(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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トールズの一学年の人数は一クラス30名程度×6の180名程度と想定。
第2分校の生徒数の少なさはまあ作劇上の都合だと判断しています。

そしてちょくちょく述べていましたが、トールズ入学できる奴卒業できる奴は
帝国に於ける文武両道のやべぇ級の上澄みを想定していますし、カリキュラムもそれに相応しいかなり高度かつ厳しい内容だと想定しています。
なので本編での緩く見える部分はアレです、良く有る宣伝用のキラキラした部分だけを切り取っているryもといネームドキャラ達はそんな厳しい訓練を受けながらも和やかに過ごせる怪物共の集まりという事なのでしょう。

担任教官の名前のようにサラッと流されていましたが、Ⅶ組のやった圧縮カリキュラムとか密度が尋常じゃなかったというか、もはや某どこぞの光の奴隷たちがやっているような狂気の沙汰と言える領域のアレだったのでは?と思っています。


卒業

 七曜暦1205年3月20日、トリスタの街には早朝より多くの人間が集まり、されど騒々しさとは無縁の厳粛な空気に包まれていた。終わりであると同時に始まりともなる儀式、トールズ士官学院第220期生及び特別カリキュラムを受け、見事全員が合格認定を受けた特科クラスⅦ組の面々の卒業式が執り行われているのだ。

 

「まずは本日この記念すべき日を誰一人として欠ける事無く迎えられたことを空の女神に感謝したい」

 

 礼装に身を包んだ学生達は一糸の乱れも無く、教練通りに整然と整列しながら理事長たるオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子の訓示に耳を傾ける。正面の壇上に整列する教官達もまた礼装に身を包み、生徒達以上に綺麗に正した姿勢で佇む。

 普段より実直なナイトハルト教官やハインリッヒ教頭は無論の事、普段はどこかだらしのない印象を与えるマカロフ教官にサラ教官も今日この時ばかりは、そのようなだらしのなさとは無縁な謹厳な表情を浮かべている。

 ヴァンダイク学院長とベアトリクス教官は孫を見る祖父母のような慈愛に満ちた優しい表情を浮かべ、新米であるメアリー教官は2度目となる教え子達との別れに際して既にその瞳に涙をうるませ始めている。

 

「『若者よ、世の礎たれ』、かつて入学式の時にも送られた大帝陛下の残したこの言葉。

 かつて私は君たちにその意味を一人一人考えて貰いたいと告げたが、どうだろうか?

 旅立つ今日この日、それぞれ答えは見つかっただろうか?」

 

 告げられた言葉、それを前にして卒業生たちは一様に目を閉じ己が胸に手を当てて、己自身へと問いかける。

 

「見つかったという者はーーーどうか、その答えを胸に誇りを抱き進んで行って欲しい。

 未だ見つかっていないという者も別段焦る必要はない。手探りでも良い、その答えを探しながら少しずつでも前へと進んで行って欲しい。

 そしてその上で私見を述べさせてもらうならば、諸君は既に十二分にこの言葉を体現していると思う」

 

 そこでオリビエは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。

 その笑みの中には目前の若者たちに対する誇らしさが宿っていた。

 

「内戦というこの国を二つに別つ事になった悲劇。

 それに際しても君たちは手を取り合うことを決して辞めなかった。

 そして、一人一人が思いの違いはあれど、悲劇を終わらせるべく尽力し、結果こうして誰一人として欠ける事無く、こうして今日この日を迎えることが出来た。

 私はそれが何よりも嬉しく同時に誇らしい。私だけではない、諸君の成長を見守っていた教官方もきっと同じ、いや私などよりもはるかに誇らしく思っている事だろう」

 

 オリビエの言葉を裏付けるように壇上に整列する教官陣の卒業生を見る視線には誇らしさと慈しみ、そして同時に別れる事への寂寥感が宿っていた。中には涙の雫が滲み出している者も居る。

 

「諸君も知っての通り、今この帝国は大きな変革の時を迎えつつある。

 そんな時代に於いて巣立つ君たちは、これから多くの“壁”へとぶつかる事になるだろう。

 思い描いていた理想を実現できないもどかしさ、悔しさ、様々なしがらみ、そうしたものを味わい、もう駄目だと総てを投げ出したくなる時も訪れるかもしれない」

 

 語る言葉、そこには彼の実感が伴っていた。

 おそらくは彼自身もそうした苦渋や辛酸を何度も味わったのだと思わせるだけの重みがその言葉には宿っていた。

 

