もしも武装錬金の再殺部隊が本気で勝ちに行ったら 作:さいとし
武藤カズキは、津村斗貴子を抱いたまま、微動だにしていなかった。いまだに周囲に満ちているはずのマスタードガスを、気にする様子もない。
その髪が、風もないのにざわりとなびいた。
「!根来は引け!!」
戦部が槍を構え、カズキへと突進した。重量級のホムンクルスをも粉砕する一撃は、しかしあっさりと弾かれた。
黒く染まった、カズキの腕によって。
慟哭。
両目から黒く染まった涙を流し、武藤カズキ=ヴィクターⅢが咆哮した。
同時に、彼の全身が光り始める。エナジードレイン。周囲の生命エネルギーを呑み込む、禁忌の力。錬金戦団が最も恐れた能力だ。
「犬飼!想定Dだ!やれ!」
『待て、戦部!』
思わず叫んだ犬飼に、戦部は怒号で返した。
「何度も言わせるな! 俺はこの『戦士』を仕留めなければならん!」
わずかな躊躇いの後、犬飼は部隊に命じた。
「プランD実行!」
犬飼の持つ犬笛、レイビーズに指令を下すためのキーが吹き鳴らされた。レイビーズの首筋に設置されている安全装置が解除され、覚醒を促す薬剤が投与される。暴走状態となったレイビーズは、犬笛を持っていないもの全てに無差別に襲いかかる。
「だが、こうしてしまえば同じことだ!」
戦部が咆哮と共に再び突進する。カズキの槍が胴を貫くのも構わずにタックルを決めた。そこにレイビーズが襲いかかった。戦部は鯖折りの要領でカズキの両腕を極め、その体を盾にするが、それでもレイビーズの攻撃の幾らかは彼の肉体をも削り取った。
「急げよ、毒島」
呟いた戦部の腕を、カズキが枯れ枝のようにへし折った。急激なヴィクター化が、人外の膂力を彼に与えたのだ。
この程度のダメージなら、激戦の特性ですぐに再生するはずだった。だが、戦部の全身を虚脱感が襲った。腕は再生したものの、力が入らない。元々、激戦の再生はかなりのエネルギーを要する。戦部はホムンクルスの死体を食するという自己暗示の儀式でそれを補ってきたが、ヴィクターⅢのエナジードレインが戦部の全身からエネルギーを奪っているせいで、再生能力にも限界が出てきたのだ。
当然、想定していたことだ。戦部は覚悟を決める。だが、もう少しだけ粘らねばならない。
ヴィクターⅢが、自由になった腕で槍を無造作に振るった。閃光が迸り、レイビーズたちを飲み込んで跡形もなく消滅させた。
『アタシが行く!バブルケイジをまとめてブチ込めば!』
「待て!」
犬飼の制止より早く、円山が崖から身を躍らせた。自由落下の終着点は、ヴィクターⅢ。
だが、そこに到達するよりも遥か手前で、円山の胸にソフトボール大の穴が空いた。周囲から吸い上げた膨大なエネルギーを宿した突撃槍が、その穂先を一瞬で伸ばし、円山を「狙撃」したのだ。敗北を悟る間もなく円山は死に、展開されていたバブルケイジも消滅した。
ヴィクターⅢは槍の穂先を戻すと、そのまま戦部の背を貫いた。内臓が致命的な損傷を受ける。再生は遅々として進まず、戦部は吐血した。それでも力は緩めない。
「まだか、まだなのか!」
『ごめんなさい、ごめんなさい!もう少しなんです!隊長も…』
変声機を使うことも忘れた、毒島の泣き声が無線越しに聞こえる。
再び、戦部の腕が引き千切られる。今度は再生が機能しなかった。遂に体内のエネルギーが尽きたのだ。残った腕に力を込めたものの、ヴィクターⅢはそれを軽々と振り解くと、戦部を地面へ叩きつけた。
「くそ!」
ヴィクターⅢの脚に縋りつき、なんとか動きを止めようとする戦部。しかしヴィクターの持つ槍が、無慈悲に振り上げられた。
「まだだぞ!戦部!」
ヴィクターⅢの右腕が切断された。亜空間から現れた根来が、刀を振るったのだ。
「馬鹿野郎!お前は逃げてろ!俺は再生が効く!」
「強がりは辞めろ。もはや貴殿の武装錬金、機能していまい。無論逃げるとも。こやつをダルマにしてからな…!」
不意打ちを専門とする根来が正面から敵に立ち向かう姿を、戦部は初めて見た。驚くほどに流麗な剣筋。2合と打ち合わない間に、ヴィクターⅢの全身には普通の人間なら致命傷になるだろう傷がいくつも刻まれた。
だが、所詮は蟷螂の斧。
確かに受け流したはずの一撃で、根来の腕が武装錬金ごと消し飛んだ。余波だけでこの威力。戦士長防人の持つ絶対防御の武装錬金・シルバースキンでもなければ、ヴィクター化した相手とは、まともに打ち合うことすらできないのだ。
「ぐぅぅ!」
常人ならばショック死しかねないダメージを受け、なおも根来は闘志を失わなかった。ヴィクターⅢの片足に、身を投げ出すようにして摑みかかる。同時に、戦部の脚搦みがヴィクターのもう片足を捕らえた。
『犬飼さん、いけます!!離れて!』
「いや、ここでいい。円山のように狙撃されるわけにはいかないからな」
毒島の合図。これまで仲間の死に耐えていた犬飼が、隠れていた岩陰から走り出した。手にした焼夷手榴弾のピンが抜かれる。
「毒島。隊長によろしく」
『待って…!』
声は届かなかった。
ヴィクターⅢ、犬飼、戦部、根来を、テルミット反応の閃光が包み込む。さらに、毒島がマスタードガスを変換して放出していた二硫化炭素が引火し、夜明け前の森を白く染めた。
爆発による急激な気圧の変化で、毒島は聴覚を失っていた。なんとか立ち上がり、崖下を見下ろす。炎と煙が渦巻く地獄絵図。しかし、毒島はその中心に人影を認めた。
「そんな!」
ヴィクターⅢは生きていた。しかし、ノーダメージではない。両手両足は炭化し、再生も遅い。だが、周囲がエナジードレインに適した森である以上、しばらくすれば回復してしまう。
「こうなったら私も」
「待て」
毒島の頭に、手が置かれた。
「待たせちまったな」
それだけ言うと、戦士長・火渡は、己の武装錬金を展開した。
ヴィクターⅢの周囲で渦巻いていた炎が、その頭上の一点に集まっていく。周囲の炎と自らの肉体を融合させて瞬間最大五千百度の炎を放つ、焼夷弾の武装錬金。四人の戦士が命を賭して作り上げたこの状況こそ、「ブレイズオブグローリー」が最大の力を発揮する環境だった。
「喰らえ」
放たれた、天を衝くほどの巨大な火柱。それに耐えるだけの力は、ヴィクターⅢにも最早残っていなかった。
その日、敵味方七人の戦士が奥多摩に消えた。その後の物語がどのように進んだのか、もはや知る術は無い。