだけ減る事となる。たかだか自分の寿命数年程度(・・・・・・・・・・・・・)と数千の命、収支はどう考えても圧倒的な+だ。ならば一体どこに躊躇う余地があるだろうか?

 

「そういうわけですので、一度討伐軍へと合流を果たしてしまえば、このユミルへと戻ってくるのはこの内戦が終わってからになるでしょう。

 改めて問いかけさせて頂きます、アルフィン・ライゼ・アルノール皇女殿下、エリゼ・シュバルツァー殿、本当によろしいんですね?」

 

 そしてそんな裏の事情などおくびも出さずに、リィンが改めて口にしたのは覚悟の問いかけだ。

 自分が駆り立てて、重責を担わざるを得なくなったまだ年若い少女達への言葉だった。

 

「「ええ、勿論です」」

 

「結構。そういう事であるのならば、どうか今夜は後悔無きよう、ごゆるりとご家族でお過ごし下さい。ーーーこれが今生の別れとなるかもしれないですから」

 

 あえて、リィンは“死”を意識させる厳しい言葉を告げる。

 何故ならばこれは「内戦」であり、この二人の少女は自らの意志でそこに関わる事を選んだのだからと。

 二人の少女の持つ決意と覚悟の程、それに敬意を抱いたからこそもはやただの庇護対象としては見ないのだ。

 

「ま、そんな事には私が絶対させませんけどね」

 

 そして皇女の騎士はそんな二人を護るのこそが自分の役目なのだと意志を燃やす。

 決してこの二人の少女の高潔な意志が若さゆえの過ち、無謀だったなどと誹られるような事がないようにするのだと……

 

 




ヴァリマール「この起動者、いっつも命削ってんな」

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