もしも武装錬金の再殺部隊が本気で勝ちに行ったら 作:さいとし
反逆者たち三人には、十分な「脚」があった。戦部たちから逃亡した手際の通り、機動力こそがヴァルキリースカートとモーターギアの特性。サンライトハートも、やや小回りがきかないとはいえ、エネルギー噴射による高速移動が可能だ。
だが、自分たちよりも素早い獲物を狩ることこそが、狩人の本領。匂いをたどるだけでなく、周囲の地形、相手の体力と心理すら読み切った犬飼の追跡術は、確実に三人を追い詰めていた。一箇所に留まれば、動きを止めることすらできない戦部に追いつかれる。そこでてこずれば、さらに円山の包囲を許すことになる。実際には円山は追跡から外れているのだが、逃亡者三人にそれを知る術はない。
無論、斗貴子や剛太も追跡術とその対処法は心得ている。しかし、キャリアが違った。十分に気をつけていたつもりだった彼らは、いつの間にか森の中の盆地、崖に囲まれた『狩場』へと誘導されていた。
最初に異変を感じたのは、地上を走っていた剛太だった。周囲が静かすぎたのだ。獣や鳥の気配が全くしない。薄い霧の中を駆けながらもぼんやりとした違和感を抱いていた剛太は、あるものを発見して背筋が凍った。
鳥の死体。それも、外傷がないものがいくつも地面に転がっている。
「しまった!先輩!罠だ…」
警告の声を、剛太は最後まで発することができなかった。焼け付くような、喉と目の痛み。バランスを崩した剛太は受け身すら取れずに地面に転がった。
「どうした、剛太!」
「大丈夫か!」
梢をかすめて飛んでいたカズキと斗貴子が剛太を助けようと降下する。途端に、彼らも目と肺をやられた。とっさに二人は袖や襟で口を覆う。だが、ガスマスクはもちろんゴーグルもない状態では、ほとんど意味がない。
「サルファマスタード。いわゆるマスタードガスだ」
かろうじて顔を上げた二人の目の前には、平然とした顔で戦部が立っていた。傍らには、二匹のレイビーズ。マスタードガスによる侵食も、激戦の高速治癒の前にはなんの意味もない。もちろん、蛋白質を犯すマスタードガスが武装錬金に影響を与えることもない。
「卑怯と言うか?違うな、お前たちが迂闊なのだ。我々がただ闇雲にお前たちを追っていたと思うのか?」
カズキが歯を食いしばって立ち上がる。レイビーズが姿勢を低くして唸りをあげた。
「斗貴子さん。剛太を抱えて、なんとか逃げて。ここは俺が食い止める」
「殊勝な心掛けだが、無駄なことだ。上を見てみろ」
見上げたカズキと斗貴子の目に飛び込んできたのは、上空からゆっくりと降下してくる無数のバブルケイジだった。マスタードガスは空気より重い。安全な崖の上から、先回りした円山が次々とバブルケイジを放っていたのだ。その傍らには、ガスマスクをした身長の低い影。
ガスマスクの武装錬金「エアリアルオペレーター」でサルファマスタードを散布し続けている、再殺部隊二号隊員の毒島だ。
「身長が削り切られないことに賭けて、突っ切ってみるか? それとも、ガスが漂う地上を装備もなしに奔り、俺とレイビーズから逃げ切ってみるか? どちらも分の悪い勝負だな」
完全なる詰み。逃れようのない包囲と、地面に転がって浅く息をしている仲間たちの姿は、カズキの心を折るのに十分だった。
「武藤カズキ。そのまま動くな。バブルケイジの攻撃を受けろ。貴様さえ仕留めれば、残りの二人には適切な治療を施そう。マスタードガスに中和剤はないが、毒島が肺を洗浄して治療すれば、助かる可能性はある」
たとえ武藤カズキがヴィクター化した人間でも、バブルケイジならば問答無用で消滅させることができる。円山が要、と戦部が言ったのは、その特性ゆえだ。
戦部に突きつけられていた突撃槍の穂先が、ゆっくりと下がっていく。
「斗貴子さんと剛太は、本当に助けてくれるんだな」
「……全力を尽くすことを約束しよう。戦士・武藤」
槍が下がりきり、地面に触れる。その一瞬前。
「駄目だ、カズキ!逃げろ!」
閃光のようなヴァルキリースカートの斬撃が、レイビーズの胴と戦部の両足を輪切りにした。計算外の速度に、初めて戦部が完全な後手に回った。
斗貴子の両足には、モーターギアが装着されていた。ヴァルキリースカートとモーターギアを連携させた、神速の攻撃。全てを注ぎ込んだ最後の加速の後、主人が力尽きたモーターギアは核金に戻った。
「逃げろ!」
「逃すな、根来!」
斗貴子の悲痛な叫びと、戦部の声が重なった。
思わず、斗貴子の方へ手を伸ばしたカズキ。その背後にガスマスクを装備した根来が一瞬で現れた。亜空間への通路を切り拓く武装錬金「シークレットトレイル」。ひたすら反逆者たちを追跡してきた忍が遂に姿を見せ、手にした忍者刀をカズキに突き立てた。
身を投げ出してそれを防ごうとした、斗貴子もろとも。
次で終わりです。