(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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原作ではロラン・ヴァンダールはリアンヌさんに出会う前に命を落としていますが、この作品ではリアンヌさんとしばらく肩を並べて戦った戦友という事となっています。
そしてアルゼイドの開祖はリアンヌさんが率いた鉄機隊の副長だった。この意味がわかりますね?

つまり、リアンヌさんはヴァンダールの剣もアルゼイドの剣も知り尽くしているということです。
共に戦場を駆け抜けた片や戦友の片や腹心の部下が使っていた剣であり、興した流派なわけですから。
しかもそこに愛する人を呪いから解き放つというモチベにより行われた200年の修練が加わって、盟友であったロゼにさえ頼らずに単騎で黒を打倒する覚悟を持つ。
やべぇよこの聖女、マジでどうやったら倒せるんだよ。


頂きを目指して

 

 士官学校卒業式典御約束の帽子投げの後、最後のHRが各クラスの教室で行われると非公式の学校内打上パーティーが夕方から始まった。講堂の中には2年間育ち盛りの学生たちのために腕を振るい続けてくれたラムゼイ氏が第1学生寮の使用人たちとも協力して作った大量の料理が並ぶ。そして其処では卒業生の大半と在校生に保護者、教官達が集まって無礼講のどんちゃん騒ぎに興じる。

 

 そしてその席でリィンもまた多くの友人達との語らいを行っていた。

 リィンだけではない、クロウもジョルジュもアンゼリカもトワも、5人での語らいは昨日行ったため、今日この時はそれぞれ別れて顔を出していた。

 

「なんだかんだで、こうして顔を合わせてちゃんと話をするのってかなり久しぶりじゃないかしら?」

 

 220期生のマドンナ的存在にしてトワ、アンゼリカに続く3人目の友人であるフリーデル・フェルデンツは多くの男を虜にした微笑を浮かべながら親しげに語りかける。

 

「ああ、そういえばそうだな。

 カレル離宮奪還作戦の前に話したあの時以来か?」

 

「そうそう、あの時は私達も教官方も皆驚いたわよ。

 ようやく帰ってきたと思ったらいきなり皆が見ている目の前で堂々とプロポーズするんだもの。

 在学中に婚約して、卒業式の一週間後すぐに結婚式をやる学生だなんてそうそう居ないんじゃないかしら?

 卒業して離れ離れになるカップルが卒業式の後に婚約まで取り付けるってのは結構あるみたいだけど」

 

「まあ確かに。結婚に関しては士官に任官してある程度やっていけるような自信がついてから、というのが普通(・・)だろうな。

 だが別に普通(・・)であることが正しいというわけでもないしな」

 

「ま、確かにそれはそうよね。

 成人もしないうちに十七勇士に列席されて准将になるような人に普通は(・・・)なんて言葉は意味ないか。

 あーあ、入学した時は互角とまでは言えないにしてもそれなりに渡り合えていた自信あったのになぁ。

 クロウはクロウでふざけた事に三味線引いていたみたいだし、220期生四傑なんて言われていたのに随分と差を付けられちゃったなぁ」

 

 フリーデルはそう肩を竦めながら告げるが、そこにライバルに対する嫉妬や焦りといった昏い感情は全く以て含まれていない。

 どこまでも快活に笑いながら、事実を事実として見据える凛とした強さがそこには宿っていた。

 

「でも、何時までもそうは行かないわよ。

 必ず追いついてみせるわ、貴方のライバルとしてね」

 

 不敵な笑みを浮かべながら叩きつけられるのはどこまでも清澄なる闘気。

 それを受けてリィンもまた笑みを浮かべて

 

「ああ、楽しみにしているよ。だが、そう安々とは行かせん。

 俺とてまだまだ途上の身。再会する時には更に強くなって居るさ」

 

「既にヴァンダールの皆伝で理に至ったのにまだ強くなるって……もしかしてルグィン伯みたいにアルゼイドとヴァンダ-ル双方の流派を収めて、新たな流派の開祖にでもなる気?」

 

「ああ、それも良いかもしれんな。ちょうどかの光の剣匠が我が部隊の副司令官に就任する事だし、教えを乞うにはまたとない機会だ」

 

 冗談のつもりで告げたフリーデルの言葉、それを聞いてリィンは素晴らしい名案を聞いたかのように眼を輝かせる。

 クロスベルに於いてリィン・オズボーンは自分が理に至ったことで無意識のうちに驕っていた事を痛感させられた。

 理などというのはあくまで通過点に過ぎないのだという事をその身を以て味わったのだ。

 目指すべきはさらなる高み、獅子心十七勇士の筆頭である自分は帝国に於いて最強の使い手である事を求められる。

 ならばこそ、ヴァンダールと双璧を為す、アルゼイドの剣を学ぶというのはこの上ない妙案に思えた。

 

