なんちゃって戦国人のせいでエンゲル係数がやばい   作:ぽぽたろう

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鯛をさばくとたまに貫通する

 

 

 「朋よ、分からぬというのは素晴らしいな!」

 「地上から竜宮に繋がるとは、いや実に愉快」

 

これは警察を呼ぶべきですよね、本格的に。

 

 

 一匹鯛が安かったとほくほくしながら帰って来たら、見知らぬおっさんが二人。

 一人はうっかり回しっぱなしにしていた扇風機の側で、赤と黒のバトン?を回している。何をおやりになりやがられていますか、いやマジで。

 もう一人は洗い物を入れる食器カゴに置いた某犬のガラスコップをなめ回すように見つめていた。いくらなんでもシュールすぎるんじゃなかろうか。

 

 「ずいぶん透明度の高い、いやこれは完全なる透過ギヤマンか。気の抜けた焼き絵が施されているとはいえ、滲まずに象られている……。惜しむべきは器の造りが甘い事か。いやしかし見事なものだ」

 「色のないギヤマンなどザビー教から贈られたものですら無かったな。余も初めて見る」

 

 髷を結ったかなり渋い中年二人が興味深そうにス○ーピーのガラスコップを眺めている私の部屋。警察を呼びたい。かなり本気で。関わりたくない。

 

「実に興味深いな、異郷の朋よ!」

 「ふむ、卿が件の[めぐみ殿]か」

 「……………」

 

 朋は奥ゆかしいのだな!と紫が異常に似合う人が呵々と笑っている。ふたりして威圧感が酷い。頼むからこっち見ないでほしい、お帰り下さい。

 

 「あぁ、卿の事はよく存じているよ。何処とも知らぬ部屋に繋がり、そこの主は錦のごとき馳走を振る舞う、と」

 「……、家康くんの知り合いですか?」

 「知り合い……。ふむ、広義に捉えるならそうとも言える」

 「絆の朋の話は時々聞くな、久秀」

 

 ……絆の友「と」話はじゃないのか。卿と同じまばゆい光を持つものだよ、帝よとゆったり渋い人。

なんだろう、あかん人達が来てしまっているとひしひし感じるんですが。

 

 ……深呼吸一つ。勿論こっそり。相手は仕事の時の客、相手は仕事の時の客、相手は仕事の時の客。威圧感が有ろうと無かろうと、客。よし。

 

 「お二方、先程私の事を知っているとおっしゃりました。では道が閉じる条件も?」

 「ああ、知っているとも!その稀なる腕にて作られる妙なる馳走を頼むぞ」

 「かしこまりました。申し訳ありませんが、ただ今より作らせていただく事になりますので少々お時間を頂きます」

 「勿論だ、じっくりと仕上げるといい」

 「せっかくの時間だ、卿の持つ器を見させてもらおう」

 

 見てもいい?じゃなくて見るから、と決定済みな渋い方。仕事の顧客向けスマイルがひび割れそうになるのを難無く防いで、食器棚に手を差し出す。指差すなんてしません、はい。

 顧客を満足させるのが私の仕事、仕事。会社の対外用パーツに私はいらない。なんで家に帰って来てまで接客モードに成らなきゃならんねん、なんて思いません。この二人に「素の私」だときっと会話できない。家康くん達と比べて重過ぎる。

 

 「普通の食器しかございませんが、よろしければどうぞ」

 「普通、と君は言うのかね」

 

 いや愉快愉快と雑多に重ねた食器をごっそり引っ張り出す白メッシュさん。後で仕舞ってくださいね!?

