(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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ヴィンセント様のイメージは暗い過去がなかった場合のオリビエ


宿命のライバル

「ぜぇぜぇ……久しいな、我が宿命のライバルよ」

 

 息も絶え絶えと言った様子で自称リィンの宿命のライバルたるヴィンセント・フロラルドはそれでも必死に体裁を整えて優雅、と本人は信じ切っている様子で大仰にリィンへと挨拶する。

 

「あ、ああ……随分とボロボロの状態だが大丈夫なのか?」

 

「問題ない……華麗なる薔薇の周りにその輝きに惹かれる者たちが集まってくるのは宿業というもの。そうだ、今日で彼女とは離れ離れになるのだから問題ない問題ない、何も問題はない」

 

 血走った目で言い放つそこには華麗さは微塵も存在しておらず、ただ恐怖に満ちていた。

 

「と、兎にも角にもだ。我が宿命のライバルよ。

 改めて私は君に宣戦布告して置こうと思ってね」

 

「宣戦布告?」

 

「ああ、結局私は学生時代君に勝つことが出来なかった。

 座学でも実技でも入学当時から常に君は私の上を行き、今や君は帝国の若き英雄だ。

 随分と差は付けられてしまったとそう認めざるを得ない」

 

真剣そのものの様子でヴィンセント・フロラルドは告げる。

 ヴィンセントとリィンの因縁は入学時の成績と武術の授業に起因する。

 リィンが次席であったのに対してヴィンセントは三位に位置していた。

 そして首席であるトワはあの通りの容姿と性格なのも相まって、実技の時間で真っ向勝負にてリィンに敗北したヴィンセントは彼を宿命のライバルと見定めて、競い続けていた。

 しかし、ヴィンセントがリィンに勝つ事はついぞなかった。

 そうして今やリィン・オズボーンは若き英雄にしてアルノールの守護神とも謳われる皇帝直属の筆頭騎士。

 自信家のヴィンセントと言えど、流石にこれで自分と目前のライバルが対等等と言える程に自惚れては居ない。

 

「しかし、必ずや私は君に追いついてみせよう。

 そう、何故ならば私達の本当の戦いはこれからなのだから。

 オリヴァルト殿下の仰っていた通り、今帝国は大きな変革の時は迎えつつ有る。

 多くの貴族が苦境に喘ぎ、貴族の何たるかを忘れてしまっている。

 だが、そんな中だからこそ私は気高き薔薇として在り続けよう。

 崩れ行く《ノブレス・オブリージェ》、そんな最中で我がフロラルド家に忠節を尽くす臣下、そして領民たちが激動の時代の最中、自らの道を見失う事無く、諸君の寄って立つ場所は此処にあるのだと証明するためにも。

 煌めく宝石の輝きは、決して磨き抜かれた鋼鉄の輝きに劣るものではないと証明するためにもな」

 

 そこでヴィンセントは常の仰々しく芝居がかった様子とは異なる真剣そのものの様子を見せて

 

「故に君も心しておく事だ。

 もしも君が、いや君たち親子が祖国の道を誤らせんとしたその時は、必ずやこの私が止めてみせよう。

 誇り高きフロラルド伯爵家の長子としてな。

 ーーーそのような未来が訪れる事無く、君とは生涯の好敵手として競い合い続ける事が出来る事を心から祈っているよ、リィン(・・・)

 

「ああ、心しておこうヴィンセント(・・・・・・)。」

 

 そしてそんな目前の好敵手(・・・)の姿にリィンも表情を綻ばせながら頷く。

 その言葉の中に確かな誇りを感じ取り、敬意と共に。

 そうして二人は固い握手を交わし合う。緊張感と敬意が同居した好敵手としての関係も存在するのだと証明するかのように。

 友とは何も肩を並べて共に歩んでいく事を指すのではないのだという事を示すかのように……

 

 

 

 

 

「ところでリィン、その女性に一方的な好意を抱かれて熱烈なアプローチをかけられている際に上手い具合に断る方法はないだろうか?」

 