 何よりもリィンの中には奇妙な予感があるのだ。

 今の自分では到底勝つことの出来ぬ、巨大な壁がいずれ立ちはだかってくるのではないかという奇妙な予感。

 受け継ぐだけではなく、そこから発展させねば勝ち目の存在し得ない、理に至った今も尚自分よりもはるか高みに居るであろう至高の存在との激突。それが何れ来るであろうという予感が。

 そしてその時にアルゼイドとヴァンダール、この帝国に存在する二大流派、それを受け継いだだけ(・・・・・・・)の剣では太刀打ち出来ないであろうと。

 故にこそリィンはクロスベルの激突以降、ずっとヴァンダールの開祖たるロラン・ヴァンダールを超える(・・・)自分自身の、リィン・オズボーンの剣を編み出すべく模索を続けていた。

 ヴァンダールの剛剣術、それを双剣術に合わせんと試みた。風の剣聖との戦いでその身で味わい、目に焼き付けた八葉の剣、それを取り込めないかと試みた。

 どちらも少しずつだが成果は挙げつつある。しかし、それでもおそらくまだ届かない(・・・・)

 故にこそかの光の剣匠よりアルゼイドの剣を授かる事、それはまさしくリィンにとっては天啓にも等しい光明であったのだ。

 

「え、いや、ちょっと嘘本気?

 ただでさえスピード出世して死ぬほど忙しいはずなのに、この上アルゼイドの剣まで学ぼうだなんて。

 新婚の人間がやろうとする事じゃないわよそれ」

 

 リィン・オズボーンはわずか半年の間に少尉から准将まで駆け上がった。

 それは彼の才幹と実績が為し得たものではあるが、それにしても急激過ぎる出世を果たしたリィンには本来ゆっくりと駆け上がりながら積むはずだった尉官、佐官時代の経験というものがごっそりと抜け落ちている状態になる。

 それを補うためにも彼は司令官の任をこなしながらも、様々な事を部下達から(・・・・・)学ばなければ行けないのだ。

 そこに更にアルゼイドの剣を学ぶ時間が加わるともなれば、もはやそれは人間ではこなすことが不可能な過密スケジュールとなるだろう。

 

「本気さ。かの黄金の羅刹殿に出来たのだ、俺に不可能という道理もあるまい」

 

 しかし、リィン・オズボーンはひるまない。

 ヴァンダールとアルゼイド、双方を修めた先駆者は既に居るのだから臆する事はあるまいと必要であるならばやるだけだと覇気に満ち溢れた様子で正気の沙汰とは思えない難行に平然と挑まんとしている。

 

「やれやれ、これは私も気合を入れないと差を詰めるどころか広がる一方になっちゃうわね」

 

 剣友の飽くなき覇気、それを目の当たりにしてフリーデルは改めて自分の追いつかんとする背中の遠さに思いを馳せ苦笑を浮かべる。しかし、すぐさま不敵な笑みを浮かべて

 

「でも、それでこそ(・・・・・)よ。必ず私もそこに至ってみせるわ」

 

 置いてゆかれたままで居るつもりはないとその清廉な闘志を叩きつけ、笑顔で手を差し出す。

 

「改めて、ありがとうリィン君。貴方と会えて良かったわ」

 

「こちらこそ。君と剣を交える時間は心地よい時間であり、今の俺を構成する大切な血肉の一つだ。

 成長した君と再び互いの剣技をぶつけ合う、その時を楽しみにしているよ」

 

 交わされたのは固い握手。

 リィン・オズボーンとフリーデル・フェルデンツ、共に美男美女であり、在学時にはその手の噂が流れた事もある二人は結局色っぽい雰囲気など欠片も見せず、ただ剣友としての再戦を誓って別れの挨拶を済ませるのであった。

 

・・・

 

「グスッ……ヒック……」

 

 会場の一角。そこでその少女は常の快活な様子をどこかへやり、普段ならば一目散に目を輝かせながら飛び込むであろうご馳走の山にもありつかずに、すすり泣き続けていた。

 彼女の名はミリアム・オライオン、生まれてから泣いた事などなかった少女である。ーーー大切な仲間たちと初めて経験した学生生活との別れを告げる今日この日までは。

 

「……いい加減、泣き止んだらどうだ。らしくもない」

 

 ぶっきらぼうながらも確かな温かみをその言葉の奥に宿し、ユーシス・アルバレアは告げる。

 

