書きたいもの詰め合わせた闇鍋話   作:オニヤンマンマ

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集合

 伝言(メッセージ)が使えないマーレは、アルベドに至高の方からの命令を届けるべく、すぐに動く。

 領域守護者に六階層の警備と至高の方の警護を頼み、七階層へと急ぎ向かう。

 その背中を見送ってヘロヘロは申し訳なさそうに、粘体を丸めた。

 

「マーレは伝言(メッセージ)が使えないのか。ちょっと悪いことしちゃったかな。わざわざ階層を移動するのは大変ですよねえ」

「気が紛れていい、ということにしておきましょう。ヘロヘロさん」

 

 たっちは反省している粘体を励ますべく、ヘロヘロの肩にあたりそうな部分を叩いた。

 

「考えてみれば、NPCが伝言(メッセージ)を使えても意味はありませんでしたよね。NPCに伝言(メッセージ)を覚えさせるなんて、創作者の趣味にしかなりませんもんねえ。生きているのが当たり前のように動くから、そのことが頭から抜けてましたけれど」

 

 リアルのブラック企業で務める彼にとって、無駄な命令を下されることは何よりも辛いことであるが、それを我が身が下すことになるとは思ってもみなかったことで、申し訳なさに、はあ、とヘロヘロはため息をついた。

 丁度パンドラとの通信が終わったモモンガは、アイコンが出ていなくても落ち込んでいると一目でわかるヘロヘロにどうしたんですか? と訝った。

 話を聞いて、モモンガは少しずつわかってくる問題点に、困り顔のアイコンを連打で表示したくなった。

 

(スクロールを使えば問題はないんだろうけど、スクロールは使い捨て。今の所大量に使っても問題ないくらいに在庫は大量にあるけど、補充の目処がたっていないのに使うだけ使っていたら、いずれ枯渇する。その辺も考えないといけないのか)

 

 モモンガはこの問題は可及的速やかに解決しなければならないものではないから、一旦思考の隅へと追いやり、パンドラからの報告を皆に告げた。

 

「パンドラが人間の少女をナザリックに連れてくることに成功したようです」

 

 手に入れた情報を告げ、身支度を整えたら六階層に来ることになっていることを伝える。

 

「無茶な命令を上司から振られたなんて……かわいそうに」

 

 ヘロヘロは身に覚えのあることに共感してしまったのか、あったこともない少女に対して同情していた。

 

「亜人、ですか。レベルが高くないといいんですが」

 

 ユグドラシルの100レベルプレイヤーを想定し、たっちはナザリックに亜人たちが襲いかかった場合どうすべきなのかと、危機感を募らせている。

 

「あの……パンドラの話を聞きながら考えたことがあるんですが、マーレの失態……だとは思ってないんですが、あの子本人は気にしているみたいなので挽回の機会をあげようと思うんです。これから来る人間種の少女から話を聞き出す、ということにしようと思っているんですが、皆さんどう思いますか?」

 

「え、マーレにですか。おどおどしている子みたいだから、なんだか人見知り激しそうに見えますけど、大丈夫ですかね」

 

「ヘロヘロさん、マーレお兄ちゃんなら、はじめて会うひとでもちゃんとお話できるとおもうよ」

 

「ミーシャにはそう見えるのね。マーレ君はなんだか放っておけない子に見えるけど、大丈夫なのかしら」

 

「すぐに挽回の機会を与えてあげれば、マーレの気が軽くなるだろうし悪くないと思いますね。他には何か理由があるんですか、モモンガさん」

 

「いいことを訊いてくれましたね、たっちさん。

 パンドラがあんまりにも情報を聞き出すことが上手すぎて、こちらが何も知らない異邦人ということを向うに気取られないまま話を進めてしまったみたいなんですよ。

 我々が何も知らない、という不利益な情報を渡さずに短い間でこれだけ上手くことを進めるとは、思ってもみなかったです。

 交渉に関しても、交渉ではなく『善意による手助け』を申し出て、かつ我々にさらに情報が入るように話を持っていたらしいです。

 お恥ずかしいですが、私にはその後を引き継いで上手く情報を聞き出す自信がないんです。でも、子供のマーレなら何も知らない状態で、変な質問をしてもおかしくはないかな、と。言わば保身でもありますね。

 マーレを矢面に立たせるようで、大人として本当に恥ずかしいのですが……」

 