「だが、それでもそんな時はどうか思い出して欲しい、君たちには頼れる者がすぐ傍に居るのだということを。

 君達の隣の者達を見て欲しい。共に同じ学舎で語らい、勉学に励み、競争し、同じ釜の飯を食べた仲間だ。君達の世話になった先輩達を思い浮かべて欲しい。君達が指導した後輩達を思い浮かべて欲しい。彼らは同じ場所で同じ時を過ごした仲間だ。そして君たちの場合はそれだけではない、手を取り合い共に内戦を乗り越えた戦友達でもある」

 

 その言葉に生徒たちは互いの顔をちらりと見る。あるいは家族よりも濃い時間を過ごしたかもしれない血は繋がっていない、されど確かな絆で結ばれた友の姿をその目に焼きつける。

 

「多くの者が、卒業して離れ離れになるだろう。

 四六時中顔を見合わせていた今までとは違い、そう簡単に会う事はできなくなるだろう。

 だが、それでも一度紡いだ絆というのは、その程度で壊れたりするようなものではない。

 そのかけがえのない絆は、きっと君たちのこれからを照らし続けてくれる。

 辛い時も悲しい時も諦めかけたその時も、その“財産”は君たちの心をきっと支えてくれる」

 

 自分自身にもそんな財産があるのだと証明するかのような誇らしさを宿しながらオリビエは続けていく。

 そして打って変わってどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「そうだな、それでも駄目なら君たちの頼れる恩師達に相談しに来ればいい。

 かくいう私もそこに居る学院長には卒業後も何度もお世話になったのだからね。

 ただし、余り高いものを奢ってもらえることを期待してはいけないよ?

 何せ君たち皆が一斉におしかけたら、先生方が破産してしまうからね。

 むしろ、君たちの方が学生時代の恩返しに先生方に奢る位の気概を持つように♪」

 

 くすくす、と幾人かの学生達の間で堪えた笑いが漏れ、教官達もまた苦笑を浮かべる。

 

「さて長話につきあわされてうんざりしてきた者たちも居るだろうから、この辺りで切り上げさせてもらうとしよう。

 最後に改めてーーー卒業おめでとう。君たちのこれから先の人生に空の女神の祝福と獅子心皇帝の導きがあらんことを」

 

 そうして最後にオリビエは人好きのする微笑みを浮かべて締めくくる。

 教官も生徒たちもその場にで起立して最敬礼を行うのであった。

 

 そしてそのまま皇族代表として理事長に続き、政府からの代表としてカール・レーグニッツ帝都知事が、財界からの代表としてRFグループのイリーナ・ラインフォルト会長が、そして最後に軍の代表として学院長でもあるウォルフガング・ヴァンダイク大元帥の訓辞が続いて行く。

 

 来賓たちの挨拶が終わると生徒会長へと就任したパトリック・ハイアームズが在校生の代表として送辞を述べる。そこには入学時の傲慢さに満ちた貴族のお坊ちゃんの姿はなく、これからのトールズを託すに足る若獅子としての凛々しさが満ちていた。

 そうして世話になった先輩方、そして好敵手(・・・)であるⅦ組の面々との別れに対する寂寥感を滲ませながらも完璧な送辞を行うのであった。

 

 そして式典の締めくくりとして卒業生代表たる生徒会会長を務めたトワ・ハーシェルが壇上へと登る。首席であるリィンの方が相応しいのではないかという意見も出たが、他ならぬ当人が「自分たち220期生の代表として最も相応しいのは自分ではなく、内戦の最中でも生徒会長として在校生を纏めていた彼女だ」と主張したために結局トワへとなった。

 

「春の訪れを迎える中で、我々トールズ士官学院第220期生総勢190名は無事卒業する事が出来ました」

 

入学時に入学生代表として挨拶を行った少女はそう緊張しながらも堂々とした様子で挨拶を行う。体躯については入学時とほとんど変わらなかった彼女だが、中身はそうではない。多くの経験を経て立派に成長を遂げた彼女は、卒業後帝国副宰相の秘書官への就任が決定している、紛れもないこの世代を代表する才女だ。

 あるいはそれこそ数十年先には帝国の歴史上でも初となる平民出身の女性の宰相の誕生とてあり得るかもしれない程の。

 

「思えば、この士官学校に入学した日がつい最近の事のように思えます。

 『世の礎たるために』そんな理想に燃え、この学校の門を叩いた私達を待ち構えていたのは厳しく、激しい教練の日々でした」

 