「別にこれでずっとお別れってわけじゃないんだから、ね?」

 

「ほ、ほらミリアムちゃん。ラムゼイさん秘伝のアップルパイですよ。とっても美味しそうですよ」

 

 そしてそんなミリアムをアリサとエマはまるで妹を宥める姉のような様子で元気づけんと必死に気遣う。

 しかし、餌付けという何時もなら彼女に対する特効として働くものを前にしてもフルフルと首を振りながら泣き止まないその様は彼女の重症さを証明していた。

 どうしたものかと困ったような空気がⅦ組のメンバーの中で流れ出す。

 ーーーなにより別れを前にして哀しみを覚えているのは何もミリアムだけではないのだ。

 こうして、明朗快活を絵に描いたような少女が泣いている姿を見ていると彼らもまた釣られて泣き出してしまいそうで……

 

「初めてだな、お前がそんな風に泣いたりするのは」

 

 優しげな声が響く。

 その声はどこまでも、妹を愛する兄としての深い慈しみに満ちていて

 

「泣きたいのなら思う存分に泣くと良い。

 それだけお前にとって彼らと過ごす日々が掛け替えの無いものだったという事なんだろう?

 兄として俺が胸を貸してやるさ」

 

 そうしてリィンは可愛らしい義妹を優しく抱きしめてやる。

 するとミリアムは再び堰を切ったように大泣きしだして……

 

「僕やだよ!皆と別れたくなんか無いよ!ずっと皆と一緒に居たいよ!卒業なんかしたくないよ!!!」

 

 涙でリィンの纏った制服、それをぐしょぐしょに汚しながらも泣き続ける。

 そこに天真爛漫な中にもシビアな冷徹さを宿した情報局員としての姿はない。

 どこまでも、大好きな友達と別れるのを嫌がる年相応の子供の姿がそこにあった。

 そうしてミリアム・オライオンはしばらく義兄であるリィンに優しく抱きしめられながら、泣き続けるのであった……

 

・・・

 

「グスッ……えへへ、泣くってこういう事なんだね。

 すっごく悲しくて、胸が張り裂けそうになる位痛くて。

 でも、泣き終わるとなんだかどこかスッキリした気持ちになる。

 こんな気持ち、僕、初めてだよ」

 

 目を赤くはらした状態でミリアムは何時ものように朗らかに笑う。

 

「良かったな。それは紛れもない成長の証だ。お前は以前に比べて、その涙の分だけ大人になれたという事だ」

 

 優しく、愛を込めてリィンはミリアムの頭を撫でてやる。

 その優しい感触にミリアムは嬉しそうに目を細めて

 

「ニシシ、この調子で行けば僕もその内クレアみたいな大人の女(・・・・)になれるかな」

 

「義姉さんのようにかは知らんが、なれるだろうさ。

 お前は俺達の義妹であり、アルティナの義姉なんだからな。

 義姉として義妹にはカッコいいところを見せないとならないだろう?」

 

「そうだよね!僕はもうお姉ちゃんなんだもんね!

 よーし、そうなればバインバインな色気たっぷりの大人の女になるために栄養を一杯取るぞーー!!!」

 

 その言葉を残し、ミリアムは常のような溌剌さは取り戻し、山盛りのご馳走が並んだテーブルへと駆け出して行く。

 そんな義妹の姿をどこまでも優しさに満ちた視線で見送った後にリィンは頼もしい後輩たちの方を向き

 

「改めて、お前たちにはミリアムが随分と世話になったみたいだな。

 まさかあいつが別れが哀しくて泣き出すなんてな。よっぽどⅦ組での日々が楽しかったみたいだ。

 色々と立場の違いも出てきて難しいかもしれんが、今後も義妹と仲良くしてやってくれると有り難い」

 

「ふん、改めて言われるまでもない」

 

「貴族だとか平民だとか、魔女だとか猟兵だとか鉄血の子供だのと言った出自や立場の違いなんて僕らの前では些細な(・・・)事ですよ」

 

「ああ、俺達はⅦ組(・・)なのだから」

 

「そうか……」

 

 何を当然の事を改めて言っているんだと言わんばかりの後輩たちの応答。

 それを前にしてリィンは感慨深い思いを抱き頷いた後にどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「いやはや、随分と成長したものだ。

 相手が貴族だからという理由で噛み付いていた男がそんな風に言うようになるとはな。

 俺もトワも色々と苦労した甲斐があったというものだ」

 

 その言葉が放たれた瞬間、その場に居合わせた者たちは皆マキアスの方へと視線を向けて……

 

「あははは、そうだったそうだった。マキアスと来たら入学したばかりの時は本当にユーシスと喧嘩してばっかりだったもんね」

 

「むぐっ……た、確かに入学したばかりの時はクラスで一番未熟だったという自覚はあるが……」

 

「まあ気にするな。若さゆえの過ちというのは誰とてあるものだ」

 

「ああ、そう言ってもらえると……ってだからなんで君はそう何時もそんなに偉そうなんだ!

