書きたいもの詰め合わせた闇鍋話   作:オニヤンマンマ

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理由

 ナザリック地下墳墓、七階層溶岩。

 

 男にとってそこは、見慣れている場所。そして通い慣れた道だった。

 

 シルエットの細さを浮かび上がらせる黒いトレンチコートを纏った男は、何かを噛みしめるように一歩一歩、殊更ゆっくりと歩く。意志の強そうな黒い目に、冷えて固まったマグマの道や赤茶けた岩の大地を、飲み込まれるような圧迫感を与えてくる溶岩だまりを、原初ではなく終焉を思わせる赤黒い炎を吹き上げる火山を、ひとかけらも見逃すまいと執念じみた慎重さで焼き付ける。

 

 名残惜しげに時折振り向いては、飛び交う炎の中の悪魔に恐れる様子もなく見つめる。これが表情の動かない仮想現実の中でなければ、強い意志を感じる鋭くきつい眼差しを満足げに細めていただろう。

 

 この完全なる滅びの場所を作り上げたのは自分たちなのだという満足感。それが消えていく寂しさと、かつての栄光の残骸の上に立っているだけの空しさが胸を掠めても、完成された地獄は男の心を癒やしてくれる。

 

 赤い熱がもたらす空気が、まるで血煙のように視界を赤く染める。生者の存在を拒む灼熱の大地。

 

 こぽり、こぽりと赤い泡が浮かび上がっては溶岩の川の中に消えていく。生命という存在を拒む、熱せられた死の世界。

 

 自らの理想とする悪の粋を凝縮した悪魔の住処――

 

 歩を進めていくと、支える物を失った無残な白い柱が見えてくる。崩れた天井、破壊された神像、見るも無惨な廃墟。神聖さは邪悪によって消し払われ、息苦しくなるような静謐さが溢れている。退廃の美しさをどっしりと纏うそこは、元々は巨大な建造物であったことが伺いしれるほど壊された建物の土台の名残や残骸が視界のそこかしこに広がっていた。

 

 その中ほどまでに辿りつくと、ふらりと現れた悪魔たちが男に頭を下げた。魔将と名付けられたそれらに「ああ」と吐息のような声で応じると、しばらくじっと見やりやがて男の視線は離れた。

 

 廃神殿の床に残った石畳を歩くとかつかつかつ、と決まった効果音が発生する。わざとらしいくらいの足音を響かせながら、男は迷いのない足取りで神殿跡を歩く。

 

 各神殿跡地には、我が子のような存在である悪魔のための場所を隠すように作ってある。

 

 調べ物をするための書斎、休息をとるための寝室、男が大量に与えた衣服をしまうためのクローゼットルーム、風呂や台所などの水回り、ゆっくりとくつろぐためのリビングスペース、聖なる神殿跡を邪悪な悪魔が支配したと知らしめるようなおどろおどろしい財宝を保管する彼のためだけに存在する宝物倉庫、悪魔らしい作業をするための(ニューロニストの職場には劣るものの)それなりに立派な作業部屋など――

 

 男の思いつく限り、悪魔にとって必要な生活空間を作ってやったつもりだった。

 

 階層の景観を優先したため一カ所には集約できずにばらばらに隠すように配置することになったが、たとえ部屋のひとつひとつが離れていてもできるだけ不便にならないように苦心してデザインした。

 

 そこまでして、データの塊の存在でしかないものにわざわざ部屋を作る意味などないのだろうが、男を含めかつての仲間たちはそういった拘りに対して同意を示す者たちばかりだった。ならばと開き直り、作り物のキャラクターに一心を注ぐ羞恥を振り捨て、自重せずに我が子のための家を作り上げた。

 

 ここまでして作り込む理由を、理解できなさそうにする仲間だっていた。そういった者たちには、厨二病と言われても言動や振る舞いの細部にまで気を配る延長なのだと説明した。自分の趣味を包み隠さず見せている仲間とはいえ、絶対に知られたくないと恥じ入ってしまうものはある。内面にある熱をもった感情を、つまびらかに語る気は男にはなかった。

 