 上手くことが運ばれすぎた弊害に、モモンガはつい愚痴っぽく言ってしまった。

 出来る上司を演じるからには、その上をいかなければならないのではないかという重責がモモンガの肩にのしかかる。

 今回はそれをマーレに放ることで逃げたのである。

 本当にどうしようもない上司だった。

 自責の念に駆られるのが、マーレに任せることで、現在積み上がっているちょっとした問題の一部が解決することもまた事実なのだ。

 

「モモンガさんの作ったNPCのことはよく知らないんですが、優秀なんですねえ」

 

 ヘロヘロが善意ある誤解をしてくる。

 優秀という言葉でアレを片付けられてしまったら、実際のパンドラズ・アクターを目の当たりにしたときその差異にどれほど驚かれることだろう。

 もんどり打って転げまわりたくなる類の存在なのだ、あれは。素直な感嘆がモモンガの胸に深々と突き刺さった。

 

「優秀なんですけど……そういう設定はしたんですけど……違うんです。本当に、違うんです。誤解なんです、ヘロヘロさん」

 

 対面させたときにドン引きされる想像しかできなくて、ないはずの胃が今からシクシク痛み出して来た。

 震えた声で否定しはじめるモモンガに、え、と皆が驚く。

 

「大丈夫ですか、モモンガさん」

 

 肉体があれば脂汗でも流して軽い錯乱でもしていそうなくらい急変した態度に、おろおろとしながら四人は口々にモモンガを案じる。

 

 精神抑制が働かない程度の軽い動揺に心身が蝕まれていたモモンガだが、自分がみなを心配させていることに気づき、はっとした。すぐに話を戻さなければとまっすぐに顔をあげた。

 

「失礼しました。もうひとつ理由があるんですが、私はアンデットですから普通の女の子は怖がるんじゃないかと思うんです。話をする最初の段階でつまずきそうですから、情報を聞き出すのはかなり向いていませんよ」

 

「それは……確かにそうですよねえ。なんだか異形でいることが当たり前になっていて忘れてました、考えてみたら、私もスライムですからアウトになりますね」

 

「私は全身鎧で中身が見えないからまだ……でも、威圧感はあるかな?」

 

「このメンバーの中で人間の女の子とふつうに話せるとしたら、私とミーシャくらいかしら」

 

「えー、モモンガさんもヘロヘロさんもパパも全然怖くないよー。格好いいよ」

 

 うれしいことをお世辞でなく褒めてくるミーシャに、モモンガはくすぐったさを感じた。

 

「はは、ありがとうミーシャちゃん」

 

「美沙、ありがとう。格好いいだなんて、パパ、うれしくてこまっちゃうなあ」

 

 周囲の目も気にせずでれでれした様子で娘をなでた。

 

「この真っ黒いスライムボディが格好いいとは……」

 

 ヘロヘロが挙動不審に震えていたが、すぐにはっと何かに気づいたように触手をのばした。

 

「ああ、そうだ。確かめたかったことがあるので、ここに来るその少女に協力してもらって、いや正しくは利用するわけなんですが、この機会に済ませてもいいですか?」

 

「なにかあるんですか、ヘロヘロさん」

 

 モモンガが問うと、黒い粘体がすうっとのびる。人間で言えば背筋を伸ばし、大事な発言をする前準備をしている段階だろう。

 

「ナザリックの主だったNPCの、人間に対する認識をチェックしたいんです」

 

 ヘロヘロが真剣な様子で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間でのアルベドの発言により、モモンガもいずれは意識調査の必要性を感じていた。

 それをこの機会にやってしまおうというヘロヘロの提案には頷くところがあった。

 申し訳ないがその少女には人間を下等生物扱いしている面々の踏み絵になっていただくことになった。

 

 イリニやアルベドによればセバスなど最初から友好的に人間と接することができるものから、見下して食料か玩具にしか思っていないものもいる。ピンからキリなのだ。

 しかし後者の中でも下等生物と内心思っていても、それを表面にださず分かりやすい攻撃性も示さない場合もある。

 そういった者ならば、外に出せるのではないか。

 

「ナザリックに閉じこもっての情報集めは、絶対に限界がありますもんね。かといって、その仕事に合わないものに命じて外で問題行動を起こされては困りますし。

 今の段階ではウルベルトさんの捜索に関わることや今回のような緊急事態以外で外に出す必要性はないとおもいますが、今後のことを考えると私はヘロヘロさんの提案に賛成です」