 

 

 

 いやしかしどうしようね?ぼちぼちでかい鯛がメインなのはまぁ決定だけども。野菜を引っ張ればいつものメンツとグリンピースと化したスナップエンドウ。……趣味に走るか。

 

 

 「うらぁ!」

 

 気合い一つ、鯛の頭を叩き落とす。固いんだよ!間接狙っても固いんだよ!ちなみに鱗はゴリゴリしました、服に飛んでやばい。エプロン持ってないのよ。

 ……ところで、猛々しいなと凄い笑顔で紫の人がこっちを見てるんですが。あなたゆっくり待つんじゃなかったんかい。扇風機で遊んでていいのよ遊んでて下さい。

 

 「ふむ、なかなかに立派な鯛だ。姿焼きにしないとなれば如何様にして余に差し出すのかな」

 「にんにく増し増しの、コレを使った野菜タレかけです。まぁ味は食べてから、ですね」

 

 コレ、といいながらちょっと水分少なめの小ぶりなトマトを示す。イタリアントマトじゃないけど、水っぽくないのは意外にあるものなわけで。

 

 「これは唐柿か。これからタレを作るとは異郷の朋は遊びを忘れぬのだな」

 

 てかこれ家康くんから貰ったトマトの残りなんだけどね!なんでトマトがあるのかは考えるのを諦めた。品種改良がさっぱりだからすっぱくて固かったのよねぇ。

 

 「ま、炒めて塩入れて水分出ればなんでもタレになりますよ。今日はこれってだけです」

 

 言いながら腹を中央から裂き、流しで内臓を引きずり出す。うお、超新鮮。血あいのある骨の上に切り込み入れてざざぁっと流しながら指で擦り落とす。

 魚用の漂白洗いしているタオルできっちり水を拭き取り、まな板にドンと置き捨てる。はい白メッシュさん、粗野な事だとかいいですから。

 

 さてはて。頭を上にした鯛に、胸ビレのちょっと上部分にほぼ水平に出刃をあてて静かに引く。小骨のささやかな手応えが無くなったらまた切り始めの所に出刃を置く。

 魚の三枚下ろしに重要な事は、刃を切りながら上下に動かさないことだ。骨を過ぎるたびに感じる波打つ手応えを感じながら、何度も何度も腹から尻尾へ引いて切る。

 

 「鯖も最近切ってないのに、ちょい難易度高いっての」

 

 自分用ならちょっとぐらい反対側に貫通しても、やっちゃった、ですむのに。なんでこんなに真剣に捌いているんだろか。

 

 背骨に刃が当たるのを振動で感じれば、今度は尻尾を上にくるり。尻尾側から同じ様に中に向けて何度も刃を滑らす。ガツ、とした手触りが来たのでストップ。

 

 ふぅと息を吐いて、今度は刃を尻尾側に向けて鯛に水平に差し込む。

裂いた部分の尻尾近くを軽く切り、できた隙間に今度は自分に向けて刃を入れる。

 

 限りなく鯛に水平に、でも気持ち背骨に向けて出刃を傾けながら、尻尾を左手でわし掴み。なるべく刃の中央で切れる様に動かし一気に腹まで削ぎ落とす!

あ、勿論左右に切ったら切り口汚くなるから、左から右、左から右と出刃入れ直しね。鯛は背骨ボコボコしててやりにくいよまったく。

ともかく、それでスパッと身がほぼ剥がれた。

 後は尻尾側を上から切り落とし、完全に三枚下ろしの完成(片面だけ)。

 

 「成る程、魚とはそうやって下ろすものなのか。簡単に行くものではないのだな。どれ余も一つ」

 「え」

 

 包丁を、と言う紫の人に無意識に近く手渡す私。うおおお、命令されるのが辺り前な感じがし過ぎて渡してた!?

なにこれ怖い!

 

 「なかなかの切れ味の様だ。確かこれをこうして…こうだったな。はは、出来た出来た!」

 

 そして素晴らしく速い残りの下ろしっぷり。初めて包丁を握ったが何とかなるものだ、と大はしゃぎのおじさん。

 なんか私の出刃の切れ味が上がってるように見えるんですが気のせいですか。弘法筆を選ばず、という諺を体言しているような、手早く的確な三枚下ろし。

 まったくもってなんのこっちゃだよ!