 先程までの気高き真の貴族から一転、藁にもすがるような思いでヴィンセントは弱り果てた様子で告げる。

 

「……誠意を以て断るしか無いんじゃないか」

 

 リィンが告げるのはそんな一般論。

 トワとの結婚が決まっているリィンだが、彼の場合はトワ以外の女性との交際経験など無く男女間の機微など不得手中の不得手である。

 一般論を告げる事くらいしか出来る事など無いのである。

 

「断っているつもりなのだ。だが、相手はまるで聞き耳を持たず何故だか照れ隠しだと受け取ってしまうのだ」

 

「ああ……」

 

 瞬間リィンの頭に過るのは毎度邂逅する度に麻薬でも使っているのではないかと疑うようなテンションで勝手に盛り上がって、わけのわからない妄言ばかりを告げてくる血のように真赤な髪を持った少女の皮を被った戦鬼の姿。

 

「まあ、そのなんだ、強く生きろよ。曰く薔薇の華麗さに惹かれて人が集まるのは当然、なんだろ?

 向こうがわかってくれるまで丁重に断り続けるしか無いだろう。本当の本気で嫌だというのなら、公的な機関に頼るのも一つの手では有ると思うぞ?」

 

 なお、リィンに関して言えば彼に執心な少女はそこらの兵士如き歯牙にもかけず蹴散らすためにリィン自身が対処する以外に手は無い。

 熱烈な崇拝者や追っかけが発生するのは英雄の持つ宿命と言えるのものなので致し方ない事である。

 

「む、むぅしかし……彼女に悪意は無いし、私を本気で慕ってくれている事も伝わるからな……流石にそこまでするのは少々気が咎めるのだよ……」

 

 醜聞に対してはとにかく敏感なのが貴族社会というものだ。

 伯爵家の嫡男に一方的に言い寄り続けた挙げ句、罰を受ける事になった男爵家の令嬢の先行きがどうなるか等推して知るべしである。

 マルガリータ・ドレスデンは確かに色々(・・)強烈(・・)な女性で交際するというのは遠慮したいところであるが、何もそこまで追い詰める事などヴィンセントは望んでいない。

 

「ククク、お困りみたいだな。しゃあねぇ、役立たずのそこの童貞に代わって経験豊富な俺が相談に乗ってやろうじゃねぇか」

 

 颯爽とした様子で現れたのは百戦錬磨を自称するクロウ・アームブラスト。

 悪友のその発言にもうじき童貞を卒業する事となる男は多少はイラッとしたものの受け流す。こと女性関係に関しては自分は不得手であるという自覚があるが故に。

 

 実際三枚目の印象が強いクロウであるが、百戦錬磨を自称するだけあって220期生の中ではアンゼリカが圧倒的過ぎて霞んでいるところがあるが、女性人気はかなりのものである。

 顔立ちは整っているし、不良ではあったものの決して頭が悪いわけではないし、気さくで世慣れた遊び人なその様子は結婚相手としてはともかく、遊び相手としては色々な意味で最適だからである。ある女子生徒曰く「ときおり見せるどこか影のあるその様子もギャップ萌えでたまらない」との事である。

 

 ちなみにヴィンセントはヴィンセントでとかく三枚目な印象が強いが、名門伯爵家の嫡男であり、文武両道であり、性格にしても自信家ではあるものの決して傲慢ではないため貴族社会に於いては屈指の良物件と言って良く、華麗なる薔薇に惹き寄せられた人物は結構な数で存在したのである。

 

 そんなわけで、今この場に集った男の中で女性関係が一番慎ましいのはリィンであろう。

 二人の義姉と義妹が一人で、更に数ヶ月前にもう一人義妹が加わった事で女性との接し方が決してわからずしどろもどろになるということはないのだが、元より服を来て歩く規則だの鋼鉄の戦車だのと言われるストイックな男で、煩悩に惑わされそうになった時は道場で地獄の修練を受けるという筋金入りの男である。