 トールズ士官学院は士官学校として見れば驚きの自由さ、中央士官学院出身者に言わせれば緩さ、を持つ学校だがそれでも軍へと士官を輩出する歴とした軍学校である。当然基礎的な体力面については入学時から徹底的に鍛え上げられる。

 そうして腕に覚えのない者は終わればしばらくは泥のように眠る事になり、覚えのある者でもヘトヘトになり、一部の変態は平然とした様子で終わった後も自習を行う、基礎訓練を専門的な講義の傍らで一年間徹底的に行う。そうして2年になると、ようやく準備は整ったとばかりに待っているのが大半の生徒が二度とやりたくないと口にする事になる行軍訓練だ。

 

 3000セルジュの道のりになる峻嶮な大自然の中をクラスの別無く全員で行軍する事となるそれは、まさしく地獄でも生ぬるい痛苦を味わう一大イベントにしてこの国を担っていく俊英たちに課せられる洗礼だ。30キロの重さの背嚢を背負いながら、山を登り、川を横断し、森を抜け、湿地を進んだ。そして、ナイトハルト教官が言うところ「これはピクニックではない」以上、当然その程度では終わらない。

 

 行軍の途上に於いて正規軍のレンジャー部隊や山岳戦部隊、狙撃部隊が襲撃を掛けてくるので警備をし、これの迎撃をしなければならないのだ。しかもこの襲撃部隊は一部の腕利き頼りとなることを防ぐために、きっちりそうした一部の突出した腕利き達には専用の精鋭をあてがうように編成されているーーーリィンたちの代ではリィンにナイトハルト教官が、クロウにサラ教官が、フリーデルとアンゼリカにベアトリクス教官が差し向けられる事となった。この際特にベアトリクス教官の相手をする事となった両名は狙撃手に遠距離から一方的に蹂躙されるという恐怖を味わい、怖いものなどないかのような女傑二人が「ベアトリクス教官だけは怒らせてはいけない」と口を揃えて言う様になる決して消える事のない畏怖を植え付けられる事となった。

 当然、そんな中で貴族だの平民だのといがみ合っていられるはずもない、死力を尽くして一致団結をする必要へと差し迫られる。そんなこんなで2年の始まりでこの心温まるイベントを経験した後には、大半の生徒は貴族だの平民だのと言った事への拘りは大分薄れ、共に地獄をくぐり抜けた戦友という意識が強くなりだす。

 

 そうして二年になると軍の幹部候補生としての育成という側面が徐々に強くなりだす。士官に最も重要な戦略と戦術、そして指導力も徹底的に鍛えられた。教本の丸暗記は基本であり、そうした基礎という土台の上でどう思考するか対応するかの応用力を問われた。一年生が入学して後輩が出来ると、今度はその後輩たちを育成する手腕を図られる事となる。言われた事をきちんとこなせるようになる基礎を一年時に徹底的に叩き込み、二年時からは士官として自発的に行動できる積極性や自律能力、応用力を問う、それがトールズ士官学院の基本的な育成方針だ。

 

「しかし、そのような中にあっても私達には教官方の厳しくも、博識に富んだ温かな指導、導いてくれる先輩方、そして何よりも共に戦うかけがえの無い級友達がいました。私達は共に支え合い、競い合い、高め合い、無事今日という日を迎えることが出来たのです」

 

 当然そんなスパルタに誰もが平然と付いていけるわけではない。

 故郷の誇りとして意気揚々と送り出された新入生が、周囲と講義の余りのレベルの高さに挫折して、そのまま退学するというケースも毎年数名程度は出るのが実情だ。

 しかし、今世代ではついに一人の脱落者を出すこともなく全員が無事に卒業するという快挙を成し遂げることが出来た。

 そしてその原動力となったのは間違いなく、今壇上にて挨拶している220期生の代表である生徒会長も務めた少女に相違なかった。

 優秀な人間にありがちな傲慢さなど欠片も有していない彼女は親身にそんな生徒に寄り添い、手を差し伸べ続けた。だからこそ、第220期生は今、誰一人として欠ける事無く門出の日を迎えることが出来たのだ。

 それはトールズ士官学院の長き歴史の中でも屈指の女傑たるかの黄金の羅刹でも為し得なかった快挙である。

 

「教官の皆様、本当にありがとうございました。貴方方の指導のおかげで今日と言う日を迎える事が出来ました。本校には経験に富み、多くの知識を有し、厳しさと思いやりを持った教官方が数多くおります。帝国においても指折りの教官である皆さまの指導を受けられたのは我々の誇りです」