 

 「気にしないでくれたまえ。彼は存外、子供のような事が好きでね」

 「久秀、その方とて似たようなものだろう」

 

 …………仲がいいですね、お二方。

 

 

 

 

 残りのアラはビニール袋に詰め込んでおく。アラ炊きと潮汁どっちにしようかなーとか思いながら、じゃれあう……きっとじゃれあってるおっさん二人から目を離すことにする。私は知らない。

 

 ってしまった腹骨と中骨取らなきゃ。途中で包丁渡すとわけがわからなくなるわまったく。

渋く明るく対話する二人の興味は私の食器に移ったらしく、放置。

 さっさと中央から外に向けて腹骨を削ぎ、ヒレ側で切り落とした。中骨は骨抜きなんて頑張れないので、真ん中挟んで二回切り。余った部分はアラ入れに詰める。

 計四切れになった縦長の鯛をさらに半分に切り、ようやく一心地。両面にぱっぱと塩胡椒を振り、バットに並べた。やれやれ。

 

 「これは苺か。卿の持つ器の中でも特に落ち着いた品のよい物だ。ぬめる様な白の地に、淡い紅と翠。いや中々」

 「その方の眼に留まるとは。流石竜宮に納められし物よ」

 

 作業をしている間に、ここにある二番目に高い野生のイチゴのケーキ皿とティーセットを眺めている二人。

あああああ、それ紙に包んで箱に入れてたはずなのにいつ出した!?やめてください全部で零が二つ位違う私のお宝の一つなんだって!

 

 「割らないで下さいね!?ホントにお願いしますね!?」

 「必要が無いものに終わりを齎すのは吝かではないが、まだ価値があるものを手に下す程無粋でもない。心配しないでくれたまえ」

 「安心するといい朋よ。久秀がそういうならば偽りはない」

 「……きっちり包んで箱に仕舞い直して下さいね」

 「無論」

 

 やばいどうしよう、自由人すぎる。お皿一枚一枚を扱う所作は家康君達以上に綺麗で恭しい、まぁ大事に見てくれてるから大丈夫だと信じよう、信じたい。

 

 とにかく料理の続きをしようそうしよう。下味付けた鯛は放置して、次は野菜だ。

 まな板を洗い直してさっさと野菜を刻む。入れる野菜は正直なんでもいいとおもう。ああいや、白菜とか菜っ葉類はだめだけども。

 

 冷蔵庫にあった玉葱人参しめじに茄子を適当に刻む。ソース用だから何となく小さくね。

 それからニンニクを輪切りにスライス。グリンピースと化したエンドウをばらして、さらにトマトを荒みじん。なるべく皮をはいで、中の種も取り除く。これで下拵え完了っと。

 

 

 んじゃま、さっさと仕上げようか。

 

 多めのオリーブオイルとサラダ油半々を引いたフライパンに二つ切ったニンニクの半分をほうり込む。パチパチ、とチップスっぽくなって凄い香り始めたら鯛を広ていく。あ、皮からね。

 ニンニク臭が台所に広がりまくり、中年二人の……いや紫の人の興味がまたこっちに移ったようだった。白メッシュさんは相変わらず。

 

 「大蒜か。精のつくよい香りだな」

 「そうですよー。二個も使っちゃいます」

 

皮がパリッとしたらひっくり返し、フライパン脇に残りのニンニクを軽く炒る。ちょっと色が付いたら、トマトと豆以外を全部注ぎ込み炒めていく。

 

 「ふむ、本膳でも見ないありようだな」

 「そういえば炒めるは無いんでしたっけ?」

 

 秀秋くんも興味深そうに見ていたし、珍しいっちゃ珍しいのか。まぁたまには違ったのも楽しくていいんじゃないかな。

 茄子がニンニク油を吸って透け始め、人参に箸が刺さったらお酒と水を適当に入れて蓋。白ワインを入れたらいいんだろうけど、そんな物は無いんだからしょうがない。酒でも何とかなる。

 ニンニクに酒蒸しとはまた心踊る組み合わせ!とみなぎる隣の人は無視して、蓋の隙間から蒸気が出だしたからトマトと豆を追加。鯛が焦げないよう注意しながらやや強火で炒め、塩で野菜を纏める。

 トマト、ニンニク、塩、酒とこれ以上ないほど単純な味付けなのだけれど、結構複雑な味になるのよね、これ。

 トマトから溢れた水分を半分程飛ばしてOK!ペロっと味見ー。うおおお!ニンニク!