 

「NPCたちを外に出す前提なんですか? 彼らの危険性は?」

 

 たっちは懸念を示す。

 

「周囲の敵の強さがわからない現状で、そんなことをと思われるかもしれませんが、個人的にこの周辺の亜人たちも人間たちもそんなに強いと思えないんですよー。

 ネイア・バラハという少女は隠蔽スキルも持たない、10レベル以下の存在。

 装備もゲーム内での初期装備以下の性能。

 九色なる役職持ちの娘でも、すぐれた装備を得られるわけではない。

 少女が言うには、彼女はそう劣った存在ではなく人間の従者の平均レベル。

 亜人たちはその程度の少女を全く見つけられない程度の能力。まあ、その警戒にあたっている亜人が特に無能なだけの可能性もありますが。

 騎士は従者よりも強いが、際立った実力者以外は一般的な亜人に苦戦する程度。

 亜人には二つ名持ちと言う強い存在がいる。

 亜人側の領土と、人間側の領土の間には石造りーーこの石というのが私たちの認識するただの石と変わらないということを前提に話しますが、普通のなんら変哲のない石で作られただけの城壁がある。

 亜人は騎士を苦戦させるほどに強いが、石造りの要塞を築いただけの城壁の存在で、長年のこう着状態の戦争になる程度には瞬間的な破壊力を持たない。それは二つ名もちの亜人をもってしてでも長年変わっていない。

 我々と同じようなレベル100の実力もあれば魔法やスキルで、ただの石造りのバリケードなんて破壊できそうなものですからね。石造りの城壁しか作れない人間を嘲笑って遊んでいる可能性がなきにしもあらずですが、亜人側には城壁を完全破壊できない程度の実力者しかいない。人間側にも、その程度の実力者を倒せるものが存在しない。

 楽観的すぎる予測かもしれませんが、私はこう思ってます。この周辺で有名な高レベルの者って最大でもレベル60くらいしかいないんじゃないかなあ」

 

 理路整然と話すヘロヘロに、モモンガは感嘆する。

 なるほど、パンドラが聞き出した情報量にも驚いていたが、そこからこれだけのことがさらに推測できるのか。

 

「すごいですね、ヘロヘロさん。それが当たっていたら、ひとまずの懸念事項は解決できそうです」

 

 未知の敵からの襲撃はモモンガにとっては恐ろしいことだ。

 仲間が傷つくこと。

 自分が傷つくこと。

 仲間の残してくれたものが傷つくこと。

 それにびくびくと怯えて憂えなくてもいいとなると、鉛のような胸のつかえがとれる。

 

「そう言われると確かに納得できます。ヘロヘロさんの推測が正しいようであれば、安全策をとりすぎて後手に回るよりNPCのみんなに協力してもらって、早めの情報収集を心がけたいですね」

 

 顎に指をかけたたっちが頷いた。

 リーザはヘロヘロのわかりやすい情報整理に素直に感心していた。

 

「推測がまるっきり外れていたら後が怖いので、盲信しないでくださいねえ。ひとまずは、失っても惜しくないような偵察できる傭兵モンスターや召喚モンスターでざっとでいいので、周囲の主だった強陣営を確認したいですね。NPCを外に出すとしたらそれからでしょうか」

 

 ヘロヘロは皆の賞賛に照れていた。

 蠢くヘドロの波の動きが、かなり早くなっている。

 

「人間に対する意識チェックですが、どうしますか? ひとりひとり話してもらうとなると、時間をとりますよね。人間を見る態度だけでざっと算段をつけるんですか?」

 

「メインはマーレに話してもらうとして、それ以外にもひとり一回ずつ、質問してもらいましょう。情報収集のための質問よりも、性格のが見えやすい個人的な質問をしてもらったほうがいいでしょうか。心理学はまったくの門外漢ですから、それで全部わかる自信なんてないので、みんなわかりやすい態度をとってくれると良いんですけど。

 そのときの人間への対応の仕方で、今後の情報収集でナザリックの外に出して人間と接触させていいか、させないほうがいいかを決めるというのはいかがでしょうか」

 

 ヘロヘロの提案以上のものは思い浮かばなかったので、モモンガは同意する。

 

「いいと思います」

 