 作り上げたものを机上だけのものとして扱いたくなかった。それを喜んでくれる感情など悪魔にはなくても、与えられるだけなにもかもを与えたかった。ギルド拠点という箱庭を完璧な見栄えにするための努力なのだと言い表すには、到底足りない熱意の根元。

 

男 のそれはギルドロールに徹底しているなどというと拘りを超えた、己の被造物への確かな愛情だった。

 

「デミウルゴス」

 

 万感を込めて名前を呼ぶ。

 

 男の存在に気付いたのだろう。銀の尾を持つ紳士然とした悪魔は、設定されたAIに従いごく自然な動作で頭をたれた。

 

 男は顔が伏せられていることを残念に思うと同時に、安堵もしていた。胸に去来するこの罪悪感。それを悟るようなことなどできるはずがないのに、見破られることを恐れている。ロールプレイをしすぎて現実と演技の区別がつかなくなってしまったのかと、他者に知られたら笑い飛ばされても仕方ない動揺をしている。

 

 馬鹿馬鹿しい感傷は、未だ消えない。

 

「私は、お前を作ることができてよかった。何ひとつ間違えず、今のお前として生み出すことができて、本当によかった」

 

 男は当初、NPCを作るとき、与えられた粘土をどんな形にすればいいのか分からない子供のように戸惑っていた。

 

 迷うくらいであれば、仲間のようにガチビルドで敵を迎え撃てる性能にすればよいのに「そうではない」と否定してくる内面の声があった。けれども、どうすれば納得のいくものが作れるのが分からない。自分がどうしたいのか、形にできないもどかしさ。

 

 悪戦苦闘しながら少しずつ、少しずつ、形にした。与えるべき要素をひとつひらめくと、次はこうしたい、こうであったら嬉しいと、徐々に与えるべき姿がはっきりするようになった気がした。霧にでも包まれていたかのようなぼんやりとした全容が次第に見えてくる。

 

 NPCを作り上げる過程で、仕方がないことなのだと幼い頃から殺し続けた感情と向き合った。そのとき、男が生み出したい命の形が克明に浮かび上がった。

 

 最終学歴は小学校、学などなく物を知らない男が必死になって叡智持つ存在であれと文字を打ち込んだ。誰よりも賢く、誰よりも才気溢れ、誰よりも統治に優れ、誰よりも軍指揮に勝る。本を読み、知識を得て、言葉を蓄え、一文字一文字に苦心し、その在り方を納得のいくまで作り上げたのだ。ゲームには一切反映などされない無駄な文字の羅列。それに準じた、あまりにも無駄が多いクラス構成。

 

 襲撃者たるプレイヤーとの戦闘を考えると、レベル100でありながら足止めにもならない強さになっている。貴重なポイントを使ってそんなNPCを作ることを認めてくれた仲間には、感謝しかない。

 

 申し訳なさと後ろめたさを抱いても、この悪魔を作り上げたかった。

 

 悪魔を作るうちに自分自身すら知らずにいた、男の本当の願いを見つけていた。

 

 狂人じみた妄想である。

 馬鹿げていると、ありえないと理解している。

 でも、夢を見るくらいいいだろうと自嘲する。

 

 人間に対する徹底した邪悪な存在を――

 

 人類とは踏みつぶすべき虫けらだ。わずかなアーコロジーにしがみついて生きる人間はとてつもなく愚かに見えるだろう。弱者を踏みにじり、リミットが見える最後の瞬間まで享楽に生きようとする豚共、搾取されるしかない最下層に生まれた家畜のような自分たち。世界というものに終わりが見える。先がない世界に生きている。奈落の底のような断崖がすぐそこまで迫りくる中で、騙し欺し生きている、ぎりぎりのところ生かされている。そうまでして無様に生きなければならないのならば、いっそのこと滅んでしまえばいい。

 

 神が世界を救わないのであれば、人間がただただ世界を貪り醜く這うように足掻き生き続けるのであれば、いっそのこと悪魔に支配されたほうがどんなにましか。

 

 世界を壊し、そして手に入れて悪魔の楽園にでもすればいいのだ。

 