 

 お世辞ではない心からの誠意の籠もった礼の言葉。

 それを受けて雛鳥達を見守り続けた教官達の瞳に涙が浮かび始める。

 教官から見て、220期生は本当に手のかかる世代だった。

 かの鉄血宰相の実子ということで貴族生徒と喧嘩を繰り広げたリィン。

 規則破りの常習犯たるアンゼリカにクロウと彼らの記憶の中でも一際手のかかる問題児の多い世代だったのだ。

 だが、そんな手のかかるような生徒程可愛くなるのが教師心というもの。

 そんな未熟だった彼らがーーー帝都において憎悪をぶつけ合い本気の死闘を演じた二人が、こうしてまた肩を並べて巣立ちの日を迎えられたことが、彼らにとっては何よりも嬉しかった。

 内戦という悲劇の最中、国中が平民と貴族の二つに別れる中、有角の獅子の紋章を掲げる者として手を携えたこの教え子たちのなんと眩しく誇らしかった事かと。

 そしてそれは特科クラスⅦ組の面々も同じだ。理事長の肝いりで平民と貴族の別なく集められた少数精鋭の試験クラス。

 発足した当初は諍いが絶えず、また放蕩皇子の戯れだと揶揄するような声も存在した。

 しかし、結果を見ればそれは大成功だったのだろう、皇子の思い描いた理想を体現するかのように彼らは立場の違いを超えてかけがえの無い絆で結ばれ、大きく成長したのだから。

 それこそあの地獄すら生温いような、圧縮カリキュラムを全員が見事こなし合格して、一年で巣立ちの時を迎える程に。

 

「今日まで私達は守られる存在でありました。ですが今日この日、この瞬間より私達は世の礎を築く一員となります。きっと若輩者の私達には多くの苦難が待ち受けているでしょう。守られ、導かれる側から、守り、導く側へと変わるその重さに身動きが取れなくなる時も出てくるかもしれません。

 ですが、そんな中でもこの学校で得た多くの財産を支えに、有角の獅子の紋章を掲げる者として誇りと共に進んでいく事を改めて誓います。…最後に改めて我々を今日この日まで守り支えて頂いた全ての人に感謝を捧げます。本当にありがとうございました」

 

 深々とした御辞宜に全ての人々が拍手で答える。

 

 「国歌斉唱!」

 

 式典の最後の最後、ハインリッヒ教頭が叫ぶように通達する。その目には大粒の涙が溢れていた。

 メアリー教官指揮の下吹奏楽部の伴奏が流れ出し、それに合わせて誰もが誇らしさと共に歌い出す。

 

 そんな最中であった。

 

「うわああああああああああん!!」

 

 ダムが決壊したかのように大きな泣き声が挙がり出す。

 「今まで自分は泣いたことなど無い」そう言っていたミリアム・オライオンが生まれてから初めての涙を流し始めたのだ。

 かけがえの無い仲間との黄金色に輝いていた時間、それが終わる寂寥感を前にして。

 

 それがきっかけであった。

 涙を堪えていたⅦ組の面々、そして卒業生たちの瞳から涙が溢れ出し、軍学校の卒業式に相応しい力強さに満ちていた歌声に嗚咽が混じり出す。

 理解している、これが今生の別れなどではない事は。

 信じている、紡いだ絆はそう容易く壊れるものではない事を。

 

 されど、それでも胸の内より溢れてくるこの寂寥感はどうしようもない。

 時に喧嘩をして二度と顔も見たくないと思った時もあったーーーされどいざ別れの時を迎えてみればどうしようもなく寂しい。

 そんな最中リィンは雄々しく歌い続ける。これは次にまた大きく成長して、再会するための旅立ちなのだと示すかのように。

 「泣くな友よ。輝く未来を掴むために、今こそ羽ばたく時なのだと」そう示すかのように。

 生きていれば、きっとまた会えるのだからと。

 

 やがて数百人の学生、教官、来賓たる保護者や関係者による合唱が静かに終わる。一瞬の沈黙が訪れて

 

 次の瞬間、泣きじゃくるトワに代わってリィンが大きな声を張り上げた。

 

「総員解散!」

 

「「「解散!!!」」」

 

 その号令と共に卒業生たちは打ち合わせていたかの如く学生用の軍帽を一斉に空へと投げ捨てた。

 軍帽が投げつけられた空の色は、女神が旅立ちを祝福しているかのようにどこまでも青く澄んでいた……

  


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