 僕に非があった事は認めるが、君のその態度にだって原因がなかったわけじゃないだろう!!!」

 

「うんうん、二人共本当に成長した。私も実に感慨深い」

 

「フィーちゃん、私としてはその言葉。授業中に寝てばかり居たフィーちゃんの方にこそ言いたいんですけど?

 本当にこの3ヶ月、フィーちゃんを卒業させるために私達がどれだけ苦労した事か……」

 

 うふふふと笑いながらも静かなプレッシャーを放つエマのその様子にフィーは冷や汗を垂らして

 

「……委員長様におかれましてはご苦労をお掛けして大変申し訳無いと思うと共にそのご助力に心からの感謝を捧げる所存でございます」

 

 深々と頭を下げる。先程までのしんみりした空気はどこへ行ったのやら、すっかり元気さを取り戻してご馳走を抱えたミリアムも戻り、Ⅶ組の面々は賑やかな時間を過ごして行く。

 

「ラウラ、確か君は卒業後ヴィクター卿の下でアルゼイドの奥義の伝授を受ける予定だったな?」

 

 そんな最中、リィンは先程聞いた名案を実行に移すべくラウラへと話しかけていた。

 

「その通りですが、それが何か?」

 

「実は君に頼みたいことがあってなーーーその奥義の伝授、俺も受けさせて欲しいんだ」

 

 告げられたリィンの言葉にラウラは目を丸くした後に続いて困惑した表情を浮かべる。

 

「し、しかしリィン先輩は既にヴァンダ-ルの皆伝にして理へと至った身。

 父上にもひけをとらない腕をお持ちでしょう、この上アルゼイドの剣まで学ぶ理由などーーー」

 

 “理”それは武の至境とされる武芸者の到達点。

 未だ中伝の身たるラウラにとっては文字通りの遥か彼方にある頂きである。

 そんな頂へと自分と同じ年で有りながら、目前の人物は至っている。

 この上、アルゼイドの剣まで学ばんとする意図がラウラには見えず困惑する。

 

「理など通過点に過ぎんよ。その事を俺はクロスベルで痛感させられた。

 そして更に上を目指すには、ヴァンダールと双璧を為すアルゼイドの剣。

 それを学ぶのが最良だと判断した」

 

 返されたのは飽くなき覇気。

 どこまでも上を目指さんとする挑戦者(・・・)の気概だ。

 

「それで、どうかな?

 無論ヴィクター卿には直接俺からも頼むが、改めて君の方からも頼んでもらえればより効果的だと思ってな」

 

「……一つだけ、お聞かせ頂きたい。

 貴方はそうして手に入れた力を何のために振るうおつもりか」

 

 これだけは問うておかねばならぬとラウラは告げる。

 鉄血宰相の後継者にして鉄血の子ども筆頭、それが目前の人物だ。

 恩義はある、尊敬もしている。

 されど、今一度何のために目前の人物が戦わんとしているか、それを見極めなければならないと意を決して。

 

「愚問だな。私は皇帝陛下直属の騎士。当然私がその剣を振るうのは何時だとて偉大なる皇帝陛下の為さ。

 そしてその上で、愛する祖国とそこに住まう民、そして大切な人を必ずや守り抜くため。

 ーーー私が力を求めているのはそんなささやかな理由だよ。

 まあ剣の道を極めたいという武人としての性が全く無いとは言えんがね」

 

 返されたのはどこまでも清澄で高潔な意志。

 そこには陶酔も狂気も一辺たりとも混じっていなかった。

 

「……承知いたしました。

 そういう事であれば、私の方からも父に頼んでみます。

 こちらとしてもリィン先輩ほどの方と剣を合わせる機会が得られるのは願ってもない事ですから」

 

 故にラウラ・S・アルゼイドも笑顔を浮かべながら、その先輩よりの頼み事を快く受け入れるのであった。

 きっと自分たちが足掻きながら辿り着こうとしている場所は、描く軌跡は異なれど同じところなのだと信じて……

 




黄金の羅刹「つまり灰色の騎士殿はヴァンダールとアルゼイド、双方に於いて私の弟弟子となるという事。これはもはや我が義弟と言っても過言ではあるまい?」
氷の乙女「」

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