 滅び行くリアルを攻め落としてほしい。

 男は、数多の悪魔を率いて世界を破壊し尽くせる絶対的な悪を願った。

 幼少の頃から底辺で足掻き憎悪を燃やし続けた男が渇望する、歪み狂い捻れているただ一つの救済。

 しかし作り物の悪魔は、どれほど男が希ってもリアルを壊して(すくって)はくれない。

 

 それはそうだろう。

 

 だってこの悪魔は仮想世界の住人でしかないのだ。AIに制御されたマネキンでしかない。リアルという外があることすら知らない、ナザリックだけが彼の世界なのだ。そんな存在が現実で体を持つなんて、夢物語でしかない。

 

 最初から分かっていたことで、男は別に失望したりはしなかった。妄執をNPCという形で具現化までしてしまう自身の業の深さに失笑してしまうが、そうしてよかったのだと思う。これを生み出したのが自分なのだと思うと、自尊心をくすぐられるくらいに誇らしい。程度の低い自分とは全く違った、横暴で邪悪で酷薄で優麗で蠱惑的で紳士的な悪魔は、妬みと嫉みで充ち満ちている男のどす黒い物で凝っていた浅はかな心を洗い流して、あたたかいもので満たしてくれた。

 

(それで、一区切りでもつけられれば良かったんだろうけどな)

 

 夢は夢と諦めればいい。想像の中にしか救いはない。それをはっきりと自覚し、ゴミのようなリアルで細々と暮らしていけばよかったのだ。

 

 ゲームの中で手に入れた数少ない友人とたまに連絡を取り合って、毎日が苦しいと愚痴を言い合って、ささやかでもいいから何か幸せを見つけて、やがて生まれに相応しいみじめな死に方をすればよかったのだ。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 それで終わってはならないと、男の中を苗床にして育った復讐心が声をあげる。

 

 空想の中だけ終わらせるのか。

 

 恨み辛みと打晴らす、その望みを頭の中で絵空事として描くだけで満足していいのか。

 

 それで本当にいいのか?

 

 身の内から現状を憂える慟哭が聞こえる。

 

 理想の姿を仮想世界で振る舞えば振る舞うほど、悪を語れば語るほど、現実世界の自分と剥離した存在になればなるほど、いいようのない怒りが沸く。

 

 好き勝手に振る舞えるゲームの中と、底辺を無我夢中に生きる自分を比べるなんて妄想癖が行きすぎて、ただの病気だ。

 だが、強固な理性があっても、熱を帯びた激情は冷めやらない。

 

「デミウルゴス、お前がいたから、私は・・・・・・」

 

 言葉は続かない。熱い吐息と共に、かみ殺される。

 

 頭が悪く、視野が狭い世界の中で目の前の理不尽をただ呪うことしかできなかった過去の自分。

 

 何が悪いのか、どうすればいいのか、正体のつかめない何かに闇雲に負け犬のように吠えることしかできなかった。

 

 デミウルゴス(ねがい)を作るために得た知識は、男の中の漠然とした記憶や感情を整理し、心中で生まれては水のように流れて溢れるどす黒い思いを鋭い凶器として確立させた。

 

 知識に裏打ちされたことにより、くっきりと世界を捉えることができるようになっていた。なにを憎むべきか分からないまま八つ当たりのように『わかりやすく腹立たしい者』を嫌ってきた。だが、それも終わりだ。男は憎むべき世界を、はっきりと見ることができた。はっきりと知ることができてしまった。

 

 生まれながらにして上下の決まった社会。

 

 その枠組みを作り上げたトップ企業。

 

 奴らは誰かの苦しみと悲しみと共に巻き上げた富で、笑いながら生きている。

 

 俺は、こんなにも孤独で苦しいのに、それを下敷きにして幸せを謳歌している奴らが居るのだ!