 

 「はいはーい、盛りつけるからちょいと避けてくださいね」

 

 ビジネスモードは料理してたらさっくり解けてしまった。やっぱり趣味に走ってたらどうでも良くなっちゃうよ!おかずマジいい匂い!昼ご飯!

 

 平皿三枚に鯛を分けて、トマトソースを真ん中にさっとかける。赤い中にエンドウの緑。うん、すばらしい。

箸休めはキュウリの酢の物作り置きで諦めてほしい、と冷蔵庫から出したものを小鉢に分けてはい完成。

 

 「ご飯はどうします?炊きたてじゃないですけど」

 「私は遠慮しよう」

 「余も結構だ。鯛だけで十分腹が満ちるであろうからな」

 助かります、昨日の晩のやつだからね!

 

 

 

 

 「ずっと嗅いでいたが収まらん匂いだな!」

 「盛りつけもまた奇怪」

 

 お二人、容赦なく床です。お盆一枚しかないと伝えたら、白メッシュさんがミカドさんに頼むとおっしゃりましたよ。当然のように使う紫の似合う人に、何となく関係が見えてくる。が、まぁいいや。

 

 

 「んじゃまいただきまーす」

 

 鯛をほぐしてソースと一緒にパクリ。うっはぁ、濃い!マジニンニク!野菜甘い!

 もぐもぐ咀嚼していたら、なんか白メッシュさんに珍獣を見るような目で見られてるんですが。食べんのかしらと小さく首を傾げたら、ミカドさんがまた呵々と笑った。

 

 「人の創りし威光は人にしか通用せぬということだな、知の朋よ。さて余もいただこうか」

 

 私も人ですよ、と言いたかったけれど、口は鯛でもぐもぐで開けない。

 

 今まで来た人達と同じ、ピンと延びた背筋。ふわり、と皿に添えられる左手の指すらしとやか、と言えばいいのかなんなのか。

 優雅なんて表現がピッタリの動きで箸を捌く二人。紫のミカドさんが一口。

 

 「成る程、成る程!」

うんうんと目を輝かせながら飲み込むのを見てから、白メッシュさんも口に含む。

 

 「美味。酒が欲しいところだ」

 「まさしく。これは清酒よりも葡萄酒であろう。

 焼き、蒸したためか鯛が随分と味が濃く柔らかい。これだけ大蒜を使ったタレを用いているというのに負けていないというのがいいな!」

 「この黒い粒は胡椒、か。天竺より渡る希少なこれをこれほど用いるとは」

 

 いや苛烈苛烈、と随分楽しそうに食べてくださる。気に入ってくれたのならいいんだけれども。渋いおじさん二人して和やかに箸を進めていく。和やかなのはお二人だけで、自宅なのに私はアウェイなんだけども。

まぁ、ひさびさに手の込んだ鯛をたべれたからいいか。今日も作りたてのおかずは美味しい。

 

 

 

 「見事であった異郷の朋よ!余は満ち足りた!」

 「中々に興味深い味だったよ」

 

 気に入らなければ腹いせに苺の器を頂こうかと思ったのだがね、と嫌なことを言ってくれたメッシュさん。やっぱり警察呼んだ方がよかったかもしれん。

 

 「卿からは妙なる味を貰い受けてしまった。今回はこれで満足しておくとしよう」

もう来ないでください、切実に。

 

 「さて、名残惜しいがそろそろ戻らせてもらおう。マリアが弟夫婦を連れて来ると言っていたのでな」

 「失礼するよ」

 

 食べ終えてあれこれと話すこともなく、あっさりと襖を潜って去っていったおっさん二人。

……疲れた。めちゃくちゃ疲れた。いつもの倍疲れた。

 

 

 台所の床に散らかった食器類を見て、膝から崩れ落ちるのはそれから一分後。確かに箱に仕舞っておいて下さいとは言ったけれど。

 

 「箱に仕舞っただけかい……」

 頼むから。頼むから棚に戻しておいてよ白メッシュ。

 

 




時系列が少しずれています。

将軍は手を洗いました、鯛さばいた後に。
それから、味見(毒味)の済んだ料理を帝より先に食べてるよこの女、と微妙に引いた中途半端な常識人ヒラタケ。

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