 加えて、入学時からずっと行動を共にして通常時は厳しさの中に優しさを見せる男が、その少女に対しては優しさの中に時折厳しさを見せるというあからさまなまでに普段に比べて優しい表情を浮かべていれば、大抵の女性はそういう対象としては見ないだろう。

 

 戦いに於いては既に百戦錬磨と言っていい英雄であったが、この手の分野に関して言えばクロウ・アームブラストに後塵を喫している事は明らかであった。最も当人に言わせれば「一番大事な戦いを落としていないのだから、なんら問題ない」という事になるのだが。

 

「良いか、ヴィンセント。女なんてのは成熟した大人ならいざしらず結局のところ大半は、相手を見ているわけじゃなくて自分の中で膨らませた勝手な理想像に恋しているもんなんだよ。

 そうしてちょっと自分の中の膨らませたその理想像から外れた途端「そんな人だと思わなかった」だとか勝手に失望して、あまつさえ「嫌い」だとまで言ってくれるそんな生き物なんだよ」

 

「いや、トワはそんな人間じゃないぞ」

 

 憮然とした様子でリィンは私怨と偏見混じりで女性という存在について語るクロウに抗議する。

 何せそうして幻滅させ、遠ざけるるために色々と行ったというのに結局彼女は自分の事などお見通しだったのだから。

 

「だーてめぇらみたいなのは例外なんだよ!例外!希少例を持ち出して抗議するんじゃねぇよ!」

 

 シッシッと言わんばかりにクロウはやっかみ混じりの態度で乱入した側でありながら、リィンを追い払おうとする。

 そしてそんなクロウの様子を受けてリィンは釈然としない思いを抱えながらも食欲を満たす方針へと転換し始めた。

 トワ・ハーシェルのような少女は希少例なのだと言われてしまえば、それは確かだし、勝手に盛り上がって執拗に迫るストーカーの存在を思えばクロウの言葉にもまあ一理あると思ったからでもあるが、最大の理由はこの手の男女関係に関して自分は門外漢だという自覚があったからでもある。

 

「つーわけでだ、押して駄目なら引いてみろ!此処は一つイメージチェンジで幻滅させる手に出ちゃどうだ」

 

 やはりラムゼイ氏の作る料理は美味い。今日でこれともお別れだと思うと寂しいものがある。

 後でまた正式に礼を言っておこう。特製アップルパイに舌鼓をうちながらリィンはそんな事を思う。

 

「……なるほど、綺麗な薔薇には棘があること。それを彼女へと教えるのだな。ふふふ、感謝するぞクロウ。道が開かれた思いだ」

 

「なーに良いって事よ!」

 

 溺れる中で縋る藁を手に入れたヴィンセントは目を輝かせる。

 かくしてどこか締まらない空気で自身の生涯のライバルとの別れを行ったリィンはその後改めてラムゼイ氏に二年間のお礼を述べ、最後には何時もの面子にⅦ組、そしてサラ教官も加えた状態でフィデリオに記念写真を撮ってもらい、打ち上げを締めくくるのであった。

 

 なお、余談となるがフロラルド伯爵家長子たるヴィンセントとドレスデン男爵家の長女マルガリータの婚約報告を220期生達が聞く事になるのはちょうどこの1年後、221期生の卒業の直後の事であった。

 




トワは人生のパートナー
クロウは相棒
ジョルジュとアンゼリカは生涯の友
フリーデルは剣友
ヴィンセントは生涯のライバル

灰色の騎士が特に仲が良かったのはこの辺り。
友人と呼べる交流があったのは他にも当然居るが、全員やっていたら終わらないのでその辺は割愛。
リッテンハイム?奴はほら一年の頃はともかく2年の途中からはもう格が違いすぎて歯牙にもかけていないので……(原作で言うパトリック枠になれなかった男。むしろヴィンセント様が初期から更生後のパトリック枠)


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