「私も、それでいいと思います。

 それともうひとつ、みんなを疑うわけではないのですが、NPCたちが私たちをどう思っているのか知らないので、それに関してもこちらから質問してもいいでしょうか。

 私が作ったセバスは信用しています。それとあんなに、こちらに対して誠意を見せてくれたマーレも。でも、他の子達にはまだ信用がおけていない。私が知っているのはデータの彼らだけで、意思を持って話す彼らのことは何一つ知らない。

 このような状況で、知らないというのは怖いことです。私には、守りたいものがありますから。

 リアルだって思いもかけないような恐ろしいことはたくさんありましたけど、それとはまた違う、予測できない危険性があるというのは、無視できません」

 

「外だけではなく、内側の未知もまだありましたね。念のため、私もNPCのみんなにはウルベルトさんが人間になってしまったことをどう思っているか聞いておきたいです。場合によっては、ウルベルトさんを見つけられた場合でもナザリックに連れて帰らないで、セカンドハウス的なものを作ったほうがいいのかな……それは、嫌だな」

 

 鬱屈した暗い感情が目に見えて現れるような変化を見せるモモンガ。

 自分たちが作り上げ、守ってきたナザリックから追い出すようなはめにならないといい、そう強く願う。

 最初から最後まで、ずっといたのは自分とウルベルトだけなのだ。ナザリックを、ひいてはNPCらを守り続けたひとだというのに、そんな彼を裏切るのようなことばを聞いたなら……

 NPCたちが人間アバターになってしまったウルベルトを拒絶するようなことを言ったら、怒りを堪えることができるであろうか。

 

「落ち着きましょう、モモンガさん。疑うような発言をした私が言うのもなんですが、仲間が作った子たちを信じましょう。

 ナザリックにはオーレオールの存在もありますし、完全に人間を否定することはないんじゃないでしょうか」

 

「う、あ、はい。それも、そうですよね」 

 

「あー。私なんて、長年放っておいていきなり帰ってきましたからね。もしかしたら受け入れてもらってないかも……」

 

 不穏な気配がなかったかのようにわざとらしく振る舞うヘロヘロは、やや声を大きめにあげていった。

 

「私たち、様をつけて呼ばれていたけれど、彼らの上司? 主みたいなものになるのかな。仲間にさせてもらったのはついさっきだけれど、私たち二人がどう思われているのかは気になります」

 

「ミーシャは、みんなとお友達になれるか気になるなあ」

 

 のほほんとしたミーシャの発言で、モモンガの剣呑さがなかったかのように場が和む。

 モモンガが提示した二時間という期限が迫っていることもあり、慌ただしくこれからの段取りを決めた。

 

 ◆◆◆◆

 

 ナザリックにはNPCの数が多い。

 拠点入手時に手に入れた2750ポイント分で作ったNPCに加え、課金やワールドアイテムで入手したポイントによって追加作成されたNPCもいる。

 レベル1のメイドなど41人もいるのだ。その数は膨大だ。

 

 今回のヘロヘロが提案した認識チェックを全てのNPCにさせる時間も必要性もないだろうということになり、数を絞ることにした。

 まずはナザリックのNPCのトップに立つ守護者たち。

 そして、人間の住む場所に情報収集を行かせることになった場合、人間世界に違和感なく混じれる容姿と能力を持つ者だ。

 

 パンドラズ・アクターにはこちらから連絡があるまで、人間の少女と墓地の領域守護者の私室で待機を命じる。こちらの準備が終わったら、指輪を使わせすぐに来てもらう。

 

 伝言(メッセージ)を使って各階層の報告を聞きがてら守護者に警備レベルの一段階引き上げを命じ、特に一から三階層の上層の守護を担当するシャルティアには一層の警戒を命じる。

 子供NPCのイリニも含め、皆に六階層に集まるように命じた。

 アウラにも先に戻って来てもらう。

 六階層にマーレとともにやってきたアルベドから報告を受け取り、モモンガはそのままアルベドに六階層に待機をさせた。

 

 探索部隊に加わったソリュシャンも戻らせ、末の妹をのぞく戦闘メイドたちも六階層に、そして竜人の五つ子たちを呼ぶ。

 

 長男、ナザリック地下墳墓男性使用人スワン。

 次男、ロイヤルスイート娯楽施設担当官スワロー。

 三男、ナザリック地下墳墓表層掃除人ピジョン・ブラッド。

 四男、ショットバーの用心棒イーグル。

 五男、ナザリック地下墳墓第十階層領域守護者ホーク。

 