 

 デミウルゴスを作り上げながら、男もまた復讐者として新たに産声をあげていたのだ。

 

 愚かな自分を変えてくれた被造物。

 

 どんな人間との関わりでも変えられなかった知恵のない馬鹿な自分を、ほんの少し賢くしてくれた。

 

(なあ、お前)山羊頭の悪魔が無力な人間である男に問いかけてくる幻想を見る。麻薬中毒者の幻覚のように、自分は追い詰められすぎて末期になっているのだろう。

(可愛くも愛おしい我が子は、こんなにも立派で悪魔らしく在り続けている。なのに、お前はそれでいいのか?)山羊頭の悪魔が蒙昧な人間である男を嘲笑う幻想を見る。

(搾取されるだけの虫けら。自分が踏みつぶされないことにほっとして、踏みつぶされてしまった者など見てみないふりをしている。それでいいのか?)山羊頭の悪魔が卑怯な人間である男を詰る幻想を見る。

(なあ、お前。お前は、それでも・・・・・・)山羊頭の悪魔が、自分自身が問いかけの形をとりながら責めてくる。それで、いいのか? と。

 

 自分を中心とした世界は、許しがたいことばかりだ。見えるものはすべて醜く、仮想の世界にしか美しいものはない。この世でもっとも美しいと男の心に響くのは、今目の前に広がる悪魔たちの惨憺たる楽園。

 

「今の私は、お前にはどのように見えるのだろうね」

 

 事情があって、男は慣れ親しんだ悪魔のアバターではなく人間の男の姿をしている。

 だが、男の問いかけは見てくれのことを問いかけているのではなく、自分という人間の本質をどう見えるのだと問いかけている。

 

 答えがないことは分かりきっている。これは問いの形をもった、単なる自問自答。

 

 この悪魔に、自分はどんな姿を見せたいのか――

 

 男は作られた存在に対してまるで生きているかのように振る舞うことにためらいがない。遊びの一種がいつのまにか本気になって、本当に生きているかのように錯覚している。そのせいでリアルに支障が出るまで病的に追い詰められているのだ。自分でも本当に愚かだと思う。

 

 けれども偽りのない愛情があった。物に抱くにはあまりにも愚かしい真摯な感謝があった。男が幼少のころから抱えていた不条理に対する憎しみは、それらすべてを混ぜ合わせて男の中で決して消えない炎となった。

 

 ちっぽけな存在で終わりたくない。

 

 平穏を望んでいいようにこき使われて惨めに死んで終わるなんて、我が子のような悪魔に見せたくない。

 見てくれだけの嘘を必死に塗り固めた、ウルベルト・アレイン・オードルでありたくない。

 愛する我が子に胸を張れる親でありたいから、世界を壊したい。

 切迫した使命感に常に追い詰められていた。このままでいいはずがない。自分はこのまま安穏と過ごすべきではない、と。

 愛すべき悪魔に背中を見せて、この馬鹿げた矜持と意地と愛情を胸に秘め、武器を手に持って戦いに墜ちるべきだ。

 思うだけではなく、その手段をすでに得ている。あとは決断するだけなのだ。

 

 

 なのに、その選択を、未だに男はできていない。

 

 

 目の前の悪魔は男の心を揺さぶり、死地に向かわせる誇りそのものだ。

 

 このユグドラシルという場所にある大事な物がその悪魔だけであったならば、自分の選択肢に晴れ晴れとした気持ちでとうにこの地を去っていただろう。

 

 けれど、それができない心の楔が、出来てしまった。

 

 男は頭を下げたままの悪魔の前を通り過ぎ、瓦礫に隠されて作った住居スペースに向かう。

 

「イリニ、ちゃんといい子にしていたか? デミウルゴスを困らせていないか?」

 

 ごくごく自然な、子を思うやさしげな親の声だった。惜しみない深い愛情がにじみ、我が子を迎えにきた親として、なんら遜色のないものだろう。何処にでもあるありふれた親子の光景であったろう。

 

 

 その子供が、創られたデータの塊でなければ。

 

 

 五、六歳ほどのちいさな男の子が、姿勢正しくだがどこが手持ち無沙汰に椅子に座っている。

 

 微笑を浮かべたやんちゃそうな顔立ちには表情の変化は一切なく、名前を呼ばれたことで機械的にウルベルトに顔を向ける。

 

 その顔立ちは、リアルでの男の幼いころに似ている。

 

 

 

 男個人が所有するデータだけの存在。それこそが、ゲームではウルベルト・アレイン・オードルという名前を持った男の、最大の未練である。

 

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