 第六階層は、農場をワールドアイテムを使って後発的に拡張させた際、300ポイント分のNPC作成も同時に可能となった。

 そのときに作られたNPCである。

 農場の領域守護者である、一見するとただの白猫にしか見えないケットシーの雪丸も、彼らと同時に作られたNPCだ。

 

 残念なことに外装担当の者がリアルで忙しいせいで、猫を除けばまともに作成できたのは一人分のキャラだけだった。

 起こしたイラストを作成できないのは非常に残念だが、仕方がないので(るし★ふぁーが特に残念がっていた)五つ子と言う設定で、同じ見た目のキャラを使い回すことになったのだ。そういった理由があり、色違いと多少の髪型の違いやクラスによる装備の違いがあるだけで、顔立ちはみんな同じだ。

 

 

 

 

 アルベドからの報告を聞き終える。といっても、各階層異常なし、とモモンガが魔法で聞いた内容と変わらない。すぐに終わるものだった。

 

「ふむ、些細なことに手間をかけさせたな。だが、大事なことは分かった」

 

 ナザリックの内側に危険はないということ。些細なことだと思って、上司であるモモンガには打ち明けなかったが、同僚であるアルベドには気軽に告げるかもしれない可能性も考えた。そういったこともなかった。

 

「いいえ、手間などではありませんわ。御身の命であればどのようなことも意味のある大事。喜んで全力をもって完遂いたします。それが私共シモベにとって、なによりの幸せなのですから」

 

 仕事が出来る女の顔は、嘘偽りなど全く見受けられないまっすぐな眼差しでモモンガを見ている。

 この、過剰なまでの信頼や忠誠心に応えなければならないのか、その前途多難さに気重になったのはモモンガだけではあるまい。

 

「シャルティア、参りましたでありんす」

 

 若々しさを持つが感情を排除した硬質な響きを持つ声が、モモンガの背後からあがる。

 その姿を見て、モモンガはたじろぐ。たっちたちもびっくりしたに違いあるまい。

 侵入者でもない限り、製作者の趣味で美しくも愛らしい顔立ちに合う可憐な装いをしているはずの少女が、物々しい真っ赤な鎧をまとい、追い詰められたかのようなわずかな狂気の光すら宿した瞳で神話級の武器を携えていたのだから。

 

「あらシャルティア、随分と仕事熱心ね。あなたのそのやる気は、こちらとしても心強いことだわ」

 

 アルベドはそんな少女の姿を見てもおどろくことなく、朗らかに微笑んだ。

 

「あたりまえでありんしょう。わらわの守護する階層は、戦いの前線。このナザリックに侵襲する不届き者など、お方々の手を煩わせず始末するのがわたしの仕事でありんす。全力で、いかな油断もなく、叩き潰すっ」

 

 断固とした意思を持つ瞳で、アルベドに返す少女。ナザリックに近づく不心得者は全て咬み殺すとでも言いたげで、その姿はまるで闘犬のようであり、悪く言えば冷静さを失った狂犬のようでもあった。

 

「シャルティア、手に負えるようであったらまずは捕縛からで。最初から殺しにかからなくていいからね。生かして捕まえれば情報収集だってできるだろうし」

 

 安易に侵入者をころして、なにか問題が発生する可能性を考えると、後手に回りそうであっても安全策は必須。こちらに比べても弱者が多い地域と想定しても、誰かを処分することでわざわざ無用な軋轢を生む必要性はない。

 自分たちと同じようにプレイヤーが転移している可能性がなくはないのだ。侵入したから、正当防衛だったからと言って殺した相手が、プレイヤーの息がかかっている存在であったりしたら、笑い話にもならない。

 

 モモンガたちはこの身ひとつで逃げられるような身軽な状況ではないのだ。

 ナザリックという宝を守らなければならない以上、むやみな争いごとは避けたい。

 

 ヘロヘロがなだめると、少女には似つかわしくない軍人めいた短い返答をし、膝をつく。

 

「わかりんした、ヘロヘロさま。御身のお役に立てるよう、必ずや生かして捕えます」

 

(え、ペロロンチーノさん。あなたシャルティアにどんな設定したんですか? 警戒レベルをあげたのがまずかったのかな。仕事熱心だから、完全武装待機しなきゃって思っちゃったのか。

 とりあえず現場のピジョン・ブラッドには生かして捕らえるように命じたけど、シャルティアにはまだ言ってなかったんだよな。部下にだけ言って、その直属の上司に俺たちの意向を伝えないって、会社としてはおかしいよな。誰が言ってることが正しいのか分からなくなるやつだ、これ。

 連絡がごちゃごちゃで下が混乱する最悪なパターンだ!

 俺、自分がやられたら困るやつをやってるよ)

 

 モモンガは忸怩たる思いで、異世界転移最初の失敗を噛み締めた。

 それによって取り返しのつかないことが起こったわけではなく、内心で反省するだけで済んだ。

 しかし、気を引き締めないとまた似たようなことをやらかしそうだ。

 この失敗を生かして、みんなでナザリックの舵取り頑張らねば。

 

 その後セバス、プレアデス、五つ子、コキュートスが来て、アウラとソリュシャンが外から戻ってくる。

 

 アウラはモモンガたちに帰還の報告をするとシャルティアをしきりに心配していた。

 円形劇場にあらわれたときの彼女は、マーレと同じで創造主を失ったことでとても追い詰められているように見えたのだが、それよりも先の窮地に立つようなシャルティアを見て、小さな少女はしっかり者のそれへと表情を変えた。

 

「あんた、なんでそんなに酷い顔してるの!」

「うるさい、チビすけ! いつもと変わらないわよ」

「泣きそうな顔してるくせにいつもと変わらないわけないじゃん。胸の詰め物だって忘れてるでしょ。おかしいわよ」

「わ、忘れてなんか……」

「何があったのか……なんとなく予想できるけどさ、あんまり思いつめすぎちゃダメなんだからね。

 あたしだって……でも、今いる方達のためにも、思い込みすぎて視野を狭量にして動くのは駄目。あんた、ただでさえ馬鹿なんだから失敗するかもしれないでしょ。絶対に、御方々の足を引っ張らないように!

 いいわね? 

 話なら、後でたくさん聞いてあげる。あたしも、シャルティアに聞いてほしいこと、あるもの」

 

 見た目からしていえばシャルティアのほうが年上に見えるのだが、どうみてもアウラの方が姉のようだった。

 親しげなアウラからすると、シャルティアの様子はいつもと大分違うらしい。

 

『あとで、あの二人もマーレと同じようにフォローしてあげたいですね』

 

『そうですね、たっちさん』

 

 小声で会話を交わす。

 

 みんながいないことで、作られた存在のあの子たちの心境にも大分影響があるのだ。

 

 状況に振り回されて四苦八苦しているが、それにかまけて彼らを放っておくわけにはいかなそうだ。

 アウラとマーレ、シャルティアなどの目立った子達だけでなく、もしかしたら他のNPCたちもなにか心的な不安を抱えているかもしれない。

 

「遅れて申し訳ありません、皆様。ぼくたちが最後ですか?」

 

 デミウルゴスとユリを背後に従えたイリニが、ゆっくりとやってきた。

 イリニの姿を認めると、傍に立つアルベドの花のようなかんばせが変わった。

 

 甘さなど一欠片もない忠義の徒から一転して、愛情深い慈しむ女の顔に変わる。もともと美しい女性であったが、その表情はいやにモモンガの目に鮮明に映った。

 その母親めいた顔に、純粋なだけではない陰りがちらりと見える気がするのも、美しいだけではない棘めいた魅力があった。

 陰惨な部分を秘めた、子供を愛する女の顔。策謀を連ねる女、それを殻で完全におおい隠し微笑を浮かべるその美貌。

 一枚の見事な絵画めいた慈愛を見せながら、子供を愛しているだけではない、何かを持つ女。

 忠義があり、慈愛を見せ、その内側に己の欲望と残酷なものを隠している。

 隣り合わせに相反するものを持ち合わせている危うげな差異に、モモンガのないはずの心臓が跳ねた気がした。

 久しく覚えていなかった、ふわりと脳内が軽くなる心地。

 

(ギャップ萌えって、こういうことかあ)

 

 図らずしてタブラ・スマラグティナの術中に嵌ってしまった気がする。

 こんなことが起こるとはおもわず、タブラの描いたアルベドという名画に手を加えてしまった罪悪感は確かにある。だが、それは自分ひとりの責任ではないしと責任を分散させながら、これはこれで悪くはないんじゃないか、と薄くなってしまった男としての意識が悪気なくささやいていた